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	<title>防衛機制  |  メンタルの強化書</title>
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	<description>仕事・スポーツ・人間関係などの悩みに役立つ、心理学に関する記事を発信するブログ</description>
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	<item>
		<title>筋トレのせいで攻撃的な性格になる心理・理由について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21171</link>
				<pubDate>Sun, 21 Apr 2019 16:17:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[メンタルを強くしたい人向け記事]]></category>
		<category><![CDATA[スポーツ・部活動]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>
		<category><![CDATA[筋トレ]]></category>

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				<description><![CDATA[貧弱な体型やメンタル面の弱さ、不健康な生活習慣などを改善するために、筋トレを始める選択をする人は多いかと思います。 筋トレを続けていく中で、確かに自分のコンプレックスとなっていた部分が解消されたものの、一方で他人に対して]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>貧弱な体型やメンタル面の弱さ、不健康な生活習慣などを改善するために、筋トレを始める選択をする人は多いかと思います。</p>
<p>筋トレを続けていく中で、確かに自分のコンプレックスとなっていた部分が解消されたものの、一方で他人に対してやたら攻撃的でイキった態度や、人を見下しマウントを取るなどの失礼な行動をとるようになった結果として煙たがられてしまう人が出てくることは、きっと少なくないと思います。</p>
<p>では、どうして筋トレをすることで性格が攻撃的に変わってしまうのか…今回は、このテーマについてお話しいたします</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>筋トレで攻撃的な性格になる原因として考えられるもの</h2>
<h3>テストステロンの影響</h3>
<p>筋トレをすることにより、ホルモンの1種であるテストステロンが大量に分泌されます。</p>
<p>このテストステロンは、筋肉の増大に働く他にも、闘争心や競争心、など心理面での変化を促進する作用がある。このため、やたら他人に対して攻撃的な態度をとってしまう行動につながるのだと考えられます。</p>
<p>また、テストステロンには、他者と関わることを拒み自ら孤独を選ぶようになる心理を強化する側面もあります。</p>
<p>攻撃性が高まることは、言い換えれば自分にとって危害を加えたり、敵になりうる人・集団に対して敏感に反応しやすくなるとも言えます。</p>
<p>つまり、筋トレにより精神的に高ぶることで、普段なら何とも思わない人間に対して「自分のことを傷つけてくるかもしれない敵である」とみなしてしまうようになる。</p>
<p>そのことでストレスを抱えなくても済むように、孤独を望む心理が強化されるのだと解釈することもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>無意識のうちに弱い人間であることを再認識してしまう</h3>
<p>貧弱で内気な自分を変えたいために筋トレを始めた人の場合、自分や筋トレをして、攻撃的になるのは、「自分自身が筋トレをして改善しなければいけないほどに、他人より劣っている存在である、弱い存在である」ということを再認識してしまうことにより、攻撃的な態度が強まってしまうと言う考えもできます。</p>
<p>筋トレをしていく中で、自分自身の弱さに良くも悪くも向き合ってしまい、自分の弱さのせいで起こり得る恐怖や脅威を強く自覚してしまう。</p>
<p>そして、それらの恐怖や脅威を未然に防ぐためにも、他者に対して威嚇する目的として攻撃的な態度を取るようになったのだと考えられます。</p>
<p>また、自分を弱い存在だと無意識でも強く自覚するようになることで、防衛機制の反動形成が働き、弱さとは真逆の攻撃的で荒々しい態度をとってしまうという解釈も可能です。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>過剰な自己肯定感・自尊心によるもの</h3>
<p>他のスポーツと比較して、筋トレは自己肯定感や自尊心を高めやすいのが特徴的です。</p>
<p>まず筋トレは、基本的に自分1人で行えるため、他人と競争したり比較する場面に巻き込まれなくとも済む。結果にコミットする某パーソナルジムのように、一人で筋トレできる環境・・サービスが整っている昨今なら、スポーツジムで他のトレーニー(筋トレをする人の事)と顔を合わせる事なく、(コーチ付きではあるが)一人で完結して体を鍛えられます。</p>
<p>つまり、筋トレと言うスポーツは、他人と比較して落ち込みにくく、自分で自分を過小評価しづらいのスポーツなのです。</p>
<p>また、大きなものを持ち上げる、こなせる回数が増えていく…など、自分の成長の結果がシンプルで文字通り手に取るように確認しやい。筋トレという運動により、自分の体が大きく変わっていることを確認しやすいのも特徴的です。</p>
<p>相手との勝ち負けを競うスポーツ(野球、サッカーなど)や、得点を競うスポーツ(フィギアスケートなど)では、自分が成長していると実感できるかどうかは、自分の対戦相手や審判などの他人の存在によって左右される側面がありますが、筋トレの場合は基本的に自分1人で完結している、且つウェイトの重さ、こなせるセット数のような客観的な数字で把握できます。</p>
<p>このように、自己肯定感や自尊心が身に付きやすい特徴を持っている筋トレですが、過度な自己肯定感は「自分は多少乱暴な行動に出ても問題無い。むしろ、自分は身体能力的に優れた存在になったのだから、多少乱暴になることそのものが認められるべきである」といった、自分に対する特別意識を抱いてしまう懸念がリスクがあります。</p>
