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	<title>メサイアコンプレックス  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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		<title>自己愛性人格障害から見るメサイアコンプレックスに関する考察</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/13501</link>
				<pubDate>Sat, 26 Jan 2019 16:14:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[自己愛/自己愛性人格障害]]></category>
		<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛性人格障害]]></category>

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				<description><![CDATA[困っている人を助けようとするものの、それがどこか偽善者のように見え、ありがた迷惑になってしまうという特徴を持つ「メサイアコンプレックス」と、自己愛(＝ナルシシズム、自己陶酔といってもいい)が強くて尊大で傲慢な態度をとる特]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>困っている人を助けようとするものの、それがどこか偽善者のように見え、ありがた迷惑になってしまうという特徴を持つ「メサイアコンプレックス」と、自己愛(＝ナルシシズム、自己陶酔といってもいい)が強くて尊大で傲慢な態度をとる特徴を持つ「自己愛性パーソナリティ障害」には、いくつかの共通点がみられます。</p>
<p>今回は、自己愛性人格障害から見るメサイアコンプレックスについてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="偽善者がうざいと感じる心理の正体について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/gizensya-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3838" class="blog-card-title-link">偽善者がうざいと感じる心理の正体について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自己犠牲の精神で誰かを助けたり、ボランティアその社会的な奉仕活動に勤しんでいるのにもかかわらず、どこか利己的な感情が隠しきれなかったり、自分</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3838" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3838" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人を助ける行動そのものに特別意識を見いだせる</h2>
<p>ボランティアや募金活動など、あらゆる形で他人を助けようとする行為は、ただそれだけで素晴らしいものであり、賞賛に値するものとして浸透しています。</p>
<p>ましてや人助けをする人が、個人的な欲望や打算など、俗世間的な願望で人助けをしている…と、いうひねくれた考え方は持つべきではないですし、もしもそんなひねくれた考え方を持とうものなら他人から批判される危険性があるものです。</p>
<p>従って、他人を助けるという行為に出る人は、ただ「素晴らしい」という高い評価を受けるだけでなく、その人の内面は清らかで、慈愛に満ちていて、多くの人が見習うべき特別な素養を持っている人だ…と無批判に見られやすく、尊敬や賞賛の声が自然と出したくなるほどに特別な人だと見てしまいます。</p>
<p>こうした「特別な人」として見られることは、メサイアコンプレックスおよび自己愛性人格障害の人が強く執着するものでもあります。</p>
<p>メサイア(救世主)という言葉の意味からもわかるように、メサイアコンプレックスは救世主という特別な役割に対して強い執着を持つ。そして、自己愛性人格障害の人は肥大化した自尊心により、自分が特別扱いされることを強く望むので、他人を助ける行為に出て賞賛を浴びることはまさに好都合です。</p>
<p>しかし、どちらも人助けをする際に、自分の個人的な願望を優先するあまり、善意の押し売りのようなありがた迷惑な救済になるので、あまり好ましい救済とは呼べません。</p>
<p>助けたい人が今何を求めているのかを聞こうとせず、ただ自分が特別な人間であるとして注目を浴びたいために、困っている人を不当に利用する点が、彼らが「偽善者」と呼ばれる所以です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>救済する相手に問題があればあるほど「自分は特別」という意識が強められる</h2>
<p>救済をする相手は誰でもいいというものではありません。例えば、とくに悩みや困り事がない人を助けても無意味ですし、むしろ困ってない分「結構です」と拒絶されて、不安定な自尊心が傷つけられる恐れがあります。</p>
<p>そのため、(当然といえばそうなのですが)救済する対象となるのは、災害の被災者、貧困に困っている人、障害や疾患を抱えている人、子供、女性、老人…など、社会生活において問題を抱えている人や、いわゆる「弱者」として扱われて保護や配慮が求められる人がメインになります。(なお、野良犬や野良猫など、救済の対象が動物にまで及ぶこともある)</p>
<p>こうした問題を抱える人たちに寄り添う姿勢こそ、多くの人が関わろうとしたがらない人に関わる自分が特別であることを強く実感させてくれるものになるので、自分に対する特別意識が強い自己愛性人格障害の人には好都合です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「弱者に寄り添う自分の素晴らしさ」を思う存分アピールできる</h2>
<p>また、特別意識の他にも自己愛性人格障害の人の言動には「他人を不当に利用する」という特徴があります。</p>
<p>ただし、他人を利用するにしても、その人が自己主張が強くて反発されるおそれがあったり、自分の支配下から逃れるだけの行動力や知識が持っていては、利用できなくなります。</p>
<p>そのため、どうしても利用する相手は、上でも触れた人たちのように困っていて精神的に追い込まれている人、力も言葉も弱くて他人に抵抗出来ない人がターゲットになります。</p>
<p>もちろん、「他人を不当に利用するために「弱者」を餌食にします」という邪な願望は口が裂けても言えないものですし、他人にそんな願望を持っていると勘繰られては賞賛が得られなくなるので避けようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、自己愛の強い人は</p>
<ul>
<li>「他人を利用したい」</li>
<li>「でもそのことがバレるのは嫌だ」</li>
</ul>
<p>という相反する気持ちのぶつかり、つまり葛藤に苦しむ人でもあります。もちろん、葛藤状態が長引けばストレスを抱えて苦しむので、なんとかして葛藤を何らかの形で解消しようとします。その解消方法として有効なのが、ボランティアをはじめとした他人を救済する行為です。</p>
<p>他人を助けるという行為は社会的に認められ賞賛されているので、本心は他人を利用して自分を満たすという邪な目的があったとしても、それを難なく覆い隠すことが可能です。</p>
<p>そして「まさか人助けをする人が悪いわけない」という考えで見る人が多いので、自分に疑いや批判の目が向けられる心配も少ないし、むしろ善意にあふれる人として高評価を得られます。</p>
