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	<title>悩み  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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		<title>共依存を抜け出すために理解すべきこと</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6727</link>
				<pubDate>Mon, 07 Jan 2019 14:54:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[共依存]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>

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				<description><![CDATA[共依存の関係は辛くて、重くて、お互いがしんどさを覚える関係ではありますが、だからといって関係を断ち切りはどこか薄情な人間になるような気がしてためらってズルズルと関係を続けてしまう。 相手の好意に甘え続けてばかりではいけな]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>共依存の関係は辛くて、重くて、お互いがしんどさを覚える関係ではありますが、だからといって関係を断ち切りはどこか薄情な人間になるような気がしてためらってズルズルと関係を続けてしまう。</p>
<p>相手の好意に甘え続けてばかりではいけないと薄々自覚していても、精神的に自立することに強い不安を感じ、その不安から逃れるように相手の好意に甘え続けてしまった結果、ズルズルと関係が長引いてやめ時を見失うことが目立ちます。</p>
<p>今回はそんな長引きやすい共依存の関係を抜け出すために、理解すべき事についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>共依存が原因で仕事、勉強に支障が出るリスクがあると理解する</h2>
<p>共依存の人間関係の恐ろしさは、精神的な自立心が養われず、仕事や勉強など自分の将来や生活に悪影響を及ぼしかねないことです。</p>
<p>例えば、親子で共依存の関係に陥ってしまっている場合、仕事を持っている親が子供のわがままに付き合うことばかりを優先してしまい、仕事がおろそかになってしまうことが起こりえます。</p>
<p>また、そんな親に甘え続けている子供のほうも、自立心が養われないことで働く意欲が持てなくなったり、仮に仕事にありつけたとしてもすぐに仕事を辞めてしまい、親の好意に甘えきった生活を選んでしまうことが起こりえます。</p>
<p>実際に、引きこもりやニートの子供とその子供を支える親の関係をよく見ていくと、実は共依存の関係に陥っており、お互いに今の状況のままではダメだと感じていても、その状況を脱せないことで葛藤を覚えているというケースがあります。</p>
<p>他にも、共依存の恋人関係や友達関係に陥ってしまい、学校生活においても依存しているor依存されている人のことばかりが気になってしまい、勉強に集中できなくなり成績を悪化させてしまうことも起こりえます。</p>
<p>(現代からすれば時代錯誤かもしれませんが)恋愛禁止の校則を掲げている学校には、こうした共依存の関係に陥ることで起こりえる学業成績の悪化や、自堕落な生活に陥ることを予防する意図があるのだと分析することもできます。</p>
<p>このように、共依存の度合いを強めてしまい、まともな社会生活を送れなくなることで、自分の人生だけでなく相手の人生までも生きづらさを与えてしまう可能性について、十分に理解する事が大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>共依存のまま家庭を持てば、子供も共依存の関係を学習してしまう可能性を理解する</h2>
<p>もしも、恋人同士の関係で共依存に陥ったまま結婚して子供ができてしまうと、自分の子供が<strong>「共依存の関係＝人間関係のお手本」</strong>だと学習してしまう可能性があります。</p>
<p>実際に共依存に陥ってしまう人の中には、自分の両親が共依存の関係に陥っていたために、自分も共依存の関係そのものに対する違和感やおかしさに気付けなかった…と言う人がいるものです。</p>
<p>親から虐待を受けて育った子供が、自分が子供を持つ状況になった時に虐待を自然と繰り返してしまうのと同じく、子供にとって共依存関係の両親の存在は、その子の生き方や人との関わり方に大きな影響を及ぼすのだと理解することが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、両親が共依存の関係であると言うと、ひょっとしたら相思相愛でおしどり夫婦と言うイメージをされるかもしませんが、実際は…</p>
<ul>
<li>アルコール依存症の父親とそれを支える母親</li>
<li>DVやモラハラを振るう父親とそれに耐えて言いなりになる母親</li>
<li>ギャンブル依存や浪費癖で家計を圧迫する父親と、家計を支えるために健康を犠牲にしてまで働く母親</li>
</ul>
<p>など、常に不安や恐怖がつきまとい、子供の精神的な成長に悪影響を及ぼすことが容易に想像できる夫婦(家族関係)であることが目立ちます。もちろん、父親が常に母親に対して危害を加えるケースばかりでなく、恐妻家や鬼嫁のように母親が父親に対して危害を加えるケースもあります。</p>
<p>「自分たち恋人(夫婦)は共依存の関係でもお互い納得している」と言って問題ないと片付けるのではなく、共依存の関係を子供に見せてしまうことで与える影響の大きさを自覚することが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>一人の人間に依存することが更なる辛さや虚無感を招いているのだと理解する</h2>
<p>共依存の関係は、問題が起きていない場面においては、心が満たされたり、居心地の良さを感じる正の側面があります。</p>
<p>しかし、相手に強く依存しているために、その関係が途切れそうな場面になると、強い不安や寂しさを感じてしまう。用事等で依存している相手と連絡を取れない時間ができると、虚無感や虚脱感を抱いてしまうことで、より人恋しさを求める感情を生み出すという、共依存ならではの負の側面もあります。</p>
<p>依存している相手が1人しかいないために、その1人が自分の元を離れてしまうと、自分の唯一の精神的な拠り所をなくしてしまう恐怖を味わうことが、共依存の怖さです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、恋人関係や友達関係において「自分には〇〇しかない」と言う強い信念は、絆の強さや愛情の強さ、そして人によってはカリスマ性などの魅力を感じさせる言動ではあります。</p>
<p>しかし、こうした強い信念こそ、実は相手と離れることへの抵抗感や寂しさ、虚無感を生み出している現実と向き合うことが、共依存をやめるために理解すべき事といえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>困っている人の問題を肩代わりするばかりでなく、問題を自覚させることも優しさだと理解する</h2>
<p>共依存に陥る人…それも依存される側や依存してくる人を支える人(イネイブラー)となる人は、とても真面目で優しく責任感の強い人であることが目立ちます。</p>
<p>しかし、その優しさが仇となり、自分が解決する必要性がない問題であっても「自分がなんとかしなければいけない」と責任感を感じて、問題解決のために努力しようとしてしまう。結果として、自分が提供する優しさを求めて依存したがる人と関係を持ってしまう、気が付けば共依存の関係に陥ってしまうのです。</p>
<p>もちろん、困っている人を助けると言う事は社会通念や道徳に照らし合わせても、推奨・賞賛される行為です。持ち前のまじめさゆえに、どんな形であれ困っている人を助けている自分に誇りを持てると同時に「自分は社会から認められるような正しいことをやっているんだ！」と言う充実感を得られます。</p>
<p>しかし、相手が解決すべき問題を肩代わりする事は、確かに困っている人を助けこそしますが、困っている人自身が自分が起こしている事の重大性に自覚できず、また同じような過ちをやりかねない状態のまま放置しているとも言えます。</p>
<p>言い方を悪くすれば、自己犠牲している自分に酔っている、その場しのぎの優しさで満足して困っている相手を破滅へと追い込んでいる、自己満足のために困っている人を必要としており実は自分の方が相手に依存している…とも見れます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、こうした優しさの距離感については、医師や看護師のような普段から困っている人を助けるプロのプロの人たちの姿勢を見習うことが効果的です。</p>
<p>医師や看護師にとって、共依存含むあらゆる依存症を起こしている人に見せる優しさは「必要以上の世話や尻拭いはせず、当人が自分の起こしているもんだいを自覚し、依存症をやめようと言う気持ちにさせる」という、一定の距離感をキープしている優しさです。</p>
<p>こうした姿勢は、なんだか相手を突き放すように思えて心苦しいかもしれません。しかし、かといっていたずらに優しさ何でもかんでも言うことを聞いて相手の言いなりになることが、果たして本当に相手のためになるのか…と、じっくりと考えてみることが、共依存を抜け出すためにも大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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しか</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4416" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4416" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5937" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/tomodachi-kyouizon-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="友達との共依存の辛さ・問題点について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/tomodachi-kyouizon-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/tomodachi-kyouizon-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/tomodachi-kyouizon-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5937" class="blog-card-title-link">友達との共依存の辛さ・問題点について</a></div><div class="blog-card-excerpt">共依存というと、恋人、夫婦、親子など、友達よりも親密な関係で起きるものだと思われますが、当然ながら友達関係であっても起こり得るものです。
</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5937" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5937" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>一人で抱え込む癖がある人の心理状態について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6651</link>
				<pubDate>Sat, 05 Jan 2019 14:15:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[自己犠牲]]></category>
		<category><![CDATA[抱え込む]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6651</guid>
				<description><![CDATA[仕事を全部自分で一人で完遂しようとする。悩み事があってもそれを誰にも相談せず、自分一人の力でなんとかしようとする。他人と協力することを嫌がる…など、何事も一人で抱え混んでしまう癖を持っている人というのは、責任感の強さを感]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>仕事を全部自分で一人で完遂しようとする。悩み事があってもそれを誰にも相談せず、自分一人の力でなんとかしようとする。他人と協力することを嫌がる…など、何事も一人で抱え混んでしまう癖を持っている人というのは、責任感の強さを感じると同時に、なんだか非常に脆くて危うい考え方をしているように見え、不安に感じてしまう人もひょっとしたら多いかもしれません。</p>
<p>また、他人ではなく自分自身が一人で抱え込む癖を持っていると薄々でも自覚している人は、他人に頼りたくても頼れない自分の不器用さや容量の悪さを嘆きたくなる…という、他人には言いづらい悩みを抱えてもどかしい気持ちに駆られていることもきっとあることだと思います。(なお、もどかしくても持ち前の一人で抱え込む癖ゆえに、相談できないのがこの癖の厄介な所とも言える。)</p>
<p>今回は、そんな何事も一人で抱え込む人に見られる心理状態についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21338" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sigotokakaekomuhito-mental-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="仕事を抱え込んでしまう人が精神的に脆くなる理由・心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sigotokakaekomuhito-mental-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sigotokakaekomuhito-mental-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/05/sigotokakaekomuhito-mental-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21338" class="blog-card-title-link">仕事を抱え込んでしまう人が精神的に脆くなる理由・心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">仕事を一人で抱え込んでしまう人というのは、責任感が強くて真面目な人間であるという印象を感じる。

しかし、一方では精神的に脆いというか、</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21338" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21338" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人に協力を求めることを「恥」と感じている</h2>
<p>他人に協力を得ることは、たとえ社会通念や常識的には問題ないものだと分かっていても、自分にとって「恥」だと感じているからこそ、恥をかかなくも済むように一人で抱え込むことを選ぶのです。</p>
<p>他人に協力を求めることはその性質上、他人には知られたくない自分の一面を晒すことが避けられません。</p>
<p>自分が普段から隠しておきたいと強く感じている、醜さ、愚かさ、能力の低さ、置かれている境遇の惨めさ、ドロドロとして鬱屈した感情…などを他人に打ち合けて自尊心がグサリと傷つき恥をかく不安が感じている。そんな不安を避ける方法として自分一人で抱え込み、他人に知られたくない自分の一面を隠し通そうとするのです。</p>
<p>もちろん、この方法でうまく問題に対処できることもありますが、逆に失敗してしまったときは、より自分の醜さなど鬱屈した感情を増すハメになってしまう。そして、ますますそんな醜さを他人に知られて恥をかく不安を強く感じて、一人で抱え込む癖を強めてしまうのが厄介です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>過剰なプライド・自己愛の強さのせいで助けを拒んでしまう</h2>
<p>仕事や勉強で同じ失敗をしても、そのことについて「恥」を感じやすい人と、そうでない人がいることは、日常生活を送る中でなんとなく知識や経験として身についていることでしょう。</p>
<p>このような恥の感じ方の差が出る理由の一つとして考えられるのが、プライドや自己愛が過剰に強いことです。(なお、ここでいう自己愛は、単なる「自分が好き」という意味よりも「自己陶酔」と解釈すると理解しやすくなります。)</p>
