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	<title>優しい  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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		<title>優しさが重い人にストレス、不快感を感じる理由</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21389</link>
				<pubDate>Fri, 24 May 2019 16:11:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

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				<description><![CDATA[他人に対してたいへん好意的＆肯定的な態度を取る。もちろん、暴力や暴言など恐怖によって支配するようなことはしない。 そんな非常に優しい人そのものであるのにもかかわらず、どこかその優しさに重さというか違和感というか、秘めたる]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人に対してたいへん好意的＆肯定的な態度を取る。もちろん、暴力や暴言など恐怖によって支配するようなことはしない。</p>
<p>そんな非常に優しい人そのものであるのにもかかわらず、どこかその優しさに重さというか違和感というか、秘めたる暴力性、攻撃性、支配欲求のような、優しさを打ち消すような矛盾した要素を感じてしまう。</p>
<p>一見すると安心感を覚えて心地よい関係が築きやすい人のように見えて、実は付き合うだけでジワジワとメンタルを削られてしまう。優しいけれども、関係を保つことそのものがストレスになってしまう、厄介な問題を抱えている人と言えるでしょう。</p>
<p>今回は、そんな優しさが重い人に感じる不快感、違和感についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>優しさが重い人に感じるストレス・不快感の正体</h2>
<h3>「優しさを拒否してはいけない」と圧力をかける、善意を押し付けてくる</h3>
<p>プレゼントやサプライズ、お褒めの言葉や感謝の気持ちなど、ポジティブで優しさを感じる行動を自分に向けてくるものの、その行動がどこか押し付けがましい。</p>
<p>まるで「私があなたに向けている優しさを拒否することは認められない」と、笑顔で圧力をかけているように感じて、優しさに感じるありがたさや幸福感・満足勘よりも、「相手の優しさを受け取らなければならない」という義務感の方が上回ってしまい、優しさを受け取ることに疲れを感じてしまう。</p>
<p>要するに相手がやっていることは、優しさを他人に提供しているのではなく、他人の要求や意見を無視して自分の都合で善意の押し付けていることに過ぎないと言えます。</p>
<p>だからこそ、本来ならありがたさや幸福感などが味わえるはずの優しさに、精神的な負担や義務感といった「重さ」を感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>優しさを拒絶することに罪悪感を抱かせる態度・素振りを見せる</h3>
<p>高圧的な態度であったり、暴力や暴言など攻撃性を露骨に醸し出している態度であれば、相手の拒むことに対してそこまでストレスを感じることはない。むしろ、堂々と断ることができます。</p>
<p>しかし、優しさの場合は、拒絶することそのものがどうしても難しいものです。下手に優しさを拒もうものなら、相手の善意を拒絶したことで相手を深く傷つけてしまうことに恐怖心を感じたり、自責の念や良心の呵責を感じてしまう。</p>
<p>加えて、優しさが重い人の中には、言い方は悪いですが他人に余計な罪悪感を抱かせるのが得意であり、「私の優しさは真剣なものですよ」とか「優しさを断ると自分はひどく傷つきますよ」という態度を見せることが目立ちます。</p>
<p>代表的な例を言えば「あなたのためを思って…」という言葉を口にしながら、断ることに罪悪感を抱かせるような優しさを押し付けてくる。</p>
<p>そのほかにも「せっかくなので…」「私の優しさなんて…」など、断り辛い雰囲気を作りながら、優しさを拒む選択を奪ってくるために、優しさに重さを感じてしまいやすいのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「優しさを受け取らなくてもいいですよ」と言いつつも、結局は優しさを受け取るほかない方向に導こうとする</h3>
<p>「優しさを無理に受け取らなくてもいいですよ」「優しさがいらないのなら遠慮なくおっしゃてください」という言動を見せることで、優しさを拒否することをあらかじめ相手に提示してくるケースです。</p>
<p>相手に受け取るか拒むかの道筋を丁寧に示しているので、一見すると親切に思えるかもしれません。しかし、そのまま素直に優しさを目の前で拒もうとするのは気が引けてしまい、逆にストレスを感じてしまう羽目になります。</p>
<p>「優しさを受け取るも、受け取らないもあなた次第ですよ」と自由に選ぶことを提示しているのにもかかわらず、むしろ先に提示されたことで選択することに不自由さを感じてしまい、結局は優しさを受け入れることを渋々選んでしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、こうした「受け取らなくてもいいですよ」という優しい提示に反発してしまうのは、心理的リアクタンスという心理学用語で説明できます。</p>
<blockquote><p>心理的リアクタンスとは、自分の態度や行動の自由が制限された時に、その自由を取り戻そうとする心の働きの事です。</p>
<p>(例)</p>
<p>・「勉強しなさい」と言われるとますます勉強へのモチベーションが失われる。</p>
<p>→人間には自分のやることを自分で決めたいという欲求があり、「自分で勉強をしよう」と思っているタイミングで「勉強しなさい」と言われると、自分で決めたことではなく誰かに決められたことを強制されていると感じて、無意識のうちに抵抗してしまいます。</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2627" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/sunaoninarenai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「心理的リアクタンス」素直になれない人の心理と特徴について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/sunaoninarenai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/sunaoninarenai-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2627" class="blog-card-title-link">「心理的リアクタンス」素直になれない人の心理と特徴について</a></div><div class="blog-card-excerpt">相手からの褒め言葉を素直に受け取れず、「どうせ、お世辞で言っているだけだろ？」とひねくれたものの見方をする人は少なくありません。

例え</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2627" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2627" alt="" /></a></div></div></div></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<h3>初対面なのにいきなり優しくしすぎて妙に距離を詰めてくる</h3>
<p>初対面なのに妙に優しさ見せてくる人もまた、その優しさに重さや違和感を抱きやすいものです。</p>
<p>ぱっと見は優しいので、初対面で「この人は安心できそうだ」という好印象を持ちやすいものの、その優しさがどこか初対面の相手を侮っているような要素があるように感じてしまう。</p>
<p>具体的に言えば、</p>
<ul>
<li>やたら褒める、おだてるように誉めそやしてくる。</li>
<li>妙に大げさに褒めたり、肯定的な態度を見せる。<span style="font-size: 12px;">(＝優しさが芝居っぽい、嘘くさく感じる)</span></li>
<li>今あったばかりなのに、もうその人のことを全て知ったかのような雰囲気で優しく肯定的に接してくる。<span style="font-size: 12px;">(＝ナチュラルな失礼さを感じさせる。馴れ馴れしい。)</span></li>
<li>「初対面で優しくしとけば相手は自分のことを気に入ってくれるはずだ」と、相手を尊重せず、自分本位な優しさを見せる。</li>
<li>妙に優しさをやたら見せてきて、こちらが話す機会を与えようとしない。<strong>まるで自分以外の他人が優しさを振りまくことを良しとしておらず、その場の空気を支配するかのごとく優しさを振りまく。</strong></li>
</ul>
<p>といった、暴走気味な優しさが違和感を抱かせる根本的な原因です。</p>
<p>しかもその優しさは、あくまでも相手を喜ばすものではなく、自分がよく見られたいだとか、相手から好かれたいだとか、恋愛関係になりたいだとか、個人的な願望からくるものであるからこそ、優しさの中に違和感を感じてしまいやすいのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>優しいけれども相手を尊重していない自己中心的な思考が目立つ</h3>
<ul>
<li>優しいけれども、その優しさは相手が求めているものとは違う優しさである。</li>
<li>相手が優しさを必要としていないのにもかかわらず、優しさを押し付けてくる。</li>
</ul>
<p>など、独りよがりで自己中心的な優しさを振りまく。</p>
<p>いいことをしているように見えて、結局は自分本意な優しさを振りまき、自己満足することがメインであり、その優しさを受け取る人に対する配慮や丁寧さが欠いている。</p>
<p>ひとことで言えば「ありがた迷惑」や「よけいなお世話」でしかない。しかし、当の本人はそのことに気づいていない。自分は優しさ振りまいているのではなく、善意を押し付け他人に精神的な負担をかけていることに気づいていないので、関わると非常に面倒な人と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21184" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人が苦手と感じる心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21184" class="blog-card-title-link">優しい人が苦手と感じる心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分に対して優しい態度を向けてくる。その姿からは、敵意や攻撃心など微塵も感じさせない人のはずなのに、どこか近寄りがたさや付き合いづらさを感じ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21184" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21184" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しいけど冷たい印象を与えてしまう人の特徴</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21358</link>
				<pubDate>Mon, 20 May 2019 10:51:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

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				<description><![CDATA[自分に対して好意を向けてくれているのが分かり、ぱっと見は「優しい人」のように感じるものの、関係が長くなるうちにどこか余所余所しさや、あまり心を開いていないように思えて、冷たさを感じてしまう。 仲が良いように思えて、実は「]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>自分に対して好意を向けてくれているのが分かり、ぱっと見は「優しい人」のように感じるものの、関係が長くなるうちにどこか余所余所しさや、あまり心を開いていないように思えて、冷たさを感じてしまう。</p>
<p>仲が良いように思えて、実は「そんなに仲が良いわけではないのでは」「仲が良いと思っているのは自分だけなのでは？」と、不安な気持ちに襲われてしまう事は、誰にでも起きておかしくないと感じます。</p>
