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	<title>インターネット  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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		<title>怪しいインフルエンサーマーケティングの心理テクニックに関する考察</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21472</link>
				<pubDate>Tue, 04 Jun 2019 14:23:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[仕事・ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[自己啓発]]></category>

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				<description><![CDATA[インフルエンサーとはマーケティング用語の一種であり、世間の人々に多大な影響力を与える人のことを指します。 実生活においては、芸能人のような知名度のある人、SNSで多くのフォロワーがいる人、チャンネル登録者数が非常に多いy]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>インフルエンサーとはマーケティング用語の一種であり、世間の人々に多大な影響力を与える人のことを指します。</p>
<p>実生活においては、芸能人のような知名度のある人、SNSで多くのフォロワーがいる人、チャンネル登録者数が非常に多いyoutuberなどが、インフルエンサーに該当するでしょう。</p>
<p>インフルエンサーには多くの支持者やファンが付いているため、その人たちをターゲットにしてビジネスを展開しやすいのが特徴的。</p>
<p>また、インフルエンサーの影響力を利用し、商品やサービスの宣伝を行ってもらうというビジネス展開も行われています。いわゆる、広告塔と言ってもいいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、最近ではインフルエンサーの影響力が悪用されてしまい、高額の金融商品、セミナー、情報商材を買わされる事態が起きていたり、どこか詐欺やグレーなビジネスを行うために影響力を付けることに邁進している気配が、インフルエンサーの世界にて起きています。</p>
<p>また、インフルエンサーになりたい人に焦点を当てると同時に、インフルエンサー希望者を食い物にするような事例もあり、かつて話題になったネオヒルズ族のような異様な雰囲気が、インフルエンサーを取り巻く関係に存在しているように感じます。</p>
<p>今回は、そんな一部で腐…もとい、負のイメージが付いている、インフルエンサーマーケティングで使われる心理テクなどについて、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>インフルエンサーマーケティングで使われる心理テクニック</h2>
<h3>無料プレゼント、キャンペーンを実施し恩を売る</h3>
<p>インフルエンサーとして活動を始めだした人(アカウント)で見られるのが、無料プレゼント＆キャンペーンを行うことです。</p>
<p>たとえば…</p>
<ul>
<li>RT＆フォローで現金○○円プレゼント</li>
<li>フォロー＆リプであなたをSNS上で紹介します</li>
<li>チャンネル登録してくれたら、プレゼントを差しあげます</li>
</ul>
<p>という類のキャンペーンを打ち出して、拡散を図る。これにより、多くのフォロワーを獲得し、認知度を高めます。また、ある程度有名になってきた段階で「無料でお悩み相談します！」とサービスを展開し、フォロワーに恩を売ろうとすることもあります。</p>
<p>これは、好意の返報性(返報性の原理)の応用であり、人間は他者から何らかの報酬を受け取ると、受け取った報酬の相応のお返しをしたくなる心理を指します。</p>
<p>インフルエンサーから無料で何かを受け取ると、受け取ったモノ・サービスに応じたお返しをしないと、気分が落ち着かなくなる…という心理が働くのを見越した上で、無料でキャンペーンをしているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、ここで覚えておきたいのが<strong>「タダより高いものはない」</strong>という言葉です。<span style="font-size: 12px;">(心理学でも何でもないけど…)</span></p>
<p>タダを何かを受け取ったという事実を材料にして、受け取った人の良心や罪悪感を刺激して、「これ買ってくれっるよね？」と迫って、モノやサービスを売りつける。それも、高額で効果が疑わしいものを売りつける。</p>
<p>そのための前準備として、無料サービスが展開されている可能性については、考えておくべきでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>自分を賞賛するコメントのみ拡散＆不都合なコメントは削除かブロック</h3>
<p>胡散臭いものを売ることが最終目的なインフルエンサーにとって、自分の印象をクリーンにしておくことは重要です。</p>
<p>そのために行うのが</p>
<ul>
<li>自分にとって好意的・肯定的なコメントのみ表示させる、拡散させる。これにより、インフルエンサーのタイムラインやコメント欄を見れば、全員が応援・支持・賞賛しているように見えるため、インフルエンサーに対して好印象を持つようになるし、怪しさは薄れる。</li>
<li>自分にとって懐疑的・否定的なコメントは削除し、アカウントはブロックさせる。あるいは肯定以外の意見は全て「アンチ」と決めつけ、聞くに値しないものというレッテルを貼る。</li>
</ul>
<p>といった、自分をよく見せるためのテクニック…、もとい<strong>印象操作</strong>です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あるインフルエンサーが非常に高評価を得ているように見えても、それは意図的に情報を選別＆統制し、自分を実物以上に清く正しい存在に見えるようにしているだけというオチがある。</p>
<p>つまり、意図的に他人を錯覚させたり、騙すようなテクニックを使っていることが、インフルエンサーに対する負のイメージが生まれる理由です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>権威ある人物・組織とのつながりを強調し、信頼に足る人物だとアピールする</h3>
<p>クリーンな人物であることを強調するためには、権威ある人物・組織との繋がりを強調することもあります。</p>
<p>たとえば、某企業の社長との交友関係があることを強調したり、自分より有名な人(同業のインフルエンサーも含む)と繋がっていることを強調する。これにより、自分の発言や投稿の内容がの正当性・信ぴょう性を高めるのです。</p>
<p>また、「多くの人が知っている有名人から認められている」ことが、その人を必要以上に素晴らしい人間であるという錯覚する…つまり、ハロー効果の悪用をしているとも解釈できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3468" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/harokouka-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="ハロー効果のメリット・デメリット" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/harokouka-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/harokouka-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/harokouka-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3468" class="blog-card-title-link">ハロー効果のメリット・デメリット</a></div><div class="blog-card-excerpt">普段生活している中で、

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<p>&nbsp;</p>
<h3>あるあるネタ、自己啓発ネタを投稿して親近感・信頼感を抱かせる</h3>
<p>インフルエンサーとしての知名度を上げるためには、あるあるネタや自己啓発ネタなど、多くの人が興味を持ち、且つ共感や知見が得られそうな有益な情報を投稿するのが特徴的です。</p>
<p>これもまた、インフルエンサーたる自分が自分と馴染みのある人、共通点のある人として、好感を持たれやすくなるためであったり、「この人をフォローしておけばいいことがある」と思われるために行っている活動です。</p>
<p>しかし、ここまで自分のイメージ作りに邁進するのは、あくまでも最終的に胡散臭いものを売り付けるための準備です。</p>
<p>胡散臭いものを売るからこそ、自分に怪しさや疑いを抱かせないようにする。そのために、共感を呼び起こすネタや、自己啓発を含む有益なネタを投稿しているのです。</p>
<p>なお、投稿するネタは自分で考えておらず<strong>、本やネット上にある情報のコピペいうこともある。</strong>しかし、<strong>コピペだとを明かしていないのが大半で、あたかも自分が考えて発言しているよう誤認させている</strong>のが、実に狡猾である。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>最終的には自分の粗悪な商品・サービスへ誘導する</h3>
<p>自分に好印象を抱かせるように誘導させる、自分は信頼に足る人物だと錯覚させる、自分は能力があり、人の心を掴む人物であるように誤認させる…。</p>
<p>こうした入念な準備を行い「もうそろそろ<del>養分</del>ファン向けにビジネスをしてもいい頃合か」と判断できると、自分の商品・サービスを展開していきます。</p>
<p>ただし、何度も述べているように、売るものはやたら高額であったり、情報商材のように信ぴょう性や再現性に乏しいものでしかない。つまり、胡散臭さが隠せないものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ですが、これほどまでに入念な下準備をしておくことで、購入した人が</p>
<ul>
<li>「あんだけいい人の商品なんだから、悪いものではないはず！」</li>
<li>「信頼できる人の商品なんだから、怪しいもののはずがない！」</li>
</ul>
<p>と、都合よく解釈してくれる。</p>
<p>純粋に粗悪な商品を掴まされてる現実を認めなくなるどころか、粗悪品を売ってる張本人を疑うことすら放棄してしまう。</p>
<p>こうした、自分の周りに金を出すイエスマンばかりがいる状況を作り出すことを狙いにしているのが、一部のインフルエンサーマーケティング界隈の実情です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>インフルエンサー同士で演技で褒め合う、自作自演をすることも</h2>
<p>インフルエンサーの中には、インフルエンサー同士で自作自演して、自分たちに好印象を持たせようとすることがあります。</p>
<p>たとえば、ネット上でお互いに褒め合うようなコメントを付ける。これにより「多くの人から肯定的なコメントをされているので、この人は信頼できる」と思ってしまい、好印象を持ってしまうでしょう。</p>
<p>しかし、実情はお互いがお互いに演技として褒めているだけでしかなく、その事実を知らないまま「信頼できる」と断定するのは危険です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、インフルエンサーが一人で複数のアカウントを取得し、各アカウントに応じたキャラクターを演じて、アカウント同士で褒め合ったり、拡散し合うという状況を作り出すこともあります。</p>
<p>内情をよく知らない人からすれば、ある人がネット上で多くの人から好意的なコメントを受けているように見えますが、その実態は全美自分一人であるアカウントをほめたたえているだけで、自作自演でしかない。</p>
<p>影響力を獲得するためなら、嘘をついたり、他人を錯覚させるような不誠実極まりない手法を使うことが、インフルエンサーに対する悪印象を招いているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21445" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/sinzyabizinesu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="信者ビジネスとは　心理学からみる信者ビジネスの問題点などについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/sinzyabizinesu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/sinzyabizinesu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/06/sinzyabizinesu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21445" class="blog-card-title-link">信者ビジネスとは　心理学からみる信者ビジネスの問題点などについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">信者ビジネスとは、主に悪いニュアンスで使われる「宗教」のように、ある集団内のトップの人物を崇拝する熱心なファンと、そのファンから金銭・労働力</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21445" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21445" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>失敗を極端に恐れる若者とインターネットの発展との関連性について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21465</link>
				<pubDate>Mon, 03 Jun 2019 14:23:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[失敗]]></category>
		<category><![CDATA[若者]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21465</guid>
				<description><![CDATA[「今時の若者は失敗を怖がりすぎている」「最近の若い人はチャレンジ精神がない」…という類の言葉は、おそらくどの時代でも言われてきた言葉のように感じます。 若者が失敗に恐怖を感じる理由は、人生経験が浅いために新しいことに必要]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「今時の若者は失敗を怖がりすぎている」「最近の若い人はチャレンジ精神がない」…という類の言葉は、おそらくどの時代でも言われてきた言葉のように感じます。</p>
<p>若者が失敗に恐怖を感じる理由は、人生経験が浅いために新しいことに必要以上に恐怖心を抱いているとか、先行きの見えない未来を悲観視したことで、人生で失敗をすると割りと洒落にならない目に遭う姿(例：貧困に苦しむ等)を想像してしまう…ことなどが、挙げられるでしょう。</p>
<p>しかし、ここに現代ならでは恐怖を感じる根源として加えたいのが「インターネット」の登場と発展です。</p>
<p>今回は、インターネットが失敗を恐れる若者の心理に、どのような影響を及ぼしているかに関する考察についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>人間関係も仕事も勉強も、失敗しない方法は全部ネット上にある現代社会</h2>
<p>今やスマホを使えば、仕事、勉強、恋愛、友達関係、スポーツ、趣味、子育て…など、あらゆる場面で失敗しないための情報を簡単に入手できる時代です。</p>
