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	<title>公正世界仮説  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>被害者叩きをしてしまう人の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3487</link>
				<pubDate>Sun, 29 Apr 2018 14:12:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[被害者叩き]]></category>
		<category><![CDATA[バッシング]]></category>
		<category><![CDATA[公正世界仮説]]></category>

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				<description><![CDATA[強盗や殺人などの犯罪、セクハラ・パワハラ・モラハラなどの各種ハラスメントやいじめ等の被害に遭った人に対して、 犯罪に巻き込まれるような状況(例えば金の貸し借り、犯罪への加担)を自分から足を踏み入れていたのではないか？ 人]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>強盗や殺人などの犯罪、セクハラ・パワハラ・モラハラなどの各種ハラスメントやいじめ等の被害に遭った人に対して、</p>
<ul>
<li>犯罪に巻き込まれるような状況(例えば金の貸し借り、犯罪への加担)を自分から足を踏み入れていたのではないか？</li>
<li>人から嫌がらせを受けても仕方がないような態度を日頃からとっていたのではないか？</li>
<li>嫌がらせを受けていたのにどうして拒否しなかったのか？</li>
</ul>
<p>などの、被害者を更に追い込むような言葉、つまり「被害者叩き」をする人はよくいるものです。</p>
<p>被害者叩きは自分の立場を明かさず匿名で話せるSNSやネット掲示板などで盛んになる傾向が置く、ただ被害者を深く傷つけるだけで済まず、被害者に関するデマの情報を流されてしまうことがあります。</p>
<p>また、そのデマがまとめサイトやSNSで拡散され、デマの情報なのに真実だと思い込んだ人たちが更に被害者叩きに加わり、被害者叩きがエスカレートすることもあります。</p>
<p>もちろん、どんなケースであっても「被害者に何一つ落ち度が無い」というケースがあるわけではありませんが、被害者に対する憶測や噂が一人歩きするのはSNSやブログなどのネット上でも、リアルの人間関係やTVや雑誌などのマスメディアでも同じです。</p>
<p>今回は被害者叩きの心理について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>被害者叩きの心理と公正世界仮説</h2>
<p>被害者叩きに関する心理学用語として<strong>「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3073">公正世界仮説</a>」</strong>という言葉があります。</p>
<p>公正世界仮説は</p>
<blockquote><p>「努力は報われる」などの良い行いをすれば良いことが起きるという、<strong>この世は公正である</strong>という考え方に基づいた人間の心理を指す</p></blockquote>
<p>ことであり、言い換えれば因果応報の価値観を信じている人に見られる心理です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そのため、公正世界仮説を元に何かの被害者になった人を見ると</p>
<ul>
<li><strong>犯罪に巻き込まれても仕方がない環境で育っていたに違いない。(例：貧困・家庭内不和など)</strong></li>
<li><strong>普段から何かしら恨みや妬みを買うようなことをしていたに違いない。</strong></li>
</ul>
<p>と、被害者が被害者になってしまう妥当な理由を見つけ、被害者になるのはある意味仕方がないことだと考えてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>実際に被害者に関する情報は今やネット上で簡単にわかりますし、(デマを含む)拡散のスピードもネットのない時代と比較したら格段に早くなっています。</p>
<p>また、被害者本人のSNSアカウントなどの個人情報を特定して情報を掘り起こせば、被害者叩きにふさわしい理由が簡単に見つかることもあり、ネット上では被害者叩きがエスカレートしやすい状況が整っている考えることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>被害者を叩くのは自分の不安を払拭するため</h2>
<p>公正世界仮説のような、「世界はこうあるべき、正しくあるべき」という価値観を持っている人は、もしも被害者が自分と同じごく平凡な人間だと認めたら、何かの拍子で<strong>「平凡な自分でも被害者になってしまうでは？」</strong>という恐怖を抱いて過ごすことになります。</p>
<p>何の落ち度もない人がいきなり犯罪の被害者になるという、物騒な世の中を自分も生きていると考えれば、さすがに精神的にも落ち着かず強い不安を感じるのは無理はありません。</p>
<p>その不安を回避するために<strong>「被害者は被害者になる特別な理由があるはずだ」</strong>と考えて、自分が抱く公正で因果応報な世界の見方を保とうとしているのです。</p>