<p>今や優しくない人は、ネットの世界で勝手に写真や動画が晒されて、炎上のネタとして消費されてしまう。</p>
<p>そのほかにも各種ハラスメントに対する知識の広まりや、政治的・社会的正しさ(ポリティカルコレクトネス)が叫ばれる昨今だからこそ、表面的にでも優しくならなければ社会からこぼれ落ちてしまう不安がある。</p>
<p>そんな、正しくも世知辛い世の中だからこそ、表面的には優しいけれども、冷たさも同居させている人の存在が、目立つようになっているのやもしれません。</p>
<p>今回は、そんな一見矛盾しているようにも見える、優しいけれども冷たい人の特徴についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20918" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人にみえて実は他人に無関心な人の特徴" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20918" class="blog-card-title-link">優しい人にみえて実は他人に無関心な人の特徴</a></div><div class="blog-card-excerpt">他人と衝突することもなく、非常に物腰柔らかな印象で、まさに「優しい人」そのものであるように見えて、なんとなく他人に全く期待をしていない冷たさ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20918" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20918" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>優しいけれども自分の話をしない、心を開こうとしていない</h2>
<p>他人に対して優しい対応をするものの、優しさを振舞う当人が自分の事を話そうとしない。プライベートな話や、個人的な主義・主張・思考など、その人らしさを感じさせる内面にあたる部分を見せようとしない。</p>
<p>つまり、優しさは見せるものの、自分の心を開く気配は全く見られない。そのため、優しさから感じる親密さの他に、どこか余所余所しさのようなものも感じてしまい、違和感を覚えてしまうのです。また、相手の本心感じ取れないことから、どこか不気味さを感じてしまうことも見られます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、この状況は心理学で言えば「相手に心を開いていない＝自己開示を行っていない」と用言できます。</p>
<p>自己開示とは、自分のプライベートな部分や内面を相手に正直に見せることを指します。加えて、自己開示は相手と親しくなりたい気持ちを示す行為とされています。</p>
<p>優しさを見せつつも自己開示をしないとなると、優しさを受け取る側からすれば「この人は親しくなりたいのか、親しくなりたくないのかがわからない」という気持ちになってしまう。</p>
<p>「優しさを見せる」という親しさを想起させる行動と、「自分の内面を見せない」という親しさを感じ取れない行動の二つが同時に行われているために、優しさと冷たさの双方を感じてしまうのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人と衝突を避けることに強く囚われてる</h2>
<p>「他人と衝突しないこと」を目的にして、とにかく優しく振舞うことに囚われている人もまた、優しさのなかに冷たさを感じさせてしまうことが目立ちます。</p>
<p>衝突しないように相手を気遣う優しさはたしかにあるものの、その一方で他人との衝突を未然に回避するために、自分の意見や主張を簡単に変えてしまう。</p>
<p>このことは、他人を思いやる気持ちの強さとも見れますが、一方では他人から自分が否定的に見られてしまうことに敏感、自分が他人からどう思われているかに強く囚われており、自己中心的、自意識過剰であるとも言えます。</p>
<p>また、優しくされる方からしても、嫌われるのを避けるためにコロコロ意見や態度をかえる人とというのは</p>
<ul>
<li>「その優しさは本当に本心からくるものなのだろうか」</li>
<li>「大勢の人から優しく見られるために、意図的にキャラを演じているのではないか？」</li>
</ul>
<p>という、優しさそのものに対する猜疑心を抱きやすいものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>優しく接する相手の話を聞こうとせず、自分本位な優しさを振りまくことに酔っている</h2>
<p>他人に優しく振舞うことは出来ているものの、その優しさは相手が求めているものとは全く違う。</p>
<p>「こういう態度で接すれば、相手は自分のことを優しい人だと思ってくれるに違いない」と、優しさを振りまく対象となっている人のことを、知りも調べも尊重もせず、格下に見ているい。「こうすれば相手は喜び感謝するに違いない」とタカをくくり、他人を侮った上で雑な優しさを振りまいている。</p>
<p>そんな優しい自分を演出することに酔っている人もまた、優しいけれども冷たさを感じてしまう人と言えます。</p>
<p>やたら自分は寄り添うことが得意だとか、困っている人の助けになりたいだとか、立派なことを述べているものの、優しさを見せる相手との双方向のコミュニケーションをせず、自分本位で一方的に優しさを与えることに徹している。その姿は、まさに「善意の押し売り」と表現できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、こうした上から目線の優しさを振りまく人に関連しているのが、メサイアコンプレックス(救世主コンプレックス)という概念です。</p>
<p>メサイアコンプレックスについては、以下の記事で解説していますので、興味がございましたらご覧ください。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<h2>損得や利益のために戦略的に優しさを振りまいている</h2>
<p>多くの人から優しい人だと見られた方が得である。優しい自分を演じておけば、自分にとって大きな利益をもたらす人といい関係が築きやすい…という、打算的な優しさもまた、冷たさを感じてしまう優しさです。</p>
<p>もちろん、大抵の人は自分に害を与えるような凶暴な人よりも、人畜無害でしかも優しい人の方を好むでしょう。ましてや、金銭や名誉など社会的な評価が絡む場面であれば、リスク回避のためにも優しくて無害な人を高く評価すること行為そのものは、実に合理的です。</p>
<p>しかし、その優しさも結局は自分の利益に関わるものがあるからこそ見せている仮の優しさであり、利益を感じられないと感じてしまえば、あっさり他人を見捨ててしまう…そんな、冷酷さを内に秘めているように感じる優しさと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、社会人ともなればこうした利益絡みの優しさというのは、ある意味避けては通れないものだと感じます。</p>
<p>(自分の中で矛盾を抱える心苦しさもありますが)優しさを見せてくる相手が、何かしらの利益や得を自分に見出しているからこそ、近寄っている可能性を考えておき、それを踏まえた上で、人間関係を上手く渡り歩くこともまた、大事であるように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>優しさを振舞う対象が調子のいいときは優しいが、そうでない時は無関心な態度を取る</h2>
<p>利益絡みの優しさを重なるところがありますが、優しさを見せる対象となった人が、仕事やスポーツ、芸術など各分野で輝かしい功績を叩き出し、まさにいい感じの波に乗っている時は非常に優しく親近感を出す。</p>
<p>しかし、波が終わって不調の時期に差し掛かると、その不調の煽りを受けないために、それなく距離を置こうとしたり、無関心な態度を見せる…という二面性がある人もまた、優しさと冷たさを同居させている人と言えます。</p>
<p>窮地に立たされている人こそ、優しくし甲斐があるように思えますが、むしろ優しさをこれっぽちも見せず冷たい態度をとる。優しさに対してとやかくいう筋合いはありませんが、じつに薄情な優しさであると感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>厳しいことを言わず、むしろ甘い言葉で肯定してしまう</h2>
<p>優しくしていた人が自身の過失でミスを起こしてしまった時に、ガツンと厳しいことを言わない。</p>
<p>むしろ「自分の過ちと向き合わなくてもいいんだよ」とか「今回はたまたま運が悪かっただけだよ」と甘い言葉をかけてしまい、相手に反省や改善をするチャンスを奪ってしまう人もまた、優しさの中に冷たさを感じる人と言えます。</p>
<p>上でも触れたように、他人との衝突をひどく恐れている人に、この行動はよく見られます。</p>
<p>怒らず、厳しいことも言わず、むしろ励まして味方でいてくれるので安心感を得られるかもしれません。しかし、この優しさは自分の未熟さと向き合い、学習し、成長する機会を奪うという恐ろしさがあります。</p>
<p>下手をすれば他人に迷惑をかけていることに自覚できなくなり、平気で他人に迷惑をかけてしまうだけでなく、自分を諌める言葉を述べる人に強く当たってしまう。そんな、裸の王様を生んでしまうような、リスクのある優しさ…というか甘やかしであるように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>いい人なのに嫌われる理由・心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21327</link>
				<pubDate>Fri, 17 May 2019 15:13:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21327</guid>
				<description><![CDATA[誰かの悪口を言ったり、無視をしたり、見下したり…といった、不快な行動としているわけではないのに、なんとなく周囲に人が集まらなくなってしまう。 つまり「いい人」なのに、なぜか嫌われてしまう、周囲との溝ができてしまう人という]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>誰かの悪口を言ったり、無視をしたり、見下したり…といった、不快な行動としているわけではないのに、なんとなく周囲に人が集まらなくなってしまう。</p>
<p>つまり「いい人」なのに、なぜか嫌われてしまう、周囲との溝ができてしまう人というのは、見ていて不思議に感じることでしょう。</p>
<p>いい人であればこそ、周囲の人間関係に問題なく馴染めそうに見えるのに、現実は馴染めずにいる…。</p>
<p>今回は、この現象が起きてしまう理由、そしていい人なのに周囲の人が嫌悪感をもってしまう背景について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>いい人なのに嫌われてしまう理由</h2>
<h3>人によって態度や意見をコロコロ変えるので心を開きづらい</h3>
<p>いい人キャラを貫き通すために、関わる人によって態度や意見をコロコロと変えてしまう。誰かを喜ばすためや、自分がいい人だと思われるためなら、自分の主義主張を平気で180度変えてしまう。</p>
<p>そんな人ともし関わるとなれば、自分に対して好意的な態度を取っていても、自分のいないところでは、誰かを喜ばすために自分を間接的にでもこき下ろすような事を言っているかもしれない…と、疑心暗鬼になってしまうので、心を開きづらくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、意見をコロコロ変えるという人は、言い換えれば自分の内面を見せる人のようには感じられない。ポジティブな事をしゃべっているのはわかるものの、その言葉はその時々に応じて出てきたセールストークみたいなものであり、その人自身の本音や内面の部分が見えてきづらい。</p>
<p>心理学で言えば、自分の内面を正直に伝える自己開示がされていないので、いい人ではあるけれど、どこか近寄りがたく感じたり、嘘や演技のように感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>何があっても肯定的な態度を取る部分に違和感を覚える</h3>
<p>どんなことがあっても他人を肯定し、受け入れるような態度ばかりをとってしまうタイプのいい人もまた、違和感を抱かせてしまうことがあります。</p>
<p>肯定的な態度で接してくるので、居心地の良い関係ができるのは事実でしょう。しかし、一方で肯定すべきではない事、無条件に受け入れず疑問や指摘、ツッコミを入れるべきような場面でも肯定してしまうことがあり、この時に違和感を覚えることが目立ちます。</p>
<p>本来であれば厳しい事を言うべき場面で、相手を無条件に肯定する。一見すれば、全然怒らずとても優しい人のように見えますが、冷静に見れば相手に自身の過失に気づき、反省を促す事そのものを「無条件に肯定する」ことで奪っているとも言えます。</p>
