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	<title>謝罪  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>謝りすぎる人に「うざい」と感じる心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5760</link>
				<pubDate>Tue, 06 Nov 2018 11:12:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[反省・謝罪]]></category>
		<category><![CDATA[謝罪]]></category>

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				<description><![CDATA[すぐに「ごめんなさい」「すみません」と謝る必要がいないのにすぐに謝ってしまう人といると、なんだか鬱陶しい、しつこい、うざいと感じてしまうことがあるものでしょう。 まるで、自分が他人を謝罪させているかのように感じたり、必死]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>すぐに「ごめんなさい」「すみません」と謝る必要がいないのにすぐに謝ってしまう人といると、なんだか鬱陶しい、しつこい、うざいと感じてしまうことがあるものでしょう。</p>
<p>まるで、自分が他人を謝罪させているかのように感じたり、必死に謝罪をしているものの、なぜその謝罪をしているのか原因や背景が見えてこないことが、イライラとした気持ちにつながっているのだと考えることができます。</p>
<p>また、中にはプライドの高さが原因となり、口先だけのまるで心がこもっていない謝罪であるため、必然的に不愉快な気持ちになることもあります。</p>
<p>今回はそんな謝りすぎる人に感じる不快感についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2650" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/ayamariguse-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="謝り癖がある人の心理と対処法について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/ayamariguse-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/ayamariguse-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2650" class="blog-card-title-link">謝り癖がある人の心理と対処法について</a></div><div class="blog-card-excerpt">ネット上では謝りたくても謝れない…いわゆる「謝ったら死ぬ病」と呼ばれる架空の病で苦しんでいる人がいる一方で、逆に謝り癖がついてしまいふとした</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2650" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2650" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「いい人」に思われたい人に見えてげんなりする</h2>
<p>何があっても自分の非を認めようとせず頑固として謝罪しない人と比較すれば、すぐに謝れる人と言うのはとても理想的、まるで聖人君子のように見えるかもしれません。</p>
<p>しかしそのことを利用して、あえて必要もないのに謝罪をすることで、周囲から自分を過剰によく見せようとしている人もいます。</p>
<p>「私は他人からいい人だと思われたい！」と言う強い気持ちが、謝罪から透けて見える。謝罪できる謙虚さを周囲に振りまきつつも、実は世間の評判や自分のイメージアップばかりに目が行き、なんとも自己中心的で人としての薄っぺらさを感じてしまうからこそ、がっかりしてしまうのです。</p>
<p>まるで、政治家が選挙前にやたら謙虚になって庶民に対して責任感のある自分をアピールするかのように、あくまでも謝罪は自分をよく見せるための営業活動でしかなく、打算や計算でやっていることが上手に隠せていないと、謝罪に対するありがたみ、謝罪という行動の真剣味がなくなってしまうのは無理はありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>肥大化したプライドを守るために謝っているように感じて不愉快</h2>
<p>すぐに謝る人の中には、肥大化したプライドを守るために、口先だけで謝罪になっている人がいます。当然口先だけなので、本心で責任や自分の非を認める、心からの素直な謝罪とは別です。</p>
<p>また、口では「すみませんでした」と言ってるものの、その態度からは、「はいはい、私が悪うございました、すみませんでした……さて、私は謝ったんだから、もうこれ以上この話はしないでね」とプライドの高さが隠しきれていない。</p>
<p>ただ相手から見下されるだけでなく、自分をぞんざいに扱われていることを態度から感じ取って、非常に腹立たしく不快な気持ちになるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5745" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="プライドが高くて「謝りたくない」と感じた時の対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5745" class="blog-card-title-link">プライドが高くて「謝りたくない」と感じた時の対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">プライドが高い人の謝り方は、どこか本心では謝っていないことが感じ取れたり「自分は悪くない」と言う不満が隠せていない謝罪になり、見ててイラっと</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5745" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5745" alt="" /></a></div></div></div>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>すぐに謝って場の雰囲気を壊す扱いづらさがあるから</h2>
<p>何でもかんでも謝る人は、すぐに謝る行動のせいでその場の雰囲気を崩してしまう面倒な人ともいえます。</p>
<p>例えば友達同士の楽しい場面であっても、ささいなことで「ごめんなさい」と謝る癖のせいで、場の雰囲気が暗くなり、その後の会話が途絶えてしまうことがあるものです。</p>
<p>そして、雰囲気をぶち壊してしまった事に対しても謝罪を重ね、雰囲気の暗さが雰囲気を暗さを呼び、謝罪が謝罪を呼ぶ悪循環に陥り、大変扱うのがめんどくさい人だと感じてしまいます。</p>
<p>普通に話すだけでも、どこに地雷ワードがあるかわからない不安がある。そして、一度ど地雷を踏み抜くと、何度も謝り続けて雰囲気の悪化に歯止めがきかなくなりかねない。</p>
<p>でも、謝ってる人に対して強く主張しようものなら、まるで自分が弱いものいじめをしている悪者みたいに思われてしまうので、まともに付き合うのがわずらわしくなり、距離を置きたくなるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>謝罪に圧倒されてこちらも縮こまりそうになるから</h2>
<p>謝罪する人に圧倒されて、なんだか見ている方も「何か申し訳ないことをしてしまったなぁ…」と罪悪感や反省したい気持ちに駆られることがあります。</p>
<p>共感性羞恥のように、自分とは全く関係がない人の謝罪する姿であっても、まるで自分が罪を犯してしまった極悪人のように捉えてしまい、つい自分も謝りたい衝動に駆られているのだとも考えられます。</p>
<p>当然ながら、謝罪するムーブメントが周囲に広がってしまうと、その場の雰囲気は大変暗くなり、まるでお葬式のような静けさが広まってしまう厄介さがあります。</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>相手の気持ちや顔色を無視して謝る身勝手さが引っかかる</h2>
<p>とにかく謝る人は、他人に対して熱心に謝罪の意を伝えているように見えて、実は他人との対話を避け、一方的に「自分が自分が」と自己主張をしている身勝手さがあると考えることもできます。</p>
<p>謝罪をするには、当然ながら開いて謝罪をする相手の存在が必要。謝罪もコミュニケーションの一種である以上、お互いの気持ちや言葉のやりとりが欠かせません。</p>
<p>しかし、すぐ謝る人の謝罪は「自分が悪かったんです！」「この責任は全て自分にあります！」と、やたら一方的で、相手の気持ちや言葉を聞く姿勢が見られません。</p>
<p>それどころか、「そこまで謝らなくても良いのでは？」「いやいや、あなただけが悪いわけじゃないでしょ？」と相手が言葉を投げかけても、それをすべて拒絶して「自分が悪かったんです！」と相手の言葉を無視して頑固になる姿が、不快感の原因になるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>相手の事情や言葉を聞こうとせず、一方的に自分の謝罪の気持ちや言葉を押し付けてくる。</p>
<p>まるで、一方的に怒鳴り付けで来る人のように、一方的に謝ってくる人も、ぱっと見は対話をしているように見えて、実情は一方的に自分の感情や気持ちを相手にぶつけているだけであり、相手の方を見て会話していないからこそ、その態度に対して不快な気持ちを抱いてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>謙虚なように見えて実は相手に失礼な態度を取っている</h2>
<p>必要な場面でしっかり謝罪できる人は、謙虚さや誠実さを感じさせるものですが、一方的に謝ってくる人にはそれらが感じ取れません。</p>
<p>上でも触れたように、相手の気持ちを無視して一方的に謝罪する身勝手さがあると同時に、卑屈すぎて、無意識のうちに相手に失礼なことを言っている、自分の考えを押し付けていることが目立ちます。</p>
<p>例えば友達として付き合っている人が、「こんな私に付き合ってもらってごめんね」と言った場合、謝った方としては、友達のことを尊敬しているから言ったのだとしても、受け取る側からすれば、「私は友達のことが好きだから付き合っているのであって、哀れみや同情で付き合っているわけではない」と感じて、お互いに感情の行き違いが発生します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、すぐに謝る人は、自己肯定感の低さ故に、「自分は相手を不快にさせているし、相手もそう思っているに違いない」と、勝手に相手の気持ちを決めつける。そして、その決めつけをもとに無意識の内に失礼な行動に出てしまうことがあります。</p>
<p>それも一度だけではなく何度も行う。無自覚に相手に対して失礼な態度を頻繁に続けるので、次第に相手もイライラしてしまいます。</p>
<p>しかし、そのイライラすらも、「あーやっぱり自分はダメな人間だから、相手を不快にしているんだ」と謝るための材料となり、ますます卑屈さに拍車がかかります。</p>
<p>すぐに謝る人との人間関係は、あらゆることが謝罪の材料となり「謝罪から次の謝罪」と言うループから抜け出せないために、非常にめんどくさくて、鬱陶しくなる。</p>
