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	<title>心理的リアクタンス  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>嫌なものを見てしまう心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21265</link>
				<pubDate>Sat, 11 May 2019 14:58:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理的リアクタンス]]></category>
		<category><![CDATA[葛藤]]></category>

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				<description><![CDATA[見てもいいこともないし、むしろ見たくない光景がその先にあることはわかっているのに、つい出来心で見てしまう。 そして、一時の気の迷いで揺れ動いてしまう自分の軸のブレ具合に嫌気が指す…という類の経験がある人は、決して少なくな]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>見てもいいこともないし、むしろ見たくない光景がその先にあることはわかっているのに、つい出来心で見てしまう。</p>
<p>そして、一時の気の迷いで揺れ動いてしまう自分の軸のブレ具合に嫌気が指す…という類の経験がある人は、決して少なくないものだと感じます。</p>
<p>たとえば</p>
<ul>
<li>あまり気が進まないけど、つい元恋人や昔の友人のSNSアカウントを覗いて近況を調べてしまう。</li>
<li>「閲覧注意」とされてているのに、それに逆らい刺激の強い画像や動画見てしまう。<span style="font-size: 12px;">(一昔前の2ちゃんねるのブラクラとか…)</span></li>
<li>「検索してはいけない単語」で、あえて検索してしまう。</li>
<li>SNS上で流れてきた、ひっかけ要素(いわゆる「釣り」)がある画像や投稿を見てしまう。</li>
</ul>
<p>…など、嫌な気分になる確率は高いのにかかわらずに、ついつい見てしまう。</p>
<p>今回はこうしたわかっちゃいるけどやめられない、嫌なものを見てしまう心理についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>嫌なものを見てしまうのは葛藤に耐えられないことが影響している</h2>
<p>私たち人間が二つの選択をする際に、どちらにしようか迷って悩んでしまうことを葛藤と呼びます。</p>
<p>当然ながら、葛藤し続けていては疲労やストレスが蓄積し、非常に不快な思いをしてしまう。そんな不快感で苦しまないためにも、何かしらの行動をとることでその状況を脱する。つまり、嫌なものを見てしまうのは、葛藤状態の苦しみから逃れるためにしている行動だと説明できます。</p>
<p>しかし、葛藤状態から逃れるとは言え、結局は見なきゃよかったものを見てしまい、その結果嫌な気分になってしまう。これでは、「結局は不快な状況を避けられていないのでは？」と疑問を持つ方もおられることでしょう。</p>
<p>これについては、葛藤が起きる状態そのものを詳しく見ていくことが肝心です。</p>
<p>心理学者のK・レヴィンは、葛藤を</p>
<ul>
<li>接近：「○○したい」という欲求。</li>
<li>回避：「○○したくない」という欲求。</li>
</ul>
<p>の2つの欲求がぶつかることで起きるとし、その組み合わせ次第で葛藤状態を以下の３種類に分けました。</p>
<ol>
<li>「接近＝接近」：異なる「○○したい」という欲求がぶつかる状態。(例、お寿司も食べたいけど、焼肉も食べたい…など)</li>
<li>「回避＝回避」：異なる「○○したくない」という欲求がぶつかる状態。(例、就職したくないけど、進学もしたくない…など)</li>
<li>「接近＝回避」：「○○したい」と「○○したくない」という欲求がぶつかる状態。(例、部活動はやりたいけど、勉強はしたくない…など)</li>
</ol>
<p>嫌なものをつい見てしまう行動は、「回避＝回避」および「接近＝回避」のケースで生じるものだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「回避＝回避」で見る「嫌なものを見てしまう心理」</h3>
<p>嫌なものを見てしまう心理は「嫌だから見たくない」という回避の欲求があることは容易に想像できるでしょう。</p>
<p>しかし、この回避の欲求以外にも、たとえば</p>
<ul>
<li>嫌なもの見ないまま居座る状態は、自分の内なる好奇心が疼いて我慢できない。</li>
<li>閲覧注意の忠告でビビるような肝の小さい人間だと思われたくない。</li>
</ul>
<p>などの、別の回避に相当する心理を抱いている。この場合、上で触れた「回避＝回避」の葛藤状態であり、強いストレスに苦しむ羽目になります。</p>
<p>もちろん、どちらか一方を選んでも、いい事がないのは明白です。しかし、悩んだままの葛藤状態でいるよりは、比較的不快感が少ない選択肢を選んだほうがストレスから解放されるため、つい「嫌なものを見てしまう」という行動を選んでしまうのです。</p>
<p>一見すると、わざわざ不快なものに自ら近づきに行くという不毛な行動を取っているように見えますが、これは不快なものの中でも比較的マシなものを選ぶという、合理的な選択による結果と言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「接近＝回避」で見る「嫌なものを見てしまう心理」</h3>