<p>怒らず厳しい事を言わないので関係は良好ですが、その関係に長く浸り続けると、つい勘違いを起こし、恥や罪の意識を忘れてしまい、ダメ人間へと転落してしまいかもしれない…という危うさが、この関係には存在しています。つまり、なんでも肯定するいい人は、ダメ人間製造機であるとも言えます。</p>
<p>そんな人に関わって堕落し、ダメ人間にならないためにも、自分を律するためにあえて距離を取ろうとしているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20738" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/kouteisikashinai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="肯定ばかりする人に感じる違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/kouteisikashinai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/kouteisikashinai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/02/kouteisikashinai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20738" class="blog-card-title-link">肯定ばかりする人に感じる違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分のことを肯定してくれる人。つまり、自分のことを褒めたり、応援したり、同意してくれたり…など、どんな時でも自分の主張や生き様を肯定してくれ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20738" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20738" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>理想的な人が近くにいると劣等感やコンプレックスを抱いてしまうから</h3>
<p>いい人のなかでも、とくに人として出来すぎている人…つまり、育ちの良さ、性格面の良さ、外見と内面の清潔感などで、好印象がある人もまた、無意識のうちに近寄りがたさを周囲に与えてしまう、あるいは周囲が近寄りがたさを自ずと感じてしまうことがあります。</p>
<p>あまりにも理想的で、いい人そのものであると、周囲からすればその人と一緒にいるだけで自分の醜さやみすぼらしさ、外見・内面の平凡さ、性格面での出来の悪さといった劣等感を強く感じる。</p>
<p>その場にいるだけで親しみやすさではなく、どこか気まずさや居心地の悪さを覚えてしまう。だからこそ、あえていい人と距離を置くことで劣等感を感じないようにしているのです。</p>
<p>あまりにもよくできた「いい人」は、その本人に悪意や罪の意識はなくとも、自然と他人の劣等感やコンプレックスを刺激してしまう。</p>
<p>そのため、あえて「いい人に見えて実は…」と完璧でない部分(＝隙)を見せることで、親近感を抱きやい自分を演出しようとすることがあります。<span style="font-size: 12px;">(いわゆるギャップ萌えの応用である)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>内面にあまり踏み込んで来ないので「実は仲良くなりたくないのでは？」と感じてしまう</h3>
<p>いい人の中でも、他人との衝突を回避する事を大事にしている人の場合、衝突回避を優先するあまりに、自己開示をしなければ、相手の内面に踏み込むこともせず、表層的な関係で留まり続けることがあります。</p>
<p>相手に対して心を開くこともせず、相手の内面に踏み込むこともせず、ある一定のラインまでしか関係を持とうとしない…そんな、よそよそしさや遠慮気味な姿勢が、人によっては「この人は仲良くなりたくないのでは？」という気持ちを抱かせてしまう。</p>
<p>その結果「いい人だけどやっぱり仲良くなれない」と感じたり、関係を持つ事そのものが辛くなってしまうのです。</p>
<p>いわゆる、ある程度は仲良くなるけど、それ以上の進展はなく、いわゆるいい人止まり、知人・友達どまりになって、恋愛関係や親友にまで発展しない場合がこれにあたります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>自己満足のようにいい人を演じているように見えて「裏切られた」気持ちに襲われる</h3>
<p>会って間もないうちは、非常に好印象で友好的な人に見えた。しかし、時間が経つにつれていいキャラを演じている自分に酔っているという印象になってしまい、相手に裏切られたような気持ちを感じた結果、距離を置いてしまうというケースです。</p>
<p>自分をよく見せるためにいい人を演じていた。そして、自分はいい人の自己満足な演技に付き合わされていた事を理解すると同時に、そんな人に一瞬でも好感を持っていた自分に嫌気がさす。</p>
<p>もちろん、失望を味わった相手とそのまま付き合うことは難しく、なかば自然消滅するかのように関係を解消してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>相手の善意・好意に負担を感じて距離を置きたくなってしまう</h3>
<p>自分に対して非常に良くしてくれてるものの、いい人の善意や好意にタダ乗りしているよう罪悪感を覚えたり、甘えきっているかのような居心地の悪さを感じてしまう。</p>
<p>いい人からかけられる善意に精神的な負担に感じてしまうからこそ、その負担から逃れるべく、距離を置いてしまうのです。</p>
<p>なお、善意だと実感している以上、その善意を断ったり、嫌がる素振りを見せることには抵抗を感じやすいもの。悪意や敵意を拒絶するのならともかく、善意や好意を拒絶するのは難しいものでしょう。</p>
<p>もし、拒絶しようものなら、自分が相手を先制攻撃により痛めつけているだけの、ただの加害者であるかのように感じてしまう。そんな気持ちに襲われないためにも、いい人から距離を置こうとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>いい人が「自分の事を嫌っている」と思い込むことで距離を置くことも</h2>
<p>いい人に対して、自分が嫌悪感という醜く汚い感情を抱いていることを受け入れられない状況に陥いったとき、その感情を自分ではなく相手が持っているものだと考えを変えてしまうことがあります。</p>
<p>これは、心理学の防衛機制の一種の「投影」と呼ばれるもので、自分が抱いた不都合な感情や心理を、自分以外の他人の存在に投影し、感情と自分を切り離す事です。</p>
<p>自分が抱いていた嫌悪感をいい人に投影することで、「いい人の方が自分に嫌悪感を抱いている」と考える。</p>
<p>こうすれば、自分が嫌悪感といった醜い感情とは無縁の人間であると実感できる。更に、いい人が自分を嫌っているからこそ、こちらもそれに応じて堂々と距離を置けるようになるのです。</p>
<p>なお、いい人が持っていると考えた嫌悪感は、元をたどれば自分が抱いた嫌悪感であることは言うまでもありません。</p>
<p>しかし、相手が抱いているであろう嫌悪感が、実は自分の感情が乗り移ったものだという考えは、頭では理解できても、精神的にはそう簡単には受け入れないもののように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>スキゾイドパーソナリティ障害の人は優しいのか</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21271</link>
				<pubDate>Sun, 12 May 2019 09:42:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[スキゾイド]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>
		<category><![CDATA[スキゾイドパーソナリティ障害]]></category>

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				<description><![CDATA[スキゾイドパーソナリティ障害とは、他人や社会と関わることに関心がなく、根っこから孤独を好む、感情表現も乏しくどこか達観している人物のように見られる…という、ユニークな特徴を持ったパーソナリティ障害の一つです。なお、シゾイ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>スキゾイドパーソナリティ障害とは、他人や社会と関わることに関心がなく、根っこから孤独を好む、感情表現も乏しくどこか達観している人物のように見られる…という、ユニークな特徴を持ったパーソナリティ障害の一つです。なお、シゾイドパーソナリティ障害、あるいは統合失調質パーソナリティ障害と呼ばれることもあります。</p>
<p>そんなスキゾイドパーソナリティ障害の人に対して、ややざっくりですが「優しい人」という印象を受ける人がいます。</p>
<p>では、どうして優しいという印象を受けるのか…今回は、このテーマについてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>パーソナリティ障害の中でも比較的他者との衝突が少ないスキゾイド</h2>
<p>スキゾイドパーソナリティ障害の人が「優しい」という印象を与えるのは、他のパーソナリティ障害と比較して<strong>、他人との衝突を滅多に起こさないことが大きな理由です。</strong></p>
<p>たとえば、スキゾイド以外のパーソナリティ障害の例をあげると…</p>
<ul>
<li>自己愛性パーソナリティ障害：自己愛が非常に強く、他人を見下したり、傲慢な態度を取るのが特徴的。そのため、他人と衝突することは多く「関わると面倒な人」と見られやすい。</li>
<li>境界性パーソナリティ障害：感情の浮き沈みが激しく、不安定な感情のせいで他人を振り回してしまう。主に、若い女性に多いとされている。</li>
<li>反社会性パーソナリティ障害：道徳や社会規範を守る意識が薄く、他者に対する共感性の乏しさが見られる。そのため、反社会的な言動に出てしまい、他人と衝突を起こすことが多い。</li>
</ul>
<p>など、どれも社会生活の中で誰かに迷惑をかけたり、危害を加えてしまう特徴を持っている。社会と折り合うことが難しく、生きづらさを抱えている点が見られます。</p>
<p>そんな各パーソナリティ障害と比較すると、スキゾイドパーソナリティ障害は、そもそも他人に対する関心や興味が薄いので喧嘩や口論をすることもない。感情表現も乏しいので、怒りや悲しみ等の感情で他人を振り回すことも、まずない。</p>
<p>「障害」という仰々しい名前こそついているものの、偏見を持たずに見れば、非常に大人しく自分に危害を加えるような危なっかしい人間であるようには見られにくい。そのため、「優しい人」という印象が、自然とついてしまうのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、スキゾイドパーソナリティ障害は他者と衝突することはまずないものの、もとより他者に対する興味が薄いため、学校や職場など集団生活を送ることが求められている場面で生きづらさを抱えてしまうことがあります。</p>
<p>また、社会に対して関心があまりにもないために、つい無意識のうちに社会の道徳やマナーから逸脱する行動(例：他人との約束を守らないor忘れる、音信不通になる)などにより、社会に溶け込めずに悩むこともあります。</p>
<p>現代社会において生きづらさを抱えているという点では、スキゾイドパーソナリティ障害も自己愛、境界性、反社会性パーソナリティ障害と根底は同じです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>スキゾイドの優しさは消極的な優しさである</h2>
<p>「優しい」と一口に言っても、慈しみや献身の心で相手に寄り添ったり、励ますような積極的な優しさと、相手を気付つけたり機嫌を損ねないようにあえて何もしない、そっとしておく、というような消極的な優しさの二種類あることは、普段生活を送る中で感じることがあるでしょう。</p>
<p>スキゾイドの人が見せる優しさは、そもそも他人に対して興味が薄いことから、積極的な優しさにはならず、消極的な優しさを見せるていると考える方が妥当です。</p>