<p>そのことが、「すぐに謝る人はうざい」と言う気持ちを生んでいるのではないかと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5750" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/suguayamaruhito-100x100.png" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="すぐに謝る人、なんでも謝る人の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/suguayamaruhito-100x100.png 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/suguayamaruhito-150x150.png 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/suguayamaruhito-50x50.png 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5750" class="blog-card-title-link">すぐに謝る人、なんでも謝る人の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">謝るべき場面ではないのに、すぐに謝ってしまう。

やたらと「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ありません」、と社交辞令でもないのに謝罪</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5750" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5750" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>すぐに謝る人、なんでも謝る人の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5750</link>
				<pubDate>Mon, 05 Nov 2018 18:16:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[反省・謝罪]]></category>
		<category><![CDATA[謝罪]]></category>

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				<description><![CDATA[謝るべき場面ではないのに、すぐに謝ってしまう。 やたらと「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ありません」、と社交辞令でもないのに謝罪の言葉がすぐに出てしまう人の姿を見ていて「そんなに謝らなくてもいいのに…」と思うことも]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>謝るべき場面ではないのに、すぐに謝ってしまう。</p>
<p>やたらと「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ありません」、と社交辞令でもないのに謝罪の言葉がすぐに出てしまう人の姿を見ていて「そんなに謝らなくてもいいのに…」と思うこともあるでしょう。</p>
<p>今回は、そんなすぐに謝ってしまう人の心理についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2650" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/ayamariguse-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="謝り癖がある人の心理と対処法について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/ayamariguse-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/ayamariguse-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2650" class="blog-card-title-link">謝り癖がある人の心理と対処法について</a></div><div class="blog-card-excerpt">ネット上では謝りたくても謝れない…いわゆる「謝ったら死ぬ病」と呼ばれる架空の病で苦しんでいる人がいる一方で、逆に謝り癖がついてしまいふとした</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2650" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2650" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>すぐに謝る、なんでも謝る心理・理由</h2>
<h3>失敗やミスに過剰反応してしまう</h3>
<p>すぐに謝ってしまう人は、失敗やミスに対して過剰に反応してしまうことが考えられます。</p>
<p>例えば仕事で絶対に失敗をしてはいけないと強く命じられプレッシャーを感じている人ほど、ささいなことでも「失敗=許されないことをしでかしてしまった！」と悪い方向に結びつけて過剰に反応してしまいます。</p>
<p>また、中には気が動転し、大声で謝罪したり、土下座のような大げさに謝罪して、周囲を驚かせてしまうことがあります。これは、過剰に反応したことでつい感情的になり、そのことが派手に謝罪をするという行動で現れていると考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>罪業妄想を抱いている</h3>
<p>すぐに謝罪をする心理背景には、自分は、多くの人に迷惑をかけている、足を引っ張っている、といった罪悪感を感じていることが考えられます。</p>
<p>ただし、この罪悪感はあくまでも自分抱いている強い思い込み(妄想)であり、実際は強い罪悪感を感じるほど周囲に迷惑をかけていることは稀です。</p>
<p>こうした、「自分が罪深い人間である」と言う妄想のことを、罪業妄想と呼びます。</p>
<p>罪業妄想に囚われている人は、自分が苦しんでいる罪悪感が妄想であると認識できず、現実をゆがめて認知しているといえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3100" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/ninchinoyugami-e1521654367484-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="「認知の歪み」10パターンとその例" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/ninchinoyugami-e1521654367484-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/ninchinoyugami-e1521654367484-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3100" class="blog-card-title-link">「認知の歪み」10パターンとその例</a></div><div class="blog-card-excerpt">いつも自分を精神的に追い詰めてしまう、些細なことで落ち込んだり、すぐに悪い方向に考えるネガティブ思考が身についてしんどさを感じている人によく</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/3100" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/3100" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自信・自己評価が低い</h3>
<p>自分に対して自信がなく、自己評価が低いために、つい謝罪する癖がついていると考えられます。</p>
<p>適度な自信があれば、謝罪する必要ない場面でも毅然とした態度を貫けますが、その自信さえないため、謝罪しなくても良い場面で謝罪をしているしてしまうのです。</p>
<p>また、自ら謝罪をして、周囲からダメなやつだと認識された方が、自分の価値観(＝自分はダメなヤツである)と他者の価値観(＝この人はダメなヤツである)が一致するので、居心地の良さを感じることがあります。</p>
<p>このようにすぐに謝りたがる人の人には、自分と周囲の価値観を一致させるために、自然と謝罪の言葉が出ているのだと考えることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自罰感情が強い</h3>
<p>一般的に、謝罪する場面と言うのは、不快なものであり避けたいと思う人が多いでしょう。</p>
<p>しかし、多くの人が不快と感じるからこそ、自爆感情の強い人はあえて謝罪する役と言う損な役回りを引き受けて、自分で自分を罰しようとするのです。</p>
<p>こうした感情は、自罰感情と呼び、自分が抱いている不安や不満、葛藤などをから自分を守るために、すぐに謝る行動に出ていると考えることができます。</p>
<p>例えば、自活感情が強い人からすれば、謝罪せずにそのまま平然と居続けることよりも、謝罪をしてしまった方が精神的にも楽になり、自分が背負うべき罪悪感や葛藤から解放されると感じます。</p>
<p>謝るのが苦手な人からすれば想像しにくいかもしれませんが、自分が悪い事をしているのにもかかわらず嘘をついてごまかし続けたり、あえて知らないふりをしてやり過ごす事に強い葛藤を感じる。そして、その葛藤から逃れる方法として潔く謝罪することを選んでいるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>プライドが高く、とりあえず謝罪する癖が身についている</h3>
<p>自身が強すぎる、すなわちプライドが高いせいで素直に謝罪したくてもできない。とは言え、謝罪しないままでは自分の評判が悪化したり、謝罪しない行為そのものが非難の対象になる可能性があるため、とりあえず謝罪することでその場を乗り切ろうとする人がいます。</p>
<p>一応でも謝ってはいるので、謝らずに逃げ切ろうとする人と比べるとマシかもしれませんが、一方で口先ばかりでの謝罪になりやすく、本心から謝っていないことが周囲から簡単にバレて余計に非難されてしまいます。</p>