<p>しかも、その情報は基本的に無料であり、且つネット上に大量に存在している。もちろん、文章だけでなく、イラストや図解付きの解説、漫画で説明されているもの、動画(youtube)で説明されているものなど、あらゆる形式で存在しています。</p>
<p>更には、知恵袋や質問箱のように匿名で質問をして助言を聞くこともできますし、その道の専門家(自称含む)に無料で相談して、アドバイスを頂くことも可能。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、今のようにネットが発達する以前は、本で調べるにしても検索機能などあるわけなく、目次で確認して該当するページを開く手間が要りました。また、そもそも本屋や図書館に行って、お目当ての本を探すために労力を割く必要性もあったものです。</p>
<p>また、本以外には新聞なり、テレビの録画なり、あるいは両親や両祖父、先生、上司など、人生の先輩に相談することで失敗を回避する方法を探せたものです。</p>
<p>しかし、それらもインターネットと比較すると精度はお世辞にも高いものばかりとは呼べなかった。人生の先輩ではあるが、自分が悩んでいることの専門家でもあるとは限らず、求めていた答えが出てくる点では、インターネットには到底及ばないものでした。</p>
<p>このように、インターネットのおかげで人生における失敗を回避するためのアドバイスは、昔と比較するとはるかに入手しやすく制度も高い。</p>
<p>それも、ニッチで細かい悩みであっても、検索すれば何かしらのアドバイスが見つかるし、場合によっては知恵袋に投稿してアドバイスをもらうこともできる。</p>
<p>そんなインターネットの恩恵を受けて育ってきた若者の中には、「人生における失敗は限りなく減らせるし、むしろ試行錯誤もせず効率的に成功を収められる」と、疑いもなく考えている人が多いのではないかと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>検索すれば失敗を防げる情報が手に入る時代だからこそ、なおさら「失敗」に怖さを感じる</h2>
<p>ネット上に失敗しないための情報が溢れている現代において、もしも勉強、仕事、恋愛なりで失敗を起こしてしまえば、「これだけ失敗しない世の中なのに失敗するなんて…人としての基本的な能力に問題があるのでは？」と、周囲から過小評価を受けしまうことを恐れる心理が芽生えても不思議ではないように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>インターネットがない時代は、失敗を防ぐための情報を入手するのにも手間がかかりましたし、入手したとしても、それが自分に合っているものではないことも普通だった。</p>
<p>そのため、失敗するかもしれないけど、とりあえずやってみて感触を掴んでみたり、手探りでやってみてブラッシュアップをしていく中で、自分が求めていた成功を手にして、失敗してもおかしくない状況を上手く切り抜けてきたものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、今は簡単にネット上で失敗を避け、成功するための情報が手に入る。失敗する確率はグンと減り、試行錯誤の段階でウンウン悩む時間も味わうこともなく、効率的且つ容易に成功が手に入のが普通であるという認識を、若者は持っている。</p>
<p>そうなると、失敗することは、悪い意味でレアなケースであると認識してしまう。そんな悪い意味のレアケースに自分が該当しようものなら、当然恥や苦痛を強く感じるであろうことは想像できてしまう。</p>
<p>良くも悪くも、失敗しにくい豊かな世の中へと発展したことが、かえって失敗に対する恐怖心を強めているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、失敗が悪い意味でレアケースになると、無理に新しいことに挑戦するよりも、現状維持を貫き何もしない方が賢明である…という考え方を持つのも、至って自然だと感じます。</p>
<p>下手に挑戦するような真似をしなければ、失敗することはない。失敗しないのであれば、自分が悪い意味でのレアケースとなり嘲笑や中傷を受ける心配もないという安心感がある。だからこそ、現状維持に徹することは、失敗を恐れる若者からすれば理にかなっている行動と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>失敗したことがデジタルタトゥーとなって残り続ける恐怖</h2>
<p>インターネットでは失敗を防ぐための情報があふれてますが、同時に失敗したらどのような結末をたどるのか…という、失敗談も大量に存在しています。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>受験、就職活動、恋愛で失敗した人間の末路。</li>
<li>多額の借金を抱えた人間の末路。</li>
<li>将来なりたい夢を追いかけたものの、挫折した人の末路。</li>
</ul>
<p>など、見なければ幸せだったであろう情報までも、簡単に知れてしまうのがネットの功罪です。</p>
<p>ただ失敗して悲惨な目にあうだけでなく、どういうふうに悲惨になるのか、その過程でどのような苦難や屈辱が待ち受けているのかまでも事細かく知れる。そして、知ってしまったことにより、失敗した時に起きる最悪の状態を生々しくイメージできてしまうことが、失敗に対する恐怖心を強くさせているように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、失敗した人がネット上で笑いものになるだけでなく、どのようなことをやらかしたのかまでも半永久的に残り続けるのが、ネットの世界の怖さでもあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>号泣記者会見が大きな話題になり、動画サイトでMAD動画が大量に投稿された某県議会議員。</li>
<li>「スタップ細胞はあります」で世間を賑わした、某理系女子。</li>
<li>耳が聞こえないと称しながら、実はそれが嘘であることが発覚した某音楽家。</li>
<li>経営コンサルをしていたが、後に学歴・経歴詐称が発覚した某K氏</li>
</ul>
<p>など、おそらく一度は聞くなり見るなりしたことがあるであろう人たちは、今になっても時々ネタにされることがあるものです。</p>
<p>また、上で述べた人たちがどのようなことをやらかしたかについては、ネットで検索すればバッチリ出てきます。</p>
<p>このようにネット上で残る消せない過去の失敗のことを「デジタルタトゥー」と呼び、その名称からもわかるように、一度やらかしたことがネット上で書かれれば、それは半永久的に消せないという、刺青のような特徴を持っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現代において失敗を恐れる若者の中には、自分の失敗した姿がデジタルタトゥーとなる。そして、検索さえすれば多くの人から自分の失敗の内容を閲覧し、恥ずかしい思いを幾度となくする不安がある。</p>
<p>加えて、恥ずかしい思いをしているから情報を削除して欲しいと願っても、他の誰かがコピペを繰り返して完璧に削除されないどころか、むしろ拡散＆炎上へと発展し、文字通り火に油を注いでしまう結末になっても、なんらおかしくない。</p>
<p>そんなイメージが脳裏に浮かぶからこそ、余計に失敗に対する恐怖心が増しているのだとも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>SNSをやると自己肯定感が下がってしまうと感じる理由</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20756</link>
				<pubDate>Wed, 20 Feb 2019 11:03:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[自信・自己肯定感]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[自己肯定感]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=20756</guid>
				<description><![CDATA[今やtwitter、facebook、インスタグラムなどの各種SNSは生活の一部になっていますが、人SNSがあたり前の生活を振り返ると、SNSがなければ下手に自己肯定感を下げずに済んでいたのではないか…と感じることが多々]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>今やtwitter、facebook、インスタグラムなどの各種SNSは生活の一部になっていますが、人SNSがあたり前の生活を振り返ると、SNSがなければ下手に自己肯定感を下げずに済んでいたのではないか…と感じることが多々あります。(なお、最近ではSNSの他にも、youtubeなどの動画メディアも、これに含めてもいい気がします。)</p>
<p>SNSは、リアルの人間関係では会えない自分と同じような考えを持っている人とであったり、悩みを持っている人と顔を合わせずとも交流できるのが魅力的です。</p>
<p>しかし一方では、自己肯定感を下げてしまうほどに格上の人と関係を持ったことが原因で、つい嫉妬の炎を燃やしてしまったり、自分の不甲斐なさを実感して自分で自分が嫌になってしまう…そんな、気持ちにさせてしまう状況を招いてしまう側面もあります。</p>
<p>今回は、そんなSNSが自己肯定感を下げてしまう理由や背景について、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>SNSが自己肯定感を下げる理由</h2>
<h3>自分よりも優れている人の存在の多さ</h3>
<p>たとえば、SNSを主な活動拠点としている、イラストレーターや漫画家など、いわゆる「絵師」と呼ばれる人たちにとっては、自分よりも上手な絵を描く人や、自分には表現できないようなセンスを持つ人など、何かしらの点で自分よりも秀でている他の絵師の方が簡単に見つかってしまうのが、SNSの世界の残酷さでもあります。</p>
<p>SNSがなければ、リアルの知人・友人・仕事仲間など、ごく限られた人間関係の中で「絵が上手い人」という認識を得られて満足できていた人が、SNSが当たり前の現代ではリアルの関係では「絵が上手い」と言われても、ネット上では自分よりも上手な人が多いために「平凡」という評価を受けてしまう。</p>
<p>SNSの世界では自分よりも優れた技術や経験を持つ人が、現実の人間関係以上に大量にいるために、いつまでたっても「自分は優れている、技術がある」という実感が持ちにくい。結果として、絵が上手いということで自己肯定感が得られにくくなるのです。</p>
<p>もちろん、このことは絵の世界に限らず、勉強、スポーツ、仕事、社会的地位や肩書き、コミュニケーション能力、美貌、人脈…など、あらゆる場面で自分より秀でている人のアカウントが存在しているので、常に<strong>「自分は誰かと比較すると劣っている」</strong>という劣等感を抱かせるような状況に直面してしまう。</p>
<p>これこそが、SNSという不特定多数の人と関わりを持つことを可能にしたツールだからこそ起きる問題だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4342" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/eshi-syouninyokkyuu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="絵師、絵描きが承認欲求でストレスを抱える理由" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/eshi-syouninyokkyuu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/eshi-syouninyokkyuu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/eshi-syouninyokkyuu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4342" class="blog-card-title-link">絵師、絵描きが承認欲求でストレスを抱える理由</a></div><div class="blog-card-excerpt">Twitterやイラスト専用のコミュニケーションサイトpixivなどで自分の描いたイラストを投稿する人のことを、絵師(えし)と呼びます。
</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4342" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4342" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>容赦の無い批判コメ、ネガコメが来やすいこと</h3>
<p>誰かと比較して云々よりも、SNS上でより直接的に自己肯定感を下げる要因になるのが、容赦のない批判的なコメント、あるいはいわれのない誹謗中傷や罵詈雑言などの、いわゆるネガティブなコメント、アンチコメントが来やすいことです。<span style="font-size: 14px;">(なお、ここでいうコメントは文字だけでなく、コラ画像やスクショなどの画像も含む)</span></p>
<ul>
<li>匿名制である。</li>
<li>相手の顔・表情・声色などがわからない。</li>
<li>一大事になればアカウントを削除して逃亡することもできる。</li>
<li>多くの人が否定的なコメントを投げかけている状況であることが外部の人間からもわかりやすい。(例：ネガコメ、低評価の多さなど)</li>
</ul>
<p>…など、特定の相手を攻撃しても罪悪感や責任感を感じにくい心理になってしまう条件がSNSには存在しているため、リアルの人間関係ならおよそ口が裂けても言えないような厳しい言葉を気軽に言えてしまう。</p>
<p>そして、その厳しい言葉をモロに受けてしまったことで、自己肯定感を下げてしまいやすいのがSNSの世界なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>SNSで時間を潰している事に気づいて自分で自分が嫌になる</h3>
<p>身も蓋もない話ですが、ただSNSに入り浸り過ぎて、時間を無駄遣いしていることに気がついて、自分で自分が嫌になる。</p>
<p>ちょっとした隙間時間ですらも、SNSに費やしてしまった結果、一日で見れば細切れの時間であっても、合計すればかなりまとまった時間をSNSに費やしているという受け入れがたい事実を目の前にして、自分のどうしようもなさを感じてしまうことです。</p>
<p>なお、普段の生活を見渡せば、隙間時間をSNSに費やしている人は、決して自分一人ではないのは明白です。信号の待ち時間、電車の待ち時間、外食先で料理が出てくるまでの待ち時間…など、あらゆる待ち時間の暇つぶしとしてSNS(というかスマホ)は非常に優秀です。</p>
<p>その優秀さゆえに、多くの人が暇つぶし(あるいは時間の有効活用)として利用しているのも納得できます。</p>
<p>しかし、この納得感こそが、自分がSNSにより多くの時間を浪費していることを薄れさせてしまう厄介な側面もある。</p>
<p>つまり、「みんなSNSで時間を消費しているんだから、自分もSNSで消費しても問題ないよね」という自分への甘えを生んでしまう。そしてその甘えに負けた自分を、後々冷静になった時に自覚し、自分の不甲斐なさを身にしみて感じてしまうことが(筆者だけかもしれませんが)あります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人から認めてもらえる自分になることに夢中になって自分を見失う</h3>
<p>SNSで散々劣等感を感じるものの、現実世界では自己肯定感が育つほど恵まれた環境ではない…となった場合、SNSの世界を拠り所にして自己肯定感を育てていくこともあるでしょう。</p>
<p>SNS上で自己肯定感を育てるためには、とにかく多くの人から賞賛されたり注目を集めるような人物(アカウント)を作っていくことが基本になりますが、そこで起こるのが<strong>他人から認められる自分になった結果、自分自身を見失うことです。</strong></p>
<p>たとえば、絵師の場合SNS上にて自分の作品が認められるためには、自分の描きたい作品よりも、まずは流行りのジャンルの作品をよく調べてその作品を描くことが、閲覧数やいいねの数を稼ぎやすくなります。</p>
<p>そのほかにも、フォロワーの数が多い人や、あるコミュニティ内で影響力を持つ人と積極的に交流を持ちに言ったり、普段の投稿の中にお絵かきで役立つ情報を頻繁に投稿して、他人に有益な情報を与え続ければ、SNS上にて自分の存在を知る人を増やせます。</p>
