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	<title>同情  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>なぜ「同情されたくない」という心理になるのか</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5421</link>
				<pubDate>Tue, 23 Oct 2018 11:55:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[同情]]></category>

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				<description><![CDATA[辛い事や悲しいことがあったとき、ついその人の事を慰めたいとか、心の支えになってあげたいという気持ちになって優しく寄り添うものの「同情されたくない！」と善意を拒絶された事はないでしょうか。 もちろん、感情的になって「同情さ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>辛い事や悲しいことがあったとき、ついその人の事を慰めたいとか、心の支えになってあげたいという気持ちになって優しく寄り添うものの「同情されたくない！」と善意を拒絶された事はないでしょうか。</p>
<p>もちろん、感情的になって「同情されたくない！」とストレートに言える人は、そう多くないとは思います。</p>
<p>どちらかといえば、とりあえず善意を受け取ってはくれたものの、どこか不満足そうな表情を浮かべていたり、なんか距離を置かれているようで、あまり歓迎されていないことがなんとなく分かってしまい、複雑な気持ちを抱いている人が多いと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、かと言って、目の前で悲しみに暮れている人を無視して放置しようものなら、自分の人間性を疑われてしまう恐れもある。</p>
<p>素直に善意を受け取ってくれない人は、素直さがないゆえに非常にめんどくさく厄介だと感じる人も多いことでしょう</p>
<p>今回は、「同情されたくない」という態度を取る人が、なぜこのような心理になるのかについてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「同情されたくない」という心理の原因・背景</h2>
<h3>「同情＝弱い、惨め、情けない」と思い込みがある</h3>
<p>同情されるのを嫌がる人は<strong>「同情＝弱い、惨め、情けない、かわいそうな人」</strong>と否定的なイメージを感じているために嫌がるのです。</p>
<p>同情されるという事は、自分は他人から弱くて、惨めで、情けなくて、かわいそうで哀れみの目で見られるような人と自覚せざるを得ず、非常に不愉快に感じます。</p>
<p>また、自分と相手の二人だけでなく、周囲にたくさんの人がいれば「多くの人から自分は同情されるほど弱い人間だと思われている」と、強く自分を否定されたように感じて、同情を拒絶したくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>同情されると自分のプライドが傷つく</h3>
<p>同情という言葉は、人によっては「同情されるほど自分は見下されている」と感じることがあります。</p>
<p>自分は精神的にもタフで強いし、そんな自分に誇りを持っていると感じている人からすれば、同情される事は、自分が抱いている理想の自分を壊されることと同じです。そうならないためにも、自分のプライドを守るべく同情を拒むのです。</p>
<p>上で書いたように、同情は弱い、かわいそうなどのネガティブな印象がある。そして、他人に同情できる人は、自分とは関係ない他人の不幸や不遇な状況に寄り添えるだけの、精神的な余裕や懐の深さがある事を示している。</p>
<p>一方で同情される側は、同情する側が持っている精神的な余裕もなければ、懐の深さもないとと、他人に見下され哀れみの目で見られていると受け取るので嫌がるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>勝手に人の悩みを知った気になって満足ぶる態度が苦手</h3>
<p>同情をする人が皆、優しくて、慈悲深くて、他人に対して思いやりがある人ばかりとは限りません。</p>
<p>「同情する」という行動を通して、周囲に対して自分を聖人君子だとアピールすることを目的として、同情する相手の方ではなく外面ばかりを気にしている人もいるものです。</p>
<p>そうした人は、悩みを持っている人の気持ちに寄り添うというよりは、相手の気持ちを深く知ろうとせず、自分の中だけで悩みを持っている人のイメージを作り上げて「あなたも私のイメージしている通りの悩んでいる人なんでしょ？そうだよね？ね？」と、無神経な態度で接するようなものです。</p>