<p>また、口先だけの謝罪なので、なんで失敗が起きたか、どのように改善や対策をしていくべきかにまで考えが及ばず、同じような過ちを何回も繰り返すことが目立ちます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5745" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="プライドが高くて「謝りたくない」と感じた時の対処法" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/11/puraidotakai_ayamaritakunai-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5745" class="blog-card-title-link">プライドが高くて「謝りたくない」と感じた時の対処法</a></div><div class="blog-card-excerpt">プライドが高い人の謝り方は、どこか本心では謝っていないことが感じ取れたり「自分は悪くない」と言う不満が隠せていない謝罪になり、見ててイラっと</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5745" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5745" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「なんでも自分のせいである」という思い込みが強い</h3>
<p>自分にはまったく落ち度がない事であっても「これは自分のせいである」と強い責任感を感じて、まるで他人の罪を被るかのように謝ってしまうことがあります。</p>
<p>些細な事でも自分のことのように感じる姿が、誠実で、真面目で、良心的な人だと感じてしまいますが、一方では抱えなくてもいい問題を抱えてしまい気を病んでしまう危うさがあるとも言えます。</p>
<p>また、失敗やミスの原因が全て自分にあると言う行き過ぎた考え方のせいでストレスが溜まりやすく、決して良いところばかりとは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>早めにその場を収めたい気持ちが強い</h3>
<p>例えば、感情の行き違いから喧嘩や衝突を起きた場面に於いて、これ以上面倒なことになるのが嫌だから早めにその場を収めるために、早々に謝罪をすることがあります。</p>
<p>これ以上衝突を長引かせたくないと言う思いがあったり、衝突が長引いて険悪なムードのまま関係が終わるのを防ぐためにも、自分から白旗を上げる事を選び、その場を早く収めたいという心理が働いていると考えられます。</p>
<p>このことは、何かあったらすぐに謝れる人だと肯定的に見られる一方で、何かあったらすぐに自分から折れてしまい、真剣に話そうとせず積極性がない人だと否定的に見られてしまう懸念もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「自分さえ我慢すればいい」という姿勢で問題に対処しようとしている</h3>
<p>「自分さえ我慢すればいい」と自己犠牲の心理が働くために、すぐに謝ってしまう人もいます。</p>
<p>自己犠牲なので、誰も傷つかず自分以外には誰も傷つかず、自分さえ我慢すればその場の問題は全て解決する物のように見えますが、なんでも自分のせいだと考える人同様に、抱え込まなくてもいいことまで抱え込んでしまう危うさがあります。</p>
<p>なお、自分さえ我慢すれば良いと言う姿勢は、他人と対話することを避けて、意固地になっているのだと見ることもできます。</p>
<p>また、まるで悲劇のヒーローorヒロインになり、ほかの人の苦しみや罪を被ろうとする姿には、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3684">メサイアコンプレックス</a>に通ずるものがあると言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>すぐに謝る事はいつも肯定的に見られるわけではない</h2>
<p>謝るべき場面でしっかり謝れない人が問題になっている中で、すぐに謝れる人はまさに理想的な人間であり尊敬の目で見られることだと思います。</p>
<p>しかし、プライドの高い人が口先で「はいはい、私が悪ございました」と言う態度で謝ってしまうように、本心では責任を認めていない事が漏れて非難の対象になったり、謝罪する相手と対話することを放棄して、一方的で自己中心的な謝罪をしていると思われることもあり、決して良いことばかり出ないのが実情でしょう。</p>
<p>また、他人をマウントしたい、支配したいという欲求が強い人に目をつけられて、その人の個人的な欲求を満たすために、まるでサンドバッグのように都合よく利用されてしまう可能性もあります。</p>
<p>すぐに素直に謝れる事は確かに素晴らしいことではありますが、一方で謝る必要がない場面ですぐに謝ろうとせず、毅然とした態度で相手と対話をすることは、社会生活を送る上では欠かせないスキルだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4914" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/ayamaritakunaiayamarikata-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="謝りたくないときの謝罪で気を付けておきたいこと" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/ayamaritakunaiayamarikata-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/ayamaritakunaiayamarikata-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/09/ayamaritakunaiayamarikata-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4914" class="blog-card-title-link">謝りたくないときの謝罪で気を付けておきたいこと</a></div><div class="blog-card-excerpt">謝りたくないのに嫌々謝罪しているのがなんとなく分かってしまう相手というのは、見ていて非常に腹が立つものだと思います。

表面的には謝罪し</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4914" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4914" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>モラハラ加害者が謝罪しても繰り返す理由</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/4332</link>
				<pubDate>Sun, 29 Jul 2018 14:35:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[モラルハラスメント]]></category>
		<category><![CDATA[謝罪]]></category>
		<category><![CDATA[モラハラ]]></category>

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				<description><![CDATA[モラハラをする相手だって、いつも暴言や嫌がらせをしてくるわけではありませんし、場合によってはちゃんと「俺(私)が悪かった…」と(とりあえずは)謝罪をしてくれることがあります。 しかし、その謝罪の言葉は信用できるものとは呼]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>モラハラをする相手だって、いつも暴言や嫌がらせをしてくるわけではありませんし、場合によってはちゃんと「俺(私)が悪かった…」と(とりあえずは)謝罪をしてくれることがあります。</p>
<p>しかし、その謝罪の言葉は信用できるものとは呼べず、また時間が経てば以前と同じようにモラハラを振るうようになるのが大半です。</p>
<p>このようにモラハラには反復性があり「謝ってくれたからこれで解決」というほど単純な問題ではありません。</p>
<p>今回はモラハラ加害者の「謝罪」と反復性についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>モラハラ加害者の謝罪の裏にある心理</h2>
<p>モラハラをする人は都合のいい思い込みや自分だけの理想(妄想)に囚われた人…良くも悪くも、「自分の世界に生きている人」です。</p>
<p>自らを「守ってもらえる」甘い理想が確固としてあり、それを周囲の他人に押しつけて生きている人です。</p>
<p>その他人への押しつけのプロセスのひとつがモラハラであり、モラハラをする人にとってそれは「自分を守るための正しいこと」です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>モラハラをする人の謝罪の裏にあるもの。そのひとつに<strong>「自分は『正しいこと』をしているのに、なぜ謝らなければならないのか」</strong>という葛藤があります。</p>
<p>そんな葛藤を抱えつつもなぜ加害者は謝罪に至るのか…それは、モラハラをする人が求めているのは「自分の世界を肯定してくれる他者」を失いたくないという感情があるからです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>加害者は相手に「自分の世界を認めさせる」ためにモラハラを行います。</p>
<p>例えば</p>
<ul>
<li>被害者に強く出て高圧的な態度を取る。</li>
<li>理屈を持ち出して言いくるめさせてしまう。</li>
<li>被害者の良心や罪悪感に訴えかけて抵抗する力を奪う。</li>
</ul>
<p>などの方法で、自分の世界や価値観を認めさせるための都合のいい他者、すなわちモラハラの被害者を手に入れます。</p>
<p>それなりの労力を使って支配下に置いたモラハラの被害者だけに加害者は簡単に逃がしたり、もう一度被害者をゼロから手に入れるという事態は避けたいと考えます。</p>
<p>ゆえにモラハラ加害者は一部分とはいえ「自分の世界を認めさせた」相手を逃そうとはしません。モラハラをする人にとって謝罪とは反省や相手への思いやりではなく「相手を縛り付けるための手段のひとつ」なのです。</p>
<p>謝罪することは、言い換えれば釣った魚が死なないように餌を与えるのと同じ。適度に謝罪してモラハラ被害者にガス抜きをさせることで、加害者である自分の元から逃げないようにするための手段の一つにすぎないのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>モラハラ加害者の謝罪は改心ではない</h2>
<p>謝罪を「手段」として使っている以上、そこにあるのは場当たり的な解決を導き出すための「上辺の態度」でしかありません。</p>
<p>加害者はあくまでも上辺の態度で謝罪と「俺(私)が悪かった」と改心を述べながら、その心の奥底にあるのは「どうして俺(私)が謝らないといけないんだ！」という<strong>謝罪をさせられている理不尽への怒りと葛藤です。そこに自らを省みる心はありません。</strong></p>
<p>モラハラをする人の謝罪の裏にあるのは、反省をする心ではなく、相手を逃がさないようにするための「一時的な迎合」に過ぎません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>迎合して相手が逃げなくなるのを確認すれば、再びより強く「自分の世界を認めさせる」ためにモラハラに手を染めますを始めます。</p>
<p>モラハラの加害者はモヤモヤした気持ち(つまり葛藤)を、自分以外の他人を支配し行動をコントロールさせるという、なんとも幼稚で自己中心的な方法で解決しようとさせます。</p>
<p>そんな幼稚な行動をしているという恥も外聞もなく、モラハラ加害者はモラハラを繰り返します。</p>
<p>なぜならモラハラ行為そのものは彼ら自身にとっては正しいこと、言い換えれば正義です。</p>