<p>ただし、知名度獲得のためにやったこれらの行動は、あくまでも自分を過剰によく見せるために行ったことであり、本当の自分が認められているとは言えない。</p>
<p>閲覧数やいいねの数など、数字の推移では、確かに自分という人間が認められ評価されていることは明らかだけど、その数字はあくまでも自分をよく見せるためにやっているブランディングがうまく言っているだけで、本当に自分という人間が認められて評価されている…とは言えないことで自己肯定感を持ちづらくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>SNS上で評価されるためには、ある程度SNS上で評価されるような自分を演じることが重要。</p>
<p>しかし、演じれば演じるほどに評価は受けるものの、そもそもが演じているので自分を見失ってしまうのが、SNSという評価が客観的な数字でわかってしまうツールが持つ負の側面だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>SNSで他人から認められるのではなく、自分で自分を認められるようになるのが大事という考え</h2>
<p>SNSで自分が評価されているといっても、それは所詮は自分ではなく他人が評価した数字である以上、高いor低い評価を得るの自分の実力ではなく、他人のさじ加減次第で簡単に左右されてしまうことになります。</p>
<p>また、評価そのものが一時の流行や、有名な人に拡散されてもらったこと…など、自分一人の力ではどうにもならない要素が絡んでいるとなれば、SNSで確かな評価を得て自己肯定感を育てていく…という、画は描きにくいものです。</p>
<p>SNSの世界に入れば、上を見ればキリがないし、今はそれなりに上のランクに属しているといっても、新たに頭角を現してきたルーキー的な存在が出てくれば、簡単に劣等感を味わうハメになる…</p>
<p>そういったことを踏まえると「いっそのこと、SNSをやめたほうが自己肯定感を育てるのにはいいのでは？」という考えも出てきますが、SNSが当たり前の時代にそれは難しいとも感じます。</p>
<p>月並みな結論になりますが、SNSで自己肯定感を身に付ける場合は、他人から認められることに熱意を注ぐのではなく、自分で自分を認められるようになることが大事なのではないかと感じます。</p>
<p>誰かと比べて劣っているor優れているという他人を基準にするのではなく、過去の自分と今の自分とに絞って、自分の進歩を見ていくことがリアルの世界に限らず、SNSの世界でも基本だと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<hr />
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
<div class="booklink-box">
<div class="booklink-image"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F12907882%2F" target="_blank" rel="noopener"><img alt="" style="border: none;" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/1228/9784314011228.jpg?_ex=400x400" /></a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F12907882%2F" target="_blank" rel="noopener">自信をもてない人のための心理学</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></p>
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<div class="booklink-detail">フレデリック・ファンジェ/高野優 紀伊國屋書店 2014年09月</div>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>ネット上の馴れ合いがなぜ嫌われるのか</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6675</link>
				<pubDate>Fri, 04 Jan 2019 23:13:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[馴れ合い]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6675</guid>
				<description><![CDATA[SNSのタイムラインやリプライ欄、youtubeのコメント欄などで、なんとなく仲が良さそうな交流がされているものの、どこかその雰囲気が馴れ合いのように感じて近寄りがたさを覚える人は、少なくないと思います。 馴れ合いの仲で]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>SNSのタイムラインやリプライ欄、youtubeのコメント欄などで、なんとなく仲が良さそうな交流がされているものの、どこかその雰囲気が馴れ合いのように感じて近寄りがたさを覚える人は、少なくないと思います。</p>
<p>馴れ合いの仲でしか通じない身内ネタ、コアなネットスラング(いわゆる「語録」と検索して1,2番目にぐらいに出てくる例のアレとか…)、元ネタを知っている人なら意味がわかるコラ画像によるコメントのやり取りなど、ネット上の馴れ合いはどれも一見さんにはまず理解できない独特な雰囲気を持っています。</p>
<p>もちろん、こうした馴れ合いが主の交流を、限られた人しか参加できないクローズドなSNSやチャットなどで行うのであれば問題ありませんが、大抵は多くの人が閲覧できる場所で、当たり前のように行われることから、嫌われる原因になるのです。</p>
<p>今回はそんなネット上での馴れ合いが嫌われる原因について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>ネット上で馴れ合いが嫌われるわけ</h2>
<h3>内容のない雑談ばかりになって退屈</h3>
<p>リアルの世界での馴れ合い同様に、ネットの世界の馴れ合いも内容らしい内容がない雑談になり、退屈感を感じるコミュニケーションになりがちです。</p>
<p>もちろん、積極的に会話に意味を求めず、なんとなく心地いいだけの時間を楽しみたい人からすれば、こうした会話は非常に充実していると感じますが、一方でネットを使って自分の気になる事を誰かから聞きたい、調べたいという会話に中身を求めている人からすれば困りものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>やめどころを見失った会話で無駄に時間を消費してしまう</h3>
<p>内容がない事との続きですが、馴れ合いの会話には終着点(いわゆるオチ)が設定されていない物が多いため、どこで会話を切り上げたらいいのか、馴れ合いの参加者同士でもよくわからない。</p>
<p>そのため、会話はダラダラと続けられる、場合によっては同じ会話を繰り返すことで会話が無駄に引き伸ばされる。内容らしい内容がないのに加えて、沈黙を避けるためのその場しのぎとして何度も同じネタを繰り返されてしまう。そんな不毛な会話に対して、オチをつけておらせることができず、延々と時間を消費してしまむことが、ネット上での馴れ合いが嫌われる原因です。</p>
<p>近年問題になっている、SNSで夜遅くまで友達とおしゃべりをしすぎたせいで、中高生の睡眠リズムに支障が出ているケースも、こうしたやめどころを見失った会話がスマホを介して行っていることが原因とも見れます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>余計な気遣いや空気読みをするストレスを感じる</h3>
<p>例えば、自分と仲良く交流している人が、馴れ合いの空気を楽しんでいることがタイムラインを見ていてわかるとき、「その様子を黙ってスルーするのはなんだか申し訳ない」「自分も馴れ合いの輪に加わらなければいけない」などの余計な気遣いをしてしまうことが、馴れ合いの仲が嫌われる点と言えます。</p>
<p>リアルの生活でも、社会人or学生として、自分の所属している集団からこぼれ落ちないように、気遣いや空気読みをすることでストレスを感じている人からすれば、ネット上ですらも暗黙の空気を読み合う関係に自分を置くことで、余計なストレスを抱えることは避けたいものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>馴れ合いの仲が良すぎるために疎外感を抱いてしまう</h3>
<p>また、馴れ合いの仲が強すぎるコミュニティに出会った場合は、たいへん仲がよいコミュニティと比較して自分のちっぽけさを感じることで辛い思いをしてしまう…つまり、疎外感を抱いてしまう辛さもあります。</p>
<p>周囲に誰もいない場所で一人ぼっちになるのと、自分の周りに仲良くしてるグループが居る中で一人ぼっちになった場合、後者の方がより強い孤独を感じるのと同様に、オープンな関係が築けるSNS上にて、自分とは全く関係のない人たちがやたら仲良く馴れ合っている光景をみるだけで、強い疎外感を抱いてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>馴れ合いが激化し排他的なコミュニティへと発展するリスクがある</h3>
<p>馴れ合いの輪の結束力が強すぎるために、だんだん両極端で過激な思想に陥ってしまう、輪の中の同調圧力が強まって排他的なコミュニティに窮屈さを覚えてしまうことがあります。</p>
<p>これは、心理学では<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2875">集団極化</a>と呼ばれているもので、話し合いで意見が保守派、革新派のように両極端に偏ることを指します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお一口に「排他的」と言っても、</p>
<ul>
<li>自分のコミュニティとは異なるコミュニティに排他的になるパターン。(例：プロ野球のライバル球団のファン及びコミュニティに対して排他的になるなど)</li>
<li>自分のコミュニティに所属するメンバーに向けて排他的になるパターン。(例：ファン歴の長い人が、ファン歴の短い人や新規のファンを見下す。同じファン同士での方向性の違いによる仲間割れなど)</li>
</ul>
<p>などのパターンがあります。</p>
<p>なお芸能人のファンのコミュニティが先鋭化しやすいのは、「好きなもの」がベースにあるコミュニティは、その対局にある「嫌いないもの」を存在に敏感であるため、意見が過激且つ先鋭化しやすくなりがちであると考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>下品・センシティブな言葉による馴れ合いがある</h3>
<p>冒頭でも触れた某語録(一応自己責任で検索してください)のように、馴れ合いの仲で通用するあるお決まりの言葉の数々には、元ネタを知らない人だと、ただの下品な内容の言葉にしか解釈できなかったり、差別や偏見を感じさせるセンシティブな内容の言葉が含まれており、不要な誤解を招く可能性があります。<span style="font-size: 14px;">(そもそも元ネタが下品且つセンシティブなので、こうなるのはある意味仕方ない側面もある)</span></p>
<p>およそその語録に関する知識を持ち合わせていない人が、頻繁に出入りするネット上のコミュニティはもちろんのこと、リアルの人間関係でも迂闊に変な誤解を招くような発言をするのは避けるのが求められる中、平然と語録を使った発言をして馴れ合いを誘う空気をつくり出そうとする人が絶えないことから、嫌われてしまうのです。</p>
<p>もちろん、語録による馴れ合いそのものを否定しているわけではありません。あくまでも、下品でセンシティブな内容を含むので、その言葉を用いても大丈夫なTPOをよく見極めた上で、コミュニケーションを楽しむことを心がけることが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>悪ノリ、炎上の温床となるリスクがある</h3>
<p>馴れ合いの空気感が、比較的穏やかなものではなくなり、差別的・攻撃的な内容を含んだ投稿が挨拶がわりのように投稿されるようになった結果、悪ノリとしかえいない空気感が生まれてしまうことがあります。</p>
<p>集団になって過激な投稿をしているため、悪ノリに参加している人たち個人が感じる責任感や罪悪感は薄れてしまう。(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2918">集団心理</a>)　そして、そのことが更なる悪ノリに拍車を掛けてしまい、ネット炎上となったり、悪ノリのターゲットとなった人に脅迫文(メールorハガキ)を送りつけるなどの犯罪行為へと繋がることもあります。</p>
<p>なお、ネット上では一人が複数のアカウントを駆使することで、まるで多くの人が悪ノリに参加しているように演出できるのも、リアルの馴れ合いには見られない特徴です。</p>
<p>ネット上で多くの人がノリに流されてある特定の人をバッシングしているように見えても、それは一個人が複数アカウントを利用して、あたかもたくさんの人がバッシングしているように錯覚させるためのテクニックなのです。</p>
<p>もちろん、バッシングの他にも、</p>
<ul>
<li>ある商品がたくさん売れているように見せるために、高評価のレビューや商品を褒めちぎる投稿を大量にする。(ステルスマーケティングでも使われる。)</li>
<li>ある芸能人の悪い噂が出た時に、炎上を未然に防ぐために擁護、応援のコメントを大量に投稿する。(いわゆる「火消し」のこと)</li>
</ul>
<p>などがあります。</p>
<p>いずれも、ネット場の特定の人達の意見や感情を誘導するために行っている点は同じです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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										</item>
		<item>
		<title>すぐにアンチ認定するに感じる違和感</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6469</link>
				<pubDate>Mon, 17 Dec 2018 18:29:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アンチ]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>

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				<description><![CDATA[ある芸能人や有名人に関して話しているSNSのタイムラインであったり、youtubeのコメント欄において、(否定的な意見ならまだしも)疑問を示す書き込みや絶賛以外の書き込みを見るだけで「アンチが出た」という具合のコメントを]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>ある芸能人や有名人に関して話しているSNSのタイムラインであったり、youtubeのコメント欄において、(否定的な意見ならまだしも)疑問を示す書き込みや絶賛以外の書き込みを見るだけで「アンチが出た」という具合のコメントを見かけることがあります。</p>
<p>特に炎上まがいのネタや、ネットのノリなら許容されるけど、リアルのノリであれば難色を示す人が多い、過激な芸風のyoutuberに関する話題を(怖いもの見たさで)見ていると、その芸風に対する心配の声ですらも「アンチかよｗ」「嫌なら見るな」という書き込みが次々と出ており、なんだか恐ろしさを感じずにはいられません。</p>
<p>もちろん、こうした誰かの書き込みをアンチ認定する発言は、youtuberの動画を見ている視聴者間のみならず、動画を投稿している張本人も同様です。</p>
<p>今回は、そんなアンチ認定したがる人を見ていて思うことについて、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>まともなコメントも「アンチ」で片付けてしまう人に感じる危うさ</h2>
<p>なんでもアンチ認定する人に見られるのが、自分が受け入れたい言葉以外は全て「アンチ」の一言でまとめ、聞くに値しないもの、無視しても問題ないものとして処理していることです。</p>
