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	<title>認知的不協和  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>恋愛関係で認知的不協和を用いることの問題点</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21211</link>
				<pubDate>Sat, 27 Apr 2019 14:28:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[恋愛に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[認知的不協和]]></category>

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				<description><![CDATA[心理学に関する書籍やウェブ上のメディア(youtubeも含む)を調べていると「認知的不協和を使って恋愛関係にこぎつける方法」という具合のテーマで、認知的不協和の理論が恋愛に役立つものであると紹介されることが目立ちます。 ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>心理学に関する書籍やウェブ上のメディア(youtubeも含む)を調べていると「認知的不協和を使って恋愛関係にこぎつける方法」という具合のテーマで、認知的不協和の理論が恋愛に役立つものであると紹介されることが目立ちます。</p>
<p>こうして見ると、認知的不協和とは恋愛関係に効果的な心理テクニックの一種であり、文字通り相手の心を自分の思うがままコントロール出来る、すんごいテクと感じるかもしれません。</p>
<p>しかし、一方で自分の個人的な欲望のために恋仲になりたい人を一人の人間として尊重せず、なかば洗脳や支配するかのように認知的不協和のテクを用いることには少々疑問が残ります。</p>
<p>今回は、そんな恋愛における認知的不協和の負の側面や問題点をお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>恋愛における認知的不協和が作用するとき</h2>
<p>まず始めに、認知的不協和について軽く説明しておきます。</p>
<blockquote><p>「認知的不協和」とは、矛盾する二つの認知を抱えることで抱く違和感やストレスのこと。そして、その違和感を解消するために取る行動のこと</p></blockquote>
<p>&nbsp;</p>
<p>人間は矛盾した気持ち・考えを持つとストレスを感じる。そして、ストレスを解消するために、物事の見方を都合よく変えたり、自分で自分を騙すかのような言動をとってしまうことが認知的不協和です。</p>
<p>冒頭でも触れたように、認知的不協和の仕組みを用いれば、(理論上は)はこれから恋仲になりたい人のハートを落としたい場面でも活用できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>たとえば「認知的不協和を使って恋愛関係にこぎつける方法」としてよく紹介されているのは、「気になる相手に小さなお願い事を頼んでみる」という内容です。</p>
<p>これは、相手の視点に立てば「今自分は○○さんのお願いを聞き入れて助けている」という事実に基づく認知と「好きでもない人のために手助けすることはない」という道徳や常識に元と付く認知を抱えている。</p>
<p>当然ながら、この二つの認知は矛盾を招き、そのまま受け入れるとモヤモヤとした気持ちを抱く。つまり、「今自分は好きでもない人間を助けている」と言動と考えが矛盾した状態では不快感を感じるので、これを防ぐために「自分は○○さんに好意があるから、お願いを聞き入れて助けているのだ」と認知を修正することで、恋仲に発展する…という理屈です。</p>
<p><span style="font-size: 12px;">(もちろん、この通りに認知が修正するケースばかりではないし、都合よく利用される関係どまりになるでかもしれないことは、冷静に考えれば推測できると思うのだが…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>恋愛における認知的不協和の問題点</h2>
<p>認知的不協和の仕組みを用いて、相手の認知をコントロールする。</p>
<p>つまり、相手が自身の言動の矛盾を解消し、その結果として自分に好意を持ってくれるようになる…という情報は、それこそ恋愛に飢えている人にとっては、非常にありがたい情報のように感じることでしょう。</p>
<p>恋愛とは自分ひとりでは不可能なもの。くわえて、自分の力ではどうにもできない相手の心に振り回され疲弊したり、振られて自分の心を傷ついてしまう事への不安や恐怖はどうしても頭から離れないものですし、できれば避けたいと感じるものでしょう。</p>
<p>そんな確実性もなくリスクと隣り合わせである恋愛関係にて、認知的不協和という心理学のテクニックは、恋愛という不確実なゲームを簡単に攻略できるかのような裏技であるかのように見えるかもしれません。</p>
<p>「より確実性を増し、より自分の思い描いた未来になるように、自分が気になっている人の心理を操作出来る。それが認知的不協和という心理学のテクニックです。」…という調子で紹介されているのを見ると、<strong>まるで他人を支配したり、洗脳することそのものを正当化したり、肯定的に捉えているに思えて、不安を感じずにはいられません。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、認知的不協和のテクを用いれば理論上では相手が自分に好意を持ってくれるようになる可能性があるのは事実でしょう。</p>
<p>しかし、それはあくまでも「可能性」でしかなく、「確実に恋仲になれる」とか「絶対に仲良くなれる」といった、確実性が保証されているものではないという点には注意が必要でしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>そもそも認知的不協和に頼ろうとする態度が顰蹙を買うとのではないかという懸念</h2>