<p>正しい事をしているのだから反省や改心なんかする必要すらない。むしろ文句を言う人の方が間違っている、と感じてしまい、自分の行なっていることが他人を傷つけているという自覚なく、モラハラを続けてしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>モラハラ被害者側の謝罪に対する期待もモラハラ悪化の原因に</h2>
<p>加害者の謝罪を受け入れた被害者は「これで全てが収まる」と期待するでしょう。しかし加害者の中身は上述の通りであり、モラハラ収まるはずがありません。</p>
<p>一時は収まったように見えても、その間に加害者はストレスをため込んでいきます。やがて膨張したストレスが限界を迎えると、発散するためにモラハラを繰り返してしまうのです</p>
<p>その時に被害者は、一度は相手を謝罪してもらった経験もあり、それを無駄にしたくはないと考えます。</p>
<p>(実際には無駄でしかないのですが)それを認めて受け入れる事は難しいことですし、仮に受け入れようものなら「あの謝罪を認めてしまった自分って一体なんだったの？」という徒労と虚無感に苦しむことになるので、加害者に同調してしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一方でモラハラの加害者は一度は謝罪に持ち込まれた経験から、今度は同様の屈辱を味わわないようにしようと(悪)知恵を働かせモラハラに出てきます。</p>
<p>過去の経験を元に傾向と対策を立てて、いかに相手を自分の世界に取り込み屈服させようかと励んだ結果、モラハラはエスカレートしていきます。</p>
<p>巧妙に被害者を追いつめ、被害者が必死に抵抗すればその揚げ足を取り、丹念に被害者の逃げ場を潰していきます。あるいは取った揚げ足で盛んに被害者を「加害者として」責め立てるでしょう。</p>
<p>この行動は時に一時的にモラハラにおける見かけ上の加害者と被害者を逆転させる場合があり非常に厄介です。今まで被害者というポジションで抵抗し続けたのに、立場が逆転して加害者扱いされてしまえば混乱してしまい、(本当の)モラハラ加害者の手のひらの上で踊らされることになります。</p>
<p>こうして被害者は自らの期待と、それを利用する加害者の巧妙さによって、どんどん追いつめられていくのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>モラハラ加害者が改心してもらうの期待するのは現実的ではない</h2>
<p>上述の通り、モラハラをしている人は自らのやっていることを「正しいこと」と思いこんでいます。逆にそれを否定する者は「悪」と受け止めて攻撃をします。</p>
<p>モラハラをしている人は、自らのやっていることを「正しい」と自分で受け止めているために「改心」などという考えには至りません。</p>
<p>むしろモラハラを受けている被害者にこそ「俺(私)の言ってることを理解しろ」と賛同を求めモラハラをエスカレートさせます。</p>
<p>ゆえにモラハラをする人に「改心」を求めるのは現実的ではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>モラハラをする人が構築した「自分の世界」とは昨日今日にわかに自分を守るために作られたものではありません。</p>
<p>それはモラハラをする人が子どもの頃から、自分を守るために考えを巡らせ<a href="https://mental-kyoka.com/archives/3100">認知を歪ませ</a>て作り上げた、いわば「心の城塞」です。</p>
<p>モラハラの被害者が、その加害者に「改心」を求める、というのは「心の城塞」を崩すために武器と兵隊を用意して攻撃する事です。</p>
<p>しかし長い年月をかけて構築させた城塞は、簡単には崩せません。そのための武器を用意するのも簡単ではありません。</p>
<p>モラハラをする人に安易に改心を求めるのは、大きな城塞を相手に体当たりをするようなものであり無謀の一言に尽きます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>幼い頃から丹念に組み上げられた心の城塞を壊すには、モラハラに関する専門の知識を学習し、気の遠くなるような時間と労力が必要になるのは言うまでもありません。</p>
<p>また、モラハラに詳しい人でもモラハラ加害者に面と向き合って対処しても、必ず改心できるというわけでもありません。。</p>
<p>従って、モラハラをする相手に「改心」を求めるのは、非常にナンセンスな事と言えるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>参考：DVのハネムーン期とモラハラ加害者の謝罪</h2>
<p>モラハラの反復性に関連するものとして、DV(ドメスティックバイオレンス)のハネムーン期という用語があります。</p>
<ul>
<li>膨張期：不満を貯め込む</li>
<li>爆発期：直接的暴力に至る</li>
<li>開放期：不満が暴力によって発散された事で冷静になる</li>
</ul>
<p>DVには上のようなサイクルがあり、最後の開放期の事を<strong>ハネムーン期</strong>とも言います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>モラハラにおける謝罪は、いわばこの「ハネムーン期」に当たります。不満が発散された事で冷静になり余裕が生まれて謝罪や反省ができるようになります。</p>
<p>しかしモラハラにおける謝罪の実態は既に記した通りに上辺だけで、本当に反省しているのかどうかすら疑わしいものです。</p>
<p>DVにおいても、その暴力に至るものが「自分の世界を守る」という理由による同根によるものならば、その謝罪や反省は無意味。「改心してくれる」と期待することすら不毛と言えるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>謝り癖がある人の心理と対処法について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/2650</link>
				<pubDate>Fri, 23 Feb 2018 13:30:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[反省・謝罪]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[癖]]></category>
		<category><![CDATA[謝罪]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=2650</guid>
				<description><![CDATA[ネット上では謝りたくても謝れない…いわゆる「謝ったら死ぬ病」と呼ばれる架空の病で苦しんでいる人がいる一方で、逆に謝り癖がついてしまいふとしたことで「すみません」「ごめんなさい」とすぐに謝ってしまうことで苦しんでいる人も時]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>ネット上では謝りたくても謝れない…いわゆる「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1566">謝ったら死ぬ病</a>」と呼ばれる架空の病で苦しんでいる人がいる一方で、逆に謝り癖がついてしまいふとしたことで「すみません」「ごめんなさい」とすぐに謝ってしまうことで苦しんでいる人も時折見かけます。</p>
<p>例えば、レストランにて店員さんが注文ミスをしてしまった時にお客さんに対して「すみませんでした」「申し訳ありませんでした」とすぐに謝罪するができるのは大事なことですが、しかし中には何度も謝罪してお客さんを困らせてしまう人もいます。</p>
<p>何度も謝罪をしてこられると、こちらとしても「そんなに謝らなくても…」とか「そこまで謝る事ではないと思うけど…」と困り果ててしまい、なんて声を掛けるべきなのか迷ってしまうものです。</p>
<p>また、何度も謝る姿を見続けるのは、なんだか自分が店員さんの意思を無視して謝らせているクレーマーのように思われている気がするのであまり気持ちのいいものではありません</p>
<p>今回は、そんな誤り癖のある人の心理と対処法、治し方などにお話させて頂きます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>謝り癖があるの人の心理・特徴</h2>
<h3>自己評価が低い</h3>
<p>自己評価が低く自分で自分のことを過小評価していると、些細なことでも自分は他人に迷惑をかけているのだと感じて、いたたまれなくなり謝ってしまいます。</p>
<p>自己評価が低いと、自己肯定感や自己否定感につながり、褒められるようなことを言われても「自分はそんなに立派じゃありません」と否定したり、「自分は出来が悪いので…」と自分の努力すら正しく評価できなくなってしまいます。</p>
<p>日本ではコミュニケーションのひとつとして「謙遜」することが良いとされているいますが、この謙遜を極端に捉えて、なんでもかんでも自分を下げて相手を持ち上げてしまった結果自己評価が低くなってしまい、何度も謝ってしまうという行動に出てしまう人もいます。</p>
<p>謙遜をすることは目上の人と付き合う上では必要なスキルですが、かと言ってなんでもかんでも謙遜してしまい、自分が誇るべきところまで否定して謙遜してしまうのは考えものです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>真面目すぎる</h3>
<p>なんでも謝ってしまう人は、それだけ真面目で誠実な人とも言えます。</p>
<p>真面目な人は、幼い頃から悪いことをしたらちゃんと謝るという、社会生活を営むために必要なルールをしっかりと守ることが教わり、そのことをしっかり守っているために、何かあっても「自分は悪くない」と開き直らずに謝ることができる人です。</p>
<p>しかし真面目な性格は時に自分に責任がないことまで背負い込んだり、「なんでも自分のせいだ」と考えてしまい、自分が謝らなくてもいいことで謝ってしまう原因になります。</p>
<p>真面目な人にとっては「謝らない＝真面目な自分を否定する」ことだと感じるので、真面目な正確にアイデンティティを持っているほど、「謝らない」という行動が取れなくなります。</p>
<p>もちろん悪いことをしたら謝るというのは、実に誠実な行動ですが、かと言って謝るべき場面ではないのに真面目に謝ってしまうのは、自分で自分を精神的に追い込んでしまいます。</p>
<p>真面目な人は、謝らなくてもいい場面で謝ってしまい続けていくうちに自信をなくしてしまうことも少なくありません。</p>
<p>しかし、かと言って謝らないままでいるのは自分のアイデンティティである「真面目さ」を否定しているように感じるので、本人にとっても精神的んい辛い状態が続いてしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>自罰感情が強い</h3>
<p>リストカットのように自分で自分を痛めつけようとしたり、自分に対して罰(ペナルティ)を与えようとする感情ことを<strong>「自罰感情」</strong>といいます。</p>
<p><strong>自罰感情が強い人は、不快感や不安、心理的葛藤、欲求不満、ストレスなどを自分を罰することで解消しようとします。</strong></p>
<p>その解消のための行為として選んだのが「謝罪すること」なのです。</p>
<p>謝罪には、学校のクラスメイトの前で公開で謝罪をする、誰かが見ている状況で土下座をするといった、自分の自尊心を痛めつけたり、立場を落とすといった罰を与える側面もあります。</p>