<p>もちろん、中には単なる誹謗中傷であったり、某語録のコピペのような言葉で茶化すコメントもあり「それはアンチ認定されても仕方ないよなぁ…」と思うものもあります。</p>
<p>しかし、なんでもアンチ認定したがる人は、自分がやっている過激な行動(あるいは応援している人の過激な行動)に向けられるまっとうな意見、疑問、質問と言った耳を傾けることも必要な書き込みですらも「アンチ」と決めつけ、聞くに値しないものと決め付ける。</p>
<p>過激すぎるがゆえに、動画投稿者本人がデジタルタトゥーを残すリスクがある行動への心配の声ですらも、全て「アンチ」の一言で片付けて、全く聞く耳を持とうとしないことが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>その姿は、まるで自分に対する<strong>絶賛のコメント以外は認めない</strong>という強い姿勢を感じずにはいられない。</p>
<p>たとえ耳が痛い意見であっても、それは自分に恥をかかせる攻撃の言葉と見なす。そして攻撃の言葉と見なしているからこそ、アンチと決めつけてこき下ろす自身の行為は正義だと自己正当化し、他人に対して排他的な態度を取ることを問題のない行為として考えてしまうことは、傍から見ていて、独善的で、暴力的で、向こう見ずな正義感であると感じてしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>疑問や質問の声も「アンチ」とみなす思考の極端さ</h2>
<p>アンチ認定したがる人に顕著なのが、毒舌や正論をぶつけるように手厳しい意見を残すコメントならまだしも、<strong>穏やかで落ち着いている文体で疑問や質問を残すコメントですらも「アンチ」と決めつけてしまう極端さが目立ちます。</strong></p>
<p>およそアンチと呼ぶには程遠い穏やかな意見、純粋な疑問や質問の声ですらも、アンチと決めつけて跳ね除けてしまう姿は、ファンからアンチへと豹変してしまう人に見られる二極思考に通ずるものを感じます。</p>
<p>まるで、自分を絶賛する人以外は皆、自分のことを攻撃しようとする人、妬んで足を引っ張ろうとする人、自分に悪意を持っている人…と、この世の中には「絶対的な味方(ファン)」か「絶対的な敵(アンチ)」しか存在していないという、両極端なものの見方をしているのではないかとすら思えてきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>冷静に考えれば、味方(ファン)、敵(アンチ)以外にも、</p>
<ul>
<li>味方ではあるが、敵の意見にも納得できるものを感じている人。(その逆も然り)</li>
<li>中立の立場の人。</li>
<li>「どうでもいい」と立場を表明する気すらない人。</li>
<li>立場がどうのこうの以前に、youtuberだの有名人だのことを知らない人。</li>
</ul>
<p>など、色んな立場の人がいるはずなのですが、それを無視して味方か敵かの二種類で判断してしまう。</p>
<p>上でも述べたSNSの投稿をしているアカウントやyoutuberなどの、情報発信をする立場の人も、そして彼らのファン人も、どちらもこうした極端なものの見方で味方か敵かを白黒つけたがる様子は、まるで集団極化に陥って中庸な考え方ができなくなっている人や組織を見ているように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>仮想敵の「アンチ」を作り出す事で、現実と向き合うことを避けているように見える</h2>
<p>上述しているように、やたらアンチ認定をしたがる人は「アンチと呼んでいいのだろうか？」と思える書き込みですらもアンチ認定することで、相対的に自分は正しいんだ、間違っていないんだという実感を得ることに必死になっているかのように感じることがあります。</p>
<ul>
<li>「本当は自分のやっていることは、ただのわがままでしかないのでは？」</li>
<li>「見たくないもの、聞きたくないものを拒絶し続けているだけの駄々っ子ではないのか？」</li>
<li>「やっぱり非常識で過激なことをやっているだけだから、やめた方がいいのではないか？」</li>
</ul>
<p>という、自分に対する懐疑心や良心の呵責に耐えることに葛藤を感じている。</p>
<p>その結果、仮想敵の「アンチ」という存在を作り出し、アンチを攻撃することで葛藤から逃れているようにも分析できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうした心理に関しては書籍『平気でうそをつく人たち』で語られている「悪性ナルシシズム」が関連していると解釈できます。</p>
<p>この書籍では悪性ナルシシズムについて</p>
<blockquote><p>・自分の罪悪感と自分の意志とが衝突した時に、敗北するのは自分の罪悪感であり、勝ちを占めるのが自分の意志である。</p>
<p>・罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する。</p>
<p>・他者をスケープゴートにして、責任転嫁をする。</p>
<p>・他人に善人だと思われることを強く望む。</p>
<p style="text-align: right;"><span style="text-align: right;">(『平気でうそをつく人たち』より)</span></p>
</blockquote>
<p>と説明しています。</p>
<p>何でもアンチ認定したがるために、罪悪感や良心の呵責とは無縁のように見えますが、実は罪悪感や良心の呵責はしっかり感じている。</p>
<p>しかし、それらを自分の中で上手く処理したり、耐えることができないので、スケープゴートとしての「アンチ」の存在を自ら作り出し、アンチにすべての責任を擦り付けることで、自分が向き合うべき問題から目を背けようとしているとも考えることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「アンチ」をスケープゴートにしないことが大事</h2>
<p>当然ながら、こうしたアンチ認定してバッシングする行為そのものは、動画や情報を発信する側からすれば、自分にとって不都合な意見を聞こうとしないどころか、聞かないことを自己正当化して開き直っていると見られても無理はありません。</p>
<p>また、一ファンとして勝手にアンチ認定してバッシングすれば、過激なファンがいるとして発信する側を困らせたり、ファン同士での衝突を生んでしまう原因になります。</p>
<p>自分がどちらの立場になるにせよ、「アンチ」という言葉を拡大解釈し、ていのいいスケープゴートとして自分の罪悪感を擦り付けようとしていることに気付くことが大事だと思います。</p>
<p>もちろん、アンチが何もかも悪いと決めつけ、「自分は悪くないし、罪悪感と向き合わなくてもいい」という姿勢をとることで、情報発信者とファン、あるいはファン同士で芽生える絆もあるでしょう。</p>
<p>しかし、スケープゴートを作り出すことで問題を解決する前例を作ってしまえば、その前例に倣って、今度は自分がアンチ認定されてスケープゴートにされてしまう…という因果応報なオチになっても文句を言えないことは、簡単に想像できるのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5827" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/fan_anchika_shikumi-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="熱狂的なファンがアンチ化するメカニズム" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/fan_anchika_shikumi-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/fan_anchika_shikumi-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/fan_anchika_shikumi-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5827" class="blog-card-title-link">熱狂的なファンがアンチ化するメカニズム</a></div><div class="blog-card-excerpt">スポーツや芸能の世界では、彼らの活躍を応援し支えるファンの存在がいつでもいるものです。

しかし、そのファンが、応援している彼らに対して</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5827" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5827" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3908" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/anti-shitto-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="アンチは何に嫉妬をしているのか　アンチコメの裏にある心理・背景について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/anti-shitto-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/anti-shitto-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/anti-shitto-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3908" class="blog-card-title-link">アンチは何に嫉妬をしているのか　アンチコメの裏にある心理・背景について</a></div><div class="blog-card-excerpt">ネット上で有名人やクリエイターにしつこく絡んでちょっとストーカーのように嫌がらせを行う人のことをアンチと呼びます。

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<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
<div class="booklink-box">
<div class="booklink-image"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fexec%2Fobidos%2FASIN%2F4794218451" target="_blank" rel="noopener"><img alt="" style="border: none;" src="https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/51lHRlWNR5L._SL160_.jpg" /></a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" width="1" height="1" /></div>
<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=https%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fexec%2Fobidos%2FASIN%2F4794218451" target="_blank" rel="noopener">文庫　平気でうそをつく人たち　虚偽と邪悪の心理学 (草思社文庫)</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=792396&amp;p_id=170&amp;pc_id=185&amp;pl_id=4062" width="1" height="1" /></p>
<div class="booklink-powered-date">posted with <a href="https://yomereba.com" target="_blank" rel="nofollow noopener">ヨメレバ</a></div>
</div>
<div class="booklink-detail">Ｍ・スコット・ペック 草思社 2011-08-05</div>
<div class="booklink-link2">
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</div>
</div>
<div class="booklink-footer"></div>
</div>
</div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>熱狂的なファンがアンチ化するメカニズム</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5827</link>
				<pubDate>Thu, 08 Nov 2018 17:21:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アンチ]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>

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				<description><![CDATA[スポーツや芸能の世界では、彼らの活躍を応援し支えるファンの存在がいつでもいるものです。 しかし、そのファンが、応援している彼らに対して失望してアンチと化して、今まで応援していた対象に対して攻撃的な行動をとることも、残念な]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>スポーツや芸能の世界では、彼らの活躍を応援し支えるファンの存在がいつでもいるものです。</p>
<p>しかし、そのファンが、応援している彼らに対して失望してアンチと化して、今まで応援していた対象に対して攻撃的な行動をとることも、残念ながらよく見られるものだと思います。</p>
<p>例えば、プロスポーツ選手or団体を応援していたファンが、あまりの不調っぷり失望して、汚いヤジを口にするようになったり、ネット上で辛辣なコメントで応援対象を叩くようになる…と言う具合です。(なお、こうした光景は見る人によっては「なんだかんだ言って、まだファンなのでは？」「実は愛の鞭として、あえて厳しめに応援しているのでは？」見られることもあります。)</p>
<p>今回はこうしたファンがアンチがする心の動き、メカニズムについてお話ししたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2636" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/anti-sinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="アンチになる人の心理・特徴　どうして嫌いなものに付きまとってしまうのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/anti-sinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/anti-sinri-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2636" class="blog-card-title-link">アンチになる人の心理・特徴　どうして嫌いなものに付きまとってしまうのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の好きな漫画家やイラストレーター、コスプレイヤー、芸能人、スポーツ選手などを応援する人のことを「ファン」と言いますが、一方で応援ではなく</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2636" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2636" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>熱狂的ファンが持つ「応援対象＝自分」という心理</h2>
<p>熱狂的なファンは、ギャラが出るわけでもないのに応援している人やチームのために、やたらアクティブで積極的に応援することがあるものです</p>