<p>こうして、表面的には「弱者に寄り添う自分の素晴らしさ」をアピールしつつ、裏では弱っている人を利用して、肥大した自尊心からくる個人的な願望を満たす事をやってのけるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、「まさか人助けをする人が悪いわけない」という考えは、心理学で言うところの<strong>公正世界仮説(または公正な世界の信念)</strong>の一種と言えます。</p>
<p>慈善活動という立派な事をやっている人や組織が、人には言えない後ろめたい事をやっていると考えようものなら「世界は公正である」という仮説や信念が揺らぐ不安があります。</p>
<p>そして、もしも自分が困った時に不当に利用してくる人の存在を怯えて、助けを求められなくなる恐怖があります。</p>
<p>そうしたことに苦しまないためにも「立派なことをする人は内面も立派であるに違いない」という公正さに基づいた認知を持ち、それにこだわることが私たちにあるのです。(ただし、この認知こそが自己愛の強い人が持つ邪悪さを覆い隠す手助けをしているのは、なんとも皮肉です…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>権威や権力にこだわりが強くボランティア活動でそれらを得ようとする</h2>
<p>最後に、自己愛性人格障害の人は、権力のある人・組織や権威のあるものに対して強いこだわりを持つ傾向があります。</p>
<p>ボランティア活動の場合は、国や地方自治体などの公的な組織がバックについていることはもちろんのこと、ユニセフなど世界レベルで活躍している組織の権威を借りて活動できます。</p>
<p>自己愛性人格障害の人からすれば、ただ名前も知らない組織の小さなボランティア活動に夢中になるよりも、なるべく多くの人が知っている組織や公的な存在がバックにいる方が「自分は誰もが知っている組織と関係を持っていますよ」と、自慢げに語って注目を集めることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…もちろん、権威ある組織が関わっている以上、厳しいチェックが入ってうかつな行動は簡単に取れなくなるので、そこまで心配する必要性はないとは思います。</p>
<p>しかし、東日本大震災の後にNPO法人の「大雪りばぁねっと」がずさんな運営を行っていたことが明らかになり、代表者が逮捕に至った件を見てもわかるように、油断は出来ないと思います。</p>
<p>人助けをしていて且つ国家のお墨付きがあり、何も疑うような悪材料がないからといって、相手を心酔してはいけない…と、世界は公正ではないという不都合な事実を、自己愛性人格障害およびメサイアコンプレックスについて調べていく中で強く感じた次第です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>メサイアコンプレックスの治し方</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5186</link>
				<pubDate>Wed, 10 Oct 2018 12:43:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=5186</guid>
				<description><![CDATA[メサイアコンプレックス(救世主妄想)は、困っている人を助けたい、救済したいという善意に溢れているように見えて、 自己満足のために場当たり的に助け続ける。 実は困っている人を見下し相手を不愉快にさせている。 悩みを根本的に]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>メサイアコンプレックス(救世主妄想)は、困っている人を助けたい、救済したいという善意に溢れているように見えて、</p>
<ul>
<li>自己満足のために場当たり的に助け続ける。</li>
<li>実は困っている人を見下し相手を不愉快にさせている。</li>
<li>悩みを根本的に解決せず、逆に更なる不幸へと追い込む。</li>
</ul>
<p>などの、問題があります。</p>
<p>ここでいう救済は貧困、生活苦、災害ボランティア、医療・福祉といった高度で専門的な知識や技術が必要な救済だけでなく、友達ができずに悩んでいる、ネガティブな自分を変えたくて悩んでいる、ビジネスの悩みを解決したい…といった誰もが抱きがちな悩みも含みます。</p>
<p>救済が求められる様々な問題に対して「自分が解決すべきだ！」という使命感を抱くものの、根本的な解決に至らず余計に悪化させてしまうのが、メサイアコンプレックスの皮肉といえまます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回は、メサイアコンプレックスの克服で心がけることについてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスを克服するために</h2>
<h3>自分の救済が「ありがた迷惑」になりうる危険性を自覚する</h3>
<p>困っている人を救済することが、<strong>常にありがたいものとして受け入れられたり、無条件に肯定されている…と言うわけではありません。</strong></p>
<p>いわゆる「ありがた迷惑」のように、ありがたいことのように見えて実は迷惑になっていたり、助けられる側に余計な心配やプレッシャーを与えてしまうこともあります。</p>
<p>また助けられる側も「親切心や『誰かを助けたい』と言う純真さから自分を助けているのを自覚しているものの、結果としてただの迷惑になってている状況に指摘やツッコミを入れようものなら失礼だと感じて、控えていることも容易に想像できるでしょう。</p>
<p>「(ありがた迷惑であっても)せっかく助けてもらっているのに、そのことについてケチをつけるのは失礼である」と言う気遣いのせいで、ありがた迷惑だとはっきり伝えられず、自分の独りよがりな善意が暴走しかねない可能性についても自覚することが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>助ける相手の気持ちや意見を汲み取る</h3>
<p>困っている人を助けるときは、一時の使命感や正義感に流され衝動的に助ける事は控えるべきです。</p>
<p>衝動的な支援は</p>
<ul>
<li>相手が今何に困っているのか。</li>
<li>相手はどのような支援を求めているのか。</li>
<li>どの程度なら相手が自分の力で問題に対処することが可能(＝救済する側の手助けが不要)なのか。</li>
</ul>
<p>など、相手の気持ちや意見を汲み取ることなく、<strong>一方的に「あなたは困っているに違いないから助けてあげる」と善意の押し売りとしているのと同じです。</strong></p>
<p>一概に困っている人といっても、その人がどのような支援を求めているか人それぞれです。</p>
<p>対話を重ねて相手の困っている事をしっかり把握した上で適切に助けていく。場合によっては自分の出る幕はないと判断できたら、潔く引き下がることも大事なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>他人を支援するのに必要な知識や技術を勉強する</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人の助け方は、どこか中途半端…悪く言えば、助けるのに必要な専門的な知識を学んでおらず、感情につき動かされるかのような助け方。精神論、オカルト、似非科学のような、胡散臭さや疑問点が多く見られる助け方になります。</p>
<p>特に、貧困、生活苦、災害ボランティア、医療・福祉に関わる問題などは、専門的な知識の無い人が個人的な感情や使命感に突き動かされて人助けを行えば、更なる混乱を招いたり、場合によっては怪我人や死人が出るリスクもあります。</p>
<p>無論困っている人にとっては衝動的な救済であっても安心感を得られるかもしれませんが、根本的な問題が解決されないどころか悪化してしまえば、衝動的な救済は無批判に肯定できるものとは呼べません。</p>