<p>外を歩くだけで自分の身体・財産・社会的地位が脅かされるような世界で生きることは、できれば避けたいことですし、平和で公正な世の中を臨むことはなんら間違ったことではありません。</p>
<p>しかし、その平和で公正な世の中を切に願うあまりに、無意識のうちに何らかの犯罪に巻き込まれた被害者や社会の歪みによって生まれた犠牲者に対して、そうなるべき妥当な理由を見つけ辛辣な言葉を投げかけてしまっていないか、振り返ってみることが大事だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>被害者叩きの例</h2>
<h3>セクハラの被害者を責める</h3>
<p>セクハラの被害に遭った人に対して</p>
<ul>
<li>本当は自分から誘っていたのではないのか？</li>
<li>同意の上でセクハラを認めていたのではないのか？</li>
<li>擦り寄るのが失敗したから、その腹いせにセクハラを訴えたのではないのか？</li>
</ul>
<p>などの、被害者を責めるコメントはリアルでもネット上でもよく見られます。</p>
<p>また、被害者本人がこれらのコメントの根拠となるコメントを何も言っていないのに、セクハラ騒動をニュースやSNSで見聞きした第三者が憶測や偏見で被害者を責めるだけにとどまらず、加害者を擁護する声も出てくることもあります。</p>
<p>とくにセクハラのように、比較的な馴染みのある(と書くと、なんだかげんなりしますが…)事柄に対しては、第三者も口を挟みやすく、被害者叩きがエスカレートしやすい傾向があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>いじめの被害者を非難する</h3>
<p>学校や職場でいじめの被害に遭った人に対して</p>
<ul>
<li>いじめられても仕方がない事をしてたのではないか？(例：集団の和を乱す、孤立している、人付き合いが悪い等)</li>
<li>本当に被害者が悪いと言い切れるだけの根拠はあるのか？</li>
<li>実はいじめではなく、親しみを込めていじったり、からかっているだけではないか？</li>
</ul>
<p>などの、言葉でいじめ被害者を叩くことがあります。</p>
<p>また、言葉のニュアンスの面でも「いじめ」と「いじる・からかう」の境界線は曖昧です。</p>
<p>その場の雰囲気や相手との関係によっては、攻撃するという意味ではなく、仲の良い者同士でのコミュニケーションとしていじったり、からかうことがあり、被害者にも落ち度がある理由としても、それなりに説得力を持つ傾向があります。</p>
<p>なお、学校におけるいじめで被害者を叩く場合には、関係者が事態を大きくするのを避けたい、学校の評判やマスコミに情報が知れ渡るのを避けたいという思惑や、いじめられる子が大人しい性格ならば「少し強く迫ればいじめはなかったというコメントが得られ隠蔽できるのでは？」という隠蔽ありきで話を進めようとするケースもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、いじめの被害者自身も何かしらいじめを受ける心当たりを感じており、「いじめはやめて欲しいけれど、<strong>自分にも反省しなければいけない点はある」</strong>という責任感や罪悪感から、被害者叩きにより自分の非を認めて更に叩かれてしまうこともあります。</p>
<p>もちろん、非を認めずにあくまでも被害者であることを主張することもありますが、そうすると今度はその頑として落ち度があることを認めない姿勢そのものが非難の材料となり、さらに被害者叩きがエスカレートすることもあります。</p>
<p>いじめの被害を周囲に訴えにくいのは、</p>
<ul>
<li>被害者叩きに屈して叩かれる</li>
<li>被害者叩きに屈しなくても叩かれる</li>
</ul>
<p>という、どっちに転んでも叩かれる場面は避けられないことが予想されることが影響していると考えることもできます。</p>
<p>なお、いじめに関しては公正世界仮説の他にも、<strong>「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2904">傍観者効果</a>」</strong>や<strong>「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2918">集団心理(群集心理)</a>」</strong>などの心理学用語も参照するといいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3343">からかわれるのが嫌いという人の悩み・心理について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>被害者叩きは加害者擁護もセットになる</h2>
<p>被害者叩きは、ただ被害者の落ち度を責めるだけでなく、加害者に対する擁護もセットになることが大半です。</p>
<p>例えば、</p>
<ul>
<li>加害者　：　立場の高い人や有名人・芸能人</li>
<li>被害者　：　立場の低い人や無名な人、一般人</li>
</ul>
<p>という事例では、<strong>「立場が高い人、有名な人がそんな悪いことをするはずがない」という公正世界仮説も影響して、加害者を擁護する意見が出やすくなります。</strong></p>
<p>また、有名なだけあって普段から<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3468">ハロー効果</a>によって自分の印象をよくするイメージ戦略をしていることも多く、そのイメージを崩さないために熱狂的なファン自らが加害者擁護と被害者叩きを先導する空気が生まれることもあります。</p>