<p>恋愛という将来どうなるかわからない、物事が確実且つトントン拍子に進まない関係に置いて、なるべく将来が確約されていて、且つトントン拍子に進むことを期待して、心理学のテクニックにすがりたくなる気持ちはわかります。</p>
<p>しかし、心理学という小手先のテクニックを用いて、相手の心を自分に都合よく操作しようとする態度が、結果として相手に悪印象を与えるのではないか…という懸念もあります。</p>
<ul>
<li>自分の要求や願望ばかりを優先して相手を尊重する姿勢が見られない。</li>
<li>自分のことしか頭にない、自己中心的は思考、視野の狭さ。</li>
<li>「心理学で他人の心をコントロール出来る」と思い上がる、浅はかさ、傲慢さ。</li>
<li>自分の素直な気持ちや本音を伝えようとせず、心理学のテクで乗り切ろうとする不誠実さ。</li>
<li>「心理学のテクを用いれば恋愛関係になれる」と情報を精査せず鵜呑みにしてしまう思慮浅さ、頭のお花畑具合。</li>
</ul>
<p>など、心理学のテクを用いている自分が、結果として相手に悪印象を与えてしまう。その結果恋愛にこぎつけないどころか、品性や人間性までも疑われてしまう事態に陥るのではないか…という懸念があります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>余談　DV、モラハラと認知的不協和</h2>
<p>最後に、恋愛に関する認知的不協和の例としてよくあるのが、DVやモラハラに陥るカップルのケースです。</p>
<p>「恋人から暴力を振るわれたら、それはもう恋人とは呼べない」という常識に基づく認知と「今まさに恋人からDVやモラハラを受けている」という事実に基づく認知は矛盾しています。</p>
<p>矛盾をそのまま受け入れてはストレスを感じるので、「恋人は自分のことを大切に思っているから厳しい態度に出ている」とか「恋人なら相手の暴力に受け入れることも大事だ」という歪んだ解釈することでストレスの軽減を図る。つまり、認知的不協和の解消を試みようとすることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>認知的不協和は、気になる人と恋仲になりたい人向けに紹介されることもありますが、一方でモラハラ・DVの被害者がなぜ加害者から逃げようとしないのか、という心理を知る場面でも紹介されることもあります。</p>
<p>「認知的不協和は恋愛に効果的」という情報を見て「認知的不協和＝恋愛でポジティブな作用をもたらすもの」と感じている人からすれば、「認知的不協和＝恋愛でネガティブな作用をもたらすもの」という情報を受け入れがたいかもしれません。</p>
<p>しかし、本当に気になる人との恋愛関係を望んでいるのであれば、たとえ不都合であっても認知的不協和が持つ負の側面について、よく知っておくことは大事だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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例</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4903" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4903" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>仕事における認知的不協和について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21205</link>
				<pubDate>Fri, 26 Apr 2019 16:28:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[仕事・ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[認知的不協和]]></category>

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				<description><![CDATA[「認知的不協和」とは、矛盾する二つの認知を抱えることで抱く違和感やストレスのこと。そして、その違和感を解消するために取る行動のことをさします。 なお、違和感を解消する行動は、そのまま「認知的不協和の解消」と表現されること]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>「認知的不協和」とは、矛盾する二つの認知を抱えることで抱く違和感やストレスのこと。そして、その違和感を解消するために取る行動のことをさします。</p>
<p>なお、違和感を解消する行動は、そのまま「認知的不協和の解消」と表現されることもあります。</p>
<p>たとえば、</p>
<ul>
<li>「お酒は百薬の長と言われており健康にいい」という情報</li>
<li>「お酒はガンや肥満、依存症などを引き起こすので健康に悪い」という情報</li>
</ul>
<p>という矛盾する二つのものの見方や解釈に触れた時に、なんとなくモヤモヤすることが認知的不協和。</p>
<p>そして、モヤモヤを解消するために、自分にとって都合がいい情報だけ見ようとしたり、「お酒は人付き合いにも役立つ」と健康以外の価値を見出したり、「お酒と健康問題は因果関係がない」と認知そのものを変えてしまう…などの行動が「認知的不協和の解消」となります。</p>
<p>今回は、仕事において認知的不協和が起きる場面や状況についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>仕事における認知的不協和の例</h2>
<h3>「好きで得意な仕事をはじめた」と「好きでも得意でもない仕事をしなければいけない」という矛盾を抱える場面</h3>
<p>たとえば、自分にとって好きなことor得意なことで働けることが決まったのに、いざ働き出すと好きでも得意でもない面倒な仕事、単純で面白味に欠ける仕事をする羽目になってしまった。</p>
<p>この場面にて、おそらく大抵の人は「こんなはずではなかった」とか「自分はこんなつまらないことをするために、今の仕事に就いたのではない！」という具合に、失望や不満といった不快感情を抱く…つまり、認知的不協和によってモヤモヤとした感情に悩まされることでしょう。</p>