<p>なお、問題が悪化してしまうと、困っている人が溺れる者藁をも掴むかのように、メサイアコンプレックスな自分の救済を必要としてくれるため、「誰かを助けたい」と言う願望が満たすことができるとも分析できます。</p>
<p>しかし、この状況は冷静に見れば専門的な勉強もせず、衝動的に人助けをした結果として更なる困窮に追いやっており、決して見過ごせるものではありません。</p>
<p>言い換えれば、<strong>メサイアコンプレックスが行う救済は、他人の不幸につけ込み自己満足のために他人の人生を消費していると言ってもいいでしょう。</strong></p>
<p>そうならないためにも、、専門の知識や技術を学び、問題の根本的な解決につながるような支援を行うことが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>勝手に困っていると他人を決めつけて見下していることを自覚する</h3>
<p>「困っている人の助けになりたい」と言う気持ちそのものは素晴らしいものです。</p>
<p>しかし、この素晴らしい考え方には、勝手に他人を「悩みを抱えている人」とナチュラルに人を見下して決めつける。そして、「そんなかわいそうな人を助けることこそ自分の使命である」と決め付け、独善や欺瞞に満ちた善意を覆い隠してしまう危うさが潜んでいます。</p>
<p>特に困っている事は何もないのに悩みもないのに「ねぇねぇ、あなた困っているんでしょ？私が助けてあげるから心配しないで！」と、いきなり詰め寄ってくる人に対して、多くの人が困惑や動揺を覚えるのも無理はありません。</p>
<p>親切心が溢れている素晴らしい人のように見えても、実は相手の事情を無視し、自分の私利私欲のために善意を押し付けてくる大変失礼な人とも思われるのも仕方はないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>言葉の節々に</p>
<ul>
<li>「助けて<strong>あげる</strong>」</li>
<li>「私が何とかして<strong>あげる</strong>」</li>
<li>「<strong>私の言う通りにすれば</strong>大丈夫」</li>
</ul>
<p>と相手の立場や能力を過小評価し、自分こそが正義であると確信する歪んだものの見方(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3100">認知の歪み</a>)のせいで、自分は目の前の人を助けられないどころか、不愉快にさせている可能性を自覚することが大事です</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>助けたい人を一人の対等な人間として尊重する</h3>
<p>メサイアコンプレックスは、助けると言う行為の結果として問題が解決し、悩みを抱いていた人が自分の元を離れる…、という、一見すればめでたしめでたしな状況に対して、「誰かを助けると言う願望を満たしてくれる人がいなくなる」と言うジレンマを抱えます。</p>
<p>「誰かを助けたい」でも「助けを求める人がいなくなるのは嫌だ」という相反する願望を抱えた末に、いつまでも自分のことを必要としてくれる困った人がいる状態…つまり、共依存関係に陥ることもあります。</p>
<p>こうした助け方は、問題の悪化、根本的なか解決の先送り、新たな問題が生じる原因になり、助けられる側からすれば好ましいものではありません。</p>
<p>困っている人が、自分の助けを求めなくなることを恐れて精神的に支配や束縛をするのではなく、助けた人の今後の人生や考え方を尊重して、一人の対等な人間として接していくことが欠かせないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>詐欺などの犯罪に巻き込まれるリスクについて自覚する</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人から見て困っていると思われる人は、必ずしも善良でやましさところが一つもない人ばかりではありません。</p>
<p>人によっては、</p>
<ul>
<li>自身の金銭に関するだらしなさのせいで借金を抱え、他人の資産を利用してでも借金返済を考えている人。</li>
<li>マルチ商法に多くの時間と金銭を費やして引くに引けない状態になっており、自分が生き残るための新たなカモを探している人。</li>
<li>法律や道徳、倫理に反する、反社会的行為(犯罪含む)の手助けをしてくれる人を探している人。</li>
<li>たとえお互いに不幸になり世間からの理解が得られなくなろうとも、誰かに精神的に依存して破滅的な人生を送ることを求めている人。</li>
</ul>
<p>など、<strong>救済が原因となり自分にも被害が出てしまう人もいるものです。</strong></p>
<p>(医療行為などの人命に関わる緊急事態を除き)相手が助けを求めているからといって、相手のことをよく調べもせず即断即決で助けることを無批判に肯定できない理由がこれです。</p>
<p>勝手に困っていると決めつけて衝動的に助ける事は、関わると不利益を被る相手と関わりを持つリスクがあるだけでなく、知らないうちに犯罪に巻き込まれるリスクもあるという事実を、十分に自覚しておくことが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>最後に、自分は特別な存在(メシア)であるという傲慢を捨て、現実との折り合いを付ける</h2>
<p>メサイア(メシア、救済者のこと)と言う立場は、自分は誰かを助けられるほど立派である、偉大であり、まるでフィクションの世界の英雄(ヒーロー)のような立場と似ています。</p>
<p>それは、現実の自分に対して無力感や無価値感を感じている人からすれば、強い憧れの対象ともなります。</p>
<p>ですが、メサイアコンプレックスのように自分自身を救済者と思い込み、勝手に困っている人を作り上げて自己満足のために助けると行為は、現実と折り合うことを避けて傲慢なままで続けられる救済者と言う立場に固執している精神的な未熟さ故の行動とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>救済者と言うヒーロー的な立場に強い憧れを抱いて自分を重ね合わせていたり、ヒーロー的な存在とは程遠い自分へのコンプレックスを抱いている人にとって、<strong>自分はヒーローのような特別な存在ではなく、平凡で、未熟で、ごくありふれた普通な人間である…と言う残酷な現実を受け入れる事は、強い苦痛を伴うことだと思います。</strong></p>
<p>しかし、そんな見たくない現実を見ることを拒み、身勝手な正義や善意を振りかざし続ければ、自分は救済者どころか、自他共に破滅や堕落に追い込む厄介者へと変化してしまうリスクがあります。</p>
<p><strong>救済者にこだわり続ける自分が抱える傲慢さや未熟さと向き合い、現実の自分や社会との折り合いをつけていくことこそ、メサイアコンプレックスを克服には避けて通れないものです。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4416" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4416" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">「自分は困っている人を助けるメサイア(救世主の意。メシアとも)である」と言わんばかりに、困っている人を見つけては助けようとする。

しか</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4416" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4416" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5168</link>
				<pubDate>Tue, 09 Oct 2018 15:33:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=5168</guid>