<p>ファンからすれば、いままで期待を寄せて応援してきた相手が、実は犯罪の加害者になるような問題のある人だったと認めるのは苦痛ですし、そのことを認めてしまえば自分のファン活動も否定され「今までの努力は一体なんだったのか」と感じることになります。</p>
<p>なお、公正世界仮説は「努力すれば必ず報われる」という因果応報に基づく考えも含まれており、ファンが今までの応援や活動を無駄にしたくないという気持ちのために、加害者擁護と被害者叩きに走ってしまうとも考えることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2636">アンチになる人の心理・特徴　どうして嫌いなものに付きまとってしまうのか</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1891">SNSでファンからアンチに豹変する人が持つ二極思考について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>被害者叩きに陥らないためにできること</h2>
<p>被害者に対して何らかの落ち度があって欲しいという考えは、公正な世界を臨む人なら抱きがちな考えですが、「あって欲しい」という願望が次第に「あるに違いない」「あるはずだ」という強い確信や推測に変化してしまうことがあります。</p>
<p>普段から被害者に対して何らかの落ち度を見つけようとする人は、自分が持っている「何らかの落ち度があって欲しい」という考えが癖になっていないか自覚して、その願望が歪んだものの見方(<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3100">認知の歪み</a>)を招いていないか、確認しておくようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>公正世界仮説による「被害者叩き」の因果応報は自分も例外ではない</h2>
<p>被害者叩きをする人は、大抵は被害者にも加害者にも関係がない第三者であり、ヤジを飛ばすように被害者叩きをしている人が大半です。</p>
<p>被害者を叩いても、所詮は他人事なので無責任に適当なことを言いやすく、普段から鬱憤が溜まっているのなら被害者叩きをして溜飲を下げることもできるでしょう。</p>
<p>しかし、被害者叩きをする人は、もしも自分が何らかの不運で被害者になってしまった場合に、今まで自分が言っていた言葉がブーメランのように返ってきて自分を苦しめてしまいます。</p>
<p>散々被害者のことを悪く言ってきたのに、いざ自分が被害者になって弁明したら、まさに「どの口が言うか」という被害者叩きを食らうのも無理はありません。</p>
<p>ある意味ブーメランが返ってしまうのは、<strong>公正な世界に基づきいままで被害者叩きをしてきた因果応報を、自分も例外なく受けている…と考えることもでき、なんとも皮肉なことのように感じる次第です。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3037">自己責任論のメリット・デメリット</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3010">自己正当化のメリット・デメリットについて</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>公正世界仮説「努力は報われる」「被害者にも原因がある」と考えてしまう心理的な理由</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3073</link>
				<pubDate>Mon, 19 Mar 2018 16:00:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理学用語]]></category>
		<category><![CDATA[公正世界仮説]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3073</guid>
				<description><![CDATA[スポーツをしている人の間でよく聞く言葉として「努力は報われる」というものがあります。 女子マラソンの高橋尚子選手の名言としても有名な「走った距離は裏切らない」という言葉にもあるように、努力をすれば必ず報われる、だから辛か]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>スポーツをしている人の間でよく聞く言葉として<strong>「努力は報われる」</strong>というものがあります。</p>
<p>女子マラソンの高橋尚子選手の名言としても有名な「走った距離は裏切らない」という言葉にもあるように、努力をすれば必ず報われる、だから辛かった投げ出しそうになったりしても、努力を続ければそ必ずいいことがあるから頑張るのが大事、という言葉の内容に感動や共感を覚える人は少なくありません。</p>
<p>しかし、冷静に見れば努力すれば必ず報われる…というのは現実的ではありません。</p>
<p>たとえば、誰でも努力したら男子100Mのウサインボルトよりも速く走れるのか、イチローのようなメジャーリーガーになれるのか、と言れても…正直断言はできませんよね。</p>
<p>「努力すれば報われる」のように、頑張ればいい結果が待っているという考え方は、心理学では<strong>「公正世界仮説」</strong>または<strong>「公正な世界の信念」</strong>と呼ばれており、無意識のうちに不安にならないためにしている考え方の一種なのです。</p>
<p>今回は、「公正世界仮説」についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>公正世界仮説とは</h2>