<p>言い方は悪いかもしれませんが、所詮は他人事なのに、まるで自分のことかのように愛着や親近感を覚えて、応援することに夢中になっているようにも見えることでしょう。</p>
<p>心理学では、こうした他人や集団と自分と結びつけて考えること「集団同一視」と呼びます。</p>
<p>集団同一視は、ある集団に所属する事が心地よく感じられると同時に、その集団に対して親近感を抱き、貢献したいという気持ちを抱く心理の事です。</p>
<p>また、集団に対して貢献していくうちに「集団=自分」、つまり「応援対象=自分」と考えるようになり、ますますファンとしての活動に夢中になっていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「応援対象=自分」と考えているからこそ、チームの活躍や勝利を自分のことに事のように喜びます。また、ただ応援しているだけの傍観者ような立ち位置ではなく、自分もチームの一員と考えるような距離感の近さも見られます。</p>
<p>一ファンであると同時に、自分はチームの一員だと考えているから「チームのために必死になって応援して、勝利や勝利に貢献するのは当然のこと」と、応援を一種の義務感や責任感を感じるものとして考えるようもなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さらに、ファンとして応援する自分そのものに自分らしさ(アイデンティティー)を感じて、「応援対象＝自分らしさ」と結びつけることもあります。</p>
<p>応援対象によっては、例えば、ただスポーツをするだけの無機質なスポーツ選手としてではなく、スポーツを通して多くの人に自分の感じている気持ちやメッセージ(例：世界平和、地域貢献など)を伝えたり、場合によっては哲学や思想等を伝えて、ファンとの交流を大事にする人もいて、その気持ちに感化された熱狂的なファンが付く光景はよく見られます。</p>
<p>応援対象が持つ思想と自分と重ねあわせて、「応援対象の持つ思想＝自分らしさ」という考えを形成していると言ってもいいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>応援対象の否定を自分自身(アイデンティティ)の否定と感じて苦痛を感じる</h2>
<p>しかし、応援対象がいつも試合に勝利をしてばかりだとか、活動が好調で人気が右肩あがりに伸びている…と言うものではありません。</p>
<p>また、応援対象がビジネスとして活動している場合だと、人気低迷を受けて今までのファンを切り捨て、新規のファンを取り込むために、大幅な路線変更を行うこともよくあるものです。</p>
<p>上でも述べたように「応援対象=自分」と結びつけているために、活動の不調や路線変更といった、一ファンのちからではどうにもできない事を自分自身の否定と捉える、場合によっては自分らしさアイデンティティーまでも否定されたと感じて強い精神的苦痛を感じてしまいます。</p>
<p>また、応援対象の不調を見て、自分がチームの一員として貢献しているのに、それに対する見返りがないことだと感じて苦痛を覚えることもあります。</p>
<p>例えばプロ野球で贔屓球団がおり、自分の貴重な時間、量力、金銭を労力を使って球場に出向いて応援しているのにもかかわらず、いつも負けてばかりだと「自分のファンとしての努力が否定された」ように感じて不愉快な気持ちが募って行くものです。</p>
<p>しかし、不愉快なのは他のファン同じですし、ファンだからこそじっと耐えて粘り強く応援することも大事と言う理性的な気持ちもあるので、イライラした気持ちとそれを抑えてこらえる辛さの板挟み(＝葛藤、フラストレーション)に苦しみます。</p>
<p>そして、募った葛藤が抑えきれなくなると、アンチ活動に出てしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>苦痛の矛先が応援対象に向かいアンチと化す</h2>
<p>ファン活動をして抱えた靴が我慢の限界を迎え、汚いヤジや誹謗中傷などの攻撃的な行動として、怒りや不満の矛先が応援対象に向かいます。</p>
<p>攻撃的な行動をとることで、今まで感じていた不快な気持ちを発散させ、精神的な安定を保とうとしているのです。</p>
<p>なお、当の本人が「これも応援の一種」と、あくまでもやっと自分のやっている事はファン活動であり、アンチ活動ではないと認識していることがあります。</p>
<p>仮にこの行動をファン活動として見た場合、ファンとして純粋に応援したい気持ちとは裏腹に、アンチのように攻撃的な行動とってしまう事は、自我防衛機制の反動形成と見ることができます。</p>
<p>反動形成は、いわゆる「ツンデレ」のように、好意のある相手に対して相手冷たい態度取るといった、自分の気持ちと逆の行動をとることで心理的な安定を保とうとする心の動きを指す言葉です。</p>
<p>冒頭で触れた、「アンチ活動をしているように見えて、実はファンなのでは？」と感じてしまうのは、活動防衛規制の反動形成をもとに考えると納得できる理屈と言えます。</p>
<p>なお、苦痛の矛先が応援対象以外に向くこともあります。例えば、贔屓球団のライバル球団に対して挑発的な態度を取るように、八つ当たり(＝防衛機制の置き換え)として出ることもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>キューブラー・ロスモデルから見るファンがアンチに変わるメカニズム</h2>
<p>ファンが半地下するメカニズムについて、集団同一視や防衛機制の他にも、「キューブラーロス・モデル」を用いて説明していきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>キューブラーロスモデルの概要は以下の通りです。</p>
<blockquote><p>「キューブラー・ロスモデル」とは、末期ガン患者が自らの最後を受け入れる過程をまとめたものであり、以下の5つに分かれています。</p>
<p><strong>否認：自らが死ぬ事は本当なのかと疑い否定する。</strong></p>
<p><strong>怒り：なぜ自分が死ななければいけないのか怒る。</strong></p>
<p><strong>取引：生きながらえられるように、様々な手段を尽くす。</strong></p>
<p><strong>抑うつ：すべての努力は無駄だと悟り落ち込む。</strong></p>
<p><strong>受容：自らの死をようやく受け入れる。</strong></p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 12px;"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5698">期待が裏切られるとどうして辛く感じるのか</a>、より</span></p>
</blockquote>
<p>アンチ化するファンは、抑うつ、受容の段階までたどり着けず、否認～取引までの段階を延々と繰り返しているのだと考えることもできます。</p>
<p>以下、否認、怒り、取引の各段階について解説していきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>否認</h3>
<p>自分の応援対象が不調に悩んでいる現実実を認めようとしない。路線変更した事実を受け入れられず、応援対象に対して疑いの目を向けてしまうことです。</p>
<p>集団同一視でも触れたように、応援対象と自分を重ね合わせているため、応援対象の否定は自分自身の否定と感じており、自分が否定されるているという事実を認められずに取り乱したり、冷静でいられなくなることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>怒り</h3>
<p>応援対象だけでなく、自分自身までも否定されること強い怒りを感じている状況です。</p>
<p>しかし、怒りを感じている人の中には自分自身が応援対象と同一視している自覚を持てず、不調や路線変更に納得できず、純粋に怒りを覚えているだけだと考えている場合もあります。</p>
<p>もとより、否認、怒りによって冷静さを失なっているいるために、「応援対象=自分自身」と俯瞰的な視点で応援対象と自分との関係性を認知し難いことも、純粋に怒りを覚えていると感じる一因だと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>取引</h3>
<p>自分が否定されている状況なんとか乗り切るために、あえてアンチ活動と見られてしまうような攻撃的な応援をしてしまうことです。</p>
<p>ヤジ、誹謗中傷、ネガティブなコメント…など、状況を知らない人からすれば「アンチだ」と判断される行動であっても、本人からすれば自分が感じている不快感や怒りを解消し、精神的な安定を図るために行っている行動です。</p>
<p>なお、取引の先には「抑うつ」…つまり、自分のやっている(アンチ)活動ですらも全て無駄と悟って、落ち込む苦痛を耐えなければいけません。</p>
<p>その苦痛に耐えられないために、取引の段階から先に進めず「否認→怒り→取引→否認…」を延々と繰り返しているのだと考えることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1891" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/1bitsikou-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="SNSでファンからアンチに豹変する人が持つ二極思考について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/1bitsikou-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/1bitsikou-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1891" class="blog-card-title-link">SNSでファンからアンチに豹変する人が持つ二極思考について</a></div><div class="blog-card-excerpt">SNS上で「今まで○○先生のファンでしたけどやめます」と言って勝手にブロックしたり、急にクソリプ(クソみたいなリプライの意)を投げて、ファン</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1891" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1891" alt="" /></a></div></div></div>
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アンチの人は、短期間だけネガ米を書く場合もあれ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4196" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4196" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>SNSのアカウントを削除する心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5765</link>
				<pubDate>Tue, 06 Nov 2018 13:34:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=5765</guid>
				<description><![CDATA[SNSは、自分と似たような興味や関心を持っている人と手軽に友達になれるツールであると同時に、やたら人間関係を増やしすぎてSNS疲れを起こしてしまうことがあります。 ただSNSに疲れてしまうだけなら、アカウントを放置してR]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>SNSは、自分と似たような興味や関心を持っている人と手軽に友達になれるツールであると同時に、やたら人間関係を増やしすぎてSNS疲れを起こしてしまうことがあります。</p>
<p>ただSNSに疲れてしまうだけなら、アカウントを放置してROM専にするのも方法の1つですが、中にはアカウントそのものを削除して、SNSから去ってしまう人もいます。</p>
<p>今回はそんなSNSのアカウントを削除する心理についてお話しいたします</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>用もないのにSNSを見る時間が苦痛になった</h2>
<p>SNSに依存しているときの行動として、何の目的もなく気がつけばSNSを見てしまう…というものがあります。</p>
<p>目的もなくSNSを見る時間のは、たとえ1回あたりの時間が短くても、1日あたりで見れば数十分～数時間に及ぶこともあり、馬鹿にできません。</p>
<p>なお、SNSを閲覧しているからといって必ずしも自分にとって有益な情報や、自分が求めて求めている情報が必ず手に入ると言うわけではありません。</p>
<p>むしろ、タイムラインを永遠とさかのぼったりSNS内の検索をかけても、別に知っても知らなくてもさして人生に影響がない情報が延々と続いており、実に不毛で実りのない時間を過ごす羽目になります。</p>
<p>しかし、ごくまれに、どうでもいい情報の中に有益な情報が紛れ込んでいることがあり、その情報を見つけたときは非常に充実した気持ちになれるものです。</p>
<p>ただし、そんなことは本当にごく稀で、SNSで情報探索しても有益な情報を手に入れられないことが多く、無益の時間を延々と過ごす苦痛があります。</p>
<p>なお、このことはROM専でも同じです。アカウントそのものを削除してSNSと強制的にでも距離をおかないと限りは、無益な時間を過ごす苦痛を味わうことになるので、アカウントを潔く削除してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>情報過多に耐え切れられなかった</h2>
<p>SNSから得られる情報は、テレビや雑誌と違って際限がなく、その気になれば大量に情報ニュース入手することができます。</p>
<p>しかし、あまりの情報の多さに、タイムラインを追うことすら辛くなり、情報過多に耐えきれなくやることもあります。</p>
<p>また、上で述べているように、SNSに投稿されてる情報の多くは、知っても知らなくてもさして影響のない情報が大半であり、自分にとってあまり価値のないものに対して貴重な時間と労力を使用する不毛さに耐え切れなく、SNSアカウントを削除してしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>コミュニティ内の空気の読み合いに疲れた</h2>
<p>SNSにおいて、自分がつながっている友達同士のグループやコミュニティ内でのみ通用する、暗黙の了解や空気の読みあいに疲れてしまい、アカウントを削除することがあります。</p>
<p>例えば、同じ趣味を持つ人同士のSNSのつながりにおいて、グループ内で影響力を持つ人の機嫌を損ねないように、喋りたい話題を自由につぶやけないしんどさがあったり、影響力のある人の投稿に対して必ず肯定的なコメントを残さなければ、グループから干されれてしまう恐怖を味わうことがあります。</p>
<p>まるで、リアルの世界で上司や先輩に対しておべっかを使い、ご機嫌をとり、接待をしているかのような緊張感のある時間を、ネット上でも繰り返して行っていると考えれば気が休まりません。</p>
<p>他にも、</p>
<ul>
<li>既読スルーは厳禁、</li>
<li>投稿を見たら何分以内にコメントを返さなければいけない。</li>
<li>〇〇さんの投稿に対しては必ずリツイートや拡散をして応援する。</li>
<li>ネガティブなコメントはNGで必ずポジティブなコメントをするべき。</li>
</ul>
<p>など、の暗黙の了解が多すぎる。かと言って、守らなければグループ内での自分の居場所を失ったり、ハブられる不安があるために、無理をして暗黙の了解に付き合い疲れてしまうのです。</p>
<p>次第に趣味のつながりが嫌いになるだけでなく、最悪の場合は趣味そのものに対しても気力が失せてしまうことがあります。</p>
<p>そんな結末にならないためにも、自分にとって合わない人間関係から距離を置き、誰かのペースではなく自分のペースで趣味を楽しめるために、アカウントを削除しているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人のキラキラと日々の投稿を見るのが辛くなった</h2>
<p>facebookや、Instagramなどのおしゃれな写真を投稿するSNSでは、つい投稿するときに見栄を張ってしまい、実生活の中でも特に人に自慢できる瞬間だけを意図的に切り取り、且つ脚色や演出を施して投稿してしまうものです。</p>