				<description><![CDATA[メサイアコンプレックスとは、メサイア(メシア、つまり「救済者」の意)のように、他者を救済したり、助けたがる人が抱えているコンプレックスのことです。 メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について自分の]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>メサイアコンプレックスとは、メサイア(メシア、つまり「救済者」の意)のように、他者を救済したり、助けたがる人が抱えているコンプレックスのことです。</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、助ける原動力が自分が抱いている無力感を埋めるため、独善的な使命感、葛藤からの回避といった歪んだもの。</p>
<p>そして、助けた人の悩みが解決して自分のもとを離れていけば、救済という活動で自分の存在価値が味わえなくなるジレンマがあるために、救済活動が専門的な技術に依らない中途半端なもの、似非科学やカルト集団のようなものになることがあります。</p>
<p>一見すれば弱っている人を救済しているように見えて、救済者たる自分へ精神的に依存するように仕向けたり、救済活動や自己陶酔のためのルーティンワークとなり、活動のおかしさや危うさに気づけなくなることがメサイアコンプレックスの問題といえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>貧困、健康問題、社会からの孤立などで心身ともに弱っている人ほど、こうした(表面的でも)優しくて、献身的で、自己犠牲を厭わず身を削ってまでも支援や応援をしてくれる人の存在は、まるで神様のようにありがたいものでしょう。</p>
<p>更に「ボランティアのように善行をする人は健全な精神を持っている。そんな人を偽善者とみなしたり、邪推をするのは人としてあるまじき行為である」といった、ごく一般的な道徳観こそ、メサイアコンプレックスの存在および問題を認知できない原因の一端を担っていると感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回は、そんなメサイアコンプレックスの人のターゲットにされてしまった時の対処法について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスな人への対処法</h2>
<h3>相手の言う救済や手助けの言葉を鵜呑みにしない</h3>
<p>「あなたを助けたい、力になりたい」と言う善意を見せて近づいてくる心優しくみえる人であっても、その人の言葉を鵜呑みにして信じ込まないことが肝心です。</p>
<p>メサイアコンプレックスの場合、優しい言葉をかけてくるのは「誰かを助けたい」と言う気持ちもありますが、それ以上に救済をしたい本人自身の欲望を満たすためであったり、救済と言う行為により他人を支配し従属させるといった、善意とは真逆の思惑が隠れています。</p>
<p>優しい人であっても、その優しさが全てではなく別の目的がある可能性について、お思いをめぐらせることが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>特に、貧困、過労、偏見などの生きづらさを感じている人ほど、目の前に現れた「あなたのことを助けたい」という人の言葉は、まるで天からの福音のように感じて、無批判に信じ込んでしまうものです。</p>
<p>苦しい生活から目を背け、見たいものばかりを見て生きていたいという自分の甘さを自覚すること。そして、夢物語や理想の将来を見せてくれる救済者の言葉にそそのかされ、無批判に信じ込まないように意識しておきましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他の人、団体に相談して意見を手に入れる</h3>
<p>メサイアコンプレックスの救済は、科学的な根拠が乏しいものや自己啓発書に溢れている精神論、漠然とした一般論のように、どこか中途半端でツッコミどころが多いものです。</p>
<p>例えば、部活動で怪我をしてしまい試合に出れなくなった野球部員に対して、</p>
<ul>
<li>「今回の試合は諦めて怪我を治すように治すことに専念しよう」</li>
<li>「今回の怪我を教訓にして自分の体の弱点を強化していこう」</li>
</ul>
<p>と言う建設的な救済(アドバイス)の仕方ではなく</p>
<ul>
<li>「痛み止めの注射を打って、試合に出よう」</li>
</ul>
<p>と、根本的な怪我の解決には何もつながらない方法で救済するようなものです</p>
<p>冷静に考えれば、痛み止めを使用して出場したことで、怪我が悪化したり、結果としてスポーツからの引退を余儀なくされるリスクがあり、お世辞にも人を助けているとは言い難い。むしろ善意によって、余計に救済対象を苦しめている皮肉に救済と言っても良いでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、メサイアコンプレックスの救済方法には、合理的でなく疑問点の多さが目立つため、言われたことを鵜呑みにするだけでなく、<strong>他の人や団体などの第三者にも相談を持ちかけて、公平な立場からの意見を入手することが欠かせません。</strong>(場合によっては、専門職、公的機関などに相談するのも方法ひとつ。)</p>
<p>もちろん、誰かに相談する以外にも本・新聞などの文献をしらべることでも問題ありません。なるべく多面的な意見に触れて、メサイアコンプレックスの意見を客観的かつ距離を置いて判断してみることを心がけましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>説得は逆効果になることもある</h3>
<p>客観的な意見を手に入れた後は、そのことを救済者に話して説得したら良いのではないか…と考える人もおられると思いますでしょう。</p>
<p>もちろん、それで説得が功を奏して自分の考えの甘さや未熟さに自覚して、しっかりとした知識を学結果になれば、メサイアコンプレックスを治すことにもつながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただし説得する過程において、メサイアコンプレックスの人の正義や信念を否定することになり、逆上して責め立てられたり、脅しや恐怖によって言いくるめられるリスクもあります。</p>
<p>加えて、メサイアコンプレックスの人がカルト集団のような偏った主義・主張を持つ組織の一員(あるいはトップ)の場合は、なおさら説得することはのリスクは増大します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>更に、説得した内容が全く逆効果になりメサイアコンプレックスの主義・主張の正当性を強めてしまう場合もあります。</p>
<p>例えば、似非科学に基づく健康食品を人に勧めて、人類の健康を祈ってやまないメサイアコンプレックスに対して「その食品は科学的な根拠に乏しいから、考え直した方が良いのではないの?」と言ってみたとします。</p>
<p>しかし、返事は「あなたは何もわかっていない! 今の健康食品は、農薬や化学肥料が含まれている素材で作られているから健康によくない!私が進めるこの健康食品はオーガニック素材を使って無農薬だから大丈夫なの!」と、説得した事を材料にして、さらに自分たちのすすめる商品の魅力や正当性をアピールするという具合です。</p>
<p>まるでマルチ商法の勧誘を受けたときに、「これはマルチじゃないの？危険でしょ？」と言ったら、「これはマルチじゃなくて、新しいネットワークビジネスだから…」と、胡散臭い商売とは違うと訴えかけてくる光景を彷彿とさせます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>困窮している時ほど冷静になることを忘れない</h3>