<p>適度なプライドや自己愛は、自分に対する過不足ない自信や「自分ならできる！」という感覚(自己効力感)を育みますが、過剰に強くなると過信を招いたり「自分ならできて<span style="text-decoration: underline;">当然</span>！」という、焦りや不安が伺える強い思い込みを招きます。</p>
<p>そんな、自分の能力を過大評価している状態の人からみて、他人の協力を得ることは「自分ならできて当然！」という思い込みが、所詮自分にとって都合のいい思い込みにすぎずないこと。そして、現実の自分はできないこともある不完全で未熟で平凡な人間にすぎないと行動で示すことだと痛感してしまうことで、自分のプライド・自己愛がグサグサと傷つく恐怖を感じます。</p>
<p>そんな恐怖を避けるためにも、一人で抱え込む方法をばかりで物事に対処する。「自分ならできて当然！」という現実に即さない歪んだ思い込みを修正せず、自己効力感に浸れる考え方にのめり込んでしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、こうした「自分には不可能なんてない」というナポレオンの名言を彷彿とさせる万能感は心理学では<strong>幼児的万能感</strong>と呼ばれています。</p>
<p>いわゆる自意識だけがやたら肥大化した意識高い系の人や、いつまでも精神的に大人になりきれず子供の頃に抱いた夢やロマンに浸りたがる人に見られる万能感でもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5714" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/youzitekibannoukan-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="幼児的万能感とは？子供のままの未熟なプライドを持つ大人の6つの特徴と解決策" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/youzitekibannoukan-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/youzitekibannoukan-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/youzitekibannoukan-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5714" class="blog-card-title-link">幼児的万能感とは？子供のままの未熟なプライドを持つ大人の6つの特徴と解決策</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分はどんなことでもできる、何でもなれる、と言うような万能感は、思春期を経て現実と折り合いをつけることを選んだ大人からすれば、まず持つ事は無</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5714" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5714" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>他人を頼るぐらいなら自分で一人でやる方が効率的と思い込んでいる</h2>
<p>他人に助けを求めて仕事や勉強の悩みを解決するよりも、自分一人の力で片付ける方が、時間的にも体力的にも精神的なコスト的にも効率的であり合理的という強い思い込みがあるからこそ、あえて一人で抱え込む方法を選ぶケースもあります。</p>
<p>例えば、職場の先輩に仕事でわからないことを聞くよりも、我流でなんとかした方がまだ効率的だと感じているから抱え込んでしまう人。</p>
<p>立場を逆にして、職場の後輩に自分の仕事の仕方を教える手間暇の大きさに比べれば自分ひとりで仕事をやったほうが効率的と考えて仕事を抱え込んでしまう人…など、一見すると近道なように見えて、実は遠回り＆茨の道を選んでしまう人は、まさに自分の頭の中で導き出された「効率的」にこだわる人のいい例です。</p>
<p>こうした効率を追い求める考えは、確かに短期的視点では効率的かもしれません。しかし、長期的視点で見ればそれほど効率的とは呼べないどころか、むしろ非効率であり余計な労力を消費する悲しい結末になることが目立ちます。</p>
<p>また、自分の頭の中の効率を重視するあまりに、教えられる人＆教える人を無自覚のうちに過小評価する無神経さが影響し、ほんとうに助けが必要な場面になっても周囲から誰も助けを得られないほどに見放されてしまう可能性がないとは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>責任感が強すぎて「他人に協力を求める＝他人に迷惑をかける」と捉えている</h2>
<p>「他人に迷惑をかけてはいけない」という、人間関係の和と協調性を大事にする日本人ならではの道徳観を強く持っていることが影響して、他人の協力が必要な場面でも「他人に迷惑をかけてしまうのでは？」とためらってしまい、自分ひとりで抱え込んでしまうケースもあります。</p>
<p>こうした思い込みが強くなる原因としては<strong>責任感の強さ</strong>という、これまた道徳的にみて好ましいとされている考えを重視していることが要因として考えられます。</p>
<p>真面目で道徳観が強い人ほど、道徳観が持つ矛盾や柔軟の乏しさからくる葛藤を解消する方法として、自分だけを苦しめてしまう選択をすることで事なきを得ようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、困ったことがあっても自分一人では解消すれば他人には迷惑はかけずに済みますし、自分ひとりでやり遂げたことにより、途中で投げ出さない責任感の強さを証明することが可能です。</p>
<p>道徳観をそこまで重視せず「不器用なことをしていて、ご苦労なことですね」と思っている人からすれば理解しづらいものかもしれませんが、道徳観を重視したい人からすれば自分の信念を貫ける方法だからこそ、あえて不器用なやり方でも受け入れる心理が働いているのだとも分析できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>自己犠牲を美徳とする考えが染み付いている</h2>
<p>困ったことがあってもすべて自分一人で背負い込もうとしてしまう人には、自己犠牲を美徳とする考えが染み付いているケースもあります。</p>
<p>自己犠牲を重視している場合、</p>
<ul>
<li>仮にうまくいった場合、自分の身を粉にして働いた自己犠牲を厭わない姿勢を貫けた思えることで満足感を抱ける。</li>
<li>仮に失敗した場合、自分の犠牲があったおかげで、本当なら自分以外の誰かも失敗の恐怖や不安で傷ついていたかもしれない可能性を回避できたこ思えることで満足感を抱ける。</li>
</ul>
<p>という、どちらに転んでも自己犠牲を重視する自分の信念に即した結果を招くことができます。</p>
<p>もちろん「犠牲」があるので自然とそれを避けたい気持ちはあるのですが、それ以上に犠牲を払うことで得られる精神的な満足感や充実感、そして自分の信念を折り曲げなかったという達成感を合わせてもまだ得る物を感じているから、自己犠牲という方法を選んでしまうのです。</p>
<p>…ただし、自己犠牲であっても失敗した場合は、その後始末は誰かがしなければならず、誰も傷つかないとは言い切れないものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5991" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_shinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自己犠牲をしてしまう心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_shinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_shinri-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_shinri-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5991" class="blog-card-title-link">自己犠牲をしてしまう心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">人間関係や仕事において、自分の健康や財産を犠牲にしてまで、他人や組織に貢献しようとすることは「自己犠牲」の代表的な行動でしょう。

自己</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5991" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5991" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6017" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_kirai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自己犠牲はうざい！嫌われる5つの理由と今すぐ改善できる方法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_kirai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_kirai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/zikogisei_kirai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6017" class="blog-card-title-link">自己犠牲はうざい！嫌われる5つの理由と今すぐ改善できる方法</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分のために懸命に尽くしているくれる相手というのは、それだけでたいへんありがたいというか、愛されているというか、大事に思われていて尊さを感じ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6017" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6017" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>逃げグセ、諦めグセの末路として待ち受けているもの</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5839</link>
				<pubDate>Fri, 09 Nov 2018 12:24:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[逃げること]]></category>
		<category><![CDATA[逃げ癖]]></category>

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				<description><![CDATA[ネット上、とくにSNSでは「辛いことがあったら逃げてもいいよ」「自分が潰れるまで頑張らなくてもいいよ」と温かい言葉が、たまに拡散されて、話題になることがあるものす。 もちろん、学校でいじめを受けている人や、ブラック企業で]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>ネット上、とくにSNSでは「辛いことがあったら逃げてもいいよ」「自分が潰れるまで頑張らなくてもいいよ」と温かい言葉が、たまに拡散されて、話題になることがあるものす。</p>
<p>もちろん、学校でいじめを受けている人や、ブラック企業で心身ともにすり減らしてまで働いている人からすれば、こうした言葉はまさに正論であり、安心できる場所に逃げて生活を立て直すことを推奨するのも、ごもっともでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、逃げることが絶対視する風潮に押されて、逃げ癖がつくことに対しては、個人的に疑問があります。</p>
<p>逃げ癖は逃げてばかりな自分に対して自信が持てず、自分の精神的な不安定さから身近な他人や集団に強く依存してしまい精神的な自立ができなくなる問題があります。</p>
<p>また、ただ逃げるだけでなく、社会からドロップアウトし、交友関係が絶たれて孤立を招く。そして、孤立していることに目をつけられ、胡散臭い金儲けをする人の搾取の対象(＝情報弱者)になりかねない最悪の末路を考えると、逃げ癖は決して手放しで肯定できるものではないと感じます。</p>
<p>(もちろん、「劣悪な環境でも我慢して居続けるべきだ」というわけではありません)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3677" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/nigeguse-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="逃げグセが治らない人の心理と問題点" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/nigeguse-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/nigeguse-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/05/nigeguse-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3677" class="blog-card-title-link">逃げグセが治らない人の心理と問題点</a></div><div class="blog-card-excerpt">仕事、部活動、勉強などで途中までは努力できるものの、途中でなにもかも嫌になって逃げ出してしまうのが癖になる。

いわゆる「逃げ癖」がつい</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3677" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3677" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6679" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/nigetemoii-okashii-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="ネット上で「嫌なことから逃げてもいい」という人に抱く違和感" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/nigetemoii-okashii-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/nigetemoii-okashii-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/01/nigetemoii-okashii-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6679" class="blog-card-title-link">ネット上で「嫌なことから逃げてもいい」という人に抱く違和感</a></div><div class="blog-card-excerpt">SNSやyoutubeはじめ動画投稿サイトなど、いわゆるネット上では、学校や職場に馴染めず生きづらさを抱えている人に対して「嫌なことから逃げ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6679" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6679" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>逃げ癖、諦め癖の末路にあるもの</h2>
<h3>自信を喪失し無力感に襲われる</h3>
<p>勉強にしろ、スポーツにしろ、仕事にしろ、恋愛にしろあれこれ手は出すものの、「めんどさくい」「続けるの怖い」「プレッシャーに耐えられない」と感じて途中で逃げ出すことが続くと、「自分は何一つ最後までやり遂げることができないダメな人間だ」と自信を喪失すると同時に、無力感に襲われてしまいます。</p>