<p>「嫌だから見たくない」という回避を示す心理と一緒に、「嫌だけどちょっと見てみたい」という接近を示す心理を持っている。つまり、「接近＝回避」のケースもまた、嫌なものを見てしまう行動を招くことがあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>接近：不安や嫌な予感はあるけど、元恋人or過去の友人の近況を知りたい。</li>
<li>回避：見てもいい事ないからこそ、元恋人or過去の友人の近況は知りたくない。</li>
</ul>
<p>という、いわば「怖いもの見たさ」と表現できる、ある対象に近づき気持ちと避けたい気持ちの両方を感じて悶々とする状態は、まさに「接近＝回避」の葛藤状態と言えます。</p>
<p>接近にしろ、回避にしろ、どちらも不安なり不快などのネガティブな気持ちがあるのは共通している。しかし、ネガティブな気持ちがあるものの、ネガティブなりに近づきたい気持ちと、ネガティブだからこそ遠ざけたい気持ちが両方ある状態は、非常にもどかしくできれば早く解消したいものでしょう。</p>
<p>そんな時に「不安だけれども、見てみよう」と接近の行動をとってしまう。これもまた、嫌なものを見るという行動に出てしまう原因なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスから見る「嫌なものを見てしまう心理」</h2>
<p>「閲覧注意」や「検索してはいけない」など、自分の行動を制限する強いメッセージを目の当たりにした時に、あえてそのメッセージと反対の行動をとってしまう…つまり、閲覧注意のものを見てしまったり、検索してはいけない単語を検索する行動に出てしまう傾向が人間にはあります。</p>
<p>これは、心理的リアクタンスと呼ばれ、決定や判断などの自身の自由が脅かされた状態に対して自ずと抵抗してしまう心理を指します。</p>
<p>わかりやすい例で言えば、「興味のない人は絶対にクリックしないでください」という広告を目にしたときに、つい興味が湧いて出来心から思わずクリックしてしまいそうになる…という現象が、心理的リアクタンスです。<span style="font-size: 12px;">(余談だが、「押すなよ！絶対押すなよ！」で有名なダチョウ倶楽部も心理的リアクタンスのいい例である。)</span></p>
<p>もちろん、嫌なものを見るのも見ないのも、本来は自由なものであることは明白でしょう。しかし、「閲覧注意」と言われると、見るor見ないの自由が一方的に奪われているように感じてしまう。</p>
<p>そして、その自由を取り戻すべく、閲覧注意のメッセージに反して、その先にある画像なり、動画なり、文章なりを見てしまうのです。</p>
<p>抵抗する心理がある以上、閲覧注意のメッセージ通りに従えばそれは自分の自由を手放し、他者のいいなりになるストレスを味わうことになる。<span style="font-size: 12px;">(人によっては屈辱とも取れる強いストレスを感じるかもしれない)</span></p>
<p>そのストレスから逃れるために、見てもいい事ない可能性が高いのに、つい嫌なものを見てしまう…という、わかっちゃいるけどやめられない人間のどうしようもなさが、心理的リアクタンスの知識を用いれば、きっと理解できることでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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例え</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2627" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2627" alt="" /></a></div></div></div>
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いわゆる「アンチ」と呼ばれる人の行動を見て</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4280" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4280" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>感動しても泣けない理由は心理的リアクタンスである</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5613</link>
				<pubDate>Thu, 01 Nov 2018 09:17:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理的リアクタンス]]></category>
		<category><![CDATA[感動]]></category>

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				<description><![CDATA[感動モノの映画なのに全然泣けない、卒業式や別れの場面なのに涙が出てこない…こうした行動は時に冷たい人だと言われて、非難やツッコミの対象になることが多いものです。 しかし、みんなが感動や悲しみに暮れて泣いている状況を見ると]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>感動モノの映画なのに全然泣けない、卒業式や別れの場面なのに涙が出てこない…こうした行動は時に冷たい人だと言われて、非難やツッコミの対象になることが多いものです。</p>
<p>しかし、みんなが感動や悲しみに暮れて泣いている状況を見ると、どうしてもその状況に対して反発し、あえて泣かずに毅然とした態度でいたいと思うのもまた人間の心理でしょう。</p>