<p>多くの人から自分の投稿を見られる以上、人からよく見られたい、羨望や憧れの目で見られたいと言う気持ちが、投稿内容に反映されていると言っても良いでしょう。</p>
<p>しかし、こうしたキラキラとした日々を感じさせる投稿は、見る人によっては自分の生活の不甲斐なさ、貧しさ、品の無さ、変わり映えのなさなどを強く実感するものとなり、やるせない気持ちに襲われることがあります。</p>
<p>もちろん、投稿されているものが意図的によく見えるように脚色が施されていると頭で理解しているものの、目にしてしまうと自然に自分の生活と比較して、自分の生活の彩りのなさにがっかりしてしまうことが避けられない。</p>
<p>そんな辛さを味わうことがないように、あえてアカウントを削除する。そして、自分の視界に誰かのキラキラとした日常が入らないように、自分で自分を守っているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>見なければよかった他人の一面を知るのが辛くなった</h2>
<p>SNSでは、自分の興味を持った人の過去のタイムラインを遡れば簡単に知ることができます。</p>
<p>しかし、過去の情報を遡った結果、実は人には言えないようなやましいこと(例：グレーな仕事をしていた、悪質な出会い目的の投稿をしていた、育ちの悪さが写真から確認できてしまった…など)知らなきゃ良かったことまで知ってしまい、幻滅することがあります。</p>
<p>また、興味を持った人の友達関係を調べていくと、ネットビジネスやマルチ商法などの胡散臭く香ばしい人たちとの交友関係が今も続いている事が分かってしまい、そんな胡散臭い人との関わりがある人とを関わりを持ち続ける人ことが辛くなるのです。</p>
<p>第一印象は大変良かったのに、その人の人となりを作調べていくと、第一印象の良さではカバーしきれないほどの悪材料が大量に出てきた…と言う経験を何度も重ねていくうちに、SNSで新しい交友関係を築くことがアホら感じた結果、アカウントを削除してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>仲間内での流行についていくのに疲れ</h2>
<p>自分が所属しているSNSのグループ内で流行しているものについていけなければ、自分が集団から取り残されてしまい、孤立してしまう不安があります。</p>
<p>ついていく流行が自分にとって何かしら興味があればまだマシですが、全然興味のないものであったり、正直嫌いだと感じるものであっても、自分が孤立してしまうことと比較すれば我慢して流行についていくことを選んでしまう。そして、慣れないことに時間と労力を費やしたために、疲労が溜まってしまいます。</p>
<p>また、ある流行が終わったとしても、さらなる流行が登場してくるので、いつまでたっても流行を追い続けるものの、どこまで追い続ければいいのかと言うゴールが見えない不安に苦しんだ結果、まるで人間関係リセット癖を発動するかのように、急にアカウントを削除してしまうのです。</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2264" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/ningenkankeireset-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="人間関係をリセットする人の心理や特徴について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/ningenkankeireset-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/ningenkankeireset-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2264" class="blog-card-title-link">人間関係をリセットする人の心理や特徴について</a></div><div class="blog-card-excerpt">人間関係リセット癖とは、急に人付き合い友達付き合いをやめてしまう、定期的にSNSのアカウントを削除したり連絡先を削除してしまう癖のことです。なぜ人間関係をリセットするのか、その原因や特徴、心理を解説しています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2264" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2264" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>仲がよかった人が過激になっていく様に耐えられなかった</h2>
<p>SNSで比較的穏やかな交流を続けていたと思っていた相手が、いつしか過激な思想や思考にとらわれ、攻撃的な投稿を繰り返すようになっていくことに耐えきれず、アカウントを削除してしまう事もあります。</p>
<p>SNSは自分の興味のある情報を収集しやすい一方で、偏った情報ばかりを集めて思想が先鋭化しやすく、気がつけば過激な言動に出てしまいやすい状況が整っている場所ともいえます。</p>
<p>また、過激な発言をする事で大量のいいね(ファボ)、リツイートなどの反応を得ることが快感になり、承認欲求を満たしたいためにあえて過激な発言を繰り返す癖が身に付いてしまう人(いわゆる炎上芸人)もいるものです。</p>
<p>まるで狂気に取り付かれたかのように、冷静さを失って過激な投稿すると同時に、周囲がそれを褒め称えてさらに過激な発言に拍車がかかる。そんな見てはいけないと感じる光景を見てしまい、言葉にできない恐ろしさのようなものを感じたために、アカウントを削除するのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、人によっては他人が過激になっていく姿が、どこか他人事のようには思えず「ひょっとしたら、自分も何かの拍子であんな風に過激になってしまうかもしれない…」と言う恐怖を感じることもあります。</p>
<p>その恐怖が現実とならないように戒めとしてアカウントを削除していることも、アカウントを削除する一因になっているかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2264" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/ningenkankeireset-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="人間関係をリセットする人の心理や特徴について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/ningenkankeireset-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/01/ningenkankeireset-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2264" class="blog-card-title-link">人間関係をリセットする人の心理や特徴について</a></div><div class="blog-card-excerpt">人間関係リセット癖とは、急に人付き合い友達付き合いをやめてしまう、定期的にSNSのアカウントを削除したり連絡先を削除してしまう癖のことです。なぜ人間関係をリセットするのか、その原因や特徴、心理を解説しています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2264" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2264" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>ネットやSNS上でコミュ障をこじらせる理由・背景</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/4998</link>
				<pubDate>Sun, 30 Sep 2018 13:25:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コミュ障・会話が苦手]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[コミュ障]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=4998</guid>
				<description><![CDATA[リアルの人間関係ではちゃんとコミュニケーションが取れるのに、ネットのチャットやSNS上だと、途端に無口になってしまう、会話ができなくなってしまうという、いわゆるネットコミュ障と呼ばれる人がいます。 今や若者の間ではスマホ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>リアルの人間関係ではちゃんとコミュニケーションが取れるのに、ネットのチャットやSNS上だと、途端に無口になってしまう、会話ができなくなってしまうという、いわゆるネットコミュ障と呼ばれる人がいます。</p>
<p>今や若者の間ではスマホの所持率が90％を超えているという統計もあり、ネットを通じたコミュニケーションはごくごく当たり前のものとなっています。</p>
<p>そんなネット上でのやり取りが当たり前の現代だからこそ、ネット上でだけコミュ障になる人を見て「リアルで無理してみんなに合わせているだけで、実はコミュ障だったのでは…」と思うこともあるでしょう。</p>
<p>もちろん、本当に無理をしている場合もありますが、詳しく見ていけば、ネット特有のコミュニケーションの様式やルール、ノリなどについていけないために、ネット上では無口になっているという可能性も考えられます。</p>
<p>今回は、そんなネット上でコミュ障になる人についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>ネットだけコミュ障になる理由</h2>
<h3>素性がよくわからない相手との会話が苦手</h3>
<p>ネット上のコミュニケーションは<strong>匿名性</strong>というリアルと大きく異なる特徴があります。</p>
<p>相手の顔も声もわからない、どういう仕事をしているのか、趣味を持っているのか、交友関係を持っているのか…などの、相手の素性がわからなくてもコミュニケーションができるのが、ネット上での魅力であると同時に、コミュニケーションの取りづらさともなります。</p>
<p>もちろん、SNSによってはFacebookのように顔出し、実名制、所属や出身地を明記することで、匿名性を排除しているSNSもありますが、その情報が本当であるかどうか…つまり、アップされている顔写真や所属先が真実であるかどうかはわかりません。</p>
<p>話を盛って、嘘ではないにして真実ともかけ離れているプロフィールになっていたり、誰かの顔写真を勝手に借りてきて別の人物になりすましている可能性もありますし、場合によっては性別すらも入れ替えている(いわゆるネカマやネナベ)こともありえます。</p>
<p>そうした不確かさがあるために、ネット上でコミュニケーションを取ろうとしても、相手に対する安心感よりも不信感の方が優ってしまうので、リアルのようにうまく会話ができずコミュ障になってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、このことはリアルの世界で置き換えても同じです。いきなり会ったこともない人とと上手に話ができるかと言えれば、大抵の人はまずは何を話していいのかわからず言葉に詰まってしまうものです。</p>
<p>ましてやマスクやサングラスをしており相手の素性がまったくわからない場合だと、相手に対する不信感からうまく話しをしようという気持ちよりも「不審な人だから関わらない方が安全」という気持ちになり、コミュ二ケーションを避けてしまいます。</p>
<p>この場合のコミュ障は、不信感からコミュ障を起こすというよりは、相手に不審感を抱いた結果の防衛反応として捉えたほうが、ふさわしいかもしれません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>言葉のみのコミュニケーションが苦手</h3>
<p>ネット上のコミュニケーションは、基本的に文字(場合によっては絵文字)をベースにして行われます。</p>
<p>リアルのコミュニケーションのような、声の大きさ＆トーン、表情、態度、ボディタッチなどの、言葉以外のコミュニケーション(＝ノンバーバルコミュニケーション)は、ネット上に持ち込みにくいため、それらを主体としてコミュニケーションを図るのが得意な人にとっては、ネット上では途端にコミュ障になってしまうのです。</p>
<p>加えて、自分の気持ちや伝えたいことを文字に起こして表現するのが苦手である。つまり、文章を考えたり、自分の今の気持ちをしっかり伝えるのにふさわしい言葉を選び取るのが苦手な人からすれば、ネットのように文字ベースの場ではコミュ障になってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>タイピング、文字入力が苦手</h3>
<p>コミュニケーション云々以前に、タイピングや文字入力をするのが苦手、面倒だと感じているために、ネット上ではコミュ障になってしまう…というよりは、コミュ障だと誤解されてしまうケースもあります。</p>
<p>喋ることでコミュニケーションをうまく取る習慣がついている人は、ポチポチ文字入力をして行うネット上での会話に対して「文字入力するぐらいなら、会って喋った方が早い！」とまどろっこしさを感じることもあります。</p>
<p>もちろん、スマホの音声入力によって、直接自分のしゃべった言葉を文字に書き起こすことが可能にはなっていますが、通話するわけでもないのにスマホに向かってボソボソ喋り続けることに恥ずかしさやためらいを感じていたり、話口調が独特すぎて音声入力ではうまくことが原因となって、文字入力の導入していないことも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>返事を出すタイミングをとるのが難しい</h3>
<p>ネット上の会話では、自分が投げかけた言葉に対する<strong>相手の表情や反応がリアルタイムでわからない分、いつ返事を出せばいいのかわかりにくい…つまり、返事のタイミングが取りづらいのが欠点です。</strong>(※これは、相手の顔が見えない電話でのコミュニケーションも同様)</p>
<p>相手の反応がわからないために、返事を待たず一方的に会話を続けようものなら、長文コメントを送りつけているようで自分のイメージが悪くなってしまう。</p>
<p>逆に相手の返事を待とうとしたものの、待っても待っても返事が返ってこずやっぱり自分からもっと話をフリに行ったほうがよかったのかと自問自答して消耗する。</p>
<p>そして、相手も同じようにいつ返事をすればいいのかタイミングがわからず、お互いに黙り込んだまま時間だけが過ぎてしまう…という、相手の表情が見えないからこそ起きてしまう、空気の読み合いが起きることもあります。</p>
<ul>
<li>いつ返事を返せばいいのかわかりづら。</li>
<li>誰のペースで話をしているのかわかりづらい。</li>
<li>話を振られた(or振った)のかを文字だけの限られた情報から判断しなければいけない。</li>
</ul>
<p>と言った、顔が見えず文字主体で進むコミュニケーションだから起きる空気の読み合いが、ネット上でのみコミュ障になる人を生む原因として考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4948" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/komyusyo-denwa-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="コミュ障で電話が苦手な人が楽に話すための方法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/komyusyo-denwa-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/komyusyo-denwa-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/komyusyo-denwa-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4948" class="blog-card-title-link">コミュ障で電話が苦手な人が楽に話すための方法</a></div><div class="blog-card-excerpt">コミュ障を自覚している人の中には、電話で話すことや電話がかかってくることそのものに強い苦手意識を感じることが多いものです。