<p>また、この無力感は「<strong>自分は何をやってもダメなんだから、だったら最初から何もやらないほうが傷つかずに済む」という諦めの境地に至った考えを身に付け、積極性が失われてしまうことがあります</strong>。(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3159">学習性無力感</a>)</p>
<p>もちろん、自分で何ひとつやり遂げることができなかったため、自分の中に「(結果はどうあれ)これをやり遂げたんだ！」という、確かな自信や自己肯定感や育まれません。</p>
<p>そのことが、</p>
<ul>
<li>自信を持てない自分に自己嫌悪をする。</li>
<li>自分に自信がないから長いものに巻かれるように他人や集団に依存する。</li>
<li>認知を歪めて「逃げている自分の方が賢くて、バカ正直に努力している奴は頭が悪い」と自己正当化する。</li>
</ul>
<p>などの行動となって現われることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>逃げている不甲斐ない自分を自己正当化する</h3>
<p>上でも触れましたが「逃げている自分の方が賢くて、バカ正直に努力している奴は頭が悪い」というように、逃げ続けている現実を自分に都合よく解釈し、自己正当化することです。</p>
<p>自己正当化をする方法や言動によっては、逃げずに生きている人を挑発するような言動をして顰蹙を買ってしまい、ますます見たくない現実と折り合うことに葛藤を覚え、自己正当化の言動がエスカレートし、炎上に発展することもあります。</p>
<p>なお、炎上が起きても「これは、自分の意見が多くの人から賛同を得た」と見てしまうことが、自己正当化の怖さでもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、邪推や下衆の勘ぐりなのは重々承知ですが「人生辛い時に逃げれば上手くいく」という言説をネット上でつぶやく人のなかには</p>
<ul>
<li>「自分が逃げたという選択は間違っていないという確証を得たい」</li>
<li>「自分の選択は他人から肯定され認められるべきものだと感じたい」</li>
</ul>
<p>という願望があるために、このような言葉を何度もつぶやいているのではないかと感じることがあります。自分の自己正当化のために他人を利用する、他人の承認なしでは自分で今の状況を肯定することができないほど、強い不安や葛藤を抱いているようにも見えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「逃げた」ということで自分の評価の低下を招く</h3>
<p>自分が他人の意見に惑わされず逃げる自由があるとの同じく、他人や組織が自分の「逃げ続けていること」とどう捉えるかという自由があります。</p>
<p>「私は逃げ続けているけど、贔屓目に見て欲しい」と訴えても、相手がその要求をしっかり受け入れてくれるかどうか、逃げ続けている本人が自由にコントロールできるものではありません。</p>
<p>(もちろん、自分の評価の低下を招く恐れがあるからこそ、劣悪な環境から逃げ出せずなくなる問題もあり複雑な気持ちになります)</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「印象に残らない人」と見られて存在を忘れられてしまう</h3>
<p>また、何事でも逃げ続けているために、「自分は○○ができます」と自分の強みを他人にアピールできないのもデメリットの一つです。</p>
<p>例えば、学生の場合、勉強をしっかりしていて誰もが名前を知る有名大学に合格できたという結果があれば、それを自己アピールの材料として就活、友達・恋人作り、学校内外での活動などで利用できます。</p>
<p>部活動で結果や記録を出していたり、最後の大会までやり遂げたという記録があれば、それを自己アピールの材料として利用可能。そのほかにも、学校行事、委員会活動、在学中のボランティア活動…など、何かしらやり遂げていれば、それを材料にして自分という人間を他人にアピールしやすくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、勉強から逃げ、部活も途中で辞めて、学校行事も消極的であった場合、自分で自分をアピールできる材料が乏しいので、<strong>周囲から見て自分は、「特徴が無い」「影が薄い」「あまり印象に残らない」人として見られてしまいます。</strong>(そういう特徴がないことを「真面目(系クズ)」と呼ぶこともある。)</p>
<p>また、印象に残りづらいために、学校を卒業して時間がたてば当時の同級生や先生の記憶からも忘れられてしまいがち。</p>
<p>同窓会に呼ばれることもなければ、そもそも顔と名前を思い出す段階までたどり着かない。かろうじて卒業アルバムに名前と顔は載っているものの、実際にどんな人だったか思いだそうにも「あまり印象に残らない人」と曖昧で中身の無いものしか思い出せず、次第に忘れ去られてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>社会からのドロップアウト</h3>
<p>ただ学校にいかない、仕事をしていないという状態だけではなく、普通に学校や会社に行っている人との接点すらなくなり、社会から孤立してしまうことが問題です。</p>
<p>孤立期間が長引けば、その分元の社会生活に戻る心理的なハードルも高まります。また、仮に社会に復帰しようとしても、履歴書に書けない「空白の期間があった」事を他人から悪材料視されることで、社会復帰が難しくなることもあります。</p>
<p>(もちろん、社会復帰の難しさも劣悪な環境を我慢して逃げずに居続ける一因なので、たいへん複雑な気持ちになります。)</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>胡散臭い人に情報弱者とみなされ搾取される</h3>
<p>普通に社会生活を送っている人との接点がないことは、普通に社会生活をしているのであれば、まずお目にかかることはないであろう胡散臭い人に出会ってしまっても、その人が胡散臭くて関わりを持つべきではないと判断することができず、関係を持ってしまうリスクがあります。</p>
<p>胡散臭い人がやっている胡散臭いビジネスを「これは胡散臭いから関わってはいけない」と判断するだけの知識や情報はないし、無力感が影響してか検索して調べることすらしようとしない。</p>
<p>ましてや社会との接点がないために<strong>「関わっちゃダメ」と忠告をしてくる人もおらず、胡散臭い人からすれば、よくできた情報弱者…更に悪く言えば「カモ」と認知されてしまいます。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、「胡散臭い人」の一例を上げるのならば…</p>
<ul>
<li><strong>マルチ商法、ねずみ講の関係者</strong></li>
<li><strong>カルト宗教の信者、および関係者</strong></li>
<li><strong>「儲かる話がある」と言って近づく情報商材屋、詐欺師の類</strong></li>
<li><strong>自己啓発、スピリチュアルなどの高額セミナーの関係者</strong></li>
<li><strong>「ブログやSNSで自由な生き方！好きを仕事にする！」と威勢のいいこと叫ぶ人達(自称プロブロガーなど)</strong></li>
</ul>
<p>など、リアル・ネット関係なく、いかにも胡散臭く、香ばしく、グレーな金の稼ぎ方をしている、人たちがいい例です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>とくに、こうした胡散臭いビジネスをしている方々は</p>
<ul>
<li><strong>不登校、あるいは退学経験のある人</strong></li>
<li><strong>今の職場に不満を抱えており退職・転職願望がある人</strong></li>
<li><strong>経済的な将来不安をなんとかしたい気持ちが強い人</strong></li>
<li><strong>家族関係や人間関係の悩みを誰かに相談したい人</strong></li>
<li><strong>楽して金を手に入れて悠々自適な暮らしを送りたい人</strong></li>
</ul>
<p>などの、何らかの形で一般的な社会生活を送っていけなくなったり、あるいは一般的な社会生活そのものに疑問や不安、生きづらさを抱いている人に、まるで優しく寄り添うかのように近づいては堕落させる。そして、時間・労力・金銭を搾取します。</p>
<p>また、堕落したことが原因で、元々所属していた人間関係に戻れなくさせることは、相手を経済的にも心理的にも支配できる状況が、結果としてできている怖さがあるとも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「逃げることを応援した人＝協力者」とは限らない</h2>
<p>繰り返しになりますが、もちろん個人的には、ブラック企業などの身の安全が保証されない劣悪な環境から逃げることそのものは否定しません。</p>
<p>しかし逃げることを応援してくれた人が、<strong>逃げたあとの生活を保障したり、支援や協力をしてくれる人ではないことは、よく熟知しておくべきだと思います。</strong></p>
<p>また、胡散臭い人のところでも触れたように、応援しているのはあくまでも搾取対象として自分の元にホイホイ近づかせるためであり、逃げる人の人生をサポートするという目的ではないことも考えられます。</p>
<p>「逃げてもいいよ」というのはたしかに正論ですし、絶対的な正義として扱われる言葉でしょう。</p>
<p>しかし、そのことは「逃げてもいいよ」と言葉を放つ人が持つ、裏の目的や邪悪さまでも覆い隠し、言葉を発信する人に対して疑いの目を向けられず、あっさり信じ込ませるために使うこともできる危うさを兼ね備えている言葉とも感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>年末年始が嫌い、苦手と感じる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5365</link>
				<pubDate>Sat, 20 Oct 2018 12:41:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[生活・暮らし]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[毒親]]></category>
		<category><![CDATA[嫌い]]></category>

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				<description><![CDATA[年末年始の雰囲気というものは、毎年慣れようと思ってもなかなか慣れることができない。 クリスマス～お正月の三が日ぐらいまでは、基本的にどことなく世間全体が浮かれているようで、いつもの日常らしさが感じられない。 こんな不慣れ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>年末年始の雰囲気というものは、毎年慣れようと思ってもなかなか慣れることができない。</p>
<p>クリスマス～お正月の三が日ぐらいまでは、基本的にどことなく世間全体が浮かれているようで、いつもの日常らしさが感じられない。</p>
<p>こんな不慣れな気持ちを味わうぐらいなら、クリスマスや正月も仕事をしたり、学校に通っていた方がなんだか落ち着く…そんな気持ちにふと心あたりがある人は、きっと少なくないと思います。</p>
<p>今回は、この「年末年始の雰囲気が苦手」という心理について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こちらもおすすめ</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>年末年始に感じる辛さ、憂鬱さ</h2>
<h3>一年の終わりなのでセンチメンタルになる</h3>
<p>年末は「一年が終わる」ことを強く自覚するため、どこかもの悲しくてセンチメンタルな気持ちになりやすい時期でもあります。</p>
<p>年末も新しい年が近づいているために、嫌でも自分が年齢を重ねたとか、暮らしっぷりが対して変わっていないとか、周囲の人がだんだん老いて衰えていっている…などの現実を強く感じてしまい感傷的になるのです。</p>
<p>(毎週のように訪れる週末が、花金(華金)として歓迎され、日曜の18時ぐらいに週末との別れを惜しむ声が目立つ中、年末はその存在自体が感傷を誘うものとして扱われがちなことは、皮肉というか、非常に複雑な気持ちになります…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>仕事や勉強で自分の成長してなさに自己嫌悪してしまう</h3>
<p>年末になると、今年一年をなんとなく振りかえなければいけない気持ちになるものです。</p>
<p>もちろん、いいことがあったり仕事や勉強で何か成果や結果を出せていればいいのですが、残念ながら大した成果も挙げらおられず、あまり進歩のない一年であれば「なんて自分は不甲斐ない一年を送ってきたのだろうか」という自己嫌悪に駆られます。</p>
<p>また、仮に進歩の一年であったとしても、根が真面目すぎると<strong>「来年はもっといい結果を残さなければいけない…」</strong>という強迫観念を抱いてしまいます。</p>
<p>年末年始は時期的にも区切りがいいことから、一年の振り返りを行いやすいものです。しかし、成長していようとしていまいと、真面目すぎる性格の人のように、どっちみちプレッシャーを感じやすい性格の人は、生きた心地がしない時間を送っているように感じるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>去年とあまり代わり映えのない人生を送っていて虚しさを感じる</h3>
<p>一年前と比較しても、あまり代わり映えのない日常を送っていることを自覚してしまい、虚しくて行き場のない気持ちを抱えることがあります。</p>
<p>とくに社会人生活になってからだと、あっという間に時間がすぎて一年が終わろうとしているのに、<strong>実際の生活は前年とさほど変化もなければ刺激も無い。そんなことを繰り返しているうちに年老いてゆくのだろうか…</strong>という焦りや不安に襲われてしまうのです。</p>
<p>もちろん、代わり映えのない生活は平穏で無事な暮らしができているというポジティブな見方も可能なので、決して悪いものではありません。</p>
<p>しかし、かと言って毎年同じような生活を繰り返し、意味もなく年を重ねて老いてしまうことを想像すると、身の毛もよだつようなゾクゾクとした「怖さ」を感じてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>(なお、「平穏な生活はいいけど、かと言って平穏すぎるのは嫌だ」という悩みは、冷静に考えれば矛盾やジレンマがありますが、こうした気持ちもまた人間らしいどうしようもない悩みのようにも感じます)</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>テレビや街の浮かれた雰囲気に嫌気がさす</h3>
<p>クリスマス前～お正月にかけては、TVだけでなくネット上でも、全体的に浮かれた雰囲気が広がるものです。</p>
<p>しかし、この浮かれた気分は</p>
<ul>
<li>「浮かれた気分に馴染めない人はノリが悪いやつだ」</li>
<li>「浮かれた気分を楽しめる友達や恋人、人間関係や居場所はいるのか？」</li>
</ul>
<p>という、ノリに乗れない人に対して、辛く当たっているかのように感じる要素もあります。</p>
<p>そして、どうしてもそのノリに馴染めない人にとっては、街に出てもネットにこもっていても「ねぇ、どうして賑やかな気分に馴染もうとしないの？」と、煽られているような気持ちを感じます。</p>
<p>とはいえ、焦りや不安から年末年始のノリに自分を合わせようとしても、慣れないノリなので心身ともに疲弊してしまう。かと言って馴染めないままでは煽られるような気持ちで苦しくなる…こうしたジレンマを年末年始のノリが苦手な人は抱えているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>帰省や年賀状に対する煩わしさ</h3>
<p>実家に帰省すると言っても、</p>
<ul>
<li>住んでいる場所が非常に遠くて移動に時間がかかる。</li>
<li>実家(or義実家)との仲がよろしくなくて、帰省そのものが憂鬱。</li>
<li>自分の実家毒親家庭のために、家に寄り付きたくない。</li>
</ul>
<p>などの、悩みを抱えている人にとっては、年末年始の帰省はわざわざ疲れに行くためにお金と労力を無駄遣いする、まさに不毛の極みといえます。</p>
<p>とはいえ、帰省しなければそれはそれで非常識な人として問題視されたり「あのお家は実家との仲が悪いのだろうか…」と、かわいそうなものを見るかのような目で見られてしまう懸念もあるので、渋々実家にかえっている</p>
<p>また、お正月の定番である年賀状も「本当は面倒だけど、義理や付き合いがあるから仕方なく出さなければいけない」という義務感からくる単純作業のように感じるので「年末年始＝憂鬱」というイメージが定着していると考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>最後に</h2>