<p>ぱっと見は同情しているようには見えるものの、よく見れば自分にとって都合のいい思い込みで人を判断し、勝手に人の悩みを知った気になって善人な自分に酔っている失礼な人です。</p>
<p>当然同情される側からすれば、優しく近づいてきたと思ったら、勝手に都合のいい弱者のレッテルを貼られて、悩みを聞くどころか勝手に自分を利用して周囲に聖人アピールしている姿が不愉快極まりない。だから「同情されたくない」と感じるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>本音は「安い同情なら要らない」と思っている</h3>
<p>同情と言っても、その態度や行動は人それぞれです。</p>
<p>真剣に寄り添って悩みを聞いたり、自分の辛さをしっかり把握しようと努力する人もいれば、「あらそう、お気の毒様」と、とりあえず同情だけはしておきましたよ、と事務的な安い同情まで、幅広いものです。</p>
<p>安い同情は、同情されず放置されるのと違って、自分が雑に扱われていると強く自覚してしまうので、同情されてもあまりいい気持ちにはなれません。</p>
<p>また、親しいはずの友達・恋人・家族から安い同情を受けるとなれば「まるで自分は親しい間柄とは思われていないのではないか」という不安も頭をよぎります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人に自分の弱みを知られるのが嫌</h3>
<p>他人から同情を受ける過程において、</p>
<ul>
<li>他人には知られたくない自分の中のドロドロとした気持ち</li>
<li>知られてしまったら自分が自分でいられなくなるような隠しておきたい感情</li>
<li>できれば隠しておきたい、自分の恥ずかしい過去、黒歴史の数々</li>
</ul>
<p>などを自分から打ち明けたり、他人から詮索されることもあります。</p>
<p>打ち明ければ精神的に楽になれるかもしれませんが、同時に他人に対して自分の弱みを見せてしまう不安をもあります。</p>
<p>また、同情されて自分は弱みを知られたものの、相手は自分に対して弱みを見せなければ、見せ損であり、不均衡が生じます。</p>
<p>こうなると、お互いに対等な関係ではいられなくなり、相手に主導権を奪われた、上下関係に基づく人間関係になるおそれもあるために、同情を拒むのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>同情が欲しい人とそうでない人がいる</h3>
<p>「同情をされたい」と感じていても「だれでもいいから同情されればいいわけではない」という複雑な心情を抱えていることもあります。</p>
<p>例えば、つらいことがあって誰かに優しくされたい、辛さを共有してもらいたいと思っていても、その相手が</p>
<ul>
<li>自分にとって特別だと感じる人</li>
<li>とくに親しくもない人</li>
</ul>
<p>とでは、同情を受けた時の満足感や安心感は異なるものです。</p>
<p>親しい人から「辛かったんだね」と言われれば、自分の事をしっかり受け入れてくれたように感じますが、普段から関わりがない人に同情されても、あまりありがたみを感じないものでしょう。(もちろん、同情に否定的な意味合いを感じていれば、親しい人の方がショックを強く感じることもあります。)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>同情は受ける相手によって受け取り方が異なるということは、説明すれば多くの人が理解できはずです。</p>
<p>しかし、目の前で「同情されたくない」という言動を示している状況では、自分は相手から同情を受けたくない人だと思われていることにまで考えが及びにくいものです。(もちろん、相手から自分が純粋に拒絶されていると認めたくないという気持ちもありますが…)</p>
<p>そして、自分ではなく相手に原因があると考え、「あの人は構ってちゃんだ」とか「こじらせててめんどくさい人」という結論を出して、自分が傷つかないように納得させるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「同情されたくないけど、同情してほしい」というジレンマ</h2>
<p>「同情されたくない」という心理を見ていくと、決して誰からも同情されたくないという態度を貫いているわけではなく、内心は同情されたいし、同情されて楽になりたいという相反する気持ちもあるものです。</p>
<p>しかし、そのことを素直に言うと、自分のプライドや体裁、評判、イメージなどが崩れる不安がある。</p>
<p><strong>「どんな同情でも喜ぶぐらいの単純で軽い人間」だと思われたくない</strong>葛藤を抱えているので、素直になれずに頑なに同情を拒んでしまいます。(まるでツンデレキャラのよう…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうしたジレンマは、他人目線でみれば「なんてめんどくさいやつなんだろう…」と感じるかもしれませんが、いざ自分がジレンマを抱えるとなると非常にもどかしく、そして辛く苦しい気持ちに駆られるものです。</p>