<p>なお、メサイアコンプレックスの人には、困っている人を救済したいと言う思いが強いあまりに、救済対象者に考える隙を与えないように次々と自分の救済方法提示してくる事があります。</p>
<p>次から次へと自分を助けるための方法を提案してくれることから「この人は本当に自分のことを真剣に考えているんだ」と信じ込んでしまいがちですが、その裏には、救済者である自分だけの情報飲みを信じ込ませる意図があると伺えます。</p>
<p>また、信じ込ませる過程で、「自分の救済方法通りに行動しなければ不幸に陥る、もっとひどいことになる」と不安をちらつかせます。こうして、他人を視野狭窄にさせることで支配をより強固なものにする意図もあると分析的できます。</p>
<p>人間は困っている時ほど冷静さを失ってしまい、つい衝動的に物事を決めてしまいがちです。しかし、困っている時ほどなるべく多くの人の意見に触れて、冷静に対処していくことが欠かせません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>最終的には距離を置き関わりを絶つ</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人との最終的な決着は、距離を置き関わりを断つことに他なりません。</p>
<p>自分のことを救済してくれる優しい人に見えるものの、その正体は救済者である自分自身の存在価値を確認したい、ヒーロー願望を満たしてくれるために他人を利用するといった、自分自身の無邪気な善意が持つ負の側面と向き合うことを避けている未熟さが残る人間です。</p>
<p>もちろん、困っている人を助けるという尊い活動している人に疑念の眼差しを向けるだけでなく、その人を見捨ててしまうことに対して、良心の呵責を感じる人もおられようかと思います。</p>
<p>しかし、野球部の例でも述べたように、メサイアコンプレックスの人の救済は突っ込みどころが多いものであり、救済どころではなくさらなる犠牲者を増やしかねない皮肉があります。</p>
<p>メサイアコンプレックスの人との関わりを断つ事は、地獄に仏かと思っていたら実は泣きっ面に蜂で、さらなる犠牲を味わって目の前にいる救済者の助けのみに頼らざるをえない状態にならないためにも大事なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスは「優しい支配」であると心得ておくべき</h2>
<p>メサイアコンプレックスの人は、多少声を荒らげる事があっても、基本的には弱者の味方のポ人ションをとっているため、ぱっと見は正義感にあふれた優しい人と見られます。</p>
<p>しかし、この優しさは単なる困っている人を助けたいといった善意が暴走し</p>
<ul>
<li>自分の助けを受けないと不幸になると脅して、不安を用いて他人をコントロールする。</li>
<li>自分の救済を妨害するものは悪であり、その悪を成敗するためにも自分を正義の味方と称し、徹底して対抗していかなければいけないと自己正当化を行う。</li>
<li>見たくない現実や精神的に未熟な部分と向き合うことを避け「誰かを助ける」と言う行為に陶酔することで、葛藤から逃れることを選んでしまった。</li>
</ul>
<p>といった、独りよがりで部分が抜けきっていません。</p>
<p>そんな優しさの仮面をかぶった支配のせいでしかし、いつしか精神的にコントロールされ、救済者なしでは不安や焦燥覚えてしまい、依存してしまうのがメサイアコンプレックスの問題点です。</p>
<p>確かにやっている事は優しさからくる行為なのに、結果として助けられた方は不自由さや生きづらさを強めてしまう。</p>
<p>こうした皮肉を持つメサイアコンプレックスの救済は「優しい支配」であると心得ておくようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4416" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/mesakon-kyouizon-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4416" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">「自分は困っている人を助けるメサイア(救世主の意。メシアとも)である」と言わんばかりに、困っている人を見つけては助けようとする。

しか</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4416" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4416" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>メサイアコンプレックスの共依存とはどういう関係なのか</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/4416</link>
				<pubDate>Tue, 31 Jul 2018 14:55:37 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[共依存]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=4416</guid>
				<description><![CDATA[「自分は困っている人を助けるメサイア(救世主の意。メシアとも)である」と言わんばかりに、困っている人を見つけては助けようとする。 しかし、助け方がただの余計なお世話でしかなかったり、偽善者のように独善的で胡散臭く違和感を]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「自分は困っている人を助けるメサイア(救世主の意。メシアとも)である」と言わんばかりに、困っている人を見つけては助けようとする。</p>
<p>しかし、助け方がただの余計なお世話でしかなかったり、偽善者のように独善的で胡散臭く違和感を覚える…このような人のことをメサイアコンプレックスと呼びます。</p>
<p>メサイアコンプレックスの人は、しばしば助けを求めている人を自分に依存させたり、お互いに世親的に依存しあう共依存の関係に陥ることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">メサイアコンプレックスに関する記事</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスにおける共依存関係</h2>
<p>メサイアコンプレックスの根底には</p>
<blockquote>
<ul>
<li>自分に自信がなく誰かから感謝されるような行動をしなければ社会から受け入れられないと感じている。</li>
<li>人を助けることに自分らしさ(アイデンティティ)を見出しており、自分らしさを維持するために自己犠牲をしてでも助けようとする。</li>
<li>周囲から感謝されるようなことでしか自分を受け入れてもらえなかった経験から、自分を犠牲にしてしまう。</li>
<li>「幸せな人なら慈善活動で誰かのために奉仕するものだ」という考えに囚われている。本当は不幸な状態なのにそれから目を背け、あくまでも自分は幸せな人だという実感を得るために慈善活動にのめり込む。</li>
</ul>
</blockquote>
<p>などの気持ちがあります。</p>
<p>自分に対する劣等感や満たされない気持ちや、周囲から感謝され自分の事を認めてくれる相手(＝承認欲求を満たしてくれる存在)を求めています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一見するとボランティア精神やチャリティ精神が強く、自己犠牲をしてまで人のために尽くすいい人だと思われがちですが、行動の根底には「誰かを助けることで<strong>自分を</strong>苦しみから救い出したい」という気持ちがあります。</p>