最近は電話</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4948" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4948" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>過度に気を使いすぎた結果、黙り込むことを選んだ</h3>
<p>ネット上の会話は、鍵付きのアカウント(＝鍵垢)や招待制で知っている人以外は入れないコミュニティでなければ、見ず知らずの不特定多数人から閲覧されてしまいます。</p>
<p>そのため、個人情報を特定できてしまうような情報(住んでいる場所、交友関係など)をアップすることに神経質になったり、自分が書き込みたい内容の中に自分だけでなく他人のプライバシーを侵害するものが含まれていないかチェックするなど、リアルで話す以上のめんどくささがあります。</p>
<p>また、SNSによっては言葉尻を捉えて、勝手な解釈をして難癖をつけてくる(いわゆるクソリプの類)アカウントであったり、勝手に言葉を引用＆改変される(いわゆるパクツイの類)こともあり、自分が書き込む内容が自分の意図しない形で利用されてしまうことがあるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、クソリプやパクツイが起きないように気を使っても、結局はクソリプやパクツイを行うアカウントの機嫌次第なので、大半は気を使うだけムダであり不毛です。</p>
<p>このようなめんどくささ、煩わしさに散々振り回された結果、何も投稿しないことを選ぶ。しかし、何も投稿しなくなるに至った背景を知らない人からは、その光景を見て「あの人はネット上ではコミュ障な人だ」と判断されてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>ノリに合わないSNSの文化についていけない</h3>
<p>一口にSNSと言っても、各SNSごとにノリや文化は異なるものです。</p>
<p>例えば、Facebookはやたらポジティブで誰かを明るくするような投稿をすることを求められたり、どちらかといえばフォーマルな内容を投稿する場であり、プライベートの話はあまりするべきではないという文化があります。</p>
<p>また、twitterは目まぐるしく移り変わるトレンドに乗った投稿をしたり、大喜利やネタに参加して笑いを提供すると言った、Facebookには見られない文化があるものです。</p>
<p>もちろん、各SNSの文化にすんなり馴染めたらいいのですが、中にはSNSの文化に馴染めず、かと言ってアカウントを消すわけにもいかず(Facebookは就活で必要な場合もある)、惰性でただログインし、ROM専のみのアカウントとして使い続けることもあります。</p>
<p>もちろん、SNSは単に交流の場ではなく、情報収集や緊急時の連絡手段として使うのでも問題ありませんが、周囲が皆リアルの延長線上の交流として使っているのに、自分だけ情報収集用として使ってしまうと「リアルでは話せるのにネット上では黙ってコミュ障みたいだね」と思われてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>既に完成されたネット上の人間関係に入り込めない場合もある</h2>
<p>ネット上の人間関係はいつでも誰でも気軽に入れるように見えるものの、実はすでにある程度人間関係が構築されており、新規の人やよそ者が入れないムラ社会と化していることもあります。</p>
<p>例えば、あるアイドルグループのファン同士があつまるネット上のコミュニティの中でも、更に小さな派閥があったり、コミュニティの和を保つための暗黙の了解があったりなど、新規でコミュニティに入るには、あまりに心理的なハードルが高すぎる。</p>
<p>まるで初心者NG、一見さんお断りとでも言っているかのようにに、やたら排他的で他を寄せ付けない、ある種の異質さ、異様さを感じさせるコミュニティとなっているために、入りたくても入れず外からぼんやり眺めている光景が、コミュ障だと思われてしまうこともあるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>ネットだけでコミュ障の人に対する早とちりと偏見</h2>
<p>こうして見ると、コミュ障というのは単にコミュ障本人のみの問題ではなく、その人を取り巻く人間関係と言った社会や集団が影響していることも考えられます。</p>
<p>加えて、ネット上ならネット特有の文字主体のコミュニケーションと言った、コミュニケーションの仕組みやルールも、コミュ障を生む影響の一つだと考えられます</p>
<p>ネット上でコミュ障だからと言って「あの人は本当はコミュ障だったんだ…」と決めつけてしまうことは、ネット特有の文化やコミュニケーションの仕組み、そしてコミュ障とみなす人の周りにある人間関係を無視して、偏った目で見ているのと同じだと言えます。</p>
<p>誰かをコミュ障と決めて悦に浸ったり、自分がコミュ障と感じて落胆するよりもまず、コミュ障を取り巻く人間関係や環境について目を向けてみることが、コミュ障に対する偏見や思い込み、そして自分のコミュ力向上につながるのではないかと感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>ネットだけが自分の居場所と感じる人について思うこと</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3858</link>
				<pubDate>Mon, 25 Jun 2018 16:39:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[Youtube]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>

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				<description><![CDATA[内閣府が公表した平成29年度版の子供・若者白書において「インターネット空間が自分の居場所だと思う」と答えた人が6割を超えたというデータが出ています。 子供・若者白書は全国の15歳から29歳までの男女6,000人を対象にし]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>内閣府が公表した平成29年度版の子供・若者白書において「インターネット空間が自分の居場所だと思う」と答えた人が6割を超えたというデータが出ています。</p>
<p>子供・若者白書は全国の15歳から29歳までの男女6,000人を対象にした統計で、ざっくり言えば5人のうち3人はネット空間が自分の居場所であると答えていることになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、単純にインターネット空間といっても、</p>
<ul>
<li>２ちゃんねる(現５ちゃんねる)などの匿名掲示板</li>
<li>各種個人ブログ</li>
<li>ニコニコ動画、YouTubeなどの動画投稿サイト</li>
<li>TwitterやFacebook、mixiなどのSNS</li>
<li>Instagram</li>
<li>pixivなどの創作系のネットサービス</li>
<li>各種オンラインゲーム、ソーシャルゲーム…</li>
</ul>
<p>など様々です。</p>
<p>一般的にネット上の居場所と言うと、いわゆる大手SNSのような言葉や写真によるコミュニケーション行う場所をイメージされる方が多いものですが、PCやスマホで遊べるゲーム内にもチャットやダイレクトメール機能があり、ゲーム内でお互いにコミュニケーションを取ることができます。</p>
<p>また、近年話題のユーチューバーのように、自分で動画を作成・配信することで、視聴者と交流を行うことに、自分の居場所を感じている人もおられます。</p>
<p>インターネットを使って自分の趣味のつながりを持ったり、興味や関心のある人とつながりを持てる時代になった事は、インターネット全盛の現代ならではの魅力だと思います。</p>
<p>しかし、その一方で<strong>インターネットだけが自分の居場所である</strong>と感じて現実逃避に走ったり、ネット上で何とかして居場所を確保するために過激な行動に走って炎上騒動に発展してしまうという例を見ています。</p>
<p>今回はそんな「ネットだけが自分の居場所」と感じる人について思うことをお話ししたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3705">権威主義的パーソナリティとSNSの人間関係が抱える問題</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1891">SNSでファンからアンチに豹変する人が持つ二極思考について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>きっかけは「ぼっち系ユーチューバー」の一言</h2>
<p>インターネットだけが自分の居場所であると言う言葉を聞いたのは、あるユーチューバーの動画を見ていた時でした。</p>
<p>そのユーチューバーの方の名前を挙げるのは控えますが、ジャンルとしては「ぼっち系ユーチューバー」にカテゴライズされている方です。</p>
<p>ぼっち系とあるように、基本的には孤独であることが売りのキャラであり、さながらピン芸人のように一人で活躍されている大学生のユーチューバーです。</p>
<p>そのため、投稿されている動画は複数のグループでワイワイ楽しむといった有名どころのような動画や「他のユーチューバーとのコラボしました！」のような複数人で楽しくワイワイと楽しむような動画ではなく、ただ1人でゲーム実況や近況報告といった日記のような動画を淡々とを作成して投稿するというストイックなスタイルでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、件のぼっち系ユーチューバーの方は、(ブレイクを狙うためなのかもしれませんが)時には過激で挑発的な内容とも取れる動画を投稿したり、所属している大学のイメージを悪化させてしまうような動画を投稿していたこともあり、コメント欄で賛否両論を呼ぶこともありました。</p>
<p>ぼっち系ユーチューバーとして人気が出てきて視聴者数が増えてきた最中。過激な動画が所属している大学に対してばれてしまったのか、それとも誰かが大学側に質問したことが原因なのかわかりませんが、大学側から呼び出しされお説教受けたと言う内容を収録した動画が、本人の公式チャンネルに投稿されると言う出来事が起きました。</p>
<p>その動画はまさに政治家の謝罪記者会見かのような構成で、経緯の説明、反省と謝罪、個人的なコメント、今後の活動に関する報告が１本の動画としてまとめられていました。</p>
<p>その動画の途中に出てきたのが<strong>「自分にはインターネットしか居場所がないから、YouTubeとしてこれからも全力を尽くしていくしかない」</strong>と言う趣旨の発言でした。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「ネットだけが自分の居場所」と考えることのリスク</h2>
<p>反省の内容を収録していた動画の中には、現実世界の人間関係で孤立してしまい居場所を得られなかったことや、ネット上で動画を公開したことで初めて自分の居場所と呼べるものができたことについて語られていました。</p>
<p>そもそもがぼっち系と言う孤独であることを売りにしているキャラだけあってか、</p>
<ul>
<li>現実世界での交友関係が乏しかったこと。</li>
<li>大学生になる前はスクールカースト(＝学校内ヒエラルキー)でも最下層に所属していたこと。</li>
<li>語り合える友達がおらず人間関係や承認欲求に飢えていたこと</li>
</ul>
<p>などの、ぼっちの人なら胸に刺さることであろう言葉の数々が収録されていました。</p>
<p>しかし引っかかるのが、インターネットの世界だけで自分の居場所を手に入れようと言う点です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ネットで居場所を作ることそのものは問題ないと思いますが、現実の世界を完全に捨ててまで、インターネットの世界でのみ生きていくと言うのには以下のリスクがあります。</p>
<ol>
<li>個人情報が一度ネット上にアップされてしまうと、個人の力ではその情報完全に削除することが難しいと言うリスク。</li>
<li>また、悪評がまとめサイトなどにまとめられてしまうと、その投稿が原因となって就職活動で不利になったり、仕事が決まらなくなるリスク。</li>
<li>YouTubeのように今はうなぎ登りで人気になっている動画投稿サイトであっても、他の動画サイトが登場したことで衰退。今までのような人気を得ることができず自分の居場所を失ってしまうリスク。</li>
<li>過激な発言や投稿がきっかけとなり、(今回のような大学からの忠告といった)現実世界の組織や集団に悪影響を与えてしまい、ますます現実世界に戻りにくくなりネットに依存してしまうリスク。</li>
<li>自分の居場所を守るためには、次から次にと出てくる新人ユーチューバーと競争しなければならず、居場所を維持するために無理をして動画投稿することに精神的な負担を感じたり、視聴者離れを防ぐためにとにかく過激でインパクトのある映像を作り続けなければいけないと言う強迫観念に襲われるリスク。</li>
<li>動画の内容次第では、YouTube公式からアカウントの削除や停止を言い渡され、復帰できなくなるリスク。</li>
<li>視聴者には視聴者の生活があり、自分の居場所を維持するために視聴者に精神的な負担をかけることでいがみ合いが起きアンチの発生や視聴者離れが起きてしまうリスク。</li>
</ol>
<p>&nbsp;</p>
<p>YouTubeを使って居場所を構築する以上は、運営元となるYouTubeの指導や指示に従うことは避けられません。(もちろんこれは他のSNS、ウェブサービスでも同じですが…)</p>
<p>YouTubeを含むウェブ上のあらゆるサービスも現実世界にある一つの事業であるため、利用者の要求を何でも受け入れてばかり…と言うわけにはいかないのが実情です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2752">承認欲求の上手な満たし方と人に迷惑をかけないためのコツ</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2510">承認欲求を克服するためのコツ</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1787">承認欲求が強すぎることの弊害について。</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「好きなことで生きていく」という言葉の裏側</h2>
<p>ユーチューバー生き方・生き様を表す言葉として「好きなことで生きていく」と言うものがありますが、現実は好きなことばかりではなく関係者各位との折り合いや話し合いをしなければならず、いつも好き放題自分のわがままをいつでも通せると言うものとはではありません。</p>
<p>現実にはYouTubeと言うサービスに仕事として、あるいは利用者として関わっている人や組織・集団が大勢いるため、折り合う事を避けて自分1人で好き勝手に生きていこうとすれば、当然衝突やトラブルが起きて生きづらさを感じてしまうものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際に好きなことばかりで生きていけるのなら、見たくない事は見なくていいし、抑圧したくないことも抑圧せずに済むので非常に楽に思えますが、いつも気楽というわけではありません。</p>
<p>上にも書いたようにあらゆる場面で居場所を失うリスクに晒されており、好きなことで生きていくと豪語していた割には、日々先行きが見えない生活に対して精神的に消耗したり、今の生活を維持すべくネットにしがみついた結果、ネットに依存してしまうという結末が待っていないとも言い切れません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1988">「好きなことを仕事にして生きていく」と夢見る人に共通する思考の癖と影響について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>ネット上の自由な人間関係は、いつ切られてもおかしくない人間関係という自覚を</h2>
<p>リアルでもネット上でも居場所を作るにあたって欠かせないのが人間関係の構築です。</p>