<p>周りの雰囲気やノリに流されず、自分らしさを貫いていたいと言う反発心がある人からすれば、当然泣くことが求められている場面であえて泣かず、むしろ反発してやろうと言う気持ちが湧いてくるものです。</p>
<p>こうした気持ちは、心理学では「心理的リアクタンス」と呼ばれています。今回は、心理的リアクタンスをもとに感動しても泣けない理由についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5599" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/nakanaihito-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="泣く場面で泣かない人は本当に「冷たい人」なのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/nakanaihito-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/nakanaihito-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/nakanaihito-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5599" class="blog-card-title-link">泣く場面で泣かない人は本当に「冷たい人」なのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">感動する映画やドラマのシーンだったり、卒業式や結婚式など、感動して泣く人が出るのが当たり前の場面で泣かない人というのは、どうしても「心が冷た</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5599" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5599" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスとは</h2>
<p>心理的リアクタンスとは、自分の態度や行動に対する自由が脅かされた時に、その自由を取り戻そうとすべく反発したり逆らいたくなる心理の事です。</p>
<p>リアクタンスは「抵抗」の意味。人間は誰かや何かから自分の行動を強制される状況になると、無意識のうちにその強制に抵抗し、自由を求めようとするのです。</p>
<p>わかりやすい例で言えば、</p>
<ul>
<li>勉強しなさいと言われると帰って勉強する気が失せてしまう。</li>
<li>早く寝なさいと言われると、逆に夜更かししたくなる。</li>
<li>周囲で流行っている物や事に対して、あえて反発して興味を見せずマイナーなものを楽しもうとする。</li>
</ul>
<p>など、他人の言動や周囲の状況などに対して反発してしまうことが、心理的リアクタンスなのです。</p>
<p>また、こうした心理は民話「つるの恩返し」で助けた鶴から言われた「機(はた)を織り上げるまで消して覗かないでください」という約束を破って、つい覗いてしまう行動にも通ずるものがあります。</p>
<p>約束を守り続けるのは、その分自分を抑制したり我慢をするので自由が失われる。一方で約束を守らなければ、(顰蹙は買われるかもしれないが)我慢する必要性がなくなり自由を手に入れられる。約束を守り続けるという不自由な状況に対して反発心を持ってしまう人間の心理が、鶴の恩返しから読み取ることが可能です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2627" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/sunaoninarenai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「心理的リアクタンス」素直になれない人の心理と特徴について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/sunaoninarenai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/sunaoninarenai-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2627" class="blog-card-title-link">「心理的リアクタンス」素直になれない人の心理と特徴について</a></div><div class="blog-card-excerpt">相手からの褒め言葉を素直に受け取れず、「どうせ、お世辞で言っているだけだろ？」とひねくれたものの見方をする人は少なくありません。

例え</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2627" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2627" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスから見る感動的な場面で泣けない理由</h2>
<p>心理的リアクタンスをもとに、感動できない心理を詳しく見ていきましょう。</p>
<p>よくある感動モノの映画やドラマには、いかにもこれから「感動のシーンが待っていますよ!」と匂わせる演出や伏線が数多くちりばめられています。</p>
<p>例えば、戦争がテーマの作品で、自分の故郷や家族の話など回想をするシーンが出てくれば、その後の展開としては改装をしている人物が死ぬのが、フィクションの世界でのお約束です。</p>