<p>しかし、このままモヤモヤを抱いたまま仕事を続けていては、精神的な苦痛で身が持たなくリスクがあります。そうならないためにも、たとえば社会貢献や地域貢献の側面もあるとか、自然環境や雇用の創出など社会・道徳における価値があるとして納得しようとする。</p>
<p>あるいは、「好きで得意なことでやっていけるほど仕事は甘くない」と、認知そのものを変化させて、認知的不協和が起こりにくい考え方を身に付けるなどして、私たちは認知的不協和の解消を図ろうとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「割の良い仕事がしたい」と「割の悪い仕事をしている」という矛盾した認知を抱える場面</h3>
<p>仕事をお金のためと割り切り、効率よく稼げる仕事に就いたのはいいものの、実際に働き始めるとサービス残業があったりとか、通勤にかける時間が思ったより長かったとか、業務で必要な資格取得のために自費で勉強する場面が出てきたとか、労働量が多すぎて働きっぷりに見合わない給料であることに気がつかされた…など、よくよく考えればそれほど割が良くない状況だと気づいた場面を想定してみましょう。</p>
<p>この場面にて「割の良い仕事をはじめた」と「実は割が悪い仕事をしていた」という二つの認知が矛盾しているのは明白でしょう。また、矛盾があるため、強い認知的不協和を感じるであろうことも容易に推測できるでしょう。</p>
<p>この認知的不協和を解消するためにも、「将来の金に繋がるもの(スキル、人脈、経歴など)を身につけている途中である」という具合に新たな付加価値を見出したり、「今ここで頑張っておけば、将来出世して楽が出来る」と認知を都合よく変えることでモヤモヤの解消を試みる。</p>
<p>また、適宜仕事をサボって給料に見合う労働量になるよう調節したり、いっそのこと転職や副業により、より効率的にお金を稼ごうとするなど、認知だけでなく行動そのものを変化させることもまた、認知的不協和の解消の一種です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分よりも年下なのに、自分よりも肩書き・経歴が格上の人と関わる場面</h3>
<p>自分の方が年上or職歴が長いのに、自分よりも年下且つ自分より実力も経歴もあり、格上の立場や肩書きを手にしている相手を前にして、なんとなく気まずさや居心地の悪さを感じる場面もいい例です。</p>
<p>「年長者＞若者」という社会的評価や立場に関するよくある認知とは矛盾する「年長者＜若者」の状況が、目の前で起きていることに対して、モヤモヤとした気持ち…つまり、認知的不協和に悩まされていると言えます。</p>
<p>この状況にて「今は年功序列は時代じゃないからね‥」「自分とは違う頭脳や才能を持っているに違いない」など、認知そのものを変えるという比較的ポジティブな方法で認知的不協和の解消を試みることはよくあることでしょう。</p>
<p>しかし、その一方で「同僚の手柄を横取りしているのでは？」「上司をおだてて気に入られようとする小賢しい一面があるのでは？」「何か不当な方法でのし上がったに違いない」と、マイナスの付加価値を付与することで解消を試みようとすることもまた、よくあることでしょう。</p>
<p>とくに、タレント業やスポーツ、芸術など実力主義の世界で且つ、評価基準が曖昧としているものの場合、自分よりも各下のはずの人が頭角をあらわしてきた時に、邪推や下衆の勘ぐりで頭角を表してきた新人をなんとか下に見ようとする。</p>
<p>こうして自分が抱いている「年長者＞若者」という認知に都合がいいように物事を偏って見てしまうことは、無意識のうちにしている人は少なくないでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>やりがい搾取と認知的不協和</h2>
<p>仕事における認知的不協和を見ていくと、近年話題になっている「やりがい搾取」という現象と関わりが深いと感じます。</p>
<p>給料や待遇が悪い、3Kでストレスが溜まる仕事に対して「やりがい」という、新たな価値観を見出す。そして「やりがい」を給料・待遇や同列のものとしてみなしたり、場合によっては給料や待遇以上に価値あるものとしてみなしてしまうことは、認知的不協和の解消そのものであると言えます。</p>
<p>また、やりがいの他にも、人脈、スキル、職歴など、新たな付加価値を見出すことで、ただ割が悪い仕事やブラックな仕事をしているなど、直視するのが厳し過ぎる現実(＝認知的不協和)を都合よくねじ曲げて解釈してしまう(＝認知的不協和の解消)。こうした光景は、皮肉にも昨今ではよく見かけるものだと感じます。<span style="font-size: 12px;">(もちろん、今に始まったことではないような気もするけど…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>やりがい「搾取」と表現されていることからもわかるように、この状態はお世辞にも褒められたものではありません。</p>
<p>仕事で感じる精神的な苦痛は「やりがい」という新たな付加価値を見出す方法によって、取り除くことは可能でしょう。<span style="font-size: 12px;">(もちろん、一時的に苦痛は取れても、無理して過労で倒れるという可能性もあるが…)</span></p>
<p>しかし、できることなら認知的不協和がなるべく起きないような職場環境を作っていくことの方が大事であるように感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4903" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/nninchitekihukyo-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="認知的不協和理論とは　実験、具体例、解消方法について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/nninchitekihukyo-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/nninchitekihukyo-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/nninchitekihukyo-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4903" class="blog-card-title-link">認知的不協和理論とは　実験、具体例、解消方法について</a></div><div class="blog-card-excerpt">人間は自分の行動や考えに矛盾やジレンマが生じたときに、強い葛藤(ストレス、モヤモヤとした気持ち、精神的な不快感のこと)を抱きます。