<p>なお、消極的と書くと否定的な印象がつくかもしれませんが、他人を無闇に傷つけようとしない点では「優しさ」を持っている人と表現できます。<span style="font-size: 12px;">(あるいは、人畜無害な人と表現してもいいかもしれない…<del>皮肉の意味として使われることもあるけど。</del>)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、気をつけておきたいのが、何度も繰り返すように他人への興味が薄いために「相手が傷つかないように、ここはそっと見守っておこう」という、相手への関心や思いやる気持ちが非常に乏しい。</p>
<p>誤解を恐れずに言えば「悲しみに暮れている他人がどうなろうと興味はない。だから何もしていないのだ。」と他人に無関心なために、何もしないという行動を取っているに過ぎないということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、「他人がどうなろうと構わないから攻撃的な態度を取る」となれば、おそらく「優しい人」と見られることはありませんでしょう。</p>
<p>しかし、「他人がどうなろうと構わないから関わらない」となると、優しさであるように見えるが、見方を変えればネグレクト(育児放棄)のような、優しい虐待に通ずるものがあるとも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>スキゾイドの人が見せる優しさに対して覚えておきたいこと</h2>
<p>もしもスキゾイドパーソナリティ障害の特徴を持つ人が、自分に対して消極的な優しさを見せてきた場合、その優しさの中に自分を思いやる気持ちであったり、慈愛や献身の心を見出してしまうと、その後苦しい思いをしてしまう可能性があります。</p>
<p>自分が悲しく辛い状況にいるとしても、消極的な優しさを見せてきたために「この人は自分を見捨てないでくれている」という期待が沸くこともあるでしょう。</p>
<p>しかし、それはあくまでも期待でしかなく、スキゾイドの特徴を持つ人は、ただ他人に興味がないからこそ何もしてないだけに過ぎません。</p>
<p>過度な期待を相手に抱いたとしても「え、私はあなたに興味がないかた何もしなかっただけなのに…」という類のコメントを返されてしまった結果、「あの優しさはウソだったの？期待が裏切られた！」と、大きなショックを味わってしまう可能性があります。</p>
<p>また、ショックのあまり「あの人は優しい素振りやいい人っぽい姿を見せてるけど、実は自分に興味なんてない薄情な人間だ」と、なかば逆恨みに近い感情を抱くかないとも言い切れません。</p>
<p>しかし、この感情を生んだ原因は、(もちろんスキゾイドの人の不器用さもありますが)自分が勝手に期待を膨らませたことも原因の一部であると言えます。しんどいかもしれませんが、自分にも非や至らなさがあると自覚することが肝心だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20918" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人にみえて実は他人に無関心な人の特徴" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashii-mukanshin-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20918" class="blog-card-title-link">優しい人にみえて実は他人に無関心な人の特徴</a></div><div class="blog-card-excerpt">他人と衝突することもなく、非常に物腰柔らかな印象で、まさに「優しい人」そのものであるように見えて、なんとなく他人に全く期待をしていない冷たさ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20918" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20918" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
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<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F4041305%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer">パーソナリティ障害がわかる本</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></p>
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</div>
<div class="booklink-detail">岡田尊司 法研 2006年05月</div>
<div class="booklink-link2">
<div class="shoplinkrakuten"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F4041305%2F" target="_blank" rel="noopener noreferrer">楽天ブックス</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
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</div>
</div>
<div class="booklink-footer"></div>
</div>
</div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しい人が苦手と感じる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21184</link>
				<pubDate>Wed, 24 Apr 2019 17:06:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=21184</guid>
				<description><![CDATA[自分に対して優しい態度を向けてくる。その姿からは、敵意や攻撃心など微塵も感じさせない人のはずなのに、どこか近寄りがたさや付き合いづらさを感じてしまう。 とはいえ「優しい人が苦手」と言えば、優しい態度を見せる人に失礼極まり]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>自分に対して優しい態度を向けてくる。その姿からは、敵意や攻撃心など微塵も感じさせない人のはずなのに、どこか近寄りがたさや付き合いづらさを感じてしまう。</p>
<p>とはいえ「優しい人が苦手」と言えば、優しい態度を見せる人に失礼極まりない。また「優しい人が苦手だなんて、あの人はひねくれすぎている」と、他の人から指摘されて、自分の人間性や品性を疑われたり、評判を下げてしまうであろうことが容易に想像できてしまう。</p>
<p>「優しい人が苦手だけどそのことを誰にも相談できない…」と行き場のないモヤモヤとした気持ちを抱えて、辛さをか似ている人は、絆や協調性が叫ばれるこのご時世なら、きっと少なくないと思います。</p>
<p>今回は、そんな優しい人に苦手意識や嫌悪感を覚える人の心理について、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21389" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/yasashisa-omoi-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しさが重い人にストレス、不快感を感じる理由" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/yasashisa-omoi-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/yasashisa-omoi-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/yasashisa-omoi-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21389" class="blog-card-title-link">優しさが重い人にストレス、不快感を感じる理由</a></div><div class="blog-card-excerpt">他人に対してたいへん好意的＆肯定的な態度を取る。もちろん、暴力や暴言など恐怖によって支配するようなことはしない。

そんな非常に優しい人</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21389" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21389" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>優しい人が苦手と感じる理由・心理</h2>
<h3>誰にでも優しい人のように見えて近づきづらさを感じてしまう</h3>
<p>自分に対して優しさを向ける人に出会っても、なんとなくその優しさを素直に信じる事ができない。誰に対しても優しく振舞っている人のように感じてしまい、どことなく近寄りがたさを覚えてしまうというケースです。</p>
<p>もし、誰に対しても優しく振舞っているとすれば、その人の優しさに甘えたり自分の心を開くと「え、そんなにお近づきになるつもりはなかったのに…」という類の反応を返されて、それこそ優しくやんわりと拒絶されるかもしれない。</p>
<p>誰にでも優しい人が見せる優しさは、あくまでも人間関係で波風を立てず、円滑に進めるために行っている世渡りの一種であり、その場にいる皆から好かれることを望んでいるのではなく、「皆から嫌われないように…」という消極的な目標を達成するために、振舞っているものであると考えられます。</p>
<p>そんな優しさに対して心を開いて本気になろうものなら、誰にでも優しい人に余計な負担をかけさせてしまう恐れがある。また、見せかけの優しさに対して本気になってしまう、人間関係の機微を読み取れない自身の鈍感さを、周囲から笑いものにされてしまう恐怖もあるからこそ、優しさを見せてくる人に対して、苦手意識を覚えてしまうのです。</p>
<p>こう書くと、やや疑心暗鬼が過ぎるようにも思えるかもしれませんが、過去に優しさを勘違いして恥ずかしい思いや、他人を不快にさせた経験などがある人なら、優しさに対して過度な懐疑心を見せることは珍しくありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分のために気を遣ってもらっているように感じて申し訳のなさ感じてしまう</h3>
<p>優しさを見せてくる人に対して「自分のような人間に、わざわざ気を遣ってもらって大変心苦しい」という過度な謙遜や自己卑下からくる申し訳のなさ、決まりの悪さを感じて苦しくなるからこそ、優しい人に苦手意識を覚えてしまうケースです。</p>
<p>自分に対して優しい態度を見せてくる人に対して、いつも申し訳の無さ及び気まずさを感じてしまい「他人から優しくされる事が不快感と紐付けられてしまう。</p>
<p>なお、こうした過度な自己卑下が見られる原因は、自信、自己肯定感、自己評価の過度な低さが影響していると考えられます。</p>
<p>自分で自分のことを「他人から優しさや施しを受けるだけの立派な人間ではない」と厳しく評価している。</p>
<p>そして普段から自分に対して厳しい態度を見せる人の方に安心感を覚えてしまうからこそ、他人の好意や善意を嫌がり、厳しく辛辣な態度を見せる人をより好むようになるのです。(＝認知的斉合性理論)</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>いつ優しい人が優しくない態度を見せるのかハラハラして緊張感を覚えてしまう</h3>
<p>過去に優しい人を怒らせてしまった経験がある。または、最初は優しさかったけど、次第に自分に対して愛想を尽かして冷たい態度や無視など、優しさを微塵も感じさせない態度を取った人の怖さが忘れられない…といった苦い経験により、優しさを見せて来る人に対して不安を抱いてしまう事があります。</p>
<ul>
<li>「優しいけれども、いつかキレて激しく怒るのではないか？」</li>
<li>「優しさを見せるに値しない相手とみなされて、冷たい態度をとられてしまうのではないか？」</li>
<li>「いつか見放されたり、見捨てられてしまうのではないか？」</li>
</ul>
<p>と、将来起こりうる不安を感じてしまう。</p>
<p>誰かが見せる優しさが、まるで自分の辛い過去を呼び起こす伏線であるかのように感じてしまうからこそ、将来起こりうる不安に悩まされなくても済むように、優しさを向けてくる人を遠ざけようとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>優しさばかりで本音や本心を見せていないように感じて親近感を持てない</h3>
<p>人間関係において優しさを頻繁に見せることは、(八方美人になって逆効果になることもあるが)上でも触れたように他人から嫌われないためには、ある程度有効な方法です。</p>