<p>ネット上は<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3110">人間関係リセット癖</a>でも触れたように、クリック一つで気軽且つ簡単に多くの友達を持ったり、コミュニティに所属することができる一方で、<strong>同じくクリック一つで気軽に友達をリセットして整理したりコミュニティから脱退(あるいは追放)することもできてしまうという非情さを兼ね備えた人間関係でもあること</strong>はあまり知られていないように感じます。</p>
<p>そのためリアルの人間関係以上に関係を維持するために、いつもコミュニティに入り浸ったり、忘れられないように積極的につぶやきや動画を投稿するなどして、さながら営業活動のような人間関係を維持するための活動を行っていかなければなりません。</p>
<p>「ネット上の人間関係＝自由である」とばかりを考えている人は、この矛盾に気がつかないままネット上での居場所を作れるという期待ばかりを膨らませた結果、期待通りの人間関係ができず勝手に期待して勝手に失望してしまうという経験を重ねてしまう事があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現実の世界は確かに面倒なこと、嫌なこと、見たくないことがあり、それから逃げて自分の自由にできるネット上にのめり込みたいという気持ちも理解できます。</p>
<p>しかし、そのような辛さは誰もが現実生活で経験しつつも、上手に折り合いをつけることで社会に溶け込み生活を送っていきます。その過程で現実世界で居場所を見つけたり、自分の技術を磨き評価されることで新たな居場所を見つけたりすることもあるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>何度も言いますが、ネット上の人間関係を持つことそのものは否定しません。</p>
<p>しかし、現実が辛いからと言って全てをネット上に捧げてしまうことは、かえって自分の人間関係や生き方を狭めるオチになるということを、ネット上で居場所を獲得したい人は知っておいて損はないと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2873">駄サイクルで馴れ合わず抜け出すためのコツ</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3560">陰キャラをうざがる人、いじめたがる人が抱えるコンプレックスについて</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3335">陽キャラの人の特徴　陽キャラが合わない・うざいと思う理由について</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2055">キャラを演じ続けるとストレスが溜まってしまう心理とその対策について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>不謹慎厨が不謹慎狩りをする心理とその背景</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3849</link>
				<pubDate>Mon, 25 Jun 2018 09:55:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[不謹慎]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3849</guid>
				<description><![CDATA[大地震や台風などの自然災害が起きたときに、ネット上で賑やかな話題を投稿している人に対して「そんなことを投稿するのは不謹慎だ」と指摘して回る人たちがいるものです。 このように不謹慎だと主張して誰かの行動にケチをつけたり、晒]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>大地震や台風などの自然災害が起きたときに、ネット上で賑やかな話題を投稿している人に対して「そんなことを投稿するのは不謹慎だ」と指摘して回る人たちがいるものです。</p>
<p>このように不謹慎だと主張して誰かの行動にケチをつけたり、晒しあげることで同じく不謹慎だと感じている人に知らせて一生に叩く人たちのことを、ネット上では不謹慎厨と呼びます。</p>
<p>た、不謹慎厨による「不謹慎だと言って待って誰かの言葉や行動にツッコミを入れることを不謹慎狩りと呼びます。</p>
<p>ここで言う「〇〇厨」とは、もともとはネットスラングで中学生のような単純で質の低い投稿する人たちのことを表す中坊の誤変換の厨房から来るもので、意味合いとしては厄介な人たち、面倒な連中と言う意味で使われています。</p>
<p>不謹慎厨と言う言葉が広く使われるようになったのは、2011年3月11日に起きた東日本大震災で起きた自粛ムードの頃であり、その後は熊本地震や先日起きた大阪での地震の時にも不謹慎厨の人が見られました。</p>
<p>今回はそんな不謹慎狩りをする人たちの心理や背景についてお話ししたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1685">承認欲求は気持ち悪くてうざい？　「認められたい」という気持ちを不快に感じる理由とは</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>不謹慎狩りをする人の心理と背景</h2>
<h3>「みんな」が求める空気感を先読みしすぎてしまう</h3>
<p>誰から言われたわけでもないのに、まるで自警団のように「不謹慎だ」と他人の行動にケチをつけてしまう人は、いわゆる「みんな」といった集団や社会が求める空気感を先読みしすぎてしまい、その空気に添えない人に対して攻撃的になるのです。</p>
<p>例えば災害が起きたときに、その様子がテレビやSNSなどで伝わってくると、人間はどうしても災害で苦しんでいる人がいるのに、自分だけ楽しい思いをしたり災害と関係なく平凡な生活を送っていることに対してどこか後ろめたさや罪悪感といった感情抱くものです。</p>
<p>不謹慎厨になる人は、災害の時にうっすらと感じている人々の後ろめたさに深く共感してしまい、私たちも被災者と同じく自分の贅沢で豊かな行動を自粛すべきであると感じるだけでなく、周囲の人も私と同じように自粛して被災者の気持ちに寄り添うべきだと感じて行動に移してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の友達が「空気が読めない人」だと思われることへの恐怖</h3>
<p>不謹慎狩りが行われるのは、ほとんどはSNS内のインターネット上での人間関係内です。</p>
<p>SNSでは自分の近況報告や趣味遊びに関するつぶやきを投稿することができますが、一方で自分の投稿は直接面識のない不特定多数の人からも閲覧可能であり投稿を見たことで気分を害し、批判的な意見やネガティブなコメントが来て<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3525">炎上騒動</a>に発展することもあります。</p>
<p>また、SNSといってもいつでも自分の意見を自由に投稿できると言うものではなく、SNSでつながっている友達内における空気感が存在しており、その状況に応じた投稿や振る舞いがSNSでも求められるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自然災害のように、多くの人が苦しい思いをする場面ではSNS上でも</p>
<ul>
<li>「楽しい話題をつぶやくべきではない」</li>
<li>「楽しい話題をつぶやけば被災者に失礼だ」</li>
</ul>
<p>と言う空気が生まれるだけでなく、その空気に沿った行いをすることこそ正しいに違いないと考える人が出てきます。</p>
<p>そんな中、SNSでつながっている友達が、災害とは全く関係ない話題を投稿したり、賑やかで楽しそうな写真を投稿したとなれば、投稿した友達だけが非難されるのではなく「<strong>空気の読めない人とつながっている自分も同じく空気が読めない人」と言うレッテルを貼られてしまう恐怖を感じることで、不謹慎狩りをしてしまいます。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>集団の絆や和を重視しすぎて同調性を他人に求める</h3>
<p>周囲に対して不謹慎だと指摘する人は、よくも悪くも集団の絆や話を重視しすぎるところがあります。</p>
<p>集団の和や絆を尊び友達と仲良くすることそのものは否定しません。しかし、集団の場や絆を重要視しすぎているあまりに、それがどんな時でも周囲と同調しなければいけないと言うような同調圧力となって、他人を攻撃したり、集団に所属する人たちがストレスを感じるのであれば、考え直す必要があると思います。</p>
<p>特に若い人の間ではSNSでは、「とにかく敵を作らず、周りから嫌われないことが大事」と考えていたり「(SNS内の)みんなや集団が求める理想像やキャラを演じなければいけない」と言う強迫観念感じている人もいます。</p>
<p>その結果として、災害時に限らず普段からSNSで周囲に対して同調を求め、同調ができない人に対しては攻撃的な態度をとってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">参考</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3256">どうして同調行動するの？まわりに流されてしまう心理について</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1831">同調圧力のストレスから自分を守る考えかたについて</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>うざいと感じる不謹慎狩りは正義感と自己正当化に原因がある</h2>
<p>ネット上では、不謹慎狩りに対してめんどくささやウザさと言うような感情抱いている人が多くいます。</p>
<p>そのウザさの正体として考えられるのは、<strong>不謹慎厨が抱いている自己中心的で視野の狭い正義感、そしてその正義感から来る自分の行動を正当化する態度が挙げられます。</strong></p>
<p>不謹慎厨は、「災害の時は自粛する空気を守るべきだし、そうすることこそ正しいことだ」と言うスタンスで、他人の投稿に対して指摘や晒しあげをしてきます。</p>
<p>しかし、当然ながら災害中だからといって、自分の趣味に関する話題や、災害と全く関係のない話題を投稿することに対して、然るべき理由(例えば嘘やデマを広めている、被災者を誹謗中傷している…など)が無ければ、わざわざ発言を指摘したり、指摘を受け取り下げる必要性はないはずです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、災害が起きたからといって全く無関係の人も一緒に自粛ムードに入って悲しまなければいけないと言うのも、一見すると被災者の気持ちに寄り添っているように見えますが、よく観察していけば</p>
<ul>
<li>被災者の気持ちにより添える自分を演出したい</li>
<li>空気の読める素直で良い子と言う自分を演出したい</li>
</ul>
<p>と言う被災者の心情や考えを無視し、自分勝手で偽善的な行動が言葉や態度から見て取れる、ということがあるものです。</p>
<p>もちろん、率直に「自分は災害が起きた時でも空気が読めるいい人です」とアピールするのは現実的には難しいものです。</p>
<p>そのため「不謹慎」と言う言葉を盾にし、自分の個人的な欲望を「被災者に寄り添える」と言う言葉で自己正当化している…これが、不謹慎厨に感じるうざさの原因だと感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「どこからどこまで不謹慎なのか」というモノサシがないので、不謹慎狩りは暴走しやすい</h2>
<p>もちろん、災害が起きた時に、デマの情報を流して現地の人々に余計な心配をかけてしまったり、被災者の感情を逆なでするような失礼な行動とってる人に対して「あなたのやっている行動は不謹慎だ」と感じたり表明する事はそのものは問題ないと思います。</p>
<p>過去には、熊本で地震が起きたときに「動物園からライオンが脱走した」と言う嘘の情報をSNSで流した事で、偽計業務妨害の疑いで神奈川県の男性が逮捕されたと言うニュースもありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、不謹慎厨がうざいといわれる場面は、このようなしかるべき理由があってバッシングを受けるものではなく、</p>
<ul>
<li>ただみんなが求めてくる空気感に合わせるべき</li>
<li>こんな時に贅沢や趣味を謳歌するなんて不適切だ</li>
</ul>
<p>と言うような、<strong>非常に曖昧なモノサシで語られている。つまり、不明瞭な基準に基づいているものが大半です。</strong></p>
<p>そんなアバウトな物差しに基づいているため、不謹慎狩りはエスカレートしやすくなります。そして、不謹慎狩りを恐れて「どんな些細な事ですら不謹慎だと見られてしまうかもしれない」と言う漠然とした不安を感じる人が出てきます。</p>
<p>その他のも「ささいなことで不謹慎だと受け取られてしまう恐れがあるのなら、いっそのこと何もしない方がいい」と感じて積極的に自粛に走ってしまう人が出てくるものです。</p>
<p>基準が不明瞭なので対処方も不明瞭になるのは一目瞭然。そのため、不謹慎と言われないために何もせず自粛するのが賢明と考え実行に移してしまう人が絶えないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際に繊細な人と鈍感な人とでは、物事の受け取り方や感じ方に対して大きな差が出てきてしまうことがあります。</p>
<p>しかし、差があるからといってどちらかが「劣っているor優れている」「正しいor間違い」と二元論的に白黒ハッキリと決めつけていては、ネット上でもリアルの人間関係でも衝突をする場面は出てくるものです。</p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1891">ファンからアンチに豹変してしまう人</a>のように、何でもかんでも二元論、二者択一で考える癖を持っている人は、不謹慎狩りだけでなく普段から両極端な考え方をすることで自分の周囲も面倒事に巻き込んでしまうのではないかと危惧しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>不謹慎狩りと集団極化</h2>
<p>不謹慎狩りは、場合によっては1個人が行うものではなく集団になって行われることもあります。</p>
<p>人間は集団になればなるほどより良いアイディアが出るように感じますが、実はそうではありません。</p>
<p><strong>人間は集団になって考えることで意見が保守的・革新的の両極端に偏りやすくなってしまうことがある…これが心理学で言う<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2875">集団極化</a>と呼ばれる現象です。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>集団極化には、リスキーシフトとコーシャスシフト2種類あります。</p>
<p>リスキーシフトはより危険性の高い方向に意見が偏ることを、コーシャスシフトはより保守的でリスクを排除した方向に意見が偏ることを指します。</p>
<p>不謹慎狩りの場合、「被災者が傷つかないため」「より大きな混乱を起こさないため」という目的から見れば、コーシャスシフトになっていると思われます。しかし、自粛ムードに沿わない人に対して攻撃的な態度をとったり、人に攻撃することに対して危機感や罪悪感を感じにくくなることから、リスキーシフトになることも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また人間は集団になると、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2918">集団心理(群集心理)</a>が働くことで、自分の行動に対する責任感が薄れてしまいつい普段ならできないような大胆な行動ができてしまっものです。</p>
<p>特に災害後と言うような非日常的な状況であれば、なおさら冷静さが失われ、普段なら取らないような行動をしてしまうのも無理は無いかと思いますが、非常時だからこそ冷静になる事はメンタル面でも大事なことだと感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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