例</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4903" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4903" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる心理・理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6496</link>
				<pubDate>Sun, 23 Dec 2018 14:45:32 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[コンプレックス・悩み]]></category>
		<category><![CDATA[笑顔]]></category>
		<category><![CDATA[認知的不協和]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=6496</guid>
				<description><![CDATA[こんなことを書くと非難されそうですが、筆者は他人の笑顔がどうしても苦手です。(そして自分の笑顔も) もちろん、笑顔を心がけることは、コミュニケーション能力の重要性が叫ばれる現代においては、人間関係を築く上での基本中の基本]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>こんなことを書くと非難されそうですが、筆者は他人の笑顔がどうしても苦手です。(そして自分の笑顔も)</p>
<p>もちろん、笑顔を心がけることは、コミュニケーション能力の重要性が叫ばれる現代においては、人間関係を築く上での基本中の基本でしょう。</p>
<p>そして、他人の笑顔に苦手意識を持ったり、笑顔をする人に対して疑いの目を向けるような人は、あまりにもひねくれすぎていて、人としての品性を疑う…なんて辛辣な言葉を言われるかもしれません。</p>
<p>それでも、筆者自身はどうしても他人の笑顔を好意的に見ようとしても、やはりその笑顔の裏にある(かもしれない)思惑を探ろうとしたり、「なぜ笑っているのだろう？」と笑顔の理由・根拠を探ろうとするなど、他人の笑顔を好意的に受け取れないどころか、下衆な勘ぐりをしてしまう悩みを抱えております。</p>
<p>今回は、そんな自身の経験などをもとに、他人の笑顔に感じる苦手意識の理由や背景などについて、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6525" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="自分の笑顔が嫌い、苦手と感じる心理・理由について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/zibunoegaoganigate-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6525" class="blog-card-title-link">自分の笑顔が嫌い、苦手と感じる心理・理由について</a></div><div class="blog-card-excerpt">この記事は前回の記事「他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる心理・理由について」の続編です。

自分の笑顔が嫌いだと感じる理由、笑顔に対して苦手</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6525" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6525" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>他人の笑顔が嫌い、怖いと感じる理由・背景</h2>
<h3>表面的に作られた薄っぺらい笑顔を何度も見てきてうんざりしている</h3>
<p>人間関係を円滑に築くことを意識するあまりに、作り笑顔や営業スマイルのような、いわゆる薄っぺらい笑顔をする人達の存在が、他人の笑顔が苦手だと感じる心理に影響していると考えられます。</p>
<p>相手から表面的によく見られたいという虚栄心、あらゆる利益のために自分を偽るための笑顔をする姿勢…そうした虚飾や嘘が紛れている笑顔をする人とであってきた経験が、他人の笑顔に対する苦手意識を育んだのだと分析できます。</p>
<p>ただし、薄っぺらい笑顔ではあっても、その笑顔に対して冷たく当たるのはさすがに失礼にあたりますし、こちらも自分が嫌がっている薄っぺらい笑顔をして対応しなければいけない…というジレンマがあります。</p>
<p>また、友達作りにおいて作り笑顔を自分に向けられたことで、なんとなく信頼できそうかという気持ちになったものの、相手からすればあくまでも社交辞令で見せた笑顔であって、その笑顔に対して心を開かれても困る…というような態度をとられた経験も他人の笑顔が嫌いと感じる理由の一旦をになっていると感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>笑顔でいじめてくる人に出会ったことがある</h3>
<p>いじめられた経験やいじめの現場を目撃した人なら理解できると思いますが、いじめっ子はいじめる相手を笑顔でいじめることが多いものです。</p>
<p>まるでレクリエーションのように、無邪気な笑顔で他人をいじめる。いじめられっ子を笑い者にして、いじめっ子同士でゲラゲラ(あるいはニヤニヤ)笑い、いじめることそのものを楽しいものとして認知するからこそ、いじめはエスカレートするとも言えます。</p>