<p>嫌いな人や苦手な人がいて、できればウマが合う人ばかりと過ごしていたいという本音を持ちつつも、そのことを表に出して集団の輪を乱すようなことが起きないためにも、建前として優しい態度を徹底しておくのは無難な方法といえます。</p>
<p>しかし、誰でにも優しい顔を見せるのは、言い換えれば自分の本音や本心を隠し続け、自分のことを他人に打ち明けることなく、表面的な関係を築きあげるにすぎない。優しさ以外の人となりやその人らしさ(アイデンティティ)を他人は感じづらいため、親近感を持ちにくくなる欠点もあります。</p>
<p>また、誰にも優しくすることを優先するあまりに、関わる人によって態度や意見をコロコロ変えて言動に一貫性を持つことが難しいため、その人のことを信用することが難しくなります。</p>
<p>新規感が湧きづらく、また人として信用できない点を持っている。この２つの問題点に敏感な人は、優しさを見せる人に対して警戒心や猜疑心が湧き出てくるために、苦手意識を覚えてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>オドオドとした優しさ、依存したがる優しさであるために、付き合いづらさを感じてしまう</h3>
<p>優しさにもいくつか種類があり、その中でもとくに見ていて不安に駆られるのが、オドオドとした優しさと誰かに依存することを求めるかのような優しさです。</p>
<p>オドオドとした優しさは、「他人を不快にさせてはいけない！」という気持ちから来るものですが、見せる優しさの中に「自分は他人を不快にさせているのでは？」という、不安を感じやすく繊細なメンタルを持っていることが色濃く残っており、反応に困りがちです。</p>
<p>優しさに対して「そんなに優しくしなくても大丈夫ですよ」「もっと気楽にしてもいいですよ」と言っても「迷惑かけてしまってごめんなさい」と、謝罪してきて気まずくなる。</p>
<p>かと言って、優しさに甘えるのも、なんだか相手のメンタルに負担をかけているように感じて、気持ちが落ち着かない。単刀直入に言えば、優しくされるよりも距離をおいた気楽になれると感じる緊張感を感じる優しさだからこそ、拒みたくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、依存したがる優しさは、とにかく肯定的な態度で接してきたり、まるで自分のことを全て受け入れるような聖母のような優しさを見せてくる極端な優しさです。</p>
<p>しかし、この優しさはどこか優しくする対象に対して、精神的に依存したがっているように思えてくるものであり、最初のうちは居心地は良いかもしれませんが、次第に窮屈さや束縛感を覚えてしまう。</p>
<p>また、優しさのあまりにダメ人間になって堕落しても、優しく肯定して破滅の一途をたどるような気がしてならない。ダメ人間製造機のような優しさであるために、自然と距離を置きたくなるのです。</p>
<p>うっかりダメ人間製造機のような優しさにどっぷり浸かれば、それこそ共依存関係に陥って、関係を解消したくてもできなくなる葛藤に苦しむ恐れがある。</p>
<p>自分に厳しい人や、自由であることを望む人からすれば、この手の優しさはまさに自分らしさを奪い兼ね合い危険な優しさと感じてしまうので、遠ざけようとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>好意の返報性(返報性の原理)から見る、優しい人への苦手意識</h2>
<p>優しさと関連がある心理学用語として<strong>「好意の返報性(返報性の原理)」</strong>というものがあります。</p>
<p>これは、人間は他者から恩を受ければ、その施しに見合った分の恩を返そうとする心理を指す言葉です。</p>
<p>人間は、恩を受け取ったままの状態では</p>
<ul>
<li>「自分だけ得をしているようで気まずい」</li>
<li>「相手になにも恩を返しておらず、相手に損をさせているのでは？」</li>
</ul>
<p>と、決まりの悪さを感じてしまい、それを解消すべく相手にあらゆる方法で恩返しをする。つまり、受けた義理を返して、貸し借りをチャラにしようとすることが、好意の返報性です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>好意の返報性をもとに考えると、他人から優しさを受け取ったとなれば、自分も相手に対して何か優しさで返さないと居心地が悪く感じてしまいます。</p>
<p>もちろん、ここで優しさを相手に返して難なく貸し借りを帳消しに出来る人もいますが、中には人付き合いが苦手で相手にお返しすることに過度な緊張感を抱いてしまったり、優しさを返すうまい方法がわからず困り果ててしまう人など、相手へのお返しが上手くできないことで躓いてしまう人もいます。</p>
<p>躓いてしまう人からすれば、結果として「優しさを返せない自分」を強く意識せざるをえない状況を招いてしまう優しさを見せてくる人に対して、できれば関わりたくない人間であるとみなしてしまうのも無理はありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、場合によっては優しさに対して金品や物でお返ししないと気がすまない人もいることでしょう。</p>
<p>この人からすれば、優しさを見せてくる人は、嬉しいもあるが一方で出費が増えることで悩まされる…という、葛藤をもたらすありがたいけど迷惑な人としてみなしてしまう。</p>
<p>この葛藤がもしも、金銭的な余裕がない状況に起きたとしたら…その時に感じるストレスが、相当強くなるであろうことは容易に想像できるでしょう。</p>
<p>義理を通すのは素晴らしい事ですが、いつでも義理を通そうとすることは、そう楽なことではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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すなわち「優しい」性格と繊細</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4583" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4583" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しくされると不安になる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21017</link>
				<pubDate>Sat, 30 Mar 2019 14:12:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

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				<description><![CDATA[他人から優しくされると、なんとなく違和感というか、気まずさというか、不安な気持ちに襲われてしまう…という悩みは、なかなか誰かに相談しにくいものだと感じます。 相談しようものなら「まぁ、他人に優しくされて辛いだなんて、随分]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人から優しくされると、なんとなく違和感というか、気まずさというか、不安な気持ちに襲われてしまう…という悩みは、なかなか誰かに相談しにくいものだと感じます。</p>
<p>相談しようものなら「まぁ、他人に優しくされて辛いだなんて、随分と贅沢な悩みをお持ちで」とでもいいたげな反応を返されてしまうかもしれない。</p>
<p>そもそも、優しくされれば嬉しく感じるのが一般的なのに、自分はその世間一般とは違う感情を抱いてしまう感性や人格を持っている、ひねくれた人間だと思われてしまう不安があるからこそ、相談したくても相談できずに思いつめている人は、きっと少なくないと思います。</p>
<p>では、他人に優しくされて悩んでしまう理由や心理は、一体どのようなものなのか…今回は、このテーマについてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21184" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人が苦手と感じる心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/yasassiihito-nigate-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21184" class="blog-card-title-link">優しい人が苦手と感じる心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分に対して優しい態度を向けてくる。その姿からは、敵意や攻撃心など微塵も感じさせない人のはずなのに、どこか近寄りがたさや付き合いづらさを感じ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21184" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21184" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人に優しくされると不安に襲われる理由</h2>
<h3>妙に距離感を詰められているように感じて気味悪さを感じる</h3>
<p>相手が好意や善意から自分に対して優しくしてきて、心理的な距離感を近づけられていることはわかっているものの、その距離の詰め方がどこかおかしいもののように感じてしまう。</p>
<p>まるで自分が守っておきたい相手との一定の距離感を超えてきて近づいて来ているように感じて、気味の悪さを感じてしまうことがあります。</p>
<p>人間関係において距離感を近づけることは、親睦を深めたり、お互いの仲の良さをより深めるためには効果的ではありますが、一歩間違えれば自分の見せたくない内面やプライベート、過去の経験や秘密の類など、誰彼構わず知られては困るような部分に他人が入り込み、心を掻き乱される不安もあるものです。</p>
<p>他人から触れて欲しくない内面や過去を持っていたり、心穏やかな関係を求めるあまり人間関係こそ切らないものの、他人とは一定の距離感があるビジネスライクな関係に留めておきたい…という願望を持っている人だと、他人から優しくされることに対して、上手く言葉にしづらい違和感を抱くことがあるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人の優しさにどう反応を返したらいいのか分からない苦悩を持っている</h3>
<p>他人から優しくされても、その優しさに対してどのような反応や態度を示せばいいのかが分からず、悩んでしまうというケースです。</p>
<p>他人が優しくしてくることに対して、どのような反応を返せば正解なのか…ただお礼をするにしても「ありがとう」という言葉だけでは、相手が見せた優しさと等価ではないように思えるし、かと言って「たいへんありがたく存じ上げます」と言っては、さすがに堅苦しすぎて、相手を変に緊張させてしまうのではないか…という具合に、あれこれ考えて煮詰まった経験などが原因で、他人に優しくされる状況そのものに不安や恐怖を覚えてしまうのです。</p>
<p>なお、他人から優しくされる状況そのものを避ければ、当然ながら他人の優しさのせいで頭を悩まされることはなくなります。</p>
<p>しかし、これは他人の優しさに対して反応を返す技術を身につけているとは言えない。当然ながら、自分が抱えている問題と正面から向き合っているとは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「自分も何かお返しをしなければ」と重く受け取ってしまう</h3>
<p>他人から優しくされると嬉しい半面、その優しさに対して恩を返さないままで居続ければ、どことなく居心地の悪さや決まりの悪さを感じてしまうことがあるでしょう。</p>
<p>これは、心理学では「好意の返報性(あるいは返報性の原理)」と呼ばれ、人間は他人から受け取った好意に対して、それと同等の好意を返したくなる心理が働くとされています。</p>
<p>他人から優しくされることに不安を感じてしまう人は、好意の返報性をもとに考えれば、自分が受けたものと同等の恩を相手に返すことで、お互いの不公平感を解消する事に人一倍敏感であると考えられます。</p>
<p>他人から受けた恩を忘れるだらしない人や、恩を仇で返すような不届き者と違って、恩に対して恩で報いようとする人は実に義理堅い人ではありますが、義理を重んじるあまりに優しさを重く受け止めてしまい、自分で自分を追い込んでしまう性格の持ち主とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「優しさは本心なのか」という猜疑心が湧き出てしまう</h3>
<p>他人が自分に優しくしてきた時に</p>
<ul>
<li>「その優しさは本心からなのだろうか？」</li>
<li>「真心ではなく下心があるから、自分に優しくしているのではないか？」</li>