<p>ここでは筆者の過去を例にして話しをします。</p>
<p>筆者にとって年末年始は自分の総決算をするような時期でもあります。</p>
<p>前年と比べてどれだけ仕事で成果を挙げられたのか、いくら稼いだ額が増えたのか、昇進したのかを前年と比較し、正当なジャッジを周囲(主に親、親戚、職場、社会の目)から受けた後に来年につなげていく、査定されているかのような感覚を味わう時期でもあります。</p>
<p>学校生活にこれはおいても同じで、どれだけ偏差値や成績を上げたのか、大学への合格可能確率は上がったのか、部活でも好成績を出せたのか、友達は増えたのか、生活態度は良くなったか…などのありとあらゆる情報も前年度比べられ正当なジャッジを受けた後に来年につなげていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、しっかり成果をあげて成長できていればいいのですが、どうしても伸び悩みや、悪化している場合については、厳しい追及や「詰め」、場合によっては「無視(スルー)」が待っているので、あまり気持ちのいい年末年始を送ることができません。</p>
<p>また、学生時代は親相手に1年間お金や愛情をかけて育ててきてもらったのに、それに対する見返りが結果という形で示せていないことで、非常に申し訳ない気持ちに襲われると同時に、もっと努力して親や社会に貢献できる人材にならねばという焦った気持ちで胸が苦しくなりました。</p>
<p>親がかけた金額や労力に対して妥当な見返りを返せていない自分は、まるで含み損を抱えた塩漬け株、回収の見込みがない不良債権のように存在にすら感じられ、もはや正月休みを取れるほどいいご身分ではないという気分になり、申し訳のない気持ちを強く感じて、生きた心地のしない年末年始を送っておりました。</p>
<p>「いくら努力をしてもその結果がダメなら、お前は社会からの需要はない」という、今時にしては珍しく厳しい子育てをしているたいへん立派な親でした。</p>
<p>その期待に応えるためにも結果をシビアに追い求めることに、筆者自身必死だった時期があったものの、親元を離れてもその辛辣な価値観が色濃く残っていることを痛感する年末年始は、早く過ぎ去って欲しいものだと感じております。</p>
<p>(…もちろん、この子育ては後々冷静に振り返れば「条件付きの愛」で子供を縛り、歪んだ自尊心をもたらすも毒親な子育てだと言うことも実感します。)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>HSPが「自分がない」と悩んでしまう心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5307</link>
				<pubDate>Thu, 18 Oct 2018 16:32:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[HSP]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=5307</guid>
				<description><![CDATA[人間関係の雰囲気や他人の感情に対して、敏感に察知してしまうHSPの人は、ときにその敏感さゆえに他人の期待に寄り添いすぎて、自分の本音や本心を抑圧してしまいます。 いわゆる 「自分がない」 「自分が空っぽのように感じる」 ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>人間関係の雰囲気や他人の感情に対して、敏感に察知してしまうHSPの人は、ときにその敏感さゆえに他人の期待に寄り添いすぎて、自分の本音や本心を抑圧してしまいます。</p>
<p>いわゆる</p>
<ul>
<li>「自分がない」</li>
<li>「自分が空っぽのように感じる」</li>
<li>「自分が本当はどうしたいのかがわからない」</li>
<li>「本当の自分がわからない」</li>
</ul>
<p>という、自我や自分らしさ(アイデンティティ)を喪失する苦しさを感じているのです。</p>
<p>しかし、自分がない状態であっても、周囲の期待を先読みして応えられることから、周囲からの評判はよい「いい子」として見られます。そして「いい子」というイメージがつきまとうために、「まさか、自分が無くて悩んでいるようには見えない…」と思われやすく、なかなか理解や共感が得られにくい事が、HSPの人が感じている生きづらさの一種でもあります。</p>
<p>今回は、そんなHSPの人が感じる「自分がない」という状況について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>親や先生の期待に影響され自我が育まれないHSP</h2>
<p>HSPの人は、自我が確立される以前に関わる人…つまり、親や学校の先生に深く影響され、親や先生の期待に応えることに、つい力を入れすぎてしまう事があります。</p>
<ul>
<li>友達とは仲良くしなさい。</li>
<li>好き嫌いはせずにしっかり食べなさい。</li>
<li>しっかり勉強していい学校・会社に行けば安心。</li>
</ul>
<p>など、子供にかける言葉としてはよくあるものですが、そうしたよくある言葉通りな、お手本のような子供になろうとします。</p>
<p>しかし、自分が将来どうしたいのか、自分はなぜ勉強をしているのか、学校に通っているのか…など、親や先生からの精神的な自立が必要となる思春期になっても<strong>「今まで周囲の期待に沿って、自分の本音なんてわからないまま生きてきたかさ、今更『あなたは将来どうしたいの？』なんて言われてもわからない」</strong>という問題を抱えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>心理的な境界線の薄さのせいで自分らしさが薄れてしまう</h2>
<p>HSPが他人の気持ちや感情に左右されやすい理由は、自分と他人との心理的な境界線の薄さにあるとされています。</p>
<p>自分とは全く無関係であるのにもかかわらず、他人が怒られているのを見ると、まるで自分が怒られているかのように感じてしまい、萎縮するのはこのためです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>自他の境界線が薄いことは、ただ他人の感情や左右されるだけでなく、本来自分が抱いていなかった感情までも取り入れてしまい、もともと自分が抱いてた感情がどういうものだったのかがわかりにくくなることも招きます。</p>
<p>上の「怒られている人を見て萎縮してしまう」の例でも、怒られている人が感じている「申し訳ない」という気持ちや反省・後悔の気持ちは、そもそも全く無関係である自分には最初からあるはずがない感情です。</p>
<p>しかし、怒られている人の様子を見て、それらの感情がいつの間にか自分が持っている感情であるかのように思えてしまい、つい自分までも釣られてしまいます。</p>
<p>傍から見れば、全く無関係の人が「申し訳ない」と思うこと自体、なんら関係がないものだと認識できるものでしょう。</p>
<p>ですが、当のHSPの本人はというと、この「申し訳ない」という気持ちは、本当に自分が申し訳ないと思っているから出てきたものなのか、それとも怒られている人に影響されて勝手に入り込んできたものなのかの区別がつけ難く、自分が感じている感情すら本当に自分の本心や本音から来ているものなのかがあやふやに感じられてしまうのです。</p>
<p>…言葉にするとややこしいかもしれませんし、「思い込みが激しいのでは？」という一言で済まされそうですが、自分の感じている気持ちですら、本当に自分が抱いているものなのかがわからなくなる事が、HSPの生きづらさの一つなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>誰かに嫌われたくない為に過剰に気を遣い自分を抑圧する</h2>
<p>HSPの人が他人の気持ちに敏感なだけでなく、それに同調してしまう裏には誰かに嫌われることについて過度な恐怖や不安があると考えられます。</p>
<p>こうした気遣いは空気が読める人だとか、人間関係の和を大事にする人だとかで評価される一方で、嫌われないためにもいつも他人の視線が気になって不安を感じてしまうことや、自分にとって不快なこと(いじめ、ハラスメントなど)が行われても、それに抗議できず受け入れてしまう恐れがあります。</p>
<p>また、他人から嫌われないという気持ちが「嫌われたら愛されなくなる」「どんな時でも嫌われないように生きるべきだ」と脅迫観念となり、自分を襲うこともあります。</p>
<p>適度に自分と他人との境界線があり「自分は自分、他人は他人」と、自他の区別をつけて考えることができていれば、こうした極端に自分を抑圧して、周囲に同調することはないものです。</p>
<p>他人影響されやすく、そして他人が持つ「嫌い」「苦手」というネガティブな感情に強く反応してしまうがゆえに起きてしまう現象であるとも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3256" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/doutyou-shinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="どうして同調行動するの？まわりに流されてしまう心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/doutyou-shinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/04/doutyou-shinri-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3256" class="blog-card-title-link">どうして同調行動するの？まわりに流されてしまう心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の欲しいものを買うときに自分の主観だけで決めず

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<p>&nbsp;</p>
<h2>「自分が無い」不安から他人に精神的に依存することも</h2>
<p>HSPの人の場合は、他人の期待や願望などの感情を察知し、またそれに自己犠牲的に沿い続けてしまう同調してしまいがちです。</p>
<p>こうした生き方は、自分らしさがないことで苦しむだけでなく、他人に対する精神的な依存(共依存関係も含む)に陥ったり、カリスマ性や権威のある人(or集団)に心酔してのめり込んでしまう生き方へと繋がるおそれもあります。</p>
<p>のめり込む対象次第では、マルチ商法、カルト宗教、胡散臭いビジネスなどのカモにされるリスクも十分にあるので、無批判に推奨できるものではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうした他人への過度な同調や依存の背景にあるのは「自分がない」という漠然とした不安や、自我が確立できなかったことに対する焦りが原因として考えられます。</p>
<p>他の人は思春期を無事に乗り越え、それなりに社会人として自分らしい人生を生きているのに、自分にはそれがない。</p>
<p>他の人がどんどん自分らしい生き方を歩んでいるのに、肝心の自分はというと、誰かの期待に過度に同調して、無理に自分を重ね合わせる日々に焦りや戸惑いを抱き、精神的な辛さを感じている…。</p>
<p>そうした迷いや隙がある人にとっては、自分の戸惑っている気持ちに対して、まるで自己啓発書や偉人の格言集のような物事をぶった斬り断定する口調で話す人や、不安な自分を受け入れてくれて背中を押してくれるような人の存在というのはありがたいものです。</p>
<p>しかし、背中を押す人間がみな優しくて良心的な人であるとは限らないことを踏まえておくことが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>HSPが自分らしさを取り戻すために</h2>
<p>「自分らしさを取り戻す」と言うと抽象的で、何をしていいのかわからないと思ってしま居がちですが、大事なのは自分が感じている感情や願望を自覚したり、自分の中に入ってきた他人の感情は他人の感情だと区別して受け入れることです。</p>
<p>その方法について、いくつか例を紹介します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の感じている気持ちを文字に起こしてみる</h3>
<p>自分の感じている気持ちを、文章にして書き出すことです。ペンと紙で書くのでもいいですい、ブログやSNSなどで書き起こすのでもいいでしょう。(ただしネット上でアップする場合は、不特定多数の人に拡散されて炎上を招くリスクがある点には注意。)</p>
<p>自分の感情を文字に書き起こすことは、自分自身を客観的に見て、「この感情は自分がもともと持っていた感情」「あの感情は他人の影響を受けて自分の中に入り込んできた感情」と、感情が誰のものなのかを確認することにもつながります。</p>
<p>また、仮に他人の感情のせいで気持ちが乱れたとしても、その気持ちにただ惑わされるだけでなく、文字に書きおこして客観的に見るという作業を通すことで、他人の気持ちと適度な距離間を置いて、感じている辛さを取り除くのにもつながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>ネガティブな感情も自分らしい感情として受け入れる</h3>
<p>前向きで、ポジティブで、他人から支持されるようなものこそ自分らしさである…というわけではありません。</p>
<p>そもそも、他人の期待に応えて、他人が喜ぶようなことをして周囲から認められるものの、その結果として自分らしさを見失ってしまっている状態だと「ポジティブなもの≠自分らしさ」となり、ポジティブさを求めれば求めるほど、自分を見失うことになりかねません。</p>
<p>(いままで他人に左右されているとはいえ)ポジティブな自分で生きてきた人からすれば、自分の中に、まるで穢れや毒のようなネガティブな感情があることは認めたくないものかもしれませんが、そうしたネガティブな感情も自分の感情の一部として受け入れていくことが、自分らしさを確立していくためには欠かせないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「自分はどうしたいのか」という自分の願望を明らかにする</h3>
<p>自分の行動が他人の期待や願望によって突き動かされている人が取り戻したいのは「他人がどう望んでいるか」ではなく「自分はどうしたいのか」という、自分の願望を明確にしていくことです。</p>
<p>ここでいう願望は、将来の夢のようなスケールの大きいものから、今日食べたいもののようにスケールの小さいものまで、どれでもOKです。</p>
<p>些細なことであってもいいので、自分を基準にして「○○がしたい」という気持ちを持ったり、それを他人に伝えてコミュニケーションを行うことです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>こうした自分の願望を出すコミュニケーションは、いままで他人の言うとおりに動いてきた上下関係のあるコミュニケーションとはちがい、対等な関係のコミュニケーションです。</p>
<p>他人と対等な関係を築れば、自分も一人の「自分のある人間」として見られているのがわかるために、自分らしさがなくて苦しむことを和らげることにつながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>人に言いづらいコミュ障の悩みはどこに相談すればいいのか</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5129</link>
				<pubDate>Sun, 07 Oct 2018 15:33:25 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コミュ障・会話が苦手]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[コミュ障]]></category>

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				<description><![CDATA[人と上手く話せない、距離感をとるのが苦手、話すときに緊張や不安が強くコミュニケーションそのものに恐怖のような感情を感じている…といった、コミュ障ならではの悩みは、そもそもがコミュ障なために、なかなか他人には相談しにくく厄]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>人と上手く話せない、距離感をとるのが苦手、話すときに緊張や不安が強くコミュニケーションそのものに恐怖のような感情を感じている…といった、コミュ障ならではの悩みは、そもそもがコミュ障なために、なかなか他人には相談しにくく厄介です。</p>
<p>たいていは、誰かに話して楽になることよりも、コミュ障の悩みを自分1人で抱え続けることを選んでしまったり、なるべく考えないようにしようと抑圧してしまうものです。</p>
<p>しかし、コミュ障の悩みを心の奥底へと抑圧することは、ひたすら嫌なものを見ことにのめり込み精神的に消耗する辛さがあり、長く続ければ心身の不調として現れるリスクがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうならないためにも、適度に悩みを相談できる場所や人を自分で見つける事は欠かせません。</p>