<p>公正世界仮説とは、「努力は報われる」などの<strong>良い行いをすれば良いことが起きる</strong>という、この世は公正であるという考え方に基づいた人間が持つ心理を指します。</p>
<p>しかし、公正世界仮説は良い側面だけでなく、<strong>悪い行いをすれば悪いことが起きる</strong>という説も含んでいます。</p>
<p>この世は公正である以上、良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが起きると考えるの、とてもシンプルですが多くの人から共感を得る考え方です。</p>
<p>幸せな人生を送っている人は、必死に自分のために努力をしたり、誰かから喜ばれるような努力をしたのだから幸せになっている。</p>
<p>一方で幸せな人生を送っていない人は、たとえば日頃から努力を怠り、人に迷惑をかけるような生活をしてきたのだから、不幸せになっている…と考えてしまうのが、公正な世界に基づいた考え方なのです。</p>
<p>四文字熟語の<strong>因果応報</strong>、<strong>自業自得、信賞必罰</strong>も公正世界仮説とよく似ている考え方と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、冒頭でも書いたとおりに<strong>努力したら必ず報われるというわけではありません。</strong>公正な世界であったら確かに幸せではありますが、現実はいつも公正とは限りません。</p>
<p>良いことをしても必ず良いことが起こるとは限らない、逆に良いことをしていても悪いことが起きてしまう、また良くも悪くもない微妙な結果になってしまうこともあります。</p>
<p>「○○すれば必ず△△」という考え方は、バイアスの影響を受けていたり、ときには現実が見えてない夢見がちな考え方だと思われることもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>公正世界仮説を信じる理由</h2>
<h3>モチベーション、やる気を出すため</h3>
<p>受験やスポーツなどの競争の場面では努力しても自分の思い通りに「必ず」なるとは限りません。</p>
<p>しかし、実際に受験やスポーツに打ち込む時に「結果的に失敗してしまう」という不安や恐怖と上手く付き合い、ひょっとしたら失敗して努力が水の泡になってしまうという受け入れがたい可能性に精神的に耐えられる人はなかなかいません。</p>
<p>理屈では、成功する人もいれば失敗する人もいるとは分かっていても、その理屈を受け入れてしまうと、<strong>やる気やモチベーションが下がってしまうのを防ぐために、自分を奮い立たせるために「努力は報われるに違いない」という意識を強めることはよく見られます。</strong></p>
<p>受験当日やスポーツの大会直前に「あれだけ頑張ったから絶対うまくいくはずだ！」と奮い立たせるのも、公正な世界があるのだと信じて自分のメンタルをコントロールするという意図があるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>漠然とした不安に襲われないようにするため</h3>
<p>悪いことをしたら悪いことが起きるという自業自得に通ずる考え方は、見方を考えれば何の落ち度もない人が不幸な目に遭うことはないのだ、という不安を払拭できるという見方もできます。</p>
<p>たとえば<strong>「いじめられている方にも原因はある」</strong>という考え方は、いじめそのものを正当化するようにも見える偏った意見だと思われがちですが、一方で「いじめられっ子にも相応の原因があるから、いじめは仕方ない」と自分を納得させ、理由もなくいじめや不幸な出来事が起こるような世界ではないと思い、不安から逃れるようとするのです。</p>
<p>もしも何の原因もなく、単純にいじめっ子の気まぐれであったり「なんとなく」という妥当な理由もなくいじめが発生する世界を自分は生きているという考えると、強い不安を覚えるのは無理もありません。</p>
<p>「不幸なのはそれなりの理由がある」と考えるのは、「もしも公正な世界の信念が揺らぐと、自分に責任がなくとも不幸な目にあってしまう」という、どうしようにもならない不安を抱くことになるので、身近な不幸に対して理由や根拠を見出そうとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>主観的な幸せを感じるため</h3>
<p><strong>公正な世界を信じている人ほど主観的な幸福感が高く、ポジティブな(場合によってはキラキラとした)気持ちでいらることができます。</strong></p>
<p>良いことをすれば良いことが起きると信じていれば、たとえ嫌なことでも努力して耐えさえすればきっと良いことが起きるという希望を持ち続けることができます。</p>
<p>また、悪いことさえしなければ不幸にはならないと信じていれば、自分には全く落ち度がないのに犯罪や事件の被害者なってしまうことを恐れなくてもいいので、精神的に安定しやすくなります。</p>
<p>たとえ現実が公正でもなんでもなく、自分の力ではどうにもできない運や社会情勢に変化で、自分の人生が大きく左右されるかどうかわからない不安定な世の中だと考える人の中には、その不安から逃れるために公正世界仮説を信じて、なるべく幸福を感じ、精神的な安定を求めているとも見ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>公正世界仮説の例</h2>
<p>私たちの生活の中には「努力は報われる」「いじめられっ子にも原因がある」の他にも、公正世界仮説の影響を受けている考え方があります。</p>