<li>「自分のようなちっぽけな人間に優しく接してくるのは、何かしらの腹黒い思惑があるに違いない」</li>
</ul>
<p>と、相手が見せる善意・好意を疑いの目で見てしまうために、優しさに不安を抱くのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>相手の優しさを疑ってしまう理由は、過去に受けたいじめやハラスメントなどの痛ましい経験もありますが、自己肯定感や自己評価が低すぎるために「自分は他人から善意や好意を受けるに値しない程度のどうしようもない人間である」と考えてしまっていることも、大きく影響しています。</p>
<p>自分で自分を低く評価しているからこそ、たとえ適度な優しさであっても「そんな優しい態度を自分みたいな価値のない人間に見せてくる人は不自然だ(＝もっと、自分は雑に扱われるのべきである)」と違和感を覚えてしまう。</p>
<p>そして、その違和感を上手く論理で説明するためにも、相手の優しさ下心や腹黒い部分があると思い込み、優しくされている事実を歪んだ物の見方で解釈してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>変に特別扱いされているように感じて、決まりの悪さを感じる</h3>
<p>これも自己評価、自己肯定感が低すぎる人に見られるもので、至って普通に優しくされているだけで、まるで自分が特別扱いされているように感じて、決まりの悪さを感じてしまうことがあります。</p>
<p>自分で自分を低く見積もっているからこそ、ごく普通な優しさであっても「どうしようもないダメ人間なある自分に対しては、あまりにも勿体ないほどの高待遇である」と感じてしまい、相手が見せる優しさから逃れたいという気持ちになります。</p>
<p>もちろん、優しくする側からすれば、特別扱いやえこ贔屓をしているとは感じてはいませんし、むしろごく普通に優しく接しているだけなので、「相手は特別扱いされていると感じている」とは想像しにくいものです。</p>
<p>なお、ごく普通の平均的な優しさを、まるでVIP待遇のように感じる…と表現すれば、なんだか人生楽しそうに見えるかもしれませんが、このように感じてしまう背景には自己評価・自己肯定感の引くさがあると考えると、人生楽しそうだとは口が裂けても言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分だけ大事にされているように感じて、罪悪感を抱いてしまう</h3>
<p>変に特別扱いされることに関連して、他人から優しくされている状況を見ている人、知っている人の存在まで意識してしまい「なんだか自分ばかり大事にされているように感じて、申し訳のなさ感じてしまう…」と、罪悪感を抱いてしまうこともあります。</p>
<p>自己評価が低いために、普通の優しさですら自分には重く感じるだけでなく、そんな優しさを自分のようなダメな人間に向けるぐらいなら、もっと他の真っ当な人に向けたほうが合理的で価値がある…という考えが、罪悪感を生む要因になっていると考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、罪悪感を抱いてしまう理由・背景に考えが及ばないと「他人から優しくされることに罪悪感を抱くだなんて、なんか自分たちを見下しているように見えて嫌なやつだ」と感じる事も少なくありません。</p>
<p>自虐や謙遜するように見せかけて、自分がどれだけ恵まれている立場にいるのか自慢している、意地の悪い人間に見えてしまうからこそ、優しくされて罪悪感を抱く人には、嫌悪感が募りやすいのです。</p>
<p>ちなみに、嫌悪感を向けられてしまうと「ああ、やっぱり自分は他人の気分を害する罪深い人間だ」と解釈して、自己評価の低さが強化されると同時に、自分は罪深い人間であると感じさせる環境…つまり、自分のことを悪く思う存在を意図せず自分で作り出してしまうのがなんとも皮肉です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しい人にみえて実は他人に無関心な人の特徴</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20918</link>
				<pubDate>Tue, 12 Mar 2019 10:12:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=20918</guid>
				<description><![CDATA[他人と衝突することもなく、非常に物腰柔らかな印象で、まさに「優しい人」そのものであるように見えて、なんとなく他人に全く期待をしていない冷たさがあるというか、あまり他人に関心がなく距離を置かれているように感じてしまう人は、]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人と衝突することもなく、非常に物腰柔らかな印象で、まさに「優しい人」そのものであるように見えて、なんとなく他人に全く期待をしていない冷たさがあるというか、あまり他人に関心がなく距離を置かれているように感じてしまう人は、よくよく見るといるものです。</p>
<p>最初から他人に対して無関心で冷たい人と比較すると、第一印象が優しいのに実はあまりに他人に関心がないということがわかれば、裏切られたというか、知らなければ良かったのになぁ…と残念な気持ちになることが多いものでしょう。</p>
<p>今回はそんな、優しく見えて実は他人への関心が無い人の特徴について、お話しいたします</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>優しく見えるけど他人に無関心な人に見られること</h2>
<h3>相手を褒めてばかりで叱らない、指摘をしない</h3>
<p>優しいけど実は他人に無関心な人によく見られるのが、相手を褒めたり認めることは積極的にする。しかし、相手が何かやらかしたときになると、手厳しい指摘もせず、叱りもせず、嫌な雰囲気が過ぎ去ってくれるのを待つということです。</p>
<p>しっかり指摘するとなれば、相手がなぜやらかしたのかについてその原因や背景を探る必要性がありますが、そもそも他人に興味が無い人であれば、そんな真似はしない。</p>
<p>ですので「褒めてばかりで手厳しいことは言わない」という、偏りのあるコミュニケーションになってしまうのです。</p>
<p>もちろん、指摘の内容によっては、相手に精神的苦痛を与えてしまい「優しい自分」像を維持できなくなる恐れもあります。その恐れも相まって、ますます指摘する場面で指摘をできずに放置してしまい、相手を付け上がらせてしまうのです。</p>
<p>まるで子供を甘やかしすぎて、手の施しようがない駄々っ子へと育ててしまう親と同じものを感じさせる行動と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>相手を無責任に肯定する</h3>
<p>上からの続きになりますが、相手を無責任に肯定することもまた、優しいけれど他人に無関心な人に目立ちます。</p>
<p>相手を励ましたり、やる気を出させるために応援する…そんな、他人に寄り添う優しさを持っているのはわかるものの、その優しさはいつも相手を全肯定するばかりであり、冷静さや慎重さなど、相手の行動にブレーキをかける部分が欠けています。</p>
<p>たとえば、身の丈に以上の買い物(マイホーム、金融商品など)をするかどうかで悩んでいる相手を無批判に励ましてその気にさせようとするように、大きな決断を迫られている人を無責任に肯定して背中を押そうとします。</p>
<p>相手に対して「別に今すぐ買わなくてもいいのでは？」と、背中を押しはしないが、冷静になるように導く言葉がけを全くせず、一方的且つ無責任に肯定するような偏った優しさを見せます。</p>
<p>こうした無責任な肯定をしてしまうのは、自分の助力が原因となり、自分の善意で他人を追い込む姿が想像できていない。他人に無関心であるからこそ、自分の言葉で他人がどのような結末になろうとも知ったこっちゃないのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>普段の言動からその人らしさが見えてこない</h3>
<p>人当たりがよく好感度も高いが、関わっているうちにその人らしさを感じ取れないことが目立ちます。</p>
<p>たとえば</p>
<ul>
<li>その人が考えていることや主義・主張が見えてこない。</li>
<li>その人の好きだと感じるものだけでなく、嫌いだと感じているものが見えてこない。</li>
</ul>
<p>など、その人の個性やアイデンティティと呼べる部分が非常にぼんやりとしていてわかりづらい。もちろん、やさしい人間であることはわかるものの、それ以外の部分が見えて来ず、近寄りがたさがあります。</p>
<p>キツい物言いこそしないので、関わる上では非常に安心感はありますが、どこか壁を作っているように見えて、それ以上の関係には進みづらくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>誰に対してもいい人を演じようとする</h3>
<p>表面的にはやさしいために、誰に対してもいい顔をします。</p>
<p>他人の機嫌を損ねないように振る舞って、他人が喜ぶような言葉を口にして、自分が求められている役割をしっかり果たして…と、その姿はまさに他人に真面目に尽くす優しい人そのものでしょう。</p>
<p>しかし、普段の振る舞いの大半がこうなると、まるで誰に対してもいい人でいようとするために「その人の考えが見えてこない」と感じる。加えて、相手を不快にさせないために「無責任に肯定する」することも板についてしまう。</p>
<p>かくして、確かに関わる上では妙な安心感を抱く相手ではあるが、一方で腹の中が見えないというか「本当に相手の事を思って行動しているのだろうか？」という疑問を抱かせるような、優しいけれど、他人に関心が無い人が出来上がるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>困りごとが起きると「全部自分に責任がある」と罪を背負いたがる</h3>
<p>他人に寄り添うように見える優しさを感じさせる一方で、何事も全部自分一人で背負い込めば万事うまくいくと考えてしまう自己中心的な考えの強さがあります。</p>
<p>本当は自分一人で責任を負うべきことではないし、他の人にも責任があって、それとしっかり向き合うことが必要なのに、自分一人で背負おうとすることで、他人が持つ反省する機会を奪ってしまう。</p>
<p>つまり、他人に関心がないからこそ、その他人が自分の過ちを自覚してそこから学びを得るチャンスを「これは、全部自分に責任があるから」と平気で奪ってしまうのです。</p>
<p>他人と衝突するのを避け、そして他人が面倒事に巻き込まれている時にはその責任の肩代わりを受ける…表面的に見れば、自己犠牲を厭わない優しい人だからこそ成せる事だと考えられますが、やらかした他人が自分の未熟さに気づいて学習していくことに考えが及んでいないであろうことが伺えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「他人に興味はないけど、かといって他人から嫌われるのも嫌だ」という葛藤</h2>
<p>さて「他人に無関心で興味がないのであれば、わざわざ優しく振舞わなくてもいいのでは？」と感じた方もおられようかと思います。</p>
<p>わざわざ優しい素振りなんか見せず、他人と必要以上にかかわらず、淡白な人間関係を歩んだほうが、言行一致しているのでお互いに余計な勘違いを起こすこともなくなるものでしょう。</p>
<p>しかし、優しいけれど他人に無関心な人は、<strong>他人には無関心だけど、かと言ってあからさまに嫌われたり、孤独に苦しむことは嫌だ</strong>…という願望があるため、表面的な優しをやめるにやめられないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とくに、社会生活を送る上では、仕事や近所付き合いなど、たとえ興味がない人であってもそれなりに上手に付き合う術を持つことが必要なのは言うまでもありません。</p>
<p>「下手に優しさを見せて期待させないで欲しい」と言うのは簡単ですが、下手な優しさを見せる人にもそれ相応の事情があるという視点は、もっておいて損はないものだと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>優しい人っぽくみえて実は他人に無関心な人は、興味がないし関わりたくないから関わらない…と、スッパリ割り切って社会生活を送ることが、そう簡単にできないからこそ出てくる人なのではないかと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談 表面的には優しい人を疑うことの苦悩</h2>
<p>余談になりますが、表面的にでも優しさを見せてくれる人に対して</p>
<ul>
<li>「この人はいい人ぶっているだけ」</li>
<li>「この人が見せる優しさはおかしい」</li>
</ul>
<p>と、相手をひねくれた目で見ている自分を自覚すると、自己嫌悪の念に駆られてしまう人もいようかと思います。</p>