<p>しかし、先にも述べたように、コミュ障であるがゆえに知っている人や親しい人に相談しにくく、自然とひとりで抱え込みすぎて憂鬱な気分になることが、コミュ障ならではの悩みとも言えましょう。(そもそも親しい人すらおらず「相談」と言う選択肢が選べない場合もあるが…)</p>
<p>今回は、そんなコミュ障の人がなるべく気を使わず、且つ安心して相談できる場所や人についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>コミュ障の悩みを相談できるところ</h2>
<h3>心療内科・精神科</h3>
<p>コミュ障といっても、そもそもがネットスラングであり正式な病名・診断名ではないために、心療内科や精神科に相談するのはおかしい、と考えてしまいがちです</p>
<p>しかし、「コミュ障から来る心身の不調を相談する」と思えば、決して病院を利用する事は間違っていません。</p>
<p>例えば、コミ障のせいで職場で孤立や人間関係の辛さのせいで、睡眠のリズムが乱れたり、食欲不振に陥った、などの自覚症状が出ている場合は、病院で投薬治療やカウンセリングを受ければ症状を緩和できる可能性があります。</p>
<p>また、<strong>病院には守秘義務があり、治療の過程で知った患者の悩みやプライベートな問題は第三者に漏れることが無いように保たれています。</strong></p>
<p>コミュ障のように人に言いにくい悩みを打ち明けるときは、なるべくその悩みが相談した人と自分以外の人に勝手に知れ渡ったり、自分の目が届かないところで拡散されてしまう事は避けたいものです。</p>
<p>そうした不安を感じている人こそ、守秘義務が徹底されている病院を利用し、自分の生きづらさや苦しみを取り除くようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>心理カウンセラー</h3>
<p>不眠症や食欲不振などのはっきりとした自覚症状がない、心療内科や精神内科を受診することに抵抗を感じている…と言う場合は、心理カウンセラーのもとに悩みを相談するのも方法のひとつです。</p>
<p>基本的に心理カウンセリングは、利用者が話して話をして、それをカウンセラーが聞く…と言うスタイルをとることが多いものです。</p>
<p>しかし、カウンセラーによっては会話が苦手な人向けにカウンセラーの方から話すスタイルを取り入れていたり、お絵かきやミニチュア模型を使ったカウンセリング(＝箱庭療法）などの言葉に頼らない方法でコミュニケーションを行うことを取り入れている人もいます。</p>
<p>実際にカウンセリングを受ける前に、希望しているカウンセラーのホームページを調べてみて、どのような心理カウンセリングを行っているのか、カウンセラーの人となりや実績はどうなのか入った情報を確認して、供えておくと安心できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、カウンセラーの実績を確認するときには、そのカウンセラーが<strong>大学院の修了が必要な臨床心理士(民間資格)</strong>、あるいは<strong>国家資格である公認心理士</strong>の資格を持っているかどうかについて確認しておくことをお勧めします。</p>
<p>心理に関する資格は数多く種類がある一方で、実際にその資格が客観的な実力や能力を保障できるだけの妥当性がないものもあるので、注意が必要です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>(学生の場合)スクールカウンセラー、保険教諭</h3>
<p>学生限定になりますが、スクールカウンセラーや保健教諭(＝保健室の先生)のもとに行って、コミュ障の悩みを相談してみるのも方法の1つです。</p>
<p>スクールカウンセラーによっては、比較的歳が近くて話しやすいという魅力もあります。</p>
<p>もちろん、スクールカウンセラーにも守秘義務を守ることが徹底されており、相談した内容が先生や友達、親に話した内容が勝手に告げ口されるといった心配はいりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、大学生の場合も保健管理センターや所属している大学病院にて、心理カウンセリングを受けることが可能です。</p>
<p>基本的に自分が所属している大学のカウンセリングを希望する場合は、事前予約が必要ですが料金は<strong>無料</strong>の学校がほとんどです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>ココナラなどのウェブ上の相談サービス</h3>
<p>日中は仕事をしていて病院やカウンセラーのところに通う暇がない、そもそも学生ではないのでスクールカウンセラーや保健教諭に相談する選択肢が選べない…と言う人には、インターネットでできる悩み相談やカウンセリングサービスを受けるのも方法の1つです。</p>
<p>例えば、<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=2ZNFP6+2JOXCA+2PEO+1BPGPE" target="_blank" rel="nofollow noopener">ココナラ</a>では10,000人以上ものサービス提供者がおり、より自分の悩みや相談したい内容に合ったカウンセリングを効率よく見つけられるというメリットがあります。</p>
<p>もちろん、一般的な心理カウンセリング同様に守秘義務は守られており、自分の話した内容が第三者に漏れる心配は必要ありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、ウェブ上のカウンセリングの多くは臨床心理士や公認心理士といった資格を持っていない人によるサービスが大半のため、サービス内容に不安があったり、なんとなく相手を信用できないと言う懸念する人が多いのも事実です。</p>
<p>しかし、比較的軽い悩みであったり、とりあえず誰でもいいから秘密が守られる場所で話したいことを希望しているのであれば、こうしたウェブサービスを使うのも良いでしょう。</p>
<p>また、<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=2ZNFP6+2JOXCA+2PEO+1BPGPE" target="_blank" rel="nofollow noopener">ココナラ</a>なら自分が相談を希望している相手がどのような評価を受けているのか…つまり、多くの利用者から反響を得ているか、高評価を得ているかどうかが、利用した人はどういった感想を述べているのか…といった評判が簡単に確認できるのが魅力です。</p>
<p>そして本格的な心理カウンセリングと比較して比較的安価であること。サービス提供者によっては電話を利用した相談も可能であり、わざわざ自分からカウンセラーのもとに顔を出さなくともコミュ障の悩みを相談可能です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、ウェブ上の相談サービスは、<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=2ZNFP6+2JOXCA+2PEO+1BPGPE" target="_blank" rel="nofollow noopener">ココナラ</a>の他にも<a href="https://px.a8.net/svt/ejp?a8mat=2ZNEX9+CSTOEI+425E+60OXE" target="_blank" rel="nofollow noopener">あらいぶ</a><img src="https://www16.a8.net/0.gif?a8mat=2ZNEX9+CSTOEI+425E+60OXE" alt="" width="1" height="1" border="0" />のように、引きこもりや対人関係のトラブル、悩みなどに特化したテレビ電話での相談サービスもありますので、検討してみるのも良いでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>コミュ障を一人で解決できないのなら他人の手を借りるのも方法のひとつ</h2>
<p>コミュ症の人に多いのが、<strong>悩みを相談できないからこそ「自分1人で何とか解決しなければいけない」と自分を追い詰めてしまう</strong>ケースです。</p>
<p>コミュ障は遺伝や生育環境といった、自分以外にも原因があるものですが、多くの人はコミュ障のその人本人に全ての原因があり、かつ個人の努力で悩みの全ては解決できると考えている傾向があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、自分1人でがんばることでもコミュ障が改善されることがありますが、誰もが自分1人で完璧に改善できると言うものではありません。</p>
<p>コミュ障によっては、誰かのサポートや助言をもらうことで、無事に悩みが解決される人もいるので、自分1人で解決できないからといって自分で自分を責めてしまう必要はありません。</p>
<p>コミュ障に悩んでいる人の数だけ、コミュ障を解決する方法はあり、必要であれば他人を頼って解決できるのであれば、それはそれで大切なことだと考えるように心がけましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>余談：スピリチュアルカウンセラーにコミュ障を相談すことについて</h2>
<p>コミュ障の悩みを相談する対象として、占い、タロット、おみくじ、守護霊、前世…などの、いわゆるスピリチュアル系のカウンセラーを検討することも、人によってはあろうかと思います。</p>
<p>(スピリチュアル云々の内容はさておき)占いを実施しているお店に出向いて相談したり、ネット上でスピリチュアルカウンセリングやセラピーの類を受けて、コミュ障の相談先のひとつと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただし、スピリチュアル系カウンセリングは、<strong>そもそもがつかみどころがなく理解がしにくい概念である割には、やたらと自分を包み込むような優しい言葉を投げかけてくれるという妙な安心感があるために、まるで溺れる者藁を掴むかのように精神的に依存してまで熱中する人も少なくありません。</strong></p>
<p>また、ものによっては高額商品の購入が必須であったり、同じくスピリチュアルに傾倒している人同士のコミュニティへの参加を余儀なくされて、無駄に消耗しまうといった別の悩みが出てくることもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4885" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/supi-hamaruhito-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="スピリチュアルビジネスにハマる人の心理・特徴" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/supi-hamaruhito-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/supi-hamaruhito-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/supi-hamaruhito-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4885" class="blog-card-title-link">スピリチュアルビジネスにハマる人の心理・特徴</a></div><div class="blog-card-excerpt">スピリチュアルビジネスと一言に言っても、その種類は多岐に及びます。

一例を挙げると、

 	占い(タロット、守護霊、前世、霊視など</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4885" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4885" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>HSPの人は恋愛できない？HSPが気をつけておきたい恋人選びのコツ</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3740</link>
				<pubDate>Sat, 09 Jun 2018 17:34:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[恋愛に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[HSP]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3740</guid>
				<description><![CDATA[HSP(ハイパーセンシティブパーソン)の人は恋愛をするのが難しいのではないかと言う問題があります。 この理由は自身の繊細すぎる気質ゆえに、つい人の気持ちを先読みしてしまったり、相手と自分との気持ちの境界線が薄くなることか]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2195">HSP(ハイパーセンシティブパーソン)</a>の人は恋愛をするのが難しいのではないかと言う問題があります。</p>
<p>この理由は自身の繊細すぎる気質ゆえに、つい人の気持ちを先読みしてしまったり、相手と自分との気持ちの境界線が薄くなることからくるトラブルが原因として考えられています。</p>
<p>恋愛は友達以上に親密になる間柄だけに、繊細すぎるHSPの人だと気苦労や過度なストレスを抱えてしまったり、繊細さを受けいれてもらえないことから恋愛が難しくなる傾向があるように思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろんHSPだからといって、必ずしも恋愛そのものが無理だと言うわけではありません。</p>
<p>ですが恋愛で起きる苦労を少なくするためにも、自分の繊細すぎる気質を理解し、安心感を得られるパートナーを選んでいくことが辛く苦しい恋愛にならないためには大事なことなのです。</p>
<p>今回はそんなHSPの人の恋愛できない問題についてお話ししたいと思います</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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そもそも人間関係に対して</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/17353" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/17353" alt="" /></a></div></div></div>
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>HSPの人が恋愛で抱えるトラブル</h2>
<h3>相手の気持ちを汲み取りすぎて自分も辛くなる</h3>
<p>HSPの人は、人の気持ちに敏感に反応してしまうために、相手の気持ちに寄り添いすぎたり話に共感しすぎたりして、自分も辛さを感じてしまうことがあります。</p>
<p>特に恋愛関係ともなれば、お互いに親密な間柄となるため、ときには辛い話や人には言いにくいプライベートな話をする機会もあるでしょう。</p>
<p>そういった場面において、HSPの人は</p>
<ul>
<li>相手の辛い過去に共感しすぎて心痛めてしまう</li>
<li>あるいは自分の過去の話を話してしまったら、どう思われてしまうだろうかと考え込んでしまう。</li>
</ul>
<p>などが起きることがあり、恋愛関係に辛さを感じることがあります。この傾向は男性・女性関係なく、HSPの人であれば見られるものといえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の敏感さが受け入れられなくて辛い思いをする</h3>
<p>恋愛関係において、自分の敏感な気質についてコンプレックスを抱いている人の場合、それが原因となり親密な関係を抱けなくなることがあります。</p>
<p>恋愛関係ともなれば自分の恥ずかしい側面や人には言いにくい自分の姿を相手に開示する場面も出てくるでしょう。</p>
<p>もしも、「自分の敏感な気質を恋人に打ち明けてしまったら、ひょっとして自分のことを嫌いになってしまうのではないか‥」という不安が、HSPの人にはよく見られます。</p>
<p>特に男性の場合、<strong>敏感な気質は男らしくない、女々しいと見られてしまうこともあり、</strong>本当は敏感な気質なのにそれを隠して付き合うことで辛さを感じてしまうことがあります</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>相手の優しさや好意に対して申し訳のなさを感じてしまう</h3>