<p>こうした楽しさがいじめにはあるために、いじめの被害者・加害者だけでなく、いじめを見ている人、見て見ぬフリをしている人達は「あればいじめではなく、いじってただけ」「ちょっとからかっているだけ」と、ソフトに言い換えられるのかもしれません</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお「笑顔で他人をいじめる」と表現すると、人によってはこの世のものとは思えないおぞましさを抱くかもしれません。</p>
<p>しかし、いじめとよく語られるお笑いの「いじり」が、コミュニケーションのネタの一種として定着しているのを考えれば「笑顔で他人をいじめる」行為そのものは、案外身近なもののように感じます。</p>
<p>楽しいから笑顔になる。しかし、その楽しさがいじめのように他人を傷つけ、笑いものにすることで感じる楽しさであった場合、その時に見せる笑顔は残酷な状況を楽しめてしまう、人間が持つ攻撃的な一面を表現するものにもなります。</p>
<p>こうした笑顔が持つ嗜虐性(残虐なものを楽しむこと)を肌身で感じて理解ために、他人が見せる笑顔に対して苦手意識を持ってしまうのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>「とにかくいい顔しとけばこの人は信頼する」と言いたげな笑顔をする人の影響で、笑顔が上手な人に抵抗感を覚えている。</h3>
<p>「笑顔さえ見せておけばいいから、この人はちょろい」と、舐められた態度を取る人が原因で、笑顔が多い人に対して距離を置きたくなることがあります。</p>
<p>人間関係において笑顔があまりにも重要視されているせいか「笑顔さえしておけばいい」という態度でうまく切り抜けることは出来るかもしれません。</p>
<p>しかし、その態度にあぐらをかいた結果、自分が関わる人を「笑顔一つで喜ぶ単純な人間」だとタカをくくり、一人の人間として尊重する姿勢をなくしてしまっては逆効果です。</p>
<p>単刀直入に言えば、笑顔を見せるものの相手を大切にしていない。「笑顔」という好印象に繋がる表情のはずなのに、行動では相手を尊重する要素が見られないことの違和感のせいで、他人が見せる笑顔に対して身構えてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>笑顔を見せてくる人の「お前も笑顔になれ」という圧力が苦手</h3>
<p>直接言われているわけではないのですが、とにかく笑顔で接してくれる人といると、「こちらも笑顔で対応しなければいけない」という責任感や義務感を抱いたり、なんだか「お前も笑顔になるべきだ」という無言の圧力を感じるために、笑顔を向けてくる人に苦手意識を感じてしまうのです。</p>
<p>これは、返報性の原理(あるいは、好意の返報性)にもあるように、笑顔という好意を受け取ってばかりでは居心地がわるい。結果として義務感に駆られて笑顔を返してしまうのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/07/henposei-no-housuoku-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1628" class="blog-card-title-link">「返報性の原理」営業から詐欺まで使われるマーケティングの基礎的な心理学について</a></div><div class="blog-card-excerpt">仕事の場面で「無料でもいいのでこの商品・サービスを使ってください！」と強く頼まれて渋々使っていたら、次第に相手に対して「ここで断ったらなんだ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1628" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1628" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>クシャクシャとした笑顔を見て不気味さを感じてしまう</h3>
<p>笑顔と言っても、比較的顔の筋肉を使わない穏やかな笑顔もあれば、顔の筋肉をフル活動させて、目も細め、シワを目立たせ、葉もきっちり見せたクシャクシャとした笑顔をする人もいます。</p>
<p>しかし、どうしてもクシャクシャとした笑顔は、目が細くなりすぎてちょっと不気味さを感じてしまうのです。</p>
<p>まるでピエロのように、確かに笑顔をしているものの、その笑顔がどこかホラーの要素を帯びているように感じるために、苦手意識を持つのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>認知的不協和から見る他人の笑顔が苦手な心理</h2>
<p>一般的に言えば笑顔と言えば、喜び、幸福、満足、好意などのポジティブな感情や現象と結びいてるものとして私たちは認識しています。</p>
<p>しかし、いじめる人が笑顔をするように、笑顔には、残虐性、他人の不幸を喜ぶ、敵意、悪意などのネガティブな感情や現象と結びつくこともあるものです。</p>
<p>こうした<strong>一つの事柄に対して、相反する認知を持つことで不快感を抱くことは、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/4903">認知的不協和理論</a>に通ずるものがあると言えます。</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、他人の笑顔からポジティブな感情もネガティブな感情もどちらも認知できない場面でも、不快感を感じる場面も同様に見ていくと…</p>
<ul>
<li>「笑顔はポジティブな感情と結びついている」という認知。(笑顔＝感情)</li>
<li>「笑顔なのに感情が読み取ることができない」という認知。(笑顔≠感情)</li>
</ul>