<p>しかし、目の前で「同情されたくないけどやっぱり同情されたい」と苦しんでいる人に、本当に寄り添えるようになるためには、このジレンマを知っておくことが大事だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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どちらも誰かを慰めたい時や励ましたいとき、勇</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3170" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3170" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>「共感」と「同情」の違い　辛い話に共感するのが難しい理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3170</link>
				<pubDate>Tue, 27 Mar 2018 11:37:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コミュニケーション]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[感情]]></category>
		<category><![CDATA[同情]]></category>

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				<description><![CDATA[だれかの気持ちに寄り添う時に使われる似た言葉として「共感する」と「同情する」があります。 どちらも誰かを慰めたい時や励ましたいとき、勇気づけたいときに使われるニュアンスの言葉でありますが、「同情する」の方はあまりいい意味]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>だれかの気持ちに寄り添う時に使われる似た言葉として「共感する」と「同情する」があります。</p>
<p>どちらも誰かを慰めたい時や励ましたいとき、勇気づけたいときに使われるニュアンスの言葉でありますが、<strong>「同情する」の方はあまりいい意味で使われる場面が少ないように感じます。</strong></p>
<p>同情と聞くとどうしても相手の気持ちや体験を表面的に見ている、どこか相手を軽んじて自分基準で行動していると見られ、共感と比べると薄っぺらいものだと感じることが多くあります。</p>
<p>もちろん、誰かに対して同情を行う人は、決して悪意から同情をしているわけではなく、どちらかというと善意や優しさからしているのですが、その行為がかえって同情される人の神経を逆なでしたり、同情される人を精神的に追い詰めてしまうことがあります。</p>
<p>今回は「共感」と「同情」の違いについてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>共感と同情の辞書的な意味</h2>
<p>&nbsp;</p>
<p>共感と同情の違いを説明する前に、辞書的な意味を整理しておきましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>共感は</p>
<blockquote><p><strong>他人の考え・主張に、全くそうだと感ずること。その気持。同感。</strong></p></blockquote>
<p>という説明になっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方、同情は</p>
<blockquote><p><strong>他人の気持、特に苦悩を、自分のことのように親身(しんみ)になって共に感じること。かわいそうに思うこと。あわれみ。おもいやり。</strong></p></blockquote>
<p>という説明になっています。</p>
<p>共感も同情も辞書的にはある程度共通点はありますが、完全には一致しない言葉です。</p>
<p>同情の場合は「かわいそうと思う」「あわれみ」といった、<strong>優しさだと見ることもできれば、見下しや蔑みとしても見ることができる使われ方が可能です。</strong></p>
<p>優しさやいたわりのつもり相手の気持ちに対して親身になっているのに、その優しさが相手に伝わないどころか、嫌味や皮肉に聞こえたり、マウントをとっているのだと違った形で解釈されてしまうことが同情がネガティブなニュアンスで使われる原因なのだともみることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ちなみに英語の場合は</p>
<ul>
<li><strong>共感：empathy　(エンパシー)</strong></li>