<p>できれば、自分の自尊心が傷つけられ嫌な思いをする自体は避けたいものですが、自罰感情が強い人は自ら自分で自分を痛めつけるような場面を受け入れてしまい、自分が感じている罪悪感や申し訳なさなどの不快な感情を解消しようとする傾向があります。</p>
<p>謝り癖がついている人はこの自罰感情のせいで、自分に責任がなくても「なんでも自分のせいだ」と自分を追い詰めるような考えする癖が身についているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、自罰感情が強い人は謝罪のほかにも、</p>
<ul>
<li>過度に節約をする。</li>
<li>過度なダイエットで痩せようとする。</li>
<li>自分の行動に制限をつけ自由を減らす</li>
<li>残業や過重労働をしようとする</li>
</ul>
<p>など、自分で自分を痛めつけたり、行動を縛る行為をとることがあります。</p>
<p>また、自罰は防衛機制のひとつでもあり、不安やストレスに対して自分の心を安定させるために自分を罰する行動をとっていると見ることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>プライドが高すぎる</h3>
<p>プライドが高い人は、一見するとプライドを傷つける「謝罪」という行為をするようには見えません。</p>
<p>しかし、プライドが高い人ほど、相手から非難を避けお説教が長引くの回避するためにあえて「すみませんでした」と謝罪を繰り返すことがあります。</p>
<p>しかし、ここで注意しておきたいのが、<strong>本当に反省したから謝る、申し訳ないから謝っている…というわけではない点です。</strong></p>
<p>ひとまず表面的に謝罪をしておけば、相手は反省していると思うのでこれ以上お説教をせず「次も同じミスを繰り返さないように」と言って、話を切り上げてくれる…と打算した上で謝罪をしているのです。</p>
<p>すぐに謝るのは「自分は反省していますよ」というポーズを取るためでしかなく、本当に反省するためにしているのではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>何度も謝ることのデメリット</h2>
<h3>ネガティブな気分が抜けなくなる</h3>
<p>何度も謝っていると、その度に「自分は他人に迷惑をかけてしまった」「自分は能力の低い人なんだ(だから謝って許しを求めている)」と、自分で自分を否定しネガティブな気分が続いてしまいます。</p>
<p>謝っているうちに自己評価は下がってしまい、更に謝りたくなる、謝らないと申し訳なさを感じてしまい、謝りたいという衝動に駆られという負のスパイラルに陥いることもあります。</p>
<p>また自罰感情のところでも述べましたが、謝罪には自分で自分の自尊心を傷つけるといった側面もあります。</p>
<p>謝罪を繰り返すことで、自分が思っている以上に精神的に傷つけてしまうことだと言うこと覚えておきましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>相手を無視した自分勝手な謝罪になってしまう</h3>
<p>自分勝手に何度も謝罪をすることは、場合によっては相手の都合を無視した自分勝手な行動だと捉えられてしまうこともあります。</p>
<p>相手の話を聞かずに謝罪を続ける、相手の顔を見ずに謝罪をし続ける、といった謝罪の方法では、相手も「この人はちゃんと自分の非を認めて反省しているんだな」とは思えなくなります。</p>
<p>むしろ「この人は相手の都合も考えず、ただ謝ることで精一杯のように見える」とか「相手に対する謝罪なのに、相手のことはおいてけぼりではないか」と反省の気持ちが伝わらず、逆に反感を持たれてしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>本当は反省していないと思われてしまう</h3>
<p>何度も反省を繰り返す人は、それだけ反省するような場面を自ら招いている可能性があります。</p>
<p>仕事でケアレスミスを繰り返しその度に謝るだけで、肝心の再発防止策を考えて実行しているわけではない。</p>
<p>ミスが起きても形ばかりの謝罪をすることでその場をしのいでいるだけではないかと思われることから、たくさん謝罪をしているものの本当は反省していない、反省する素振りだけが上手な人だと思われてしまいます。</p>
<p>反省していることを相手に伝えるのは社会生活を円滑に営む上では重要ですが、その後にちゃんと反省したことを活かしてミスを防止していかなければ、自分が今まで行ってきた謝罪の説得力は失せてしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>謝り癖への対処法</h2>
<h3>自信を付け自己評価を高める</h3>
<p>些細なことで謝る人は「自分はそんな立派な人ではない」という謙遜混じりにも見えるの過小評価した自分のイメージに合うように、謝罪を繰り返しています。</p>
<p>些細なことでも謝る癖がある人は不要な謝罪を繰り返さないためにも自己評価を高めていき、まずは自分を過小評価している状況を少しずつ改善していくのが大切です。</p>
<p>自己評価を高める一例としては</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「自分はそんな立派ではない」</p>
<p><strong>→「自分はそんな立派ではない…<span style="color: #ff0000;">けど、少なくともこれだけは自信を持てるor誇れる」</span></strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>と、いきなり立派な人間になろうとせずに、まずは勉強、仕事、生活習慣(早起きや挨拶など)、趣味などなんでもいいので、自分に自信が持てることを見つけていくという方法があります。</p>
<p>いきなり完璧な人間になろうとすると完璧主義に陥ってしまいがちですから、まずは身近なことでいいので何か1つだけ自分に自信が持てるようなことを見つけるようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>謝罪するような事態が起きないように再発防止策を考える</h3>
<p>謝罪はただその行為にそのものに意味があるのではなく、謝罪するような状況が繰り返して起きないために対策を取ることも重要です。</p>
<p>謝罪をすることで相手に誠意を見せる、土下座をさせることで相手に反省の意を示し、謝罪は行為そのものに価値があると思われる一方で、どうしたら謝罪や土下座に至るような場面が防げたかについて話し合い、議論をすることが放ったらかしになっていることがあります。</p>
<p>何度も謝ってしまう人は、謝罪に価値を置きすぎて、謝罪しただけでが「自分はやるべきことをやりきった」と満足した一方で、どうしたら謝罪するような場面を防げるかを軽視している傾向があります。</p>
<p>再発防止策も考えず、ただ充実感を得るための自己満足の謝罪ばかりでは、謝罪を繰り返すような状況を自ら招いているのもうなずけますね。</p>
<p>この場合、大事なのは謝罪の行為そのものよりも、再発防止策について考え実行すること。ちゃんと謝り、ちゃんと再発防止策を取れれば、謝罪の説得力も増し自分の信用につながります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>たくさん謝ることはいい事ばかりではないという事を自覚する</h3>
<p>たくさん謝れば謝るほど効果があるというわけではありません。</p>
<p>何度も謝罪をするのは、相手の気持ちを無視した独りよがりな行動になっている、「自分は再発防止策を考えることができない人です」と、暗に周囲にアピールしているとも見ることができます。</p>
<p>衝動的に何度も謝りたいとい気持ちが出てきても、そこで衝動的に動いてしまっては、感情的にキレてわめいている人と大差はありません。</p>
<p>衝動的にたくさん謝るのではなく、一度誤ると決めたら一度で謝り、その後は反省を活かすように自分の気持ちをコントロールするようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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表面的には謝罪し</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4914" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4914" alt="" /></a></div></div></div>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>謝りたくても謝れない「謝ったら死ぬ病」を治すための考え方</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/1566</link>
				<pubDate>Sun, 20 Aug 2017 03:00:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[反省・謝罪]]></category>
		<category><![CDATA[謝罪]]></category>

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				<description><![CDATA[以前、ネット上で謝りたくても謝れない人がかかっている病気の「謝ったら死ぬ病」についてまとめました。(※この「謝ったらしぬ病」は、あくまでもネットスラングの一種であり、うつ病などの精神病の一種ではありません。) &#038;nbsp]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>以前、ネット上で謝りたくても謝れない人がかかっている病気の「<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1348"><strong>謝ったら死ぬ病</strong></a>」についてまとめました。(※この「謝ったらしぬ病」は、あくまでもネットスラングの一種であり、うつ病などの精神病の一種ではありません。)</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この病気になる人は、プライドが高すぎる、謝る事に慣れていない、謝罪する事を非常に悪いこと、人格や自分の人生を否定する事と、極端で歪んだ考えで見ているという特徴があります。</p>
<p>一般的に、仕事でそれなりの役職に就いて人より偉くなった中高年のような年配者の方が、謝れなくなる、といういうイメージがあります。</p>
<p>しかし、謝ったら死ぬ病は、中高年に限らず、個性を尊重されて育ってきた若い人(いわゆるゆとり世代、さとり世代など)でも見られ、悪いことをしても謝らずにごまかす、逃げるという逃避行動を取ってしまい、自分も相手も苦しい経験をしてしまうということがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回はこの謝ったら死ぬ病にかかっている、あるいは、自分自信が謝ることに抵抗や拒否感を感じているような人。または、自己否定のようなネガティブな感情を抱いて困っているという方に向けて、どうしたら気持ちよく謝れるかについて役立つアドバイスをしていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「謝ったら死ぬ病」を克服する方法</h2>
<p>「謝ったら死ぬ病」は実際に謝ることで死ぬことは無いという自覚はありますが、死を感じるぐらいに謝ることに対して苦しみや恐怖感、忌避感を感じているという特徴があります。</p>