<p>そのため、困っている人の意見やニーズを無視した独善的な方法になってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、「困っている人を助ける」という行為の性質上、困っていることがなくなれば目の前で助けた人は自分のことを必要としなくなる未来は容易に想像できるでしょう。</p>
<p>例えば怪我の治療として病院に入院し、完治したら退院するのと同じで、誰かを助ける立場や仕事には「別れ」の瞬間はつきものです。</p>
<p>このことは、メサイアコンプレックスの人にとっては不都合です。</p>
<p>「困っている人を助けたい」しかし「困っている人が無事助かれば自分を必要としなくなる」ために、あえて自分に依存させるように仕向けたり、共依存関係になることでお互いに精神的に満たしあえる関係になろうとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>依存し続けるために歪な救済になる</h2>
<p>メサイアコンプレックスの人にとっては、困っている人が自分の元を離れること避けたいものです。</p>
<p>そのため、救済をするにしても根本的に困っていることが解決されず放置されるような歪な救済をして困っている人を自分の元から巣立たないように仕向けます。</p>
<p>例えば、不眠に関する悩みがある人に対して、真っ当な病院を受診するのを勧めるのではなく、効果の疑わしい民間療法やスピリチュアル、似非科学な治療法を勧めるという具合です。</p>
<p>当然ながら効果の疑わしいために救済はうまくいかず、ますます不眠が悪化することになりますが、メサイアコンプレックスの人は効果はどうあれ救済する自分を周囲に見せてアピールが出来る、そして自分のことを必要としてくれる人をその場にとどめておくことが可能になります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、治療を勧める時も、「真っ当な病院の薬には常習性があるから、自然派のこの方法が効果がある！」という具合に既存の治療法を貶して自分の勧める治療法こそ効果がある、と強く訴えることがあります。</p>
<p>「不安を煽る」と「不安を解消する方法」をセットにして言及することで、相手が自分の救済を自然に受け入れてくれるように仕向けます。</p>
<p>このような会話術で、メサイアコンプレックスの人こそ正しい治療法を知っていると信じ込ませるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>メサイアコンプレックスの共依存の対象になりやすい人の特徴</h2>
<h3>お人好し・断るのが苦手な人</h3>
<p>メサイアコンプレックスが行う救済は</p>
<ul>
<li>押し付けがましい</li>
<li>小さな親切、余計なお世話</li>
<li>気休めのような効果が疑わしい救済</li>
<li>独善的な親切心からくる身勝手な施し</li>
</ul>
<p>など、本当に人助けになっているのかどうかという疑問が尽きません。</p>
<p>大抵の人は、メサイアコンプレックスの人からの施しを受けても疑問や違和感、嫌悪感を覚えて次第に距離を置こうとします。</p>
<p>いらない商品を勧めてくるセールスマンに嫌悪感を覚えるように、必要もないのに「あなた困ってますよね？」と決めつけて押し付けがましい施しをする人に対しては、自然と関わらないようになるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、お人好しな人や断るのが苦手な人は施しを拒むことができず、メサイアコンプレックスの人のペースに流されてしまうことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、心理学用語の「返報性の原則(あるいは好意の返報性)」にあるように、人間は他人から施しを受けると、「せっかく施しを受けたのだからお返しをしなければいけない」という心理が働き、受けた分の恩返しをしようとします。</p>
<p>メサイアコンプレックスの人がやっている施しは、返報性の原則を元に分析すれば、他人に対して感謝やお礼をもらえる確率が上がると見ることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-title-link">「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について</a></div><div class="blog-card-excerpt">仕事の場面で「無料でもいいのでこの商品・サービスを使ってください！」と強く頼まれて渋々使っていたら、次第に相手に対して「ここで断ったらなんだ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1628" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1628" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人に依存したい欲求が強い人</h3>
<ul>
<li>自分に自信がなく長いものに巻かれたい</li>
<li>不安を強く感じているので誰かに依存したい</li>
<li>自分であれこれ決めるのが苦手で誰かに全て決めてもらってとことん甘えたい</li>
</ul>
<p>など、他人に依存したい欲求が強い人は、メサイアコンプレックスの共依存の相手になりやすくなります。</p>
<p>とくに、生活が困窮している、今まで精神的に辛い思いをしているなどの環境にいる人ほど、藁をもすがる思いで今の環境から自分を救い出してくれる白馬の王子様のような存在を求めていることもあり、多少押し付けがましくても受け入れてしまうことがあります。</p>
<p>また、メサイアコンプレックスの人は、普通の人とは違い容姿や行動にカリスマ性があり、まさに辛い世の中を変えるために現れた救世主のように感じてしまう人もおり、教祖に従う信者の如くメサイアコンプレックスの人に心酔する形で依存することもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>社会的弱者</h3>
<p>社会的弱者というとざっくりした表現でが、例を上げるのなら。</p>
<ul>
<li>貧困に苦しんでいる人</li>
<li>不登校、引きこもり</li>
<li>ブラック企業に勤めている</li>
<li>うつ病などのメンタルの病気や不調を患っている</li>
<li>性的マイノリティの人</li>
<li>障害者</li>
<li>(発展途上国で)貧困や病気、紛争などで苦しんでいる人</li>
</ul>
<p>などの人を指します。</p>
<p>一般的な社会における立場が弱いために、仕事・学業・交友関係などで生きづらさや苦しさを感じている人が目立ちます。</p>
<p>そのため、メサイアコンプレックスの人にとっては都合のいいこまっている人だと認知し、依存先の対象となりがちです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、メサイアコンプレックス側の「困っている人を救済したい」という供給と、社会的弱者側の「生きづらさを解消したい」という需要が一致するために、簡単に共依存関係に陥りやすいとも言えます。</p>
<p>しかし、実際に困っている人を救済しているかと言えない点が多く、困っている人の需要を無視した自分勝手な不要な親切を押し付ける。</p>
<p>困っている人をずっと困らせたままの状態にすべく「私がいないと何もできないよね」と、不安を煽りいつまでも救済者である自分を頼ってくれるように接することがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>人間以外の生き物を依存先にすることも</h2>
<p>メサイアコンプレックスの人が救済をしようとしてもその方法が独善的で効果が疑わしければ拒絶されることが少なくありません。</p>
<p>そのため、確実に依存しやすい困っている人に絞って選ぶようにしますが、それでも違和感に気づいたり他の人の助言により目が覚めたことで、メサイアコンプレックスの人の元を離れてしまうことも少なくありません。</p>