<p>その例についていくつか説明していきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>正しい子育てをすれば必ずいい子に育つ</h3>
<p>子育てや教育に関わる立場の人でよく見られるのが「正しい子育てをすればいい子に育つ」という考え方です。</p>
<p>これも「良いことをすれば良いことが起きる」という公正世界に基づいた考え方であり、とくに人を育てるという重大な使命感や責任感を求められる仕事だと、この考え方が自分の考えの軸となっている人を見かけます。(人によっては公正世界にとらわれすぎて、ややお花畑寄りな考え方の人もいますが…)</p>
<p>しかし、実際の子育てや教育において、正しい育て方したからといって必ずいい子に育つとは限りません。</p>
<p>学校の先生がクラス全員に同じ一斉に指導をしても育ち方にばらつきや差が出てきたり、兄弟同士でも同じいい子育てをしても、一方の子供には効果的でもう一方の子供には逆効果であったりと、決して「必ず」いい子に育つとは限りません。</p>
<p>子育てや教育のように自分の働きかけによって、その人の将来が大きく変わってしまうことを前にすると、どうしても正解や正しさにすがってしまいがちです。</p>
<p>正しいことをすれば報われるという思いの裏には、それだけ自分のやっていることは無駄ではなかった、正しいことをやり抜いたと実感したいという気持ちが隠れていると見ることもできます</p>
<p>正しさに囚われあまり他の子育てに対して排他的な態度を取ってしまったり、育て方を頑固に変えず、自分の考え方と似ている人ばかりとつるんでしまい、当の育てられている人はおいてけぼりになっているという状況になることもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>犯罪の被害者へのバッシング</h3>
<p>公正世界仮説は、犯罪の被害者叩き(バッシング)でもよく見られます。</p>
<p>たとえば痴漢の被害にあった人に対して「加害者を誘惑するような格好をしていたのではないのか」と、被害者にも落ち度があったという考え方をしてしまうのも、不幸な出来事に巻き込まれるのにはそれなりの理由があるに違いない、という公正世界に基づいた考え方が影響しています。</p>
<p>痴漢の他にも、空き巣の被害にあった人に対して</p>
<ul>
<li>「普段から空き巣にはいられるような防犯の甘さがあったのではないか」</li>
<li>「金目の物を家に置いておくから狙われるのだ」</li>
</ul>
<p>という気持ちを抱いてしまうのも、公正世界に基づいた考え方です。</p>
<p>もちろん、被害者に対しての落ち度がゼロではない可能性は否定できませんが、被害者を執拗に責めてしまうと、被害者の人格や自尊心を傷つける原因となります。</p>
<p>また、傍観者として被害者を公正世界の目線で叩いている人が、もし自分が何らかの不運で犯罪の被害者となってしまった場合に、今までの言葉や考え方で自分をひどく傷ついてしまう原因にもなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">被害者叩きの心理についてはこちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3487">被害者叩きをしてしまう人の心理について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>公正世界仮説と自己責任論</h2>
<p>信賞必罰や因果応報と共通点の多い公正世界仮説は、自己責任論とも相性がよい考え方です。</p>
<p>公正世界仮説の「悪いことをしたら悪いことが起きる」「不幸になるのはそれなりの理由がある」という考え方は、自己責任論にも通じる考え方です。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li><strong>貧困に苦しむ人は、節約やスキルアップなどの努力が足りていないのではないか。</strong></li>
<li><strong>頭が悪いのは先生や学校が悪いのではなく、勉強のやり方や努力が足りていないのではないか</strong></li>
<li><strong>いじめられている人は、コミュニケーションが苦手で周囲に迷惑をかけているからいじめられるのではないか。</strong></li>
</ul>
<p>などがいい例です。</p>
<p>困っている人を取り巻く状況や背景を無視し、今の状況は全て当人が自分で招いたものによるものであると考える。</p>
<p>そして、そのあとには環境や他人のせいにせず、自分の責任として考えて前向きに行動していけば問題は解決できる…という考え方は自己責任論でも、公正世界仮説でも見られます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、自己責任論と公正世界仮説でよく見る「努力したら必ず報われる(だから努力すべき)」という考え方も、同時に<strong>「報われないような努力は努力ではない」</strong>という考え方を導き努力している人(もちろん自分を含めて)、追い詰める原因になります。</p>
<p>現実は自分が思っているように公正な世界でないことを自覚すれば信念が揺らいでしまう…、その信念を揺らがさず且つ公正な世の中であって欲しいという願望が<strong>「報われないような努力は努力ではない」</strong>という歪みを伴った考え方を導いているのだと感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
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