<p>もちろん、こうした演出は確かに心を揺さぶられ、思わず感動して涙がこぼれてしまう演出と言われればその通りです。</p>
<p>しかし一方で、フィクションの世界のお約束を知っていると、「感動的な演出だろう？ほら、泣けよ？」とストーリーの製作者の意図や思惑に敏感に感じてしまいます。そして、なんとしてでもそれに反発しようしたくなり、意地でも泣かずに耐えてみせようという気持ちになるのです。</p>
<p>ただ作品を作品として純粋に楽しむのではなく、作品を作っている人の「感動して泣きなさい」と言う押し付けがましさ感じ取る。</p>
<p>そして押し付けがましい演出にそのまま素直に従って泣くのではなく、感動して泣く以外の行動をとり、本来自分が持っていた自由を取り戻そうとしする。こうした心理が働いているために、感動して泣けなくなるのだと考えられます。</p>
<p>実際に、感動モノのドラマや映画では、これでもかと言う位に感動のための過剰な演出や表現が盛り込まれ、まさに「感動の押し売り」と表現されてしまう演出もあるものです。</p>
<p>あたかも</p>
<ul>
<li>「どうだ感動するだろう?」</li>
<li>「これとても感動できるよできるでしょ？そうでしょ？ね？ね？」</li>
<li>「これだけ感動出来る要素を盛り込んだのだから、泣くのが当然だよね～」</li>
</ul>
<p>とでも言ってきそうな演出は、視聴する方としては、あまりの過剰演出っぷりにせっかくのムードが台無しになり興ざめします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろんフィクションに限らず、卒業式やお葬式など、周囲に泣いてる人が多数おり、あたかも「泣くことこそがその場で求められている正しい振る舞いである」と感じる場面に対しても心理的リアクタンスは働きます。</p>
<p>多くの人が泣くべき場面で自分も泣く事は、言い換えれば泣く以外の自由な行動を手放し、自ら不自由な状況に飛び込むようなものです。</p>
<p>そうした不自由な状況を避けるためにも、あえてなく以外の行動をとり、自分が持っている自由を取り戻そうとしているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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特に、夏場は終戦に関連して過</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4422" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4422" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>感動もの、お涙頂戴が嫌いと感じる人の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/4422</link>
				<pubDate>Wed, 01 Aug 2018 11:50:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[感情]]></category>
		<category><![CDATA[心理的リアクタンス]]></category>
		<category><![CDATA[嫌い]]></category>

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				<description><![CDATA[映画やドラマ、ドキュメンタリー番組などで、感動もの・お涙頂戴ものは一種のジャンルとして確立されています。 特に、夏場は終戦に関連して過去の戦争にまつわるドキュメンタリー番組であったり、２４時間テレビのように障害者や社会で]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>映画やドラマ、ドキュメンタリー番組などで、感動もの・お涙頂戴ものは一種のジャンルとして確立されています。</p>
<p>特に、夏場は終戦に関連して過去の戦争にまつわるドキュメンタリー番組であったり、２４時間テレビのように障害者や社会で生きづらさを抱えている人をテーマにした番組が数多く放送され、視聴者の方々の涙を誘う時期であるようにも感じます。</p>
<p>感動ものの作品は、ただ感動して涙を流して気分をスッキリさせるばかりではなく、苦難をものともせず健気に頑張る人の姿を見て励まされたい…そんな気持ちを抱いている人を支える作品という側面もあり、先行きの見えない不安や暗さに悩まされている現代人の間で人気を博すのも頷けるように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、感動ものの作品は人によっては</p>
<ul>
<li>「どうしても泣けない」</li>
<li>「泣くよりも前に気分が白けてしまう」</li>
<li>「泣かなかった冷たい人だと思われてしまうので、見るのがめんどくさい」</li>
</ul>
<p>と、苦手意識を感じている人も少なくありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>感動ものが苦手と感じる理由</h2>
<h3>演出があざとすぎるので見ていて疲れる</h3>
<p>感動ものの作品はフィクション・ノンフィクションに限らず、泣かせるためあざとい演出が目立ちます。</p>
<p>例えば</p>
<ul>
<li>過去を回想するシーンが入る。</li>
<li>苦労するシーン、不幸になるシーンが続く。</li>
<li>妙に落ち着いたナレーションによる説明が入る。</li>
<li>ワイプなどで誰かの泣き顔や目を潤ませている顔が映る。</li>