<li><strong>同情：sympathy　(シンパシー)</strong></li>
</ul>
<p>となっています。また英語の場合、「sympathy」は同情だけでなく共感という意味でも使われることがあり、日本語とは違いきっちり意味が分かれているというわけではないようです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>共感と同情の大きな違いは想像力</h2>
<p>共感と同情の大きな違いは<strong>想像力</strong>にあります。</p>
<p>心理カウンセリングにおいては、カウンセリングを受けに来た相談者(クライエント)から話を聞き、カウンセラーが話に共感することが一般的です。</p>
<p>心理カウンセリングにおける共感とは、相手が苦しや辛さだけでなく、その思いを抱くに至ったや立場、状況、背景について想像して受け入れて行くことが基本とされています。</p>
<p>いくらカウンセラーとはいえ、相談者の辛さを全部理解するのは現実的ではありません。カウンセラーも相談者もどちらも同じ人間ですが、育ってきた環境や置かれた状況は違うので、完璧に理解しあえるわけではありません。</p>
<p>しかし、完璧に理解するのが容易ではないからこそ、カウンセラーは話を聴いて「自分なら…」「私なら…」と自身の立場で話すのではなく、相手の気持ちや立場を想像し謙虚な姿勢で受け止めて理解していくことで、カウンセリングをしていくのです。</p>
<p>相手の気持ちを想像し理解していくことができれば、相談者もカウンセラーに対して</p>
<ul style="list-style-type: disc;">
<li>この人なら信頼できるから辛いことが話も相談できる。</li>
<li>私のことを理解しようと努力しているから話がしやすい。</li>
</ul>
<p>と安心できることから、悩みを打ち明けようという気持ちになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>同情はというと、相手の辛さや苦しさに寄り添うそうという所は共通していますが、相手の辛さをしっかり想像することを怠ったり、苦しさを相手の立場ではなく自分の立場を基準にして考えているという特徴があります。</p>
<p>相手に寄り添うまではいいものの、想像力が足りていないために、<strong>ただの寄り添うフリになってしまう、相手に理解を示すフリになってしまうことがある</strong>ために同情はネガティブな意味を持つのです。</p>
<p>相手の気持ちをうまく想像できないかったり、想像に自分のバイアスが掛かってしまうことから、意見のズレやよそよそしい雰囲気を作ってしまい、相手に不信感や反感を抱かせてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>同情して反感を変われる原因</h2>
<p>例えば、仮想通貨や金融商品に手を出して損をしてしまった人に対して「今回大損したけど、なんとか借金は避けられたからよかったやん」と、相手を励まそうと同情の意を示しても</p>
<ul>
<li>どこか相手を哀れみの目、かわいそうな物を見る目で見ている感じがして辛い</li>
<li>借金うんぬんじゃなくて、大損した辛さがわかってもらえなくて辛い</li>
<li>正論で且つ前向きな意見を言われても、余計に苦しさを感じてしまう</li>
</ul>
<p>などの意味が込められてしまうと、たとえ善意であっても反発したり、ついカッとなってしまうことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、ギャンブルだけでなく何か悲しく辛い場面を誰かにわかってもらいたいときにはよくあることです。</p>
<p>失恋した時に「辛いけどそのうちいい人が見つかるよ」と無責任な希望の言葉を言ってしまう。</p>
<p>受験に失敗して浪人が決まった時に「また来年頑張ればいいんだから落ち込んだらあかんよ」と、もっともな事を言ってしまう。</p>
<p>どちらも優しく思いやりのある言葉ですし、打ち明けてくれた事に対して励まそうとしているのはわかるものの、結果として相手の悩みや辛さから話を逸らし、辛さを受け止めようとしない態度がただの安い同情になっていると感じて、反感を抱かれてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>共感するのが難しい理由</h2>
<p>悩んでいる人の助けになりたい、誰かと良好な人間関係を築きたいという時に同情ではなく共感をすることは大事です。</p>
<p>恋人や家族といった親密な間柄に限らず、友達や仕事仲間、先輩、後輩などのあらゆる人間関係にも共感を示すことは大事です。</p>
<p>しかし、<strong>共感は文章で書くほど簡単にできるものではないことは、なんとなく感じているのではないでしょうか。</strong></p>