<p>という2つの認知を同時に持つと矛盾が生じた結果、うまく言葉にしにくい不快感を抱くのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6498" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="笑顔ができない人の心理・悩みについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/12/egao-dekinai-shinri-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/6498" class="blog-card-title-link">笑顔ができない人の心理・悩みについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">人間関係を円滑に送るにあたって、他人に対して笑顔を見せることは基本中の基本といえます。

しかし、中には自分の笑顔そのものに他人から理解</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6498" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6498" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1971" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="笑顔が引きつる…笑顔がコンプレックスな人の心理と悩みについて" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2017/09/egao-nigate-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1971" class="blog-card-title-link">笑顔が引きつる…笑顔がコンプレックスな人の心理と悩みについて</a></div><div class="blog-card-excerpt">笑顔がひきつる、自分の笑顔が嫌い、笑顔に自信が持てない、などの笑顔に関するコンプレックスがあるの人の心理や悩みについて心理学の視点で解説しています。また、笑顔にコンプレックスのある人が少しでも楽になれるためのコツもご紹介しています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/1971" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/1971" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>認知的不協和理論とは　実験、具体例、解消方法について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/4903</link>
				<pubDate>Tue, 18 Sep 2018 15:27:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[心理・心理学]]></category>
		<category><![CDATA[認知的不協和]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=4903</guid>
				<description><![CDATA[人間は自分の行動や考えに矛盾やジレンマが生じたときに、強い葛藤(ストレス、モヤモヤとした気持ち、精神的な不快感のこと)を抱きます。 例えばダイエットのためにカロリー制限をしている最中に、食事を取る(＝カロリーを摂取)とい]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>人間は自分の行動や考えに矛盾やジレンマが生じたときに、強い葛藤(ストレス、モヤモヤとした気持ち、精神的な不快感のこと)を抱きます。</p>
<p>例えばダイエットのためにカロリー制限をしている最中に、食事を取る(＝カロリーを摂取)という行為に対して、強い葛藤を感じてストレスを募らせることが多いものです。</p>
<p>もちろん、ダイエットとはいえ絶食状態になれば健康を崩す恐れがあり、最低限の食事は取ることはダイエットを成功させるためにも欠かせません。</p>
<p>しかし、「食事を取る→カロリー摂取→体重・体脂肪の増加」という認知もあるため、食べたからといって気持ちが落ち着くというものではありませんし、そもそも「食事＝ダイエットに矛盾している行為」のため、不快感を拭うのは難しいというジレンマがあります。</p>
<p>こうした矛盾やジレンマのことを<strong>認知的不協和</strong>と呼び、私たちの仕事、学校、日々の生活などのあらゆる場面で見られます。今回は認知的不協和についてお話致します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21205" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/shigoto-ninchitekihukyouwa-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="仕事における認知的不協和について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/shigoto-ninchitekihukyouwa-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/shigoto-ninchitekihukyouwa-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2019/04/shigoto-ninchitekihukyouwa-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/21205" class="blog-card-title-link">仕事における認知的不協和について</a></div><div class="blog-card-excerpt">「認知的不協和」とは、矛盾する二つの認知を抱えることで抱く違和感やストレスのこと。そして、その違和感を解消するために取る行動のことをさします</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/21205" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/21205" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>認知的不協和理論とは</h2>