<li>登場人物の死、避けられない別れを想起させるフラグを立てる。</li>
<li>ピアノやオルゴールのBGMを流して、これから感動のシーンが来ますよと暗に訴えかける。</li>
</ul>
<p>などの、感動のシーンへとつなげるための露骨な演出が多く、気づいてしまうと途端にストーリーに感情移入できなくなり、白けてしまうのです。</p>
<p>感動ものの作品の場合、視聴者を感動させることを主眼に置いているために、どうしても感動のための演出に偏るのである意味仕方のないことですし、もしも演出不足のせいで中途半端な感動に終わってしまっては意味がないという考え方もできます。</p>
<p>そのため、多少しつこくなってもいいので、過剰な演出になることは感動もののあるあるネタとも言えるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>人の命を軽く扱っているように感じて怒りを覚える</h3>
<p>感動もので多いのが「誰かが死ぬ」というストーリーです。</p>
<ul>
<li>最愛の人が治せない病気で死ぬ</li>
<li>世界を救うために自己犠牲を払って主人公が死ぬ</li>
<li>犬や猫などのペットが年老いて死ぬ</li>
</ul>
<p>など、たとえフィクションであっても「死」という避けられない運命、は良くも悪くも作品を引き立てるひとつの要素となります。</p>
<p>しかし、その死があたかも感動のシーン呼ぶのに必要な一材料として雑に扱われていたり、余りにも死のシーンが軽く扱われていたり、すると嫌悪感を覚えてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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</script>
<p>&nbsp;</p>
<h3>泣かなければ「冷たい人」だと思われて辛い</h3>
<p>感動ものの作品を自分一人だけで見るのならともかく、友達や家族と一緒に見る場合は、泣かなければ「冷たい人」だと思われてしまって辛い思いをすることがあります。</p>
<p>大抵の人は「感動＝涙を流す」と考えているために、感動してただ胸がジーンとなるだけでも「あなたはこの作品に感動してないの？」と言われてひねくれている人だとレッテルを貼られてしまうこともあります。</p>
<p>また、感動ものは素直に感動することそのものが楽しみ方であるという雰囲気だと、純粋に一作品と鑑賞や分析をすることすら難しくなり、話題のかみ合わなさゆえに感動ものの作品に苦手意識を感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>感動ありきのための強引なストーリー展開に違和感を覚えてしまう</h3>
<p>感動ものの話をよく分析していくと、感動ありきの結末に持っていくためにやや強引なストーリー運びになっていたり、やたら過去の苦労話を掘り起こして美化している、などのツッコミを入れたくなる点があります。</p>
<p>(感動ものというよりは美談になりますが)例えば、クラス一丸となって皆勤賞を目指そうとしていたものの、途中でインフルエンザにかかった生徒が出たのに、無理をして出席を敢行。</p>
<p>そのおかげもあってか無事に皆勤賞を果たし全員卒業した…という、一見美談のように見えて、インフルエンザの出席停止を無視した危機管理意識の甘さが見過ごされているというものです。</p>
<p>確かに、苦難の乗り越え悲願である皆勤賞を達成した喜びは大きいのでしょうが、美談を求めるあまりに解決すべき問題が無視されていることに違和感を捨てきれません。</p>
<p>また、この手の話は運良くうまくいたからこそ感動出来る話として済んでいる一方で、一歩間違えれば感動はおろか大問題に発展するリスクも孕んでおり、無批判に応援したり肯定的に見れないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>途中で不幸になるストーリーが苦手</h3>
<p>感動ものの作品に共通しているのが、登場人物が不幸な目にあったり、辛い思いをするシーンの後に感動の場面へとつなげるというストーリー展開です。</p>
<p>何の挫折や苦労もなく感動のクライマックスにたどり着いてしまっては、それこそ感動のシーンが味気ないものになってしまいます。</p>
<p>そうならないためにも、感動ものの作品には途中で挫折や苦労に巻き込まれて苦悩するシーンが数多く登場し、迫り来る感動のシーンに向けて用意します。</p>
<p>こうして登場人物が苦悩し葛藤するシーンを挟むからこそ、そのあとに来る感動シーンがより引き立ち印象的なもののように感じる…これが、多くの感動ものの作品に共通しているストーリー展開です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、感動のシーンが来ると分かっていても、途中で何度も不幸になるシーンを見ることに辛さを感じる人はいるものです。</p>
<p>とくに、不幸になるシーンが</p>
<ul>
<li>「途中まで順風満帆だったのにいきなり不幸になる」</li>
<li>「何度も幸せになれそうだったのに、運命のいたずらにより不幸に逆戻りする」</li>
</ul>
<p>という、落差のある不幸だと、その分見る人の心に良くも悪くも負担をかけてしまい、辛さを感じてしまうのです。</p>
<p>もちろん、フィクションの場合であってもこのことは同じで、何度も不幸に叩きつけられるシーンというものは、その後の感動を引き立てるための重要なシーンであっても何度も見ていては気が滅入ってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「心理的リアクタンス」から見る感動もの嫌い</h2>