<p>克服する上にあたっては、死ぬことと同等に感じる苦しみや恐怖感の原因となっている、考えかたを変えていく、謝ることを通して自分と周囲の関係を良い方向に持っていくための道筋を立てれるようにしていく事がポイントになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>謝ることができると周囲からの評価を得やすい</h3>
<p>心理学の実験では、普段謝りにくい立場の人。例えば学校の先生と生徒となら先生、会社のじ上司と部下なら上司の方が、何か自分に非があるときに素直に謝れることで、周囲から高評価を得るという事がわかっています。</p>
<p>えてして、人の上に立つ人は、多少自分に非があっても「上司である私の失敗は部下の責任だ」として擦り付けたり誤魔化したりする癖がついて、自尊心が傷つくのを恐れているということもあります。</p>
<p>ちゃんと謝れることで自尊心が傷つくかもしれないけど、結果として周囲から高評価を得てその経験が自信になるということをわかっておくのがいいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、夫婦喧嘩のように悪いことをしたという自覚があるのにこちらが謝らないから、相手も意地になって許そうとせずに、お互いに苦しんでいるという可能性もあります。</p>
<p>夫婦喧嘩や痴話喧嘩などではお互いに言い合った結果、引くに引けない状態になり、気が付けば両者とも精神的に消耗してしまうという事はよくありますね。</p>
<p>そういう場面で、こちらから素直に「ごめんね」と謝れば、相手も「しっかり謝ってくれたんだから、この件は許そう」と、自然に思えるようになります。</p>
<p>謝ることができると、周囲から自分の評価を上げることになる、お互いにいい人間関係が築けるという事に気が付けるようになりましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>批判の声は自分の人格批判ではないと考える</h3>
<p>自尊心の割に中身が伴っていない、つまりプライドばかりが肥大して学力や行動力、精神年齢などの内面的な部分が追いついていない人の場合、自分の行動に関して批判されること過度に恐れる傾向があります。</p>
<p>「批判される＝自分の人格や存在の否定される」と感じて、自尊心が傷つけられると感じるために、たとえ批判の中身が建設的な提言であっても、聞く耳を持たず反省も謝罪もしないという独りよがりな行動に走ってしまいます。</p>
<p>このような考えかたを持ってしまう人には、自分の行っている行動と人格とを切り離して考える事が効果的です。</p>
<p>批判をされている対象はあくまでも自分の「行動」であって、「人格」や「人間性」といった自尊心に深く関わるものは対象になっていない。</p>
<p>「行動」そのもの悪いと感じれば、反省して行動を改善していく。その結果、自分の人格や人間性などの内面部分を成長させ、しっかりと自尊心を高めていく事ができるようになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、個性を大事にする教育を行ってきた影響もあってか若い人の場合、「<strong><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1292">批判＝とても悪いこと</a></strong>」と考え、批判そのものを拒絶する人が多くいます。その場合も同様に、「批判＝自分の人格ではなく行動への批判」と考えを少しずつでいいから直していけるようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>謝った後に「でも」、「だって」と言い訳をしない</h3>
<p>謝れない人によくあるのが、とりあえず形の上で謝罪をした後に、「でも…」「だって…」のように後から言い訳を言ってしまうという人。</p>
<p>謝ることへの拒絶を乗り越えても、「でも」や「だって」といった言い訳の言葉が出てしまうのは、なんとか自分の自尊心を守りたい、「謝った…けど、やっぱり俺は悪くない！」という現状を否定したいという感情ゆえのものです。</p>
<p>しかし、結果として言い訳をしてしまうと、相手にしてみれば「謝ったけどやっぱり反省していない」と思われがっかりされてしまいます。</p>
<p>また、言い訳をしてしまうことで、今回自分が改めるべき行動のポイントはどこだったのか、という次回以降への反省点を見つける事が忘れ去られてしまいがちです。</p>
<p>謝るのはなにも自分を否定するのではなく、ミスを繰り返すことを防ぎより良い人間関係を築くために、相手も自分も幸せにするためにするための行動であるという事を今一度理解するようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>人間は失敗をするのが当たり前と考えよう。</h3>
<p>人間生きている以上はケアレスミスを起こししまうものですし、何事にも完璧であろうとしても、いつか失敗は起きてしまうものです。</p>
<p>しかし、謝れない人には、「失敗は絶対にあってはならない！」という完璧主義になっている人がいて、謝ることは失敗があったと認めるになるので、意地になって決して謝らないという行動をしてしまいます。</p>
<p>彼らにとっては、「失敗が存在する事＝完璧主義というアイデンティティの崩壊」につながるので、アイデンティティを守るために、必死に謝らない、なんとか謝らずに済む方法を頭の中で考えているという事になります</p>
<p>先にも述べましたが、この先ずっと失敗がなく順風満帆な人生を歩める確率は限りなく０に近く、どこかでつまづいたり、挫折や失敗を経験するものです。</p>
<p>しかし、挫折や失敗をうまく乗り越えたり、失敗しても頼れたり助けてもらえるような人間関係を築いて、世の中をうまく渡っていく事も大切です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「失敗・挫折したら、人生ゲームオーバー」というような極端な考えかたを基準にしては破綻してしまいます。</p>
<p>「失敗や挫折は起きるのが自然だけど、それをうまく切り抜けて行こう」と、失敗が起きることあらかじめ織り込んだ考えかたを身に付けることで、失敗した時に謙虚に謝れ、周囲からの評価を高めたり、過度に落ち込まないようになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>謝らせる側になったときに気をつけたいこと。</h2>
<p>ただ、間違ったことをした相手に汚い言葉を投げかけたり、罰やおしおきを与えて苦しめるような<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1351"><strong>ネガティブになるだけの反省</strong></a>では、謝るよりも何としてでもごまかそうとするのも無理がありません。</p>
<p>ネガティブになるだけの反省は精神的にとても辛くストレスになるだけなので、なるべく避けようとするのは自然なことです。</p>
<p>謝れない雰囲気になるのは、自分がやった過ちを反省することが目的ではなく、ただ苦しいだけの罰やおしおきから逃げているというわけなのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>もちろん、罰やおしおきのようなやり方で、「自分はおしおきを受けるほどに悪いことをしたんだ」と実感する事はできます。</p>
<p>しかし、肝心なのはどうしたら同じ過ちを繰り返さずに済むか、について考えること。そして、再発防止のための目標を立てて実行していくということです。</p>
<p>私刑や見せしめで相手を懲らしめるのではなく、ミスをしたあとの防止策について考えていくスキルが、叱る側、怒る側にも求められます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、現在ではSNSでも匿名という利点を使って、リアルなら言えないような辛辣な言葉を淡々と相手に言えるのが当たり前の時代です。</p>
<p>もちろん、批判の中には自分のためになる生産的な言葉もあり、それらは真摯に受け止めて反省のステップにしていくことは効果的ですが、中には人格批判(バカ、アホといった言葉)のような反省につながらない言葉もあります。</p>
<p>もしも、SNSを通じて誰かに批判や意見を投じたい場合は、ついカッとなって人格批判のような罵詈雑言をぶつけるのではなく、一旦冷静になって、どこを直せば良くなるのか、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/1697">相手の立場や気持ちを想像した上で、メッセージを書いていく</a>事を心がける。</p>
<p>そして、何度も粘着せずに、１回言ってダメなら諦める、というように適度な距離感を持てるようにするのがお互いに消耗しないためにも効果的です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>若者にも見られる謝罪ができない「謝ったら死ぬ病」の心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/1348</link>
				<pubDate>Sun, 23 Jul 2017 15:07:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[反省・謝罪]]></category>
		<category><![CDATA[謝罪]]></category>

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				<description><![CDATA[年を取るとよくあるのが素直に他人に「ごめんなさい」「すみませんでした」と言えなくなってしまう人がいます。 自分が何か過ちやミスをしてしまったときは素直に謝るのが良い人間関係のためには必要ですが、頑固な性格であったり、自分]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>年を取るとよくあるのが素直に他人に「ごめんなさい」「すみませんでした」と言えなくなってしまう人がいます。</p>
<p>自分が何か過ちやミスをしてしまったときは素直に謝るのが良い人間関係のためには必要ですが、頑固な性格であったり、自分に自信がない場合は、素直に謝らないという行動を取ってしまう事もあります。</p>
<p>こういう謝らないといけない時に「謝らない」「謝れない」人たちのことを、ネットでは「謝ったら死ぬ病」と呼んでおり、この病で苦しんでいる人や苦しめられている人がいます。</p>
<p>今回は「謝ったら死ぬ病」の特徴や、この病気や言葉が生まれてくる背景についてまとめていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「謝ったら死ぬ病」とは</h2>
<p>最初に申し上げますが「謝ったら死ぬ病」とは、あくまでもネット上で名づけられた謝れない人たちを指す言葉でしかなく、うつ病や神経症のようなメンタルの病気の正式な病名ではありません。</p>
<p>「謝ったら死ぬ病」とは、文字通り「ごめんなさい」「すみませんでした」が言えない、つまり謝罪する事ができなくなっている人を指す言葉です。</p>
<p>一般的に、学生よりも社会人、若者よりも中高年、高齢者に多く見られる傾向があります。しかし、年齢や立場に関係なく、環境や考え方次第では若者であっても「謝ったら死ぬ病」になる可能性もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>「謝ったら死ぬ病」になりやすい心理や性格</h2>
<h3>社会的な地位がある、上下関係で上の立場の人</h3>
<p>社会人のように仕事の経歴を積んで役職や地位を持つと、人に謝るよりも謝られる事の方が多くなり、謝る場面が少ないためにどうやって謝ったらいいのかわからなくなっているという説があります。</p>