<p>簡単ではないゆえに、共感ではなく同情に陥ってしまったり、共感も同情も示さず相手と一定の距離を置いて変に期待させないようにしてしまう人もきっとおられると思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の内面をさらけ出すのには勇気がいる</h3>
<p>誰かと共感して相手と仲良くなる、自分の心を開くというのはとても勇気のいることです。</p>
<p>ここでいう勇気とは</p>
<ul>
<li><strong>自分の言いにくい過去を言って周囲に引かれてしまわないだろうか</strong></li>
<li><strong>自己責任や努力不足だと言われて、誰にも共感されないのではないか</strong></li>
<li><strong>そもそも言いにくい事だからこそ、誰にも言わず自分ひとりで抱え込むべきではないか。</strong></li>
</ul>
<p>という不安を抱えながらも、自分の内面を晒すことへの勇気を指します。</p>
<p>内面を打ち明けるというのは、自分を理解してもらえるチャンスである一方で、相手にとっては知りたくなかった一面を見せてしまったり、悩みを悩みとして受け入れてもらえず軽く流されてしまい失敗に終わるリスクもあるのです。</p>
<p>「自分の内面を晒せば相手と通じ合える」というのは確かにその通りではありますが、<strong>さらけ出した内面を受け取る人の気持ちや感情はコントロールすることはできないので、</strong>「必ず」相手と通じ合えるとは言えないのです。</p>
<p>それゆえに自分の内面を晒すのは勇気のいる行動なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人の辛い気持ちに共感するのは自分も辛くなってしまうことがあるから</h3>
<p>だれかの辛い事に共感しようとする場合、話す方だけでなく聞く方にも精神的な負担がかかります。</p>
<p>話す内容によっては、自分が見聞きしたくないことであったり、自分の辛い過去を思い出したり、見たくないものと向き合うことが必要になることもあります。</p>
<p>相手の苦しみに対して共感したいけど、共感していくうちに自分も辛くなってしまうことからつい無責任にも希望のある言葉や、悩みを矮小化してしまう言葉をいってしまうこともあるでしょう</p>
<p>例えば、</p>
<ul>
<li><strong>確かに辛いだろうけど、最悪の状態と比較すればマシだよね。</strong></li>
<li><strong>もっと辛いことで悩んでいる人がいるけど、地球全体で見ればそんなことちっぽけなことだよ</strong></li>
<li><strong>発展途上国の恵まれない子供達と比べたら、あなたの悩みなんて大したことないよ。</strong></li>
</ul>
<p>と、相手の立場や状況を無視した気休めや、安い同情と取られてしまいかねない言葉がいい例です。</p>
<p>決して悪意だけではなく、辛い気持ちをなんとかしたい、相手の助けになりたいという善意から共感を示そうとするにしても、相手の辛さを想像していくことは決して楽とは言えません。</p>
<p>想像していくうちに、自分まで辛くなってしまったり、相手にも落ち度がなかったのではと考えて自分の視点で相手に指摘をしてしまうのもよくあることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3019">弱音を吐く人の心理とパターン別の対象法</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>共感と同情に関連する心理学用語</h2>
<h3>公正世界仮説</h3>
<p><strong>公正世界仮説</strong>とは、「いいことをすればいいことが起きる」「悪いことをすれば悪いことが起きる」という、この世界は公正であるという仮説のことです。</p>
<p>辛い話を聞いて共感していく過程で、「やっぱりあなたにも責任や落ち度があるのでは？」とつい言ってしまうのは、自分が無意識のうちに世界は公正であるという仮説を信じており、話を聴けば聴くほど仮説が揺らいでしまうから、つい相手の話を否定してしまうのです。</p>
<p>「世界は公正なんだから辛いことが起きるのは相応の理由があるに違いない」という思い込みがあると、相手の辛い話に共感する過程で辛いことが起きる相応の理由を探して結論付け、「何の脈絡もなく辛いことが起きるわけがない」と思いたがるのです。</p>
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<h3>親和欲求</h3>
<p>人は辛い時やストレスを感じると、孤独を避けて誰かと一緒にいたいという欲求が強くなります。</p>
<p>これを<strong>親和欲求</strong>と呼び、誰かに共感して欲しいという気持ちを持つのも、親和欲求が影響しているとみることができます。</p>
<p>不安な時に人恋しくなるのは、自分のメンタルが弱いからではなく親和欲求が強く働いているとも言えるのです。</p>
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