<p>感動もの作品や番組は、露骨生でに「あなたたちはこんなシーンで感動したいんでしょ？」と言わんばかりに、そこかしこに感動をイメージさせる演出を挟み込みます。</p>
<p>見ているうちに「ほら、はやく感動して泣きなさいよ」と言ってるかのように感じて、少々鬱陶しく感じてしまうことで、見ている側が意地を張り「絶対に泣くもんか！」と対抗意識を燃やしてしまうこともあるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように反発してしまう心理については、<strong>心理的リアクタンス</strong>という心理学用語で説明することができます。</p>
<p>心理的リアクタンスとは、他人や周囲から何かを強制されると、それに反抗してしまうことを指す言葉で</p>
<p>例えば</p>
<ul>
<li>「勉強をしなさい！」と強く言われるほど、勉強する気が失せる。</li>
<li>「今○○が大流行です」と言われるほど、逆に○○に関心を持たなくなる。</li>
<li>恋人に別れを切り出されると、余計に関係を続けようとして意地を張ってしまう。</li>
</ul>
<p>という行動が心理的リアクタンスのいい例です。</p>
<p>感動ものの作品は率直に「ほら、泣きなさいよ」と言葉で訴えているわけではありませんが、過剰な演出によりあたかも「泣いて当然」と迫ってくるように感じてしまうので、心理的リアクタンスにより反発心や抵抗感を持ってしまい、あえて感動を避けるような行動を取るのだと考えることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうして書くと非常にひねくれていると思われがちですが、心理的リアクタンスは人間が持っている自分の態度・表情・行動などを自分で決めたいという欲求の現れでもあります。</p>
<p>「ほら、感動して泣けよ」と強く訴えかけられることは、言い換えればその作品を見て自由な意見や感想をもつことそのものを禁止されるのと同じであり、そんな窮屈な状態を避けるためにも反発しようとする心理が働くのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談：感動ポルノについて</h2>
<p>感動ものの作品に関して、ネット上では「感動ポルノ」という言葉があります。</p>
<p>感動ポルノとは、お涙頂戴ストーリーのために一般的にかわいそうな人、不幸だと思われている人(障害者、引きこもり、発展途上国の人など)に狙いを定め、勝手に大げさな悲劇や苦難があったとストーリーを付け加える。</p>
<p>そして、感動する画を作り出すために、その人の生き様や意思を尊重せず、感動を呼ぶような人生を歩んできた人のように仕立て上げている事への皮肉を指した言葉です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、ある障害者の苦労に迫ったノンフィクションのドキュメンタリー番組であっても、ありのままの姿を放送しているわけではありません。</p>
<p>演出や脚本、構成…場合によってはBGMやナレーションの声色など、より感動を呼ぶような画になるための意図的な脚色がなされているものです。</p>
<p>そのため、動画を見て感激したあまりに障害者を理想的な存在として感じてしまうことは、言い換えれば脚色されたストーリーに感化されただけにすぎず、障害者本人の辛さや葛藤についての理解が浅い状態のままだということになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、感動ポルノの多くは「苦難や挫折にめげずに頑張っている」という清く正しい人たちが多く映し出されています。</p>
<p>しかし、実際はいつも清く正しいわけではなかったり、「やっぱり挫折なんかせずに順風満帆に生活できたほうがいいよね」という本音が認められず、視聴者が求めている(であろう)「苦難にめげずに頑張っている姿」を本人の意思を無視して押し付けることにつながるのではないかという懸念もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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本人の意図を無視して勝手に都合のいい感動できる要素を見つけて、無理やり感動の</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4740" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4740" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>「心理的リアクタンス」素直になれない人の心理と特徴について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/2627</link>
				<pubDate>Tue, 20 Feb 2018 09:57:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[心理学用語]]></category>
		<category><![CDATA[性格]]></category>
		<category><![CDATA[心理的リアクタンス]]></category>

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				<description><![CDATA[相手からの褒め言葉を素直に受け取れず、「どうせ、お世辞で言っているだけだろ？」とひねくれたものの見方をする人は少なくありません。 例えば、インターネットで自分の描いた絵に対してポジティブなコメントが付いたとしても、「流行]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>相手からの褒め言葉を素直に受け取れず、「どうせ、お世辞で言っているだけだろ？」とひねくれたものの見方をする人は少なくありません。</p>