<p>とくに、人よりも上の立場に立っていると<strong>「謝罪をする＝今の自分の立場を失う」</strong>と考えてしまう場合が多く、なんとかして自分の優位な立場を守ろうと、必死に謝らない理由を探したり、ごまかしてうやむやにしようとしてしまいます。</p>
<p>また、「教師と生徒」「上司と部下」「先輩と後輩」のように上下関係がはっきりしている場合、上の立場にいるというだけで、下の立場にいる人に謝ることをためらう人もいます。</p>
<p>これも、謝ることで自分の立場が落ちてしまうという恐怖感を無意識のうちに感じているので、無意識のうち謝罪から逃げてしまう行動を取ってしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>正義感が強すぎる、間違った自己肯定感が強すぎる人</h3>
<p>また、正義感が強すぎる人や間違った自己肯定感を身につけてしまっている人も謝れない傾向があります。<strong>「自分は常に正しい、間違っているのは常に相手の方だ」</strong>という思い込みが強くなればなるほど、自分の非を認めて素直に謝罪するのは難しくなりますね。</p>
<p>正義感が強い事は素晴らしいことですが、正義感が自分の非を認めないための屁理屈になってしまうと自分も苦しくなるだけです。</p>
<p>このサイトでも度々でている「自己肯定感」という言葉ですが、正しい自己肯定感とは他人と比較することで身につけたり、他人を悪と見なし自分は正しいと考えることではありません。</p>
<p>他人と比較せず「自分はそのままでいいんだ」という肯定する事が正しい自己肯定感です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2030">自己肯定感が強すぎることで起きるトラブルについて</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>「謝罪＝自信が奪われる、自己否定の場」と考えている人</h3>
<p>謝罪をする場面は自信を付ける場面というよりも、自信を奪われる場面。自分を肯定する場面というよりも、自分を否定される場面なのはいうまでもありません。</p>
<p>そんな自信を奪われる、自分を否定される場面を、喜んで受け入れるような人は多くありません。できれば誰かを傷つけて謝るようなことは避けたいのが普通です。</p>
<p>しかし、そうは思っていても自分が何か過ちをしてしまったときは、素直に自分の非を認めることが良い人間関係のためには必要です。しっかりと謝罪をして反省点を見つけて改善して行かなければ、また同じ過ちを繰り返し相手や自分を傷つけてしまう、誰かに迷惑をかけてしまうばかりです。</p>
<p>また、不倫や交通事故のような不祥事を起こした芸能人が、記者会見で涙を浮かべながら「この度は多大なご迷惑をおかけして、心から申し訳なく…」とお詫びの言葉を述べているシーンがニュースではよくありますね。</p>
<p>このように謝罪している人を大勢の人が囲んでさらし者にしているを見て、無意識のうちに「謝罪＝とても悪いこと」と思い込んでしまい、ますます謝罪をできなくなってしまうケースもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/1292">若者にとって「批判」は悪、喧嘩を売る事 間違った自己肯定感が育つことも</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>繊細で傷つきやすい性格の人</h3>
<p>人の感情や自分にせまる危険、不快感に敏感な繊細な人、謝罪の場面で何か攻撃される、否定されることで強く傷ついてしまう人は、謝罪することをなんとかして避けようとします。</p>
<p><strong>「謝罪＝危険、不快」</strong>と考えているので、そんなに大したミスではなくても、謝罪をすることで自分がひどく傷つくことを恐れてしまい、結果として「ごめんなさい」が言えない人になってしまいます。</p>
<p>ちょっとしたミスなら「あ、ごめん」と気軽に言えば大きな問題になりませんが、繊細すぎてそれすらできないので、周囲からは「なんだか気が利かない人」「気配りができない人」「他人の気持ちを考えようとしていない人」と思われてしまいがち。</p>
<p>でも、本人からすれば十分すぎるほど他人の気持ちを察知している。でも、傷付くのがこわいから、なかなか謝罪ができないというとてもしんどい状態で、ストレスを抱えているのです。</p>
<p>このタイプの人は、自信をつけるなり、過ちと自分の人格とを切り離して考えることが、素直に謝って豊かな人間関係を築くためには効果的です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2195">敏感で傷つきやすいHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)の人の特徴</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>プライドが高すぎる、人を見下す癖のある人</h3>
<p>自分は周囲から尊敬されるような存在だと考えるようなプライドが高すぎる人は、自分の身の丈に合わないプライドが崩れるような「謝罪」という行為がしにくくなります。</p>
<p>自分の身の丈にあったプライドであれば、「謝罪」をしただけでは、自信がガクっと崩れる事はありませんが、高すぎるプライドはそれだけ不安定な精神状態を招き、維持するだけでもストレスや苦痛を伴います。</p>
<p>また、プライドが高すぎる人にもよくある「他人を見下す」癖のある人も、当然ながら自分よりも格下(と自分が思い込んでいるだけ)の相手に、謝罪をする事は、相手と同列になることに等しいので、それを避けるべく謝罪をしない、先延ばしにするという行動を取ってしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2052">プライドは高いのに繊細で傷つきやすい人の特徴と心理</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「謝らせて死なせたい病」の人たちも無視できない</h2>
<p>相手が謝罪しているのに、「誠意が見られない」「反省の様子がない」と決め付け、謝罪を腹の底から謝っているものだと思おうとしていない人がいるのもまた事実です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>謝っている人を認めない人が多数いることが、謝ったら死ぬ病を生む原因になっていると考えられます。謝ったら死ぬ病に対して「謝らせて死なせたい病」「謝らせて殺す病」という言葉がネットやSNSで目撃されています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>謝らせて死なせたい病の人は、正義感が強い、真面目である、善悪に厳しいといった特徴があります。</p>
<p>しかし、正義感が強いからといって、謝ってしっかり反省している人に対し執拗に攻撃を加ええて精神的に参らせるようなことは、相手にも自分にとってメリットがない行為です。</p>
<p>正義感が強すぎるからこそ、謝っている人を悪人であると決め付け、汚い言葉を放ったり、いじめと見られるような行動を取ってしまいやすくなります。</p>
<p>また、知らず知らずのうちに誰かを断罪することに快感を覚えたり、謝罪させることを相手を従わせる、相手から時間や労力を奪えるチャンスだと思っているケースもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>謝罪して相手を厚生させる、謝罪を通して同じ過ちを繰り返さないように対策を立てる行為が豊かな人間関係には必要ですが、それを無視してただ謝っている人をサンドバックにするような事は、お互いにとって幸せなことではありません。</p>
<p>そもそも腹の底から本当に悪いと思っているかどうかは、謝罪の行動からはわからないものです。</p>
<p>誠意を見たいからといって、漫画の「カイジ」に登場する利根川のように焼き土下座のような罰やお仕置きしてもいい、というわけでもありません。ましてや、罰やお仕置きのような権利は、国家や裁判所でもない一個人に当然認められる権利ではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本では何か不祥事を起こした芸能人や経営者の謝罪会見を見ても、まるで謝罪している人を十字架にかけられた極悪人、重罪人と見て、普段のストレス解消をするかの勢いで、汚い言葉や差別的な発言をしてもOKという空気があります。</p>
<p>そういった空気感があるからこそ、謝罪している当事者になりたくない、当事者になれば自分は世間から石を投げられる攻撃の対象になってしまう、と考えてしまう人が生まれてしまう事も覚えておきましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>謝ったら死ぬ病も謝らせたい病も、正しい反省を促せない。</h2>
<p>日常生活においては、相手や自分が何かしでかしてしまったら、しっかり謝罪をする事。そして、また同じような過ちを繰り返さないために正しい反省を促していくのが大切です。</p>
<p>誰にだってミスや失敗は起こりうるものですし、ミスや失敗をしたらしっかり反省して繰り返さないようにするのは、円滑な人間関係を送ることであったり、ストレスをためてしんどくならないためにも大切です。</p>
<p>もしも、失敗が許されない、ミスが許されないという世界で生き抜くとしたら、ミスや失敗が起きても隠蔽する、誰かのせいにして知らんぷりする、ミスや失敗が起きないためになにも行動しないという生き方にならざるを得ません。ミスが許されない世界だと、リスク回避のために、誰も挑戦しようとせずに無気力になってしまいます。</p>
<p>また、そんな状況でも果敢に挑戦して失敗した人に対して死体蹴りのように、罵詈雑言や悪口、文句などをぶつけてしまっても、自分にとってなにもメリットはありません。ただ、自分の時間と労力を無駄に費やしてしまうだけで、なにも進歩がありません。</p>
<p>「謝ってたら死ぬ病」が蔓延しているのは「謝らせて死なせたい病」にかかっている人もいるからこそ起きている状況と言えます。</p>
<p>自分の非を認めて改善していくことは、自分も相手も幸せになるために必要な行為です。その行為すらできないような環境をつくる「謝らせて死なせたい病」にかかっていないか、気をつけるようにしましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">メンタルの強化書のおすすめ記事</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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表面的には謝罪し</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4914" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4914" alt="" /></a></div></div></div>
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>正しい反省のやり方　調子のいいメンタルを保つための反省のコツ</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/1351</link>
				<pubDate>Thu, 06 Jul 2017 16:41:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[反省・謝罪]]></category>