<p>相手が人間である以上は、自分の独善を見抜かれてしまう不安が常にまとっていると言ってもいいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そのため、救済する対象は、犬や猫、鳥などの人間以外の動物が対象になることもあります。</p>
<p>例えば、野良犬や野良猫に餌付けをして飼いならしたり、勝手に保護して育てるという具合です。</p>
<p>もちろん、動物によっては人間の言葉や表情を理解する知能は持っていても、自ら人間が喋る言葉を喋ったりする動物はいません。</p>
<p>そのため、メサイアコンプレックスの人からすれば人間以上に自分のことを必要としてくれ、且つ手懐ければ自分の元を離れない存在であり、依存する対象としては好都合なのです。</p>
<p>しかし、野生動物の餌付は</p>
<ul>
<li>生態系を崩す</li>
<li>糞や鳴き声などの被害をもたらす</li>
<li>ゴミを荒らす</li>
<li>農作物を食い荒らす動物の出現</li>
<li>野生の動物が人間の持っている食料を奪う</li>
</ul>
<p>などの他の人の迷惑を招くことがあり、決して褒められるべきものではありません。</p>
<p>また、野良犬や猫などを保護するという目的で団体を設立し、救済することを周囲に押し付けたことで他人とトラブルを引き起こすということもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">やたら人を助けようとしたり、余計なお世話で助けている人を困らせてしまい、メサイアコンプレックスの人にに巻き込まれた時の対処法についてまとめています。メサイアコンプレックスは「優しい支配」であると心得ておくべきです。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5168" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5168" alt="" /></a></div></div></div>
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]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3684</link>
				<pubDate>Thu, 31 May 2018 15:30:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メサイアコンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[善意]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3684</guid>
				<description><![CDATA[誰かの助けになりたい。困っている人を見捨てられず、つい手助けや支援、募金をしてしまう…。 これだけを見ればなにも問題が無いように思えますが、ただ人助けをする事にのめり込み相手の意見を無視しした独りよがりな行動を取ってしま]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>誰かの助けになりたい。困っている人を見捨てられず、つい手助けや支援、募金をしてしまう…。</p>
<p>これだけを見ればなにも問題が無いように思えますが、ただ人助けをする事にのめり込み相手の意見を無視しした独りよがりな行動を取ってしまう、ありがた迷惑な人は<strong>メサイアコンプレックス</strong>である可能性があります。</p>
<p>メサイアコンプレックスは表面的には人の役に立ついい事や、募金やボランティア活動などの社会的に見ても意義のある活動をしていることから、その存在が認知されにくいものです。</p>
<p>また、とくに日本だと自己犠牲をしてまで誰かや集団の為に尽くすことが美談とされていることもあり、メサイアコンプレックスに陥って苦しんだり、巻き込まれて苦しむ人も多いように感じます。</p>
<p>今回はメサイアコンプレックスについてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<h2>メサイアコンプレックスとは</h2>
<p>冒頭でも述べましたが、サイアコンプレックスは誰かの助けになりたい、困っている人を助けたい、周囲から感謝されたいという使命感を強く抱いている人のことを指します。</p>
<p>メサイアは<strong>「メシア(救世主)」</strong>の意味であり、あたかも世界を助けるような救世主のように感じて、誰かの為に尽くしたり自分を犠牲にしてまで他人のため頑張ろうとすることがあります。</p>
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<p>メサイアコンプレックスになる人の根底には</p>
<ul>
<li>自信がなく誰かから感謝されるような行動をしなければ社会から受け入れられないと感じている。</li>
<li>人を助けることに自分らしさ(アイデンティティ)を見出しており、自分らしさを維持するために自己犠牲をしてでも助けようとする。</li>
<li>周囲から感謝されるようなことでしか自分を受け入れてもらえなかった経験から、自分を犠牲にしてしまう。</li>
<li>「幸せな人なら慈善活動で誰かのために奉仕するものだ」という考えに囚われている。本当は不幸な状態なのにそれから目を背け、あくまでも自分は幸せな人だという実感を得るために慈善活動にのめり込む。</li>
</ul>
<p>などの気持ちや感情が隠れていることがあります。</p>
<p>メサイアコンプレックスの人は、とても自己犠牲で献身的なためにその献身的な態度に漬け込まれたり、運悪くブラック企業に就職してしまい心身ともに搾取されてしまうこともあります。</p>
<p>しかし、搾取されていても本人は誰かの為に役立っているという、誰かから感謝されていると感じて、劣悪な環境から逃れずそこにい続けようとしまう。</p>
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<h2>メサイアコンプレックスの人の特徴・心理</h2>
<h3>恩着せがましく感謝を要求してくる</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人は人から感謝されることを望むために、音着せがましく感謝を要求してきたり、あたかも感謝しなければいけないような状況を作り出すことで「ありがとう」という言葉を引き出そうとします。</p>
<p>また、感謝されたい、誰かの助けになりたいという自分本位な考え方で行動するために、実際にやっていることが相手が望んでいる行動ではなく、ただのありがた迷惑になっているのに「私は感謝されて当然」という態度を取ることがあります。</p>
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<h3>自分の生きがいのために困っている人を必要とする</h3>
<p>自分はメシア(救世主)のような、困っている人を助けることにアイデンティティを見出しているために、困っているが常にいないと自分らしさや生きがいを失ってしまいます。</p>
<p>しかし、困っている人を助けることに成功した場合、もう困り事がなくなれば助けてくれる人は不要になります。誰かを助けることを生きがいにしたければ、常に困っている人が必要になります。</p>
<p>そのため、メサイアコンプレックスの人は自分の生きがいのために常に困っている人を探し続けたり、常に困る人が出てくるようにあえて困らせるような行動をして困る人が絶えず生まれる環境を作ることがあります。(要はマッチポンプ)</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>マウントが取りやすい相手に絞って助けようとする</h3>