<p>敏感な気質のために、相手の優しさについてもいろいろ考え込んでしまうことで辛くなることがあります。<br />
また、相手の純粋な好意からくる行動であっても、その好意を素直に受け取れずどこか申し訳なさを感じたり、精神的なプレッシャーだと受け取ってしまうこともあります。</p>
<p>また、相手の優しさにのめり込んでしまうあまり、勝手な期待を抱きすぎて相手に余計な負担をかけてしまったり、一方的に依存して相手に負担をかけてしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>恋人と自分との気持ちの区別がつかなくなり疲れる</h3>
<p>HSPの人は自分と他人との境界線が薄いので、恋人との気持ちと自分との気持ちの区別がつかなくなり、お互いに振り回されてしまうこともあります。</p>
<p>他人との気持ちの区別がつかない事は、嬉しい事を自分のことのように感じる一方で、<strong>不快なことや辛いことまで自分のことのように思ってしまうという側面もあります。</strong></p>
<p>恋人同士気持ちを共有することがお互いの中を確認する意味でも大事ではありますが、適度な距離感保てないため、一喜一憂したり自分に関係のないことで不快な気持ちになって精神的に疲れてしまうことにつながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>敏感さをネタにいじられてしまう</h3>
<p>敏感な気質が誰からも好意的に見られるとは限りません。人によっては、敏感さを笑いのネタにしたり、いじるための材料として利用してしまうこともあります。</p>
<p>HSPの人は自分が<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3210">いじられてしまうこと</a>に慣れていなかったり、いじられることそのものにも敏感に反応してしまうため、人付き合いで抱えるストレスが増える傾向があります。</p>
<p>また、いじりがエスカレートしてしまうことでモラハラやDVにも発展してしまうリスクがあると言えるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3246">HSPの人はいじめられやすい？ 繊細な気質といじめの関連について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>HSPの人が気をつけておきたい恋人選びのコツ敏感</h2>
<h3>繊細な気質を理解してくれる人を選ぶ</h3>
<p>恋人選びの時に気をつけておきたいのが、自分の繊細さを理解してくれる相手をしっかりと選ぶことです。</p>
<p>繊細さと言うものはどうしても人によって解釈が別れるものですし、簡単に理解が得られるものばかりだとは限りません。</p>
<p>例えばHSPの人によくある、人間関係の雰囲気、臭い、音、些細な音、人の感情に左右されるなどの微妙に分かりにくい繊細さは誰でもすんなり受け入れてくれるものとは限りません。</p>
<p>鈍感な人であれば「そんなのあなたの思い込みじゃないの?」と言われてしまい理解からは遠のいてしまいます。</p>
<p>ですので自分の繊細さを相手に伝える事はもちろんのこと、その繊細さを受け止め理解してくれる人を選ぶようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>お互いにしんどくなったら距離を置くようにする</h3>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3625">距離感が近すぎる</a>、べったりとくっつくような関係になり、言葉にしにくい苦しさを感じているのであれば、お互いに適度な距離感を取るのが大事です。</p>
<p>例えば、</p>
<ul>
<li>自分だけの時間を持つようにする。</li>
<li>恋人としばらく合わないようにする。</li>
<li>自分1人で楽しめる趣味や楽しみを見つける。</li>
<li>友達や家族自分の生きづらさを分かってもらえる人に相談してみる。</li>
</ul>
<p>などをしてみて、お互いの距離がちょうどいい感じになるように、心理的な距離を探ってみるようにしましょう。</p>
<p>恋人と仲良くなりたいと言う気持ちは大事ですが、その気持ちのせいで自分も相手も生きづらさを感じてしまうのでは、関係が破綻してしまう恐れがあります。</p>
<p>適度な距離感を調べてみる事は、お互い心地の良い関係を続けていくためにも大事なことだと考えるようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>相手に精神的に依存しないようにする</h3>
<p>恋人と自分との心理的な境界線が薄く、近寄りがちな傾向にあるHSPの人は、相手に精神的に依存してしまったり共依存関係になってしまうことがあります。</p>
<p>精神的に依存して、自分の生き方や将来まで何もかも恋人に決めてもらう、恋人任せにすると言う生き方は、恋人がいなくなると成り立たなくなる恐れがあります。</p>
<p>そうならないためにも、適度に自立し自分の時間やプライベートをしっかり持ち、自分の人生を生きていけるようにしましょう。</p>
<p>よくも悪くも恋人と自分は他人であるので、相手に尽くしすぎず自分自身を大事にして適度な関係を持つのが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他の恋愛と比べすぎないようにする</h3>
<p>HSPの人は、敏感な気質から自分以外の人の恋愛が気になったり、比較して自分の恋愛が正しいのかor間違っているのかと考え込んでしまうことがあります。</p>
<p>もちろん「共依存になって辛い」と言うような関係であれば、その辛さを取り除く必要がありますが、過敏になりすぎて正しい恋愛観、こうあるべきだと言う恋愛観にとらわれすぎるのもまた辛いものです。</p>
<p>恋愛は優劣を競うものではありません。HSPだからと言って自分は劣った恋愛をしているのだと卑下したり悩むのではなく「自分は自分にとって心地よい関係を楽しむんだ」と言う気持ちを持つように心がけてみましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>HSPは恋にのめりこみやすいので落ち着ける恋人やロケーションを選ぶように</h2>
<p>HSPの人は感受性が非常に高いことをから、まるでドラマのような激しい展開の恋模様を繰り広げることがあります。</p>
<p>これは敏感な気質が、恋に必要な様々な妄想であったり思い込みを生み出すことで、ドラマティックな恋愛になってしまうのです。</p>
<p>例えば一目惚れ。HSPの人は、出会ってすぐの人に対しても</p>
<p>「自分にはこの人に気があるのではないか」と感じたり、少し優しくしてもらっただけで「この人は私に気があるのではないか」と敏感に感じしやすく、まさに漫画のような情熱的な恋をする傾向があります。</p>
<p>敏感な気質であるために恋に夢中になっている間は、その敏感さを発揮して恋を楽しめている状態を言えるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、恋から離れて1人になった時に今まで敏感に反応していた反動が来て、心身ともに疲れ果ててしまい生活に支障が出てしまうこともあります。</p>
<p>情熱的な恋は非常に楽しい一方で、HSPの人からすれば精神的な疲労が溜まりやすく、精神的にも体力的にもあまり長続きしない恋愛だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、情熱的で衝動的な恋をエンジョイしているときに、気がつけば自分の身の丈に合わないような複数の人との関係を持ってしまったことが原因になり後々苦しめられることもあります。</p>
<p>恋に夢中になる事はとても楽しいことではありますが、そのせいで自分の生活や人生が台無しになってしまう事は避けなければいけません。それはHSPの人も同じでしょう。</p>
<p>刺激に敏感、とても繊細だと言う気質を理解していればこそ、長くそして安定したお付き合いが出来るように比較的性格が穏やかな人と付き合うようにしたり、飲み会やパーティーなどの大勢の人が集まるロケーションよりも、個室の料理店や静かな場所でのデートしてなるべく雑音や雑踏を避けた場所で楽しむようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>HSPの人の恋愛は普通の人の恋愛と比べると超えるべき障害や壁がきっと多いことでしょう。</p>
<p>しかし、それに向き合う中で自分に本当に合っている人はどんなタイプなのか、自分が一緒にいて安心できる人はどういう人なの顔きっと見つけ出すことができるでしょう。</p>
<p>普通の恋愛と違って難しくなる事はある程度踏まえた上で、それを悲観するのではなく前向きな気持ちで自分に合った長く付き合える相手を探すようにしましょう</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3616">HSPの友人との付き合い方について</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3649">HSPの人が飲み会に感じる辛さと対処法</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3641">HSPの人がSNS疲れを起こさないために気をつけたいこと</a></p>
</div></div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>自分が写っている写真を見たくない心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3723</link>
				<pubDate>Thu, 07 Jun 2018 13:51:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[写真嫌い]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス]]></category>
		<category><![CDATA[趣味]]></category>
		<category><![CDATA[写真]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3723</guid>
				<description><![CDATA[写真といえば楽しい思い出や大切な記念を静止画にして保存しておくものであり、ふとした時に振り返って見て「そういえば昔にこんなことあったなぁ…」と感じるために撮っている人が多いでしょう。 しかし、中には自分の顔や姿が写ってい]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>写真といえば楽しい思い出や大切な記念を静止画にして保存しておくものであり、ふとした時に振り返って見て「そういえば昔にこんなことあったなぁ…」と感じるために撮っている人が多いでしょう。</p>
<p>しかし、中には自分の顔や姿が写っている写真を見たくないと感じたり、自分の過去の写している写真を視界にすら入れるのが嫌だと感じている人も、少なからずいるものです。</p>
<p>今やスマホや携帯で気軽に会話をする要領で写真を撮るのが当たり前になっているからこそ、写真嫌いの人にとっては、少々息苦しい世の中になっているのではないかと思う今日この頃でございます。</p>
<p>今回は、そんな自分の写真を見たくないという人の心理についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自分の写真を見たくないという心理</h2>
<h3>自分の顔にコンプレックスがある</h3>
<p>写真と言えば顔写真、証明写真、自撮り…など、顔を撮ることは基本中の基本です。</p>
<p>しかし、自分の顔について何らかのコンプレックスがある人にとっては、写真で自分の顔をじっくりと見ることに苦痛に感じるので、自分の写真を見るのを避けようとするのです。</p>
<p>また、基本的に表情や顔の角度などを自由に調整できない証明写真は、誤魔化しが効きにくい分、自分の顔のコンプレックスをより強めてしまう写真とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>すこし不細工な人でもハイアングルやローアングルなどの角度変えた自撮りなら、不細工さを抑えることができます。</p>
<p>しかし、真正面で、しかも真顔で写ることが求められる証明写真だと、自分の不細工さが際立ってしまうので写真に写った自分を見たくないと感じるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の体型・容姿にコンプレックスがある</h3>
<p>顔以外にも自分の体型や容姿にコンプレックスがある場合も、同様に写真を見ると苦痛を感じるので意図的に見ないようにする傾向があります。</p>
<p>体型はカメラのアングルや着る服などを変えれば、自分のコンプレックスを上手に隠して写真に写ることができますが、基本的にコンプレックスを持っているというメンタルの部分は、アングルを誤魔化すだけでは消えるものではありません。</p>
<p>体のコンプレックスを隠した写真であっても、その写真を見るだけで「自分はコンプレックスを隠すために、見えないところで誤魔化すテクニックを使っている」と思い知らされたり、誤魔化すことに罪悪感のような感情を抱いてしまうので、積極的に自分が撮った写真を見るようとはしないものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の表情や行動コンプレックスがある</h3>
<p>顔、体型以外にも自分の表情や行動についてコンプレックスがある場合も、写真を見ないようにする傾向がありまう。</p>
<p>例えば、</p>
<ul>
<li>目が死んでいる。</li>
<li>笑顔なのに目が笑っていない。</li>
<li>笑顔が本当に楽しんでいるような笑顔に見えない。</li>
<li>一生懸命作り笑いをしているのが写真からにじみ出ている。</li>
<li>友達と<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3625">距離感を撮るのが下手</a>なことが写真からわかってしまう。</li>
</ul>
<p>などの、微妙な表情や行動についてコンプレックスがある人は、コンプレックスを感じるような自分が写っている写真を見るのは避けようとします。</p>
<p>特に、写真といえば笑顔で楽しい思い出を記録として保存することで使われることが多く、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1971">笑顔にコンプレックス</a>がある人からすれば<strong>「自分の笑顔の写真を見る＝コンプレックスと向き合わざるを得ない」</strong>と感じて、嫌な気持ちになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、そういったコンプレックスを克服して写真を楽しむ方法として「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3269">変顔で写る</a>」という方法もあります。</p>
<p>しかし、変顔をして楽しく写っていても、いざその写真を見返すと「コンプレックスのために変顔してまで写っている」という自分に対して自己嫌悪の念を抱くこともあり、必ず良い効果があるかどうかは疑問です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の思い出したくない過去を思い出されるから</h3>
<p>写真として記念に残している思い出は、どれも後から見て心がほんわかとするような楽しいものばかりではありません。</p>
<p>例えば思春期で荒れていた頃の自分の写真や、中二病のように精神的に不安定だった頃の自分が写っている写真は、一目見るだけで自分の過去の思い出したくない思い出が蘇ってしまい、ナーバスな気分になってしまうものです。</p>
<p>思春期の恥ずかしい思い出のほかにも、受験失敗、就職失敗、失恋、家庭内不和など、嫌な思い出をまさに作っている時期の写真というものは、たとえ過去の出来事であっても誰でも簡単に受け入れられるものではありません。</p>
<p>そういった思い出したくない思い出が、なかば写真を見ることによってフラッシュバックのように思い出されてしまうので、嫌な思い出を思い出してしまう写真を意図的に見ないようにするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自己肯定感の低さから写真に写る自分すら受け入れられなくなる</h3>
<p>自分が持っているコンプレックスのせいで自己肯定感・自信が低い人は、そもそも自分から写真に写りに行くような人ではなく、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1928">写真嫌い</a>な性格をしているものです。</p>
<p>しかし、写真嫌いといっても、あらゆる場面での写真撮影を拒否したり、写真証明を取らずに書類を作る…という暮らしは現実的ではないので、内心は「嫌やなぁ…」と思いつつも渋々写真を撮らなければいけないものです。</p>