<p>認知的不協和とは、<strong>自分の態度とその態度に対する矛盾や現行不一致、状況に対するジレンマなどに感じる心理的な不快感のことを表します。</strong></p>
<p>人間は認知的不協和が生じると、自分の行動や態度などの認知に関わる要素を変化させて、不協和を軽減させる…すなわち、矛盾やジレンマで感じている不快感を軽減させようとする行動を取るとされています。(=認知的不協和の解消)</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>フェスティンガーの実験</h2>
<p>認知的不協和を提唱した社会心理学者のレオン・フェスティンガーは以下の実験を行いました。</p>
<ol>
<li>実験参加者に対して大変つまらない作業をするように依頼した。</li>
<li>作業した実験参加者に対して、次に同じ作業してもらう他の実験参加者に「この作業は面白い」と嘘の内容を伝えてもらうように依頼した。</li>
<li>参加者の半数には嘘の内容を伝えれば謝礼として20ドルを与えることを約束した。</li>
<li>残りの参加者には、1ドルだけの報酬を与えることを約束した。</li>
<li><strong>1ドルの報酬をもらった参加者は、20ドルの報酬をもらった参加者よりも「この作業は面白い」と嘘の内容伝える人が多く出る結果になった。</strong></li>
</ol>
<p>&nbsp;</p>
<h3>実験の解説・考察</h3>
<p>報酬の額が多い場合、「報酬のために嘘をついた」と嘘を伝えることが正当化されるため、認知的不協和は弱く(＝不快感は感じにくく)なります。</p>
<p>つまらない仕事に見合ったギャラがしっかりもらえており、わざわざ嘘をついてまで不快感を解消する必要性を感じないため、嘘の内容を伝える人は少なくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方で、報酬の額が少ない場合「報酬のために嘘をついた」と嘘を貫き通せるほど見合った対価ではないので、認知的不協和は強くなります。</p>
<p>つまらない仕事をしたのにもかかわらず、雀の涙程度のギャラしかもらえないため、どうにかして不快感を解消したいと言う心理が働きます。</p>
<p>そんな状況だからこそ、嘘の内容を伝えることあえて選び「実はこの作業はホントは面白いものだった」と自分で自分を納得させて、自分の認知を変化させることで、抱いていた不快感を解消しようとするのです。</p>
<p>その結果、1ドルしかもらえなかったグループの方が、20ドルもらえたグループよりも嘘の内容伝える人が増えたのだと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>認知的不協和の例</h2>
<h3>喫煙者と喫煙者の健康</h3>
<p>認知的不協和の例として有名なのが、タバコを吸ってる人(喫煙者)に関するネタです。</p>
<ul>
<li>タバコを吸っている</li>
<li>タバコは健康に良くない</li>
</ul>
<p>と言う2つの情報には矛盾が生じて認知的不協和が強い、つまり不快感を感じやすくなります。</p>
<p>このまま矛盾を抱えた状態では、不快感が解消されないので、あえてタバコに関する否定的な情報避けたり、逆にタバコはストレス解消に効果的であるといった情報を信じ込むことで、不快感を減少させようとします。</p>
<p>もちろん、禁煙して健康に気をつけることでも、不快感を減少させる事はできますが、タバコに含まれているニコチンには依存性があるために、タバコを吸いつつも健康に関する不都合な情報を入手しないように、自分の行動や認知を変える人が多いのが実情です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>投資で含み損を抱え続ける人、損失を出す人</h3>
<ul>
<li>株式投資や不動産、為替などの金融商品を購入して不労所得を得ようとしている</li>
<li>しかし、実際は含み損を抱えたり、損切りによって資産を減らしていってる</li>
</ul>
<p>という2つの情報には矛盾があります。</p>
<p>当然ながら矛盾を抱えたままでは認知的不協和が強く、どうにかして不協和を減らすために自分の行動や認知を変化させようとする心理が働きます。</p>
<p>例えば、持っている資産が値下がりしそうな情報を避けて、資産の値上がりにつながるような好材料ばかりを集める。</p>
<p>不労所得が欲しいのではなくて、社会勉強や社会貢献がしたい、と当初の考えを放棄して含み損対する精神的なダメージを減らすような考えを無意識にする…などの方法で、認知的不協和を軽減しようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>副業を始めたけど儲からない</h3>
<ul>
<li>副業を始めて、生活できる位に稼ぐことを目標にする。</li>
<li>しかし、副業で全く稼げず収入増加につながらない現場を目の当たりにする。</li>
</ul>
<p>と言う二つの情報には矛盾が生じており、認知的不協和は強くなります。</p>
<p>その状態を解消するためにも、「最初のうちは儲からないものだから仕方がない」と自分で自分を納得させたり、副業はあくまでも副業だから生活費の足しにする程度にしようと自分の認知を変えることで、不協和を解消させようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>ダイエットをしている人</h3>
<p>冒頭でも触れましたが、</p>
<ul>
<li>ダイエットでカロリー制限をしている</li>
<li>食事でカロリーを摂取している</li>
</ul>
<p>と言う2つの情報には矛盾が生じています。</p>
<p>その矛盾を解消するためにも、「多少の食事は大事」とか「たまには解禁日を設けてしっかり食べる日を作ればいい」などで自分で自分を納得させたり、「〇〇であれば食べても太らないから大丈夫」と言う自分ごのみの情報を信じ込む、などの方法で不協和を解消しようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>認知的不協和の解消の例</h2>