<p>例えば、インターネットで自分の描いた絵に対してポジティブなコメントが付いたとしても、「流行の絵だから褒めてくれているんでしょ」と褒め言葉に対して冷ややかな感情を抱く。</p>
<p>または、「そんなことないよ～！あなたが描いた放のが絵が私のより何倍もうまいから～！！」と、相手の褒め言葉を否定したうえに、自分を過小評価し相手を過度に持ち上げて変に舞い上がってしまうという感じです。</p>
<p>褒めてくれたことに対して素直に「ありがとう」と言えれば苦労はないのですが、素直に感謝の気持ちを伝えることに対して抵抗を感じいることや、自己評価の低さ、自意識の強さ、褒められ慣れていないことなどが災いして、相手の言葉を素直に受け取れない自分を嫌いになってしまう人は、何かとストレスを抱えがちです。</p>
<p>今回は素直になれない人に見られる<strong>「心理的リアクタンス」</strong>という事場を元に、その心理や特徴についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的リアクタンスとは</h2>
<p>心理的リアクタンスとは、自分の態度や行動の自由が制限された時に、その自由を取り戻そうとする心の働きの事です。</p>
<p>…と言っても、ピンと来ないと思いますので、具体的に心理的リアクタンスの例を上げると…</p>
<ul>
<li>「勉強しなさい」と言われるとますます勉強へのモチベーションが失われる。</li>
<li>友達から「可愛い」と褒められても「そんなことないよ」と言って否定する。</li>
<li>周囲で何かが(仮想通貨、話題のアニメなど)流行し出すと、その何かについてあえて興味を失う。</li>
<li>就職活動の時期が迫っているのに、就職活動に対してやる気が入らなくなる。あるいは就職以外の道を探そうとする。</li>
</ul>
<p>といった、行動は心理的リアクタンスによるものです。</p>
<p>人間には<strong>自分のやることを自分で決めたいという欲求があり、</strong>「自分で勉強をしよう」と思っているタイミングで「勉強しなさい」と言われると、<strong>自分で決めたことではなく誰かに決められたことを強制されていると感じて、無意識のうちに抵抗してしまいます。</strong></p>
<p>褒め言葉を否定するのも、「褒められて喜ぶ事を強制されている」と感じるために、無意識のうちに抵抗することで、「強制されずに自分の意思で褒め言葉を否定するという行動を行えた」という欲求を満たしているのです。</p>
<p>周囲の流行や就職活動に反発するのも「場の空気や無言の圧力に負けて流されることを回避できた」という自分の自分のやることを決めたいという欲求を満たすために行っていると見ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>英語でリアクタンス(reactance)には<strong>「抵抗」</strong>という意味があり、他人から「ああしなさい」「こうしなさい」と言われるとやる気をなくしてしまう、場の空気や無言の圧力に対して反発してしまうと、自分の行動をコントロールされるようなことに対して自然と抵抗する心理が働くのです。</p>
<p>心理的リアクタンスのように、何かに反発したり「いや、私はこう思う」と自分の考えや意見を主張することは誰にでもあることですが、素直になれない人にはなんでも反発してしまい、傍から見るといつもツンツンして機嫌の悪い人だと思われることもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1333">素直じゃない、ひねくれた性格がメンタルに与える影響とその治し方。</a></p>
</div></div>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>素直になれない人の心理・特徴</h2>
<p>心理的リアクタンス、つまり反発心が強く他人に強制されたり束縛されるのが苦手な人の心理や特徴について見ていきましょう。</p>
<h3>約束事や決まりを守れない</h3>
<p>なんでも自由に決めたい人は言い換えれば「人に強制されるのが苦手」という事です。</p>
<p>「人に強制される」というと聞こえは悪いですが、ルール、法律、約束事など私たちが社会生活を営む上で守るべき義務があるものは守らなければいけません。</p>
<p>例えば</p>
<ul>
<li>先生から言われた宿題をしっかりやる。</li>
<li>上司から言われた作業を期日までにしっかり仕上げる。</li>
<li>確定申告の締切を守る。</li>
</ul>
<p>などの、人から言われたことやルールを守るのは大切なことですよね。</p>
<p>人の言うことや決まりしっかり守ってやり遂げることは、社会生活を営む上では欠かせないスキルです。</p>
<p>守るべき約束を守らなければ、単に怒られるだけでは済まず、お客さんに損害を与えたり、会社のや自分自身の信用を損ねることなりかねません。下手すれば他人を傷つけてしまったり、法律違反で罰を受けることも起こりえます。</p>
<p>自分でなんでもかんでも決めたい欲求が強いからと言って、社会のルールや法律を守らない理由にはなりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>人と協力するのが苦手</h3>
<p>なんでも自分の意思で自由にやりたいという欲求は、他の人と協力して仕事をこなすようば場面との相性はよくありません。</p>
<p>誰かと協力することは、時に自分の意見を抑えて譲歩したり、周りのレベルに合わせることが必要になるので自由にやりたいという欲求が満たされずストレスを抱える原因になります。</p>