<p>そんな渋々撮った写真の中の自分を見るのは、見れば見るほど自分の自己肯定感の低さ、自信のなさを刺激されたり、上にも述べたようにコンプレックスを刺激されて、更に自己肯定感が下がってしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>写真を見ることで自分の理想のイメージが崩れてしまう恐れがある</h3>
<p>自分の理想としているイメージがある人からすれば、写真に写った無加工でコンプレックスまでくっきりと写っている自分の姿は、自分の理想のイメージを崩してしまう恐れがあるので好き好んで見ようはしません。</p>
<p>現実の自分と理想の自分とのギャップが激しい人は、自分の納得していない角度や表情以外の写真を見ようとはせず、自分の理想通りになっている写真のみを好んだり、写真に補正や修正をして自分の中の理想が壊れないような手間を写真に加えようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、最近はスマホに搭載されているカメラには、明るさやコントラスト、色味や写真のアスペクト比などを写真を撮る前に簡単に変更でき、また撮った写真もアプリを使って簡単に加工できるような時代になってきています</p>
<p>このような技術の進歩は自分の思い描く写真を追求することができるようになった一方で、加工しすぎて理想の自分のイメージが肥大化が進んでしまう、という現象も生み出しているように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>写真撮影に関する嫌な出来事・思い出がある</h3>
<p>写真に関するいじめや嫌がらせなどの嫌な出来事や思い出があるために、過去に撮った自分が写っている写真を見返すことを避けている場合もあります。</p>
<p>例えば</p>
<ul>
<li>写真を見て誰かから「変な顔やな」と笑われた。</li>
<li>不意打ちで写真を撮られ、その写真をネタに笑いものにされた。</li>
<li>嫌がっているのにそれを面白がり、あたかも珍しいものを記念に取るかの要領で無理やり写真を撮られた経験がある。</li>
<li>自分が写っている写真が勝手にネットにアップされたり、その写真が元で<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3525">炎上</a>に発展した。</li>
</ul>
<p>などの写真に関する嫌な思い出、辛い記憶がある人からすれば、当然写真に積極的に写ろうという気は置きにくいものですし、記憶が蘇ってくる恐れがあるので写真を見ることを普段から避けようとするものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今やスマホで撮った写真は、SNSなどのネットを通じて簡単にアップできる時代になっていますが、その事は言い換えれば昔以上に不特定多数の人に対して自分の恥ずかしい過去や思い出が見られてしまう世の中になっているとも言えます。</p>
<p>特に、恋人関係だと別れた後に交際中のプライベートな写真をアップしたことで起きる「リベンジポルノ」であったり、言葉をしゃべれない赤ん坊時代に親が撮影した写真がネットにアップしていたことで起きるプライバシーの問題なども、社会的に認知されてきています</p>
<p>今やスマホで写真を撮影し、それをSNS(インターネット)アップするのが当たり前になった時代だからこそ、写真に対して神経過敏になる人が出てくるのは、決しておかしいものでもなんでもなく、ある意味時代の流れのように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>写真は静止画なので見たくない部分までくっきり残ってしまう</h2>
<p>写真は動画と違い静止画なので、自分の見たくない部分はコンプレックスまでもくっきり静止画として残ってしまうという特徴があります。</p>
<p>例えば、顔にあるホクロがコンプレックスの人の場合、動画なら自分やカメラが動くことで画面にホクロが写っていてもホクロそのものが強調されることはなかったり、画面が動いていることで見ている自分もホクロに気づかず、刺激を受けにくいという特徴があります。</p>
<p>また、動画なら多少解像度が荒くても見る分ならそこまで問題がないので、解像度の粗さを利用してホクロを目立ちにくくすることもできます。</p>
<p>しかし、写真のように高解像度で基本で静止画の画面だと、動画の時のような粗さや動きによるカモフラージュが効かず、くっきりと顔にホクロがあることが目立ってしまいます。</p>
<p>静止画である以上、解像度が低ければ変に目立ってしまったり違和感を持たれてしまう恐れがあり誤魔化しはやりにくいものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…余談ですが、写真と比べて動画がコンプレックスを隠すのに有効かといえばそうではなく、これもこれで今度は自分の声という新たなコンプレックスを刺激することもあります。</p>
<p>写真に写った自分を見るのが苦手な人は、動画でも同様の悩みを抱いていることが多いように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2788">自意識過剰な性格の人の心理　自意識に関する心理学の知識について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>しかるねこが苦手だと感じる心理に関する諸々について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3696</link>
				<pubDate>Sun, 03 Jun 2018 12:09:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[怒り方・アンガーマネジメント]]></category>
		<category><![CDATA[SNS]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[趣味]]></category>

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				<description><![CDATA[SNS上で「しかるねこ」と呼ばれるアカウントがここ最近話題になっています。 しかるねことはその名の通り「叱る猫」のことであり、twitterで活動をしているアカウントです。 その内容は、可愛らしくゆるさを感じる猫のイラス]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>SNS上で「しかるねこ」と呼ばれるアカウントがここ最近話題になっています。</p>
<p>しかるねことはその名の通り「叱る猫」のことであり、twitterで活動をしているアカウントです。</p>
<p>その内容は、可愛らしくゆるさを感じる猫のイラストと一緒に「○○しなさーい！」「まだ○○してないの？」と、叱るメッセージを添えられたものになっています。</p>
<p>最近では書籍化やグッズ化などの展開もされており、その人気は高まっていますが、一方で</p>
<ul>
<li>押し付けがましく叱る態度が気に食わない。</li>
<li>叱ってばかりで全然可愛くない。</li>
<li>キツイ言葉ばかりで見るのが辛い。</li>
<li>単純にイライラさせるので、しかるねこ嫌いだ。</li>
</ul>
<p>などの、(いわゆるアンチ)コメントもそれなりに見つかっています。</p>
<p>ゆるい見た目のキャラクターとは異なり、添えられるメッセージはかなり過激なものであり、ファン・アンチの賛否両論出るのはごもっともなキャラクターだと感じています。</p>
<p>なお、しかるねこは(好意的に解釈すれば)昔ながらの頑固親父や肝っ玉母ちゃんというキャラクターの系譜だと捉えることもできなくはないと感じています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>かくいう筆者も、しかるねこに限らず叱る芸風や怒り芸、キレ芸などの類はあまり好きではありませんが、ここではその芸風云々について掘り下げるのではなく、叱ることに関する諸々の苦手意識やその心理について、お話したいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">ネット上の有名人に関する嫌悪感やアンチの心理については以下の記事でも解説しています</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2636">アンチになる人の心理・特徴　どうして嫌いなものに付きまとってしまうのか</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3908">アンチは何に嫉妬をしているのか　アンチコメの裏にある心理・背景について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>叱る人から感じる危うさ</h2>
<p>「未熟な人やミスがある人を叱って立派な人に育て上げたい」と感じること自体は自然だと思います。</p>
<p>学校や会社などで教育に携わっている人であれば、心身ともにしっかり育て上げることが求められる仕事ですし、厳しく叱って指導することで周囲から感謝されるような指導者になりたいと感じるのはごもっとも思います。</p>
<p>しかし、叱るという行動は社会的に求められ、認められることが多い行動でもあるために、一歩間違えれば相手をマインドコントロールに繋がったり、自分の利益のために他人の考えや行動を操作することにもつながっても、それが悪いことだと自覚できないどころか、賞賛されてしまうことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>以前書いた「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3589">飴と鞭の指導方法に関する心理学と問題点</a>」でも触れたように、人間は褒める(飴)と叱る(鞭)をうまく使い分ける事で、指導対象となった人を、自分の思いのまま動くようにコントロールすることができてしまいます。</p>
<p>もちろん、その結果立派な人になれば問題ありませんが、ルール違反をルール違反と思わないような思考を叱る過程で植え付けてしまえば、日大アメフト部のタックル騒動のような事態になることも考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>ただ怒り狂うのとは違い「叱る」というより社会的に認められている行為も、その叱り方を間違えれば叱った人の人生を狂わせてしまうリスクがある。</p>
<p>もちろん、叱る相手がいい大人なら「それこそ<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3037">自己責任</a>なんだから気にすることではない」という意見もあろうかと思いますが、その意見に間に受けて自分の叱り方を見直す機会を設けないことへの危険性は、もう少し知られてもいいのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>叱る人から感じるありがた迷惑さ</h2>
<p>叱るという行為は社会的に認められることが多い行動なためあってか、つい余計なお世話やお節介、ありがた迷惑だと感じるまで頻繁にしつこく叱る人を生む原因にもなります。</p>
<p>仮に、自分の私利私欲や個人的なストレス解消のためであっても、それを「叱る」という行動を隠れ蓑にして行えば、表面的には私は自分以外の誰かの成長や将来のために叱ることができる人間だとアピールしつつも、自分の個人的な欲求を満たすこともできます。</p>
<p>しかし、このような叱り方にはどうしても、叱る側の気持ちや事情を無視した自分勝手な言葉や考えの押しつけに偏りやすく、また指摘しようものなら「せっかく叱っているのに反発するのか」と火に油を注ぐことになるので、非常に面倒くさいものです。</p>
<p>あからさまに自分の浴や我を押し通すのではなく、あくまでも「叱る」という社会的に認められやすいことを利用した、ずる賢い方法で自分の欲求を解消しようとすることが叱る人に感じる違和感やモヤモヤの原因になるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「叱ってくれる人がいることに感謝しろ」という言葉の違和感</h2>
<p>相手の話も効かず、ただ一方的に叱るだけ叱り倒した後に「これだけ叱ってくれる人がいるんだから感謝しろよな」という言葉や態度も、叱る人に対する違和感の原因だと考えられます。</p>
<p>これは、新社会人や学生の頃に「叱ってくれているうちが華」「叱ってくれていることはそれだけ期待しているに違いない」と叱られているという受け入れるのに苦痛を感じる事実を、なるべくソフトに受け入れようと考え方を変えて乗り越えてきた経験から来るものだと感じています。</p>
<p>実際に、「あなたならできる」「君は頑張ればやれる人なんだ」という期待やハッパをかける目的として、あえて褒めるのではなく厳しく指導することはよくあります。</p>
<p>また、以前は叱られていたのに、あまりにもミスが続きすぎたせいですっかり呆れられる、叱られることすらされなくなった経験のある人からすれば「叱ってくれるうちが華」という言葉が、まさにその通りだと感じるのも自然なことでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>しかし、そのような一方的に叱られた経験で苦労とした人が、いざ人を指導する側に立った時に、自分が受けてきた一方的な叱り方をして、また同じような苦しみの連鎖を生み出してしまうことがあります。</p>
<p>しかし、叱る立場になったとしても時分が過去に受けてきた嫌な叱り方を繰り返すのに、何かしらの抵抗感や嫌悪感を感じて「本当にこの叱り方でいいのだろうか」というモヤモヤとした気持ちや違和感、良心の呵責、矛盾、葛藤を抱くことがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そんな葛藤を解消し、<strong>自分の叱り方はあくまで正しいものだと確認するのに便利なのが「叱ってくれる人がいることに感謝しろ」という言葉だと見ることができます。(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3010">自己正当化</a>)</strong></p>
<p>この言葉で自分を正当化し、叱ることが正しいこと、感謝されることだと納得できれば、たとえ自分の叱り方がどんなに一方的で拙いものだとしても、その行為は正しく周囲から感謝されると感じて、堂々と叱れるようになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…なお、一方的に叱るだけ叱り方は、</p>
<ul>
<li>どうしてそのミスが起きたのか。(原因の調査)</li>
<li>どうしたらそのミスが防げるのか。(再発防止策を練る)</li>
</ul>
<p>の２つが疎かになることがあり、叱った相手を公正させたり再発防止のためから見れば、あまり効果的とは呼べません。</p>
<p>また、一方的に叱ることもあり、ただ自分の思い込みや理想を相手に押し付けるだけになり、その押しつけに対して相手にウザさや嫌悪感をより強く抱かせる原因にもなることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このようにやたらと叱って誰かを良い方向へ導きたがる心理に関しては以前書いた「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684">メサイアコンプレックス　困っている人をやたら助ける人に感じる違和感について</a>」でも触れていますので、興味があれば読んで下さい。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>叱られ慣れていない人を自然と見下していないか？</h2>
<p>しかるねこを取り巻く状況についてSNSで調べていくと、</p>
<ul>
<li>アンチになるような人は叱られ慣れていない人。</li>
<li>アンチはストレス耐性が無い人。</li>
</ul>
<p>というような、叱られ慣れていない事そのものに対する意見がいくつか目に入りました。</p>
<p>これについて感じたのは、<strong>叱られ慣れていない人を見下すことで自分のストレス耐性への強さをアピールしたい人がひょっとしたらいるのではないか、という事です。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>叱られた経験を乗り越え、そのことで自信を獲得してきた人からすれば、ちょっと叱られたぐらいですぐへこたれる人を目撃すれば、嫌悪感を抱くのは自然な事だと思います。</p>
<p>しかし、叱られ慣れていないからといって、必ずしもその人が勉強や仕事の面で劣っているとは限りませんし、叱る以外の指導方法によって自分の実力をメキメキとつけて行ける人であれば、叱られ慣れていないことが必ずしも致命的な悪材料になるとも言えません。</p>
<p>また、叱られ慣れていないということは、それだけ普段から叱られるようなアホみたいな行動をしていない人。つまり頻繁に叱られることがないほど、立派で模範的な生活を送っているとも見ることもできるので、果たして見下せるほど格下の存在なのかという疑問も出てきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、人間は叱られることを含めてストレスに対して無限に耐えられるものではありません。</p>