		<category><![CDATA[謝罪]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://mental-kyoka.com/?p=1351</guid>
				<description><![CDATA[仕事やスポーツでケアレスミスをしてしまったり、学校でいじめや喧嘩が起きた場面では「反省」を求められることがあります。 反省を通して事で、二度と同じような過ちを繰り返さないようにする、仲直りをさせるなどの目的を果たそうとさ]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>仕事やスポーツでケアレスミスをしてしまったり、学校でいじめや喧嘩が起きた場面では「反省」を求められることがあります。</p>
<p>反省を通して事で、二度と同じような過ちを繰り返さないようにする、仲直りをさせるなどの目的を果たそうとさせます。しかし、この時に反省のやりかたを間違ってしまうと、同じミスを繰り返したり、余計に人間関係を悪化させてしまう事も起きてしまいかねません。</p>
<p>また、反省の指せ方次第では、自分自身を追い詰めるような事になってしまい、反省した人が自己嫌悪や自己否定をしてしまい過度に落ち込ます事になってしまいます。</p>
<p>日常生活でよく口にする「反省」という言葉ですが、その反省の効果的なやりかたをまとめました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2 id="danraku3">「反省」とは具体的に何なのか</h2>
<p>「反省」という言葉が使われるのは、</p>
<p><strong>・誰かに怒られているとき。</strong></p>
<p><strong>・悪いことをしてしまった時。</strong></p>
<p><strong>・悪いことしてしまって誰かを傷つけた時。</strong></p>
<p><strong>・他人や集団に迷惑や損害を与えてしまった時</strong></p>
<p>などの場面でよく使わる言葉です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>例えば、野球部の試合の場面。試合の後半で集中力が欠けてきたことでエラーが発生。相手チームに得点を与えてしまい、勝利を許す結果になったとします。</p>
<p>この時に、エラーを起こしてしまった選手には、反省をした同じようなミスを無くすことが求められます。チームが目標としている「勝つこと」「優勝すること」という目標を達成するためには、反省が必要になります。</p>
<p>エラーを起こしてしまった選手は、今回のエラーの原因となった集中力の低下を反省する事。そして、次の試合で同じようなミスを防ぐために、どうすれば集中力が途切れないような対策を考えるのが大切になります。対策をしっかり立てて、次回以降同じようなエラーを起こさなくなれば、チームが目標としている「勝つこと」「優勝すること」に一歩近づくことができます。</p>
<p>ここで、反省もせずただ何も考えないままであれば、次の試合でも同じようなエラーを起こして、相手に失点や勝利を許してしまうことを繰り返してしまいます。それが続くと、チームを勝利に導くことができないばかりか、レギュラーから降ろされてしまうこともあります。</p>
<p>しっかりと反省を通じて同じミスを繰り返さないための対策を立てなければ、自分にとってもチームにとっても良いことがありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2 id="danraku3">ネガティブになるだけの反省のやりかた</h2>
<p>しかし、上に書いたとおりに、失敗に対して反省し、同じ失敗を繰り返さないためにどう対策をとるか…という意味で「反省」という言葉が使われる場面はまだまだ少ないです。</p>
<p>「反省」という言葉は</p>
<p><strong>・失敗した、悪い事をした、と自覚させるために使う。</strong></p>
<p><strong>・何としてでも謝らせるために使う。</strong></p>
<p><strong>・誰かに迷惑や損害を与えさせたと認めさせる。</strong></p>
<p>という意味で使われる事が圧倒的に多いです。ミスをして上司、先生、コーチから「反省しろ」「反省しなさい」「反省が必要だ」と言われることが主です。</p>
<p>「反省しなさい」と言っただけでは、「はい、自分が悪かったです。二度とこのようなミスを起こさないようにします。すみませんでした。」…で、終わってしまうことが大半。大事なのは自分の非を認め謝ることではなく、その後なんでそのミスが起きてしまったのか、どうしたら次に同じミスを起こさないかということ。その大切な部分がまるっきり抜けてしまっているのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、ミスや過失をした人に対して、強く反省を要求させる事もあります。強く反省しているという誠意を示すために、土下座をさせる、反省文を書かせる、といった行動を強要させる事もあります。</p>
<p>こういう時の反省は、反省というよりは<strong>「躾(しつけ)」「罰則」「おしおき」「見せしめ」「マウンティング」</strong>のような意味合いをもち、相手の自尊心を傷つけコントロールしようとしているだけです。度がすぎれば<strong>「虐待」「体罰」「精神的暴力」</strong>と捉えられ反省どころではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「倍返しだ！」で有名なドラマ「半沢直樹」が流行した頃には、客が店員に土下座をさせてその写真をSNSにアップして炎上、という騒動もありました。</p>
<p>そのような形で反省をさせても、同じようなミスを防ぐために何をすべきか当事者同士が話して、建設的な意見は生まれません。人を見下して気持ちよくなりたい、自分は他人に土下座をさせたことを誰かに自慢したい、という自分勝手な思いから相手を反省させても、ただ相手の自尊心を傷つけるだけです。たとえ、正義感からくる反省の強要であっても、反省させることそのものが目的になってしまっては、問題の根本的な解決にはつながりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このような反省を強いられる側にとっては、同じミスを繰り返さないことよりも、いかに反省の「フリ」が上手くなるか、相手の怒りがおさまるのを待つか、という事を考えてしまいがちで建設的ではありません。</p>
<p>また、罰則やおしおきのようなことをさせられて、心をひどく傷つけられてしまうこともあります。「自分はダメ人間なんだ」「社会のお荷物だ」「自分はこの集団に必要ないんだ」などと自分を過度に傷つけてしまい、自己否定や自己嫌悪にさせてしまいます。</p>
<p>とくに、大勢の人が見ている状況で反省をさせることは、そうでない時と比べてより落ち込みや自己否定を招きやすくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>反省をする/させる先にあるのは、<strong>同じ失敗を繰り返さないための対策を考えること</strong>。そこにたどり着かず、ただ悪いと認めさせる、罰やおしおきになってしまい、やる気や自信を奪うだけでは、ネガティブ反省になっているという事を心に留めておきましょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2 id="danraku3">ポジティブになれる反省のやりかた</h2>
<p>逆にポジティブになれる反省の仕方とは、繰り返し書いているように、自分の非を認めた上で、同じ失敗をどうすれば繰り返さないかについて考えていく事です。</p>
<p>また、ポジティブになれるよう、反省するときに押さえておきたいコツがあります。</p>
<p>それは<strong>「失敗につながった行動」と「自分自身」とを切り離して考えることです</strong>。失敗はいくら努力して防ごうとしても、０(ゼロ)にすることはできません。</p>
<p>失敗した時は「今回は自分自身が悪かったのではなく、失敗につながった行動に問題があったんだ」と考えることが肝心です。その後、再発防止策を考えて行くように考え方をコントロールしていくのが、ポジティブな反省のやり方です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、<strong>「失敗したことを怒られる」＝「自分自身を否定されている」と感じて、失敗した現実を冷静に直視できなくなります。</strong></p>
<p>直視していないので、パニックになったりその場でひどく落ち込むだけで、結局なんの反省もせずにまた同じような失敗繰り返している人もよくいます。</p>
<p>失敗やミスに対してあってはならない事、という過度なネガティブイメージを持ってしまうと根本的な問題の解決につながりません。そのままでは自分にとっても、自分に迷惑をかけた相手に対してもプラスにはなりません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2 id="danraku3">失敗を恐れるほど、良い反省はできなくなる</h2>
<p>不景気が当たり前な世の中で生まれ育って来た、10代、20代の若者では、挑戦することよりも安定した生活の方が大切であるという意識が強く植えつけられています。</p>
<p>安定した生活が手に入らなかった場合、ブラック企業のような低賃金で長時間労働のような仕事に就くか、ニートになるかという極端な考え方をしている人も多くいます。その考え方の行き着く先は「安定した生活＝人生の成功」であり「それ以外の生活＝失敗」という二者択一な物の見方です。</p>
<p>また、挑戦した人のことを「意識高い系」と皮肉や偏見の目で見るような人たちや、少しでも周囲と違った行動をとった人を面白おかしく小馬鹿にする光景をよく見かけます。起業を計画したり、SNSでの情報発信を始めると、「あいつは宗教にでもはまったのか？」「誰かに騙されているだけじゃね？」という心無い言葉を投げつけられるのも珍しくありません。</p>
<p>そして、挑戦した人が挫折したり躓いたりした様子をみて「なにやってんだあいつｗｗ」「だから言っただろ、やっても無駄。どうせ失敗するだけだ。」というように、挑戦した人に対して心無いヤジを飛ばしてくる人がいるのも事実。ネット上だと匿名なのをいいことにして、言いたい放題言えてしまうのが現状です。</p>
<p>このような状況では、たとえ人生が順風満帆に進んでいても、失敗することに過度な恐怖感を抱き、失敗そのものを非日常的なあってはならない事と考えてしまうのも無理はありません。</p>
<p>失敗に対して過度な恐怖心を抱くと、失敗した行動と自分自身とを切り離して考える事が難しくなります。結果、ただ自己否定したり現実逃避に走る、ネガティブな反省を招いてしまいます。</p>
<p>自分が人を指導する場合だと、相手の失敗に対してただ感情的に罰を与えてしまうばかりで、相手の自尊心を折ったり、反発心を刺激してしまうばかりです。</p>
<p>反省させる方も反省する方もお互い幸せになれるためには、失敗に対して過度な恐怖心を持たないこと。反省の場面では、あくまでも失敗した行動にしっかり着目し、自分や相手の人格と切り話す。その上で今後についてどうすればいいかを冷静になって考えていくこと。このコツを少しずつでいいので、普段の反省の中に取り入れてください。</p>
<p>そうすることで、反省しても不快感で悩まされることの無い、ポジティブな反省ができるようになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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