<p>優しい人の内面が醜いものであると考えてしまう自分が、実に卑しくて、下衆で、恥ずかしい人間のように感じて苦しくなるものの、相手に感じる妙な違和感は消えないしモヤモヤする…という葛藤した気持ちを持ってしまうことで、余計に辛くなるという具合です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、他人に対して「優しい人＝内面も清らかである」であるという、はっきりしていてわかりやすく、そして正しさを感じる説を揺るがせてしまう。つまり、公正世界仮説が揺らがせてしまい、世の中は公正でもなんでもないという恐怖と不安に他人を駆り立ててしまう悪い意味での影響力を持っているのが、優しいけれど他人に無関心な人なのだと考えることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20856" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人なのに仕事ができない理由について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20856" class="blog-card-title-link">優しい人なのに仕事ができない理由について</a></div><div class="blog-card-excerpt">温厚で優しい性格なのに、なぜか仕事でミスが多いとか、人間関係にうまくなじめていないとか、なんとなく職場で孤立している人を見ると「優しいのにな</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20856" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20856" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>いい人アピールする人がうざい、苦手と感じる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20860</link>
				<pubDate>Mon, 04 Mar 2019 09:49:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=20860</guid>
				<description><![CDATA[自分は優しい人ですよ、親しみやすい人ですよ、人徳がある人ですよ…と、いい人アピールをしてくる人に対して、なんとなく違和感を覚えたり「正直うざいなぁ…」と感じる人は、きっと少なくないと思います。 「いい人」と自称するものの]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>自分は優しい人ですよ、親しみやすい人ですよ、人徳がある人ですよ…と、いい人アピールをしてくる人に対して、なんとなく違和感を覚えたり「正直うざいなぁ…」と感じる人は、きっと少なくないと思います。</p>
<p>「いい人」と自称するものの、傍から見ればいい人というよりは打算的・偽善的で、いい人であることの説得力に乏しい。率直に言えば、いい人のフリをしているだけで、どうも嘘くさく見えて関わりづらさを感じてしまう。</p>
<p>今回は、そんないい人アピールをする人に感じる、嫌悪感や違和感の招待についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20856" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="優しい人なのに仕事ができない理由について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/03/yasashiihito-shigotodekinai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/20856" class="blog-card-title-link">優しい人なのに仕事ができない理由について</a></div><div class="blog-card-excerpt">温厚で優しい性格なのに、なぜか仕事でミスが多いとか、人間関係にうまくなじめていないとか、なんとなく職場で孤立している人を見ると「優しいのにな</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/20856" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/20856" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>いい人アピールする人がうざい、苦手と感じる心理</h2>
<h3>誰にでもいい顔をする人に見えて、本心が見えない不気味さがある</h3>
<p>いい人だと自負している人には、その自負に違わず誰かと口論することもなく、他人への気遣いもできて、非常に円滑且つ温厚な人間関係を作り上げる事に長けている人がいるものです。(大げさかもしれませんが)まさに聖人君子と言ってもいいかもしれません。</p>
<p>しかし、その一方で誰にでもいい顔をする人のようにも見えてしまい、人によって自分の意見や態度を容易く変えてしまう。相手の本心がまるで見えこない、不気味さから近寄りがたく感じてしまうのです。</p>
<p>友達はいるけど親友はいないという人のように、誰かとうまく交流をすることはできるけど、それ以上の仲に進展することは無い人と同じく、ある一定ラインまでしか他人に心を開いていないことが、いい人アピールをする人にも見られます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、ある一定ラインまでしか他人を寄せ付けないのは、いい人に見られたいという願望の強さ故に、自分の率直な意見を述べたり、素直な感情を出すことに抵抗感が強いことが原因として考えられます。</p>
<p>仮に自分の意見を述べているように見えても、それは自分と関わりのある人が求めているような言葉を気を使って口にしているだけであり、決して自分の本心を言っているとは言えない。親し見やすさを抱かせると同時に、近寄りがたさも抱かせてしまうという、相反する感情を他人に抱かせてしまうために、妙に関わりづらい人だと見られてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>いい人に見られるためなら他人を利用する姿勢にモヤっとする</h3>
<p>自分をいい人だと見せるために、たとえば子供や女性、お年寄りなどの他者の存在を平気で利する姿勢も、「いい人なのだろうけどやっぱり嫌いだ」と他人に抱かせる原因になります。</p>
<p>いい人アピールをする時に多いのが「困っている人を助けた」というエピソードをもとにして、以下に自分が善人であるかをアピールすることです。</p>
<p>しかし、助けられた人によっては、自分が他人から助けられた経験を恥ずかしいことだと思っていたり、あまり他人に知らせて欲しくないという願望があるものです。</p>
<p>たとえば、いじめから守ってくれたというエピソードにしても、助けられた方からすればまだいじめの傷が癒えておらず、その話題を使われる事は避けたいと思っている。たとえ助けた人が勝手にするアピールであっても、その人のせいで自分がいじめられていたことを不特定多数の人にばらされる事については、快く思っていないこともあるものです。</p>
<p>そんな気持ちを知ってか知らないでか、いい人アピールをする人は、自分が助けたと自負している人の気持ちを無視して、自分をよく見せるために他人を利用しているように見える。おそらくいい人なのだが、一方で他人への思いやりや配慮が足りておらず無神経な人のようにも見えて、モヤッとして気持ちになるのです。</p>
<p>(守秘義務もあるが)警察が困った人を助けたことをベラベラと口にして自慢しないのと同じで、いい人だと見せたいのなら、自分と関わりのある他者を思いやる気持ちを持つことが大事だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>ただの小さな親切、余計なお世話をしているから</h3>
<p>いい人アピールをする人に見られるのが、自分ではいいことをしているように感じてはいるものの、その実態はただの小さな親切、余計なお世話でしかなく、がっかり感が拭えないというケースです。</p>
<p>必要もないのに他人のやることなすことに口を挟んでお節介をしてしまう。他人から「めんどくさいなぁ」と思われているものの、親切心でやっているので拒めない。</p>
<p>そんな事情をいいことに、「自分はいいことをやっている！」と勘違いを強めて、ますますいい人であろうとしてしまうからこそ、疎まれてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、なんでもお節介をしてくる人は、言い換えれば他人を軽く見ているとも言えます。</p>
<p>他人を過小評価していて「この人は(能力が低いから)私が助け舟を出さなければ…」と使命感を抱いて、つい手助けしてしまう。</p>
<p>傍目にはいい人に見えるかもしれませんが、悪く言えば他人を見下していると思われても仕方ない行動をしているので、関わる人から煙たがられてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/10/mesaiacomplex_taisyohou-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5168" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックスの人に巻き込まれた時の対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">やたら人を助けようとしたり、余計なお世話で助けている人を困らせてしまい、メサイアコンプレックスの人にに巻き込まれた時の対処法についてまとめています。メサイアコンプレックスは「優しい支配」であると心得ておくべきです。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5168" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5168" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/mesaiakonpurekkusu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684" class="blog-card-title-link">メサイアコンプレックス　困っている人を助ける人に抱く違和感について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の事を救世主(メシア)だと感じて、人を助けたがったり余計なお世話をしてしまうことをメサイアコンプレックスと呼びます。ボランティアやチャリティなどの良いことをしているはずなのに押し付けがましく、自分の存在価値を示すために困っている人を利用するため、行動に違和感を覚えることが少なくありません。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3684" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3684" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自己保身のためにいい人ぶる姿勢に余裕のなさを感じてしまう</h3>
<p>必然性もなく「私はいい人ですよ！」とアピールしてくる人と関わっていると、どことなく精神的に余裕がなさそうに見えて、見てるこっちも落ち着かないというか、妙な気持ちになることがあります。</p>
<p>いい人に見られる事に必死になる裏では…</p>
<ul>
<li>他人から嫌われることへの過剰な恐怖感。</li>
<li>批判されることへの過剰な忌避感。</li>
</ul>
<p>など、人間関係の和を乱さない事に強くこだわっていることがあります。しかし、これは見方を変えれば、自己保身をすることに必死になっているように見えます。</p>
<p>自分のことで手一杯にもかかわらず、表面的に見せる「自分は他人のことを思いやれるいい人ですよ」というアピールそのものに矛盾を感じる…このことが、いい人アピールに対する違和感を招いているのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>言動に一貫性がない</h3>
<p>誰にでも優しい人にも共通することですが、いい人だと見られるために、その場その場で意見や立場を変えて、発言に一貫性がないことが、違和感を抱かせる原因になります。</p>
<p>他人と衝突を避けるためにも、他人が気に入りそうな発言・態度で振舞うことは上手。</p>
<p>しかし、いい人アピールをする人の態度は、その人が関わる人によってコロコロ変わるため、上でも触れたように本心と呼べるものは見えて来ず、言動への一貫性がなく信用されにくいのが特徴的です。</p>