<p>上の例えでもいくつか触れていますが、認知的不協和を解消するための行動には、以下のようなものがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>都合の悪い情報をシャットアウトする</h3>
<p>認知的不協和を強めたり、矛盾をより自覚せざるを得ない都合の悪い情報を意図的にシャットアウトすることで、認知的不協和そのものを起こすの避けようとします。</p>
<p>タバコの害に関する情報を避ける、資産が目減りしそうな見たくないニュースから目を背けるなど、いわゆる現実逃避とも呼べる行動をとることで、不快感を減少させようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>都合の良い新情報を手に入れようとする</h3>
<p>今の自分にとって大変都合の良い情報を探したり、考えたりする。</p>
<p>タバコはストレス解消になると結論づけたり、食べても太らない食品を食べればダイエットに成功する、と言う耳障りの良い情報を入手して、不快感を減少させようとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>認知を変える、歪ませる</h3>
<p>矛盾している状況に対して、あえて自分の認知を変えたり歪ませることで不協和を軽減させようとします。</p>
<p>例えば、タバコと健康に関する因果関係は不明であると考えたり、副業はあくまでも生活費の足し程度にすると当初の考えを変えることで、不快感を減らそうとします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>行動を変化させる</h3>
<p>矛盾が起きている行動そのものを変化させて、認知的不協和を軽減させることです。</p>
<p>禁煙をする、投資を止める、ダイエットを止める、副業を止める、などの矛盾に対する根本的な対処法が当てはまりますが、多くの場合は途中で挫折したり、純粋に認知だけを変えるといった楽な方法に流れがちで、なかなか根本的な行動の変化ができないものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>認知的不協和の解消が持つ実生活における問題</h2>
<p>実際の生活の中でも、嘘を付くなどして矛盾やジレンマを抱えたまま生活をするのは非常に心苦しいものです。</p>
<p>そして、その苦しさから開放される(＝認知的不協和の解消)のために正直に嘘をついていたことを白状したり、逆に嘘をつくことを正当化したり、他の人も同じような嘘を言っていたと言い訳をするなどの方法で、自分が感じている認知的不協和を軽減させようとすることがあるものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>認知的不協和の解消方法としても、嘘をついていたと正直に白状する事は、自分の過ちを認めて正直に反省することにつながるので、解消方法の中でも社会的に認められやすい行為といえます。</p>
<p>一方で、嘘を正当化したり、他の人が言っていたと言って言い訳をするなどの方法は、こちらも同じく解消方法の1種ではありますが、<strong>社会的に見れば開き直りや言い逃れや責任転嫁と捉えられてしまい、問題になる事は簡単に想像できるでしょう。</strong></p>
<p>もちろん、自分の言葉や態度、考えに矛盾がなく筋を通した生活ができるに越したことはありませんが、全てが自分の思い通りにいかないのもまた世の常であり、認知的不協和に苦しむことは避けられないのだとも考えられます。</p>
<p>矛盾を解消して楽になること自体は否定しませんが、その楽になるための方法があ間違えれば周囲から顰蹙を買ったり、社会的な信用を失う可能性があることは理解しておくことが欠かせません。</p>
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<p>関連記事</p>
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「ごねる」の語句的な意味としては

 	グチグチ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3993" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3993" alt="" /></a></div></div></div>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2746" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/zibunniamai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="他人に厳しく自分に甘い人の心理と直すために必要なこと" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/zibunniamai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/zibunniamai-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2746" class="blog-card-title-link">他人に厳しく自分に甘い人の心理と直すために必要なこと</a></div><div class="blog-card-excerpt">他人に厳しいけど自分は甘やかして棚に上げる。この心理は「行為者・観察者バイアス」と呼ばれてます。ある結果に対して他人の場合にはその原因を他人の性格や能力にあると考える、自分の場合には状況や運などの自分以外のものに原因があると考えることで、自分のメンタルを守ろうとするのです</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2746" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2746" alt="" /></a></div></div></div>
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