<p>また、自由にやりたいという気持ちが強すぎるあまりに、あえて自分からリーダーシップを取ることもありますが、指示をする相手の力量を無視した独断な指示をしてしまい、自分の思い通りに他人が動かないことに腹を立ててしまうこともあります。</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>なんでも否定から入って自己主張をする</h3>
<p>なんでも自分で決めたいという欲求が強いあまり、人の事場を素直に受け入れられず「でも」「だけど」「いや、そんなことない」と相手の話に対して否定から入ってしまうことがあります。</p>
<p>褒め言葉であれ否定する言葉である、相手の言葉に素直に反応することは相手の思惑通りに動かされていると無意識のうちに感じるので、なんでも否定する言葉を口にすることで、自分の行動を自由に決めたいという欲求を満たしています。</p>
<p>会話の中でまずは否定から入り、そして自分の意見を述べるというパターンは、相手の意見を否定した上で自己主張するという話し方のため、話を聞く側にとってはプレッシャーを感じやすくなります。</p>
<p>聞く方も何度も自分の意見を言うたびに「いや、それは…」と否定されると次第に話すのが面倒になってしまうのも無理はありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>アドバイスや忠告を無視する</h3>
<p>人に強制されるのが苦手でなんでも自分で決めたがる傾向が強いため、優しいアドバイスですら拒絶してしまうことがあります。</p>
<p>アドバイス通りに行動することは自分の自由な行動を奪うことだと考えているために、たとえ善意で言っているアドバイスであっても聞く耳を持たず、自分のルールで仕事や勉強を進めてしまうことがあります。</p>
<p>もちろん、そのやり方で問題なければいいのですが、問題が出てきたときに周囲に迷惑をかけても、聞く耳を持たず改善しようしないので指導する人を困らせてしまいます。</p>
<p>ネットやSNSで自分に対する意見を無視したりブロックしてしまう人も同様です。</p>
<p>相手のアドバイス通りに動くけば、自分はネット上で見ず知らずの人の意見に負けてしまったとことになるので、意地でも聞く耳を持たずに突き進んだ結果、炎上に発展することもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人に心を開けなくなる</h3>
<p>なんにでも反発をしてしまう人は、相手に必要以上に警戒心を抱いてしまうので、他人に自分の心を開けなくなってしまいます。</p>
<p>親しく接してきた人に対しても警戒し、自分の自由を守ろうとした結果、次第に人が離れていき周囲から孤立することも珍しくありません。</p>
<p>アニメや漫画などのフィクションで、他人に対していつも反発しツンツンしている人が、学校で孤立しているのも納得できることでしょう。</p>
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<h2>素直になれない性格を活かすために</h2>
<p>誰にでも素直になれないことや、ひねくれてしまうことはあるものです。しかし、素直になれないことが続くと、周囲から孤立したり、自分で自分が嫌になる原因になってしまいます。</p>
<p>しかし、素直になれないことは決して悪いことばかりではありません。</p>
<p>周囲に流されず自分の世界観を価値観を持っている人は、時に個性的な人だと周囲から見られて注目を浴びることがあります。</p>
<p>芸術や音楽、お笑い、手品などの創作活動・パフォーマンスをしている人にとっては、流行り廃りの激しい流行に流されず自分の作風を磨くことは重要です。</p>
<p>しかし、反発心が強いだけに留まってしまい、流行に対してツッコミを入れるだけになってしまうのは考えものです。</p>
<p>反発心の強さを活かして何か自分のスキルを磨いたり、創作活動にエネルギーを費やすのではなく、ただ反発することそのものに力を注いでしまっては、周囲の人から煙たがられ距離を取られるのも無理はありません。</p>
<p>このことは仕事の場面でも同じですね。</p>
<p>仕事に対して自分のこだわりやプライドを持つことが必要な場面はありますが、こだわりが強すぎるあまりに上司や同僚の足を引っ張ってしまう、優先順位を無視した作業をして迷惑をかけてしまう、自分勝手に仕事を進めてしまう、などの問題をおこす原因にもなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、素直になれない人は、何事も自分で決めたい、束縛されたくないという気持ちが強いために、独立や起業に対して強い憧れを抱いていることもあります。</p>
<p>独立すれば嫌な上司の言うことを聞かなくても済む、自分の思い通りにスケジュールを組んで仕事ができると想像してしまうのも、自由に対する強い欲求からくるものです</p>
<p>しかし、いざ実際に起業をしてみても、やりたいことを後回しにしてでもやらなければいいけない事務作業や書類仕事、役所への届出、雑務を目の前にして「こんなはずではなかった…」と後悔してしまうことは少なくありません。</p>
<p>自分がやりたいことをやるためには、面倒なことも多少はこなせるようになるのが大事ですね。</p>
<p>「好きなことで生きていく」という夢を胸に抱いているとしても、好きではない面倒な雑務もある程度しっかりこなさなければ、好きなことすらできない生活になってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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