<p>なお、こうした一貫性のなさは、上手く言えば上へのゴマすりがうまいとも言えます。しかし、ゴマすりをして自分に便宜を図ってもらうことを期待している人が、果たして「いい人」と呼べるかは疑問です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>いい人でありたいために自分を大事にしない姿勢が見ていて辛くなる</h3>
<p>いい人の中でもとくに、自己犠牲を厭わず身を粉にしてまでもいい人であろうとする人の姿勢もまた、苦手意識を感じさせるものがあります。</p>
<p>当人が納得して自己犠牲をしているとはいえ、自分で自分をしんどい状況に追い込む人を見ると、心が辛くなる。</p>
<p>自己犠牲してまで誰かに尽くすことは素晴らしいとは思いますが、それと同時にもっと自分のこともいたわって欲しいという気持ちを抱いてしまうのです。</p>
<p>しっかり自分の心身をいたわらないままでは、自己犠牲の関係は長続きさせられない。自分は納得しているとは言っても、その行動を見て心を痛めてしまう人もいるということを、余計なお節介かもしれませんが、自己犠牲をしてまでいい人アピールをする人には持っていただきたいと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスから見る「いい人アピール」をする人への反発心</h2>
<p>最後にやたら「私はいい人でしょ？」とアピールしてくる人に、反発してしまう心理を心理的リアクタンスという心理学用語を用いて説明します。</p>
<p>心理的リアクタンスとは、自分の態度や行動の自由が脅かされそうになった時に、その自由を取り戻そうとする心理を指す言葉です。他人からある行動を強制されそうな状況になったときに、その状況に反発してしまう心理がこれなのです。</p>
<p>たとえば</p>
<ul>
<li>「絶対に見ないで下さい」と言われると、逆に見たくなってしまう。</li>
<li>「いま○○が流行！」と話題になると、○○への興味を失う。</li>
</ul>
<p>など、自分の行動が制限される状況になると、意地でも反発したくなる心の動きが、心理的リアクタンスです。</p>
<p>これをもとに考えると、やたら「私はいい人でしょ？」とアピールしてくる人は、無意識のうちに自分に対していい人だと同意する行動を求めて来る人。</p>
<p>つまり、自分の自由を制限するように働きかけて来る人のように感じるからこそ、意地でも「いい人と認めるもんか！」と反発してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>優しい人なのに仕事ができない理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/20856</link>
				<pubDate>Sun, 03 Mar 2019 14:36:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[仕事・ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[性格・気質]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[性格]]></category>
		<category><![CDATA[優しい]]></category>

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				<description><![CDATA[温厚で優しい性格なのに、なぜか仕事でミスが多いとか、人間関係にうまくなじめていないとか、なんとなく職場で孤立している人を見ると「優しいのになんで仕事ができないんだろうか？」と純粋な疑問を持つ方は、きっと多いと思います。 ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>温厚で優しい性格なのに、なぜか仕事でミスが多いとか、人間関係にうまくなじめていないとか、なんとなく職場で孤立している人を見ると「優しいのになんで仕事ができないんだろうか？」と純粋な疑問を持つ方は、きっと多いと思います。</p>
<p>他人を蹴落としてまで成り上がろうとしたり、集団内で波風を立ててズバズバ発言していく…という具合に、性格面での荒っぽさがある故に仕事ができないのなら、まだ納得できるものがあります。</p>
<p>しかし、協調性もあり、他人を気遣える優しさがあるのにもかかわらず仕事の出来は微妙となると「どうして優しいのにダメなんだろう」という疑問は、ますます募ることでしょう。</p>
<p>今回は、そんな優しい性格なのに仕事ができなくなる理由について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>優しい性格だけど仕事ができない理由</h2>
<h3>他人を思いやりすぎて仕事の連携が取れなくなる</h3>
<p>優しい人が仕事で起こしがちなのが、他人を思いやる気持ちが強すぎて、</p>
<ul>
<li>「○○さんに仕事を振って不愉快な気持ちをさせてしまわないだろうか」と考えてしまい、自分一人で仕事を抱え込んでしまう。</li>
<li>「○○さん仕事のことで質問したら、迷惑がられるだろうか」と強い不安を感じた結果、質問せず自分一人でなんとかする方法を選んでしまう。</li>
</ul>
<p>など、他人の気持を悪い方向に先読み＆決めつけてしまい、職場内で連携が取れなくなってしまうことです。</p>
<p>当然ながら、すべき仕事の割り振りや質問もせず、何事も自分一人で抱え込んでしまうので、協力して仕事を進める時よりも能率は下がりやすい。</p>
<p>加えて、「自分一人で全ての仕事をやらなければいけない」という、過度な義務感や責任感に駆られることで、普段から精神的負担と消耗が大きくなり、疲れからケアレスミスを起こしてしまいやすいのが特徴的です。</p>
<p>もちろん、他人の気持ちを思いやれること自体は素晴らしいのですが、その思い込みが自分の偏った物の見方(＝バイアス)による、決めつけを招き、結果として悩みの種となってしまっては、まさに優しが空回りしていると表現するのがふさわしいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>低い自己評価に見合った責任が少ない仕事ばかりをしてしまう</h3>
<p>責任感が強いことが災いし、自分の責任ではないことまでも自分に責任があると考えてしまう優しさを持つ人に目立つのが、過度に自分を追い詰めるあまりに自己評価が低くなる。</p>
<p>そして、自己評価の低い自分にあった責任や役割ばかりを引き受けてしまったことで、成長の幅が縮まり「仕事ができない人」だと見られてしまうのです。</p>
<p>このように、自己評価の低い人が、低い評価に見合った扱いや役割を求めてしまうことは、心理学の認知的斉合性理論の代表例です。</p>
<p>自己評価が低い人からすれば、自分を過大評価or適正に評価する環境にいることは「自分は評価されるほどの人ではない」という認知と一致しないために、居心地の悪さを感じる。</p>
<p>逆に、自分を過小評価してくれる環境にいることは「自分は評価されるほどの人ではない」という認知と一致するために、居心地の良さを覚えてしまうのです。</p>
<p>自分で自分を低く評価しており、そして周囲から低い評価を受けてしまう状況を無意識のうちに選んでしまうことが、優しい性格なのに仕事ができない人が出てくる原因の一つと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、自己評価が低い人は、仕事では「他人の顔色を伺い過ぎる」「仕事に対して積極的になれない」という特徴を見せることがあります。</p>
<p>悪く言えば弱気で優柔不断なのですが、こうした行動により自分への評価が下がると「自分は評価されるほどの人ではない」という認知に状況が一致し、安心感を覚える厄介な側面があります。</p>
<p>適正な自己評価を持つことは、言い換えれば自分を社会的にも精神的にも破滅に追い込まないためには大事なことと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>誰にでも優しいために周囲から信用を集めにくく、好かれにくい</h3>
<p>協調性があり、他人を傷つけるようなことをしない、まさに優しいという言葉がピッタリなのに、なぜか職場では今ひとつ印象や評価が芳しくない人は、誰にでも優しく振舞うことが仇となり、周囲から信用を集めにくくなっていることがあります。</p>
<p>他人との衝突を回避するために、関わる人全てに肯定的な態度を取るうちに…</p>
<ul>
<li>「誰にもで優しくて、本当は何を考えているのかわからないので関わりにくい」</li>
<li>「誰にでも同じ対応をしていて、本当は他人に興味がないのでは？」</li>
<li>「いい人に見られたいから、人によって態度を変えていて言動に一貫性がない」</li>
</ul>
<p>と、関わりづらいイメージを持たれてしまい、信用が集めにくくなるのです。</p>
<p>加えて「荒っぽい性格→信頼ができない」なら、ストレスなく理解しやすいですが、「優しい性格→信用できない」と、ややこしくて理解するのにストレスがかかることから、悪印象を抱いてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、ある事柄を理解するとき、その事柄が流暢に理解することを「認知的流暢性」と心理学では呼びます。</p>
<ul>
<li>「ストレスなく理解できるもの＝好ましいもの」←認知的流暢性が高く、好ましいものだと錯覚してしまう。</li>
<li>「理解するのにストレスがかかるもの＝好ましくないもの」←認知的流暢性が低く、好ましくないものだと錯覚してしまう。</li>
</ul>
<p>と、事柄が理解しやすいかどうかで、その事柄を好ましいor好ましくないと錯覚(誤帰属)してしまいます。</p>
<p>「荒っぽい性格→信頼ができない」と「優しい性格→信用できない」を比較した場合、後者の方が前者よりも、すんなりと理解しにくいので、好ましくないものだ捉えてしまう。</p>
<p>つまり、優しいのに信頼できないと感じる人に対して、より一層近寄りがたさや関わりづらさを募らせてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人と衝突することを避けたがることが災いして仕事の進みが遅くなる</h3>
<p>争いや意見の食い違いを避けるためにも、自分が他人と衝突することを避ける。それだけでなく自分と関わりのある人同士がいがみ合うことも回避し、人間関係を穏やかな状態にすることばかりを意識してしまうがあまりに、仕事の進みが遅くなり「仕事ができない人」だとみなされてしまうのです。</p>
<p>仕事をてきぱきと進めることよりも、人間関係を穏やかな状態にすることを優先してしまう、本末店頭な行動にでてしまった結果、仕事の進みは遅くて雑になる。<span style="font-size: 14px;">(気が付けば、構築してきた優しい人間関係を自ら壊すという皮肉…)</span></p>
<p>なお、優しい素振りを見せるものの、仕事の進みが遅い分、誰かが尻拭いをさせられることもあるので、人間関係を穏やかな状態であるとはお世辞にも言えないのが、実に優しくない現実だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>臆病や優柔不断などの言い換えとしての「優しい」から見る、仕事ができないこと</h2>
<p>優しい性格なのに仕事ができない人について調べていく中で感じたのが、ただ「臆病である」「優柔不断である」「自己保身が強い」「自己評価が低い」などのネガティブな特徴を、「優しい」とポジティブな特徴で言い換えているのではないか…という可能性です。</p>
<p>ネガティブな特徴をなるべくポジティブに変換するものの、その過程でネガティブな部分を反省するわけでもなく、改善するわけでもなく、そのまま残した状態にしてしまっている。</p>
<p>改善も反省もしてないので、同じようなミスを繰り返してしまうが、その時に「優しいのに性格なのになんでだろう…」と、ポジティブ変換する以前の自分のネガティブな特徴を省みるまでに至っていないことが、優しいのに仕事ができない人に感じるモヤモヤとした気持ちの一端を担っているように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、自分で自分を優柔不断だとか、自己保身が強いだとか、受け入れるのは精神的に辛いことでしょう。</p>
<p>しかし、自分が持っている認めたくない部分を見ようとしないどころか、「私は優しいのになんで仕事ができないんだろう…」と、自分に都合よく解釈してしまうことは、果たして本当に自分のためになるのだろうか…とも感じます。</p>
<p>自分では優しいと思っている割には、周囲からの評価は今ひとつである…こうした認識の食い違いの構図は、なんだか「真面目系クズ」とも関連している気がします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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