<p>困っている人を助けようとする場合、助けているうちに自立して自分の元を去っていく人や、押し付けがましい善行を反発するような人を避け、自分の善行を受け入れてくれる、すなわちマウントを取りやすい相手に絞って助けようとします。</p>
<p>これは、自分にとって確実に支配できる相手を、精神的に支配したいという欲求とも考えることができます。</p>
<p>もちろん、支配という暴力的で乱暴な欲求をそのまま出すわけにはいかないので「困っている人を助ける」というスタンスで、優しくし取り込もうとするのです。</p>
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<p><strong>表面的には人のために献身的に尽くそうとする姿勢で近寄ってくるので、支配やマウントといった意図を感じにくいのものです。</strong></p>
<p>また、助けようとしている当の本人も自分が誰かを精神的に支配しようとしたり、自分に依存させようと自覚していることなく助けようとするために、自分の助けを拒む人がなぜ拒もうとするのかが分からないままということもあります。</p>
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<h2>メサイアコンプレックスの問題点</h2>
<h3>表面的には善行をしているので気づきにくい</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人は、自分のためとは言え表面的には誰かを助けるという他人のための善行をしているために、周囲がその自己本位な行動やおかしさに気づきにくいという特徴があります。</p>
<p>とくに、日本だと自己犠牲になっても誰かのために尽くすことは美談として語られることが多きことから、どんな目的であれ善行そのものに対し疑いの目や客観的な目で見たり語ったりされることが少なく、本当は押し付けがましい善行であっても無批判に良いものだとされメサイアコンプレックスに気づきにくくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>困っている人に依存、あるいは共依存関係になる</h3>
<p>メサイアコンプレックスの人は困っている人に対して精神的に依存したり、お互いに依存し合う共依存関係に陥ることがあります。</p>
<p>「困っている人が自分らしさ、生きがい」という実感を得るためにはより安定して抱くためには、今目の前にいる困り事がある人に対して「自分以外の人だと助けてもらえないよ」とほのめかし、成功すれば何か困ったことがあればまず自分に助けを求めるように仕向けることができます。</p>
<p>また、助けを求める方も優しい言葉や自分に接してくれる人や、すぐ人を頼って安心感を得たいという依存心が強いと、お互いに共依存関係に陥ることがあります。</p>
<p>困っている人とそれを助ける人という性質上、パートナーとしての相性は非常によいですが、お互いに相手なしでは自分の存在意義や安心感を見いだせず、お互いに離れてしまうことへの不安から避けるために、より依存関係を強めてしまいます。</p>
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<h3>困っている人に対し本当に助けになることは避けダメにしてしまう</h3>
<p>困っている人が目の前からいなくなるのを避けるために、あえて困りごとを根本的に解決するような助けではなく、その場しのぎの手助けしなかったり、返って逆効果になる助け方ばかりになることがあります。</p>
<p>例えば、目の前でインフルエンザして苦しんでいる人に対して、本当に効果があるか疑わしい民間療法やスピリチュアル療法を勧めたり、良かれと思って汗をかくように運動するようにアドバイスするなどの根本的な治療行為をせず、ただ相手から感謝の気持ちを求めようとします。</p>
<p>本当にインフルエンザを直そうとするのなら、普通の病院に連れて薬を貰うなり、絶対安静するように言うべきですが、そうすると目の前で困っている人がいなくなる恐れがあるので、根本的な解決にならない場当たり的な行動に出るのです。</p>
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<h3>過度な自己犠牲に陥り困っている人と一緒に共倒れになる</h3>
<p>自分の身の心配よりも困っている人に対して尽くしてしまうために、困っている人と一緒に共倒れになってしまうことがあります。</p>
<p>例えば東日本大震災の時に助けたいという気持ちに駆られ過ぎた結果、自分の定職をやめてまでボランティアに尽くすものの、貯金が底をつきて生活が立ちゆかくなった人のように、自分を犠牲にしすぎた結果自分も苦しくなってしまいます。</p>
<p>また、助けられている方からしても自己犠牲をしてまで尽くしてくれることへの嬉しさと同時に、自分のせいで目の前の人を苦しめているという罪悪感に苦しみ、複雑な気持ちになることがあります。</p>
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<h2>メサイアコンプレックスと教職・心理職</h2>
<p>筆者自身が大学時代に教育学部に所属していたこともあってか、在学中に</p>
<ul>
<li>子供からいつも感謝されるような先生(小中高だけでなく、幼児教育含む)になりたい。</li>
<li>自分のことを後回しにしても子供のために働ける先生になりたい。</li>
<li>心理カウンセラーになって悩みを持っている人をできるだけ多く助けたい。</li>
</ul>
<p>という、素晴らしい志を持つ学生に何度か出会って話をしたこともあります。</p>
<p>もちろんこれは教育学部生なら誰でも持つような自然な考え方でありますし、そういった献身的な先生をリスペクトしているからこそ持つ理想の教師像、カウンセラー像に自分を重ねることそのものを、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1333">ひねくれた</a>目でみるのは流石に野暮だと感じてはいます。</p>
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<p>ですが今回メサイアコンプレックスについて調べていく中で、ひょっとしたら大学の時に出会った志の高い人達は、<strong>周囲から感謝されるために自分を犠牲にしたり、自己犠牲を払ってまでも何かに尽くさなければいけないほど、不安や焦燥を感じている、自己否定感や強迫観念などの感情に襲われているのではないか…</strong>と感じました。</p>
<p>メサイアコンプレックスは施しを受ける方からすれば、ありがた迷惑、依存させようとする、妙にベタベタくっついてくる、と毛嫌いされる対象になりがちです。</p>
<p>しかし、誰かの為に尽くすとする本人もまた、尽くす相手がいなくなることへの不安や、「ありがとう」と言う言葉がもらえるのなら、たとえ自分が損をすることでも<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3598">嫌なことを断ることができず受け入れてしまう</a>といった何かしらの苦しみがあるのだと思います。</p>
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<p>自分にとっての幸せは、ほかの人にとっても必ず幸せ…というわけではありません。</p>
<p>「人の不幸を蜜の味」という言葉にもあるように、自分の不幸が誰かにとっての幸せであったり、その逆もあるという事を知っておくことが大事だと感じます。</p>
<p>それと同じで善行と言っても、その善行が本当に施す人も、受ける人にも幸福なものであるか。ただ、施す人が幸せになりたいがために、受ける人が不幸な目にあっていないのかという点について、落ち着いて考えていくことがメサイアコンプレックスで困る人を生まないためには大事だと感じます。</p>
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<p>関連記事</p>
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