<p>ストレス耐性が強いければ、そのタフさを評価されることはあるにしても、ストレスに対してうまく処理したり、溜め込み過ぎないように調整する技術(＝<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2993">ストレスコーピング</a>)は、ストレス耐性を語る上では欠かせない事だと思います。</p>
<p>どうしてもストレス耐性の話になると「どれだけ辛いことに我慢できるか」という我慢比べに陥りがちです。</p>
<p>そうなるとストレス耐性の低い人が脱落してしまうだけでなく「ストレスは我慢するもの」という考え方が強まり、ストレスの上手な処理の仕方が分からず身につかず潰れてしまうリスクがあります。</p>
<p>もちろん、今まで自分が我慢してきた経験を無駄にしたくないという気持ちをわかりますが、かといって、その我慢を誰かにも強いて道連れにしようとしたり、我慢以外の方法でストレスを乗り切ろうとする人を見下すと、巡り巡って自分がストレスで苦しんだ時に、自分の過去の行動や言葉のせいで強い葛藤を抱くことになるのではないかと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>その他、しかるねこに関する心理学の知識・雑学など</h2>
<h3>心理的リアクタンス</h3>
<p>「勉強しなさいと言われれば逆に勉強する気をなくす」というような現象を、心理学では<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2627">心理的リアクタンス</a>と呼びます。</p>
<p>しかるねこのように「○○しなさい」と口うるさく言われても、返って○○する気が起きず堕落してしまうことも考えられると、叱って公正させることの難しさ、逆にダメ人間を生んでしまうことがあるという皮肉を感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>認知的斉合性理論</h3>
<p>認知的斉合性理論とは、自分の認識と周囲の認識とを一致させようとする心の働きのことです。</p>
<ul>
<li>自己評価が高い人は周囲に自分のことを高く評価する人を置く</li>
<li>自己評価が低い人は周囲に自分のことを低く評価する人を置く</li>
</ul>
<p>という現象が、認知的斉合性理論のいい例です。</p>
<p>しかるねこやツンデレキャラのように、自分を悪く言う人やキツく当たる言葉を言う相手を好む人は、それだけ自己評価が低く過度に自分を褒め称える人よりも貶す人の方が安心感を得るので、根強いファンになるのだと考えることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>DVの緊張期・爆発期・開放期</h3>
<p>DV(ドメスティックバイオレンス)を振るう人は、いつも暴力が暴言を振るうのではなく、普段は大人しかったり、DV後に反省して優しさを見せることがあります。</p>
<p>DVには緊張期・爆発期・開放期の3つのサイクルがあり、このサイクルのせいで相手のDVが愛情表現なのか、それともただ怒りを爆発されているだけなのかわからなくなることがあります。</p>
<p>頻繁に叱る人もいつも叱っているわけではなく、たまに優しさ労わる様子を見せたり、今まで叱ってきた借りを返すためにご褒美やプレゼントをしてチャラにしようとすることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、DVが優しい時期と怒る時期を繰り返す現象については、「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3195">DV(ドメスティックバイオレンス)のサイクル　緊張期・爆発期・開放期について</a>」で詳しく解説していますので是非ご覧下さい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>逃げグセが治らない人の心理と問題点</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3677</link>
				<pubDate>Wed, 30 May 2018 15:17:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[悩み]]></category>
		<category><![CDATA[逃げること]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3677</guid>
				<description><![CDATA[仕事、部活動、勉強などで途中までは努力できるものの、途中でなにもかも嫌になって逃げ出してしまうのが癖になる。 いわゆる「逃げ癖」がついてしまうと、自分だけでなく周囲の人に迷惑や心配をかけてしまったり、逃げた経験が影響して]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>仕事、部活動、勉強などで途中までは努力できるものの、途中でなにもかも嫌になって逃げ出してしまうのが癖になる。</p>
<p>いわゆる「逃げ癖」がついてしまうと、自分だけでなく周囲の人に迷惑や心配をかけてしまったり、逃げた経験が影響して就職や進学に響くことがあるのであまり好ましいものとは言えません。</p>
<p>また、最近では逃げ癖が身についている人であってもSNSやネットを使えば同じような境遇を持つ人が見つけることができるので安心感を覚える一方で、その関係に入り浸りお互いの傷を舐めあうような馴れ合いをして、逃げ癖が治らないまま悪化することもあります。</p>
<p>不思議なもので逃げ癖がついている人同士で繋がっていると、「こんな<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1199">クズ</a>な自分でも受け入れてくれる人間関係がある」と感じて安心しきった結果、自分から逃げ癖を治そうという気持ちすら失せてしまうものです。</p>
<p>「嫌なことからなんでも逃げるな」と主張するわけではありませんが、<strong>何事に対して逃げ続ける生活も自由なようでいて逃げれば逃げるほど、逃げ場所が無くなり出来ることが少なくなる不自由な生き方だと感じています。</strong></p>
<p>今回はそんな逃げ癖が治らない人の心理についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>逃げ癖が治らない人の心理・特徴</h2>
<h3>責任を負いたくない</h3>
<p>仕事や部活で大きな役目や責任を負うことが苦手です。</p>
<p>責任を負えばその分成果があれば褒められたり<a href="https://mental-kyoka.com/archives/category/approval-desire">周囲から認めてもらえる</a>かもしれないが、もしも失敗してしまえば、批判や指摘を受けて責められてしまうことに過度な不安を感じることで、責任を追うような場面から逃げてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>最初は自分をよく見せるが、途中で維持できなくなり投げ出す</h3>
<p>責任を負いたくないからと言って、最初からなんでも責任を放棄して生きていくのはあまり現実的とは言えません。責任の大小あれども、皆何かしらの責任(あるいは「義務」「役割」と表現した方が適当)を負って生きているものです。</p>
<p>逃げ癖のある人は、仕事などで責任を追う場面になったときに最初から嫌がるのではなく、<strong>むしろ「頑張ります」と言わんばかりに、相手をがっかりさせないために振舞ったり、自分を実力以上によく見せるような態度を取ります。</strong></p>
<p>しかし、実力以上に見せる方法は長続きしにくく、途中で維持するのが難しくなってしまい全てを投げ出し逃げ出してしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、<strong>実力以上の自分を演じているために、周囲に対して弱音を吐けば化けの皮がはがれてしまう恐れがあります。</strong>そのため、困っても周囲に協力を頼めなくなり、状況は悪化しやすくどんどん追い込まれ逃げ出したくなるのです。</p>
<p>そして、我慢できないラインを超えたら「すみません、やっぱり無理でした！」と態度を急変させ逃げ出してしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>予防線を張って自分を守ろうとする</h3>
<p>予防線を張って失敗した時のショックを和らげる行動は心理学では<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3122">セルフハンディキャッピング</a>と呼ばれています。</p>
<p>セルフハンディキャッピングや自分自身にハンデをかけることで、</p>
<ul>
<li>成功すれば「ハンデがあるのに成功した」と自分の評価をより大きくできる。</li>
<li>失敗すれば「ハンデがあるから失敗しても仕方ないよね」と失敗の理由を作れるので納得できる。</li>
</ul>
<p>と、どちらに転んでも説明ができるようになります。</p>
<p>しかし、自分にハンデをかけている以上は、ハンデなしの状況と比べて期待できる成果は上げにくく、また失敗する確率を自ら上げているために、仕事や勉強のような結果が求められる場面で行うのは好ましくありません。</p>
<p>逃げ癖がある人は、表面的には頑張っているように見せかけるものの、裏では手を抜いたり自分を甘やかし、逃げる時の言い訳作りと失敗しても納得できる状況を自分で作る傾向があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>失敗したときに内心はホッとしている、安心している</h3>
<p>自分が引き受けた仕事を途中で投げ出したり、周囲から受けた期待を裏切ってしまったときに、自分でやらかしてしまったことへの嫌悪や後悔を感じつつも、どこか心の奥底で「これで楽になれる」「ようやくホッとできる」と安心するのも特徴の一つです。</p>
<p>とくに逃げたいという気持ちを抑え、我慢し続けた期間が長かれば長いほど、いざ逃げた時の快感、開放感は大きくなり、その快感を味わいたいがために最後まで責任を果たすことよりも、途中で逃げ出すことが癖になるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自己評価が低く、ダメな自分でいる方が落ち着く</h3>
<p>何度も逃げてきた経験から、自分に自信がなく自己肯定感が低くなる傾向があります。</p>
<p>しかし、自己肯定感が低さゆえに、そんな自分を変えてしっかり最後まで責任を果たす人間になろうとすると「自分はそんな立派な人間になるのは向いていない」と感じ、自分から自己評価が低くなるような行動をあえて取ろうとします。</p>
<p>これは、心理学の認知的整合性理論の例であり、自己評価が低い人は無理に自己評価が高いと思われる行動をとることよりも、自己評価が低いと思われる行動(この場合は逃げぐせ)を取った方が、安心感や落ち着きを感じるのです。</p>
<p>自分に自信のない人が暴力・暴言などのDVを振るう恋人に惚れ込み「自分には問題がある方がお似合い」と感じるように、自己評価の低さ故に自ら苦しさや辛さを感じる状況を作りだし、居心地の良さを感じようとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2608">自己評価の低い人が陥りやすい恋愛の特徴　恋人に依存しすぎないためにできること</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>逃げ癖のせいで起きる問題・トラブル</h2>
<h3>仕事を途中で投げ出すことで信用を失う</h3>
<p>仕事で逃げ癖を起こしてしまった場合、やっていた仕事の引き継ぎもろくにできず、そのまま連絡が取れなくなることで信用を失うハメになります。</p>
<p>なお、この場合逃げる直前までは必死に努力して真面目に仕事をしているので、いざ連絡が取れなくなっても、「事故に巻き込まれたのだろうか」「急病で倒れたのではないか」という逃げたことへの怒りよりも、何かトラブルに巻き込まれたではという心配に襲われることが多いです。</p>
<p>もしも、いつ逃げ出してもおかしくないような働きっぷりなら、心配よりもまず「やっぱり逃げたか」という感情になるものです。</p>
<p>逃げ癖が治らない人は、こうやって逃げる直前まではごく真面目に普通に働くものの我慢できなくなったら逃げて環境をリセットする。</p>
<p>そして、自分のことを知らない新しい環境でもまた同じように真面目に働くものの、我慢の限界が来れば逃げるという一連の行動を繰り返すのです、</p>
<p>逃げ癖だけでなく<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2264">リセット癖</a>もこじらせているとも考えることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3110">人間関係リセット癖の人が仕事で起こしがちなトラブルについて</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>逃げた自分を自己正当化し反省する機会をなくす</h3>
<p>なにもかも投げ出し逃げてしまってことで「やらかしてしまった」という自責の念や良心の呵責に苦しめられますが、逃げ癖が身につくとその苦しみからも逃げて<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3010">自己正当化</a>しようとします。</p>
<p>例えば、</p>
<ul>
<li>逃げてしまうような環境に問題がある。</li>
<li>自分の苦しみをわかろうとしない上司・同僚が悪い。</li>
<li>これからの時代は好きなことだけて生きていけばいいし、それで実際に生きている人もいるから、なにも落ち込む必要はない。</li>
<li>逃げてもうまく生活できている人がいるから心配いらない。堂々とすればいい。</li>
</ul>
<p>と、逃げた過去を自分に都合よく脚色したり、極端な例を持ち出して納得しようとします。(＝防衛機制)</p>
<p>しかし、これでは逃げ出すに至った自分の考え方の癖や、自分を追い込む癖を正し反省は不十分です。逃げ癖は改善されず、また同じような過ちを繰り返し逃げるという一連の行動を繰り返します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>コツコツ積み重ねるのではなく一発逆転ばかりを夢見る</h3>
<p>逃げてばかりなので、仕事や勉強で地道に努力を積み重ねてスキルやキャリアを積むことができません。</p>
<p>そんな不甲斐ない自分に対するコンプレックスを日々感じつつも、<strong>コツコツ努力することからは逃げ、ギャンブルのように一発逆転で不甲斐ない自分が一瞬で変わる…という甘い夢を見るのも特徴的です。</strong></p>
<p>そしてそんな甘いお花畑な夢を見ていることを利用され詐欺の被害者になったり、有り金を叩いて株、先物、FX、仮想通貨などの金融商品で一山当てようとした結果、借金を背負ってしまい、今度は借金から逃げる生活を送ってしまうことになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>逃げている人ばかりで馴れ合うと更に逃げ癖が加速する</h2>
<p>冒頭でも述べましたが、今や逃げてばかりのいわゆるダメ人間であっても、SNSやネット上でも同じような過去を持つ人と交流し、安心感を得ることができます。</p>
<p>しかし、逃げぐせが身についている人同士のコミュニティは、</p>
<ul>
<li>お互いに慰めあうだけで鋭い指摘ができず馴れ合いになる。(これは、指摘されるようなことはリアルでいっぱいされているので、せめてネット上は優しい関係にしたいという欲求がある。)</li>
<li>馴れ合いを続けていくに逃げる事に対する危機感が薄れてしまう。</li>
<li>コミュニティ内の人間関係に慣れきってしまい、ますます自分の逃げ癖を治す気が失せる。</li>
</ul>
<p>という、逃げ癖の改善からどんどん遠のくような関係に陥りがちです。</p>
<p>どんなに惨めでダメな人間でも受け入れてくれる優しさがあるような関係ですが<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2986">優しさと甘やかし</a>は全くの別物です。</p>
<p>本当に逃げ癖を治したいと思うのであれば、適度にコミュニティと距離感を取り、自分のいたらなさや悪い癖、開き直りや自己正当化によって<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3100">歪んだ認知</a>を地道に改めて、自己肯定感を身につけて行くことが長い目で見て大事だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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