<p>自己肯定感や自尊心を上げることそのものは否定しませんが、それが過度なものになってしまうと、社会と折り合いがつけられなくなる状況を招くリスクについては覚えておくべきでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>防衛機制の同一化のせいで攻撃的になる</h3>
<p>防衛規制の同一化とは、自分にとってあこがれの存在と自分を重ね合わせて、自分もその存在であるかのように振る舞うことを指す心理学用語です。</p>
<p>メンタル面の弱さや劣等感の克服のために筋トレを始めた人の場合、筋トレをしていてメンタル面が強くて脳筋的思考の人、たくましくアグレッシブでちょいワル(死語)な人に対する憧れを持っていた。そして、そんな憧れの人に近づくために筋トレを始めた結果として、体格面で近づくだけでなく、メンタル面も憧れの人そのものと同一化してしまったのだと考えられます。</p>
<p>なお、同一化は車を運転している時だけ凶暴な性格になってしまう人の場合にも当てはめられます。</p>
<p>車のハンドルを握ることにより、自分よりも物理的に大きくて、丈夫で、力を出せる自動車と言う存在に同一化してしまった。そのため、自分は並の人間よりも強くて力のある存在だと感じてしまうために、運転中にだけ凶暴な態度をとるようになるのです。</p>
<p>このことは筋肉を身に付けることでも同じと言えるでしょう。筋肉と言えば、強さやたくましさの象徴であり、文字通り自分自身を守る鎧そのものとも表現できます。</p>
<p>そんな強さの象徴である筋肉と自分自身とが同一化してしまったために、気分が大きくなって他人に対して攻撃的な態度を取っている…と言う解釈もできます。<span style="font-size: 12px;">(余談だが「自分自身を守る鎧」と言う点では体脂肪も同じではあるが…)</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>筋トレで性格が攻撃的になることの功罪</h2>
<p>筋トレにより、外交的・社交的な性格になり、人と関わることに対して今まで以上に恐怖感を感じなくなる事は、もちろん好ましいことでしょう。</p>
<p>上では筋肉と言う名の身を守る鎧をつける負の側面について語ってきましたが、これはあくまでも行きすぎた場合のリスクであり、適度であれば自分が抱いているコンプレックスの改善に効果があるといえます。</p>
<p>しかし、筋肉及び自己肯定感や自尊心が身に付いたことで、今までなら恐怖を感じていたものに対して恐怖を感じなくなる事は、決して良い面ばかりではありません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このこと、精神科医のハインリッヒ・クリューバーとポール・ヒューシー行った実験の結果をもとに説明できます。</p>
<p>ハインリッヒらわ情動(特に不快情動)に深く関係する脳の部位の一種である、扁桃体を切除したサルを用いて、その後の行動の変化を観察すると言う実験を実施。</p>
<p>不快情動…つまり、怖さを感じる部分を失ってしまっているため、このサルは通常であれば近づかないような敵に対しても、恐怖心を感じることなく近づいてしまうと言う行動をとるようになってしまいました。</p>
<p>当然ながら、サルにとっての敵に迂闊に近づいたため攻撃されて傷ついてしまい、このままでは生物として生き延びるのが難しいであろう事は容易に推測できるでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>このように、恐怖心が薄れる事は、言い換えれば今までなら怖さのあまりに確実に避けていたであろうことに近づいて、自ら傷ついてしまう場面を増やしてしまう側面もあります。</p>
<p>筋トレをして恐怖心を感じにくくなったのは喜ばしいことかもしれませんが、恐怖心がなくなることで起こりうる恐ろしい結末…つまり、他人に対して攻撃的な態度をとったがために、人から嫌われたり不信感を持たてしまうこと。</p>
<p>そのほかにも、明らかに関わるべきではない危険な人物・集団に関わってしまい、身の安全が脅かされる状況を招いてしまう可能性については、筋肉の増減関係なく考えておくことが大切だと感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2822" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/konkyononaizishin-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="根拠のない自信が迷惑、うざいと思われてしまう理由について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/konkyononaizishin-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/03/konkyononaizishin-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2822" class="blog-card-title-link">根拠のない自信が迷惑、うざいと思われてしまう理由について</a></div><div class="blog-card-excerpt">根拠のない自信を振りかざす人は、ときに周囲から迷惑がられたり、うざいと思われることがあるものです。どうして根拠のない自信のせいで迷惑行為に走ってしまうのか、その心理やメンタルコントロールの方法についてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2822" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2822" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<hr />
<p>参考書籍</p>
<div class="cstmreba">
<div class="booklink-box">
<div class="booklink-image"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F14334395%2F" target="_blank" rel="noopener"><img alt="" style="border: none;" src="https://thumbnail.image.rakuten.co.jp/@0_mall/book/cabinet/6228/9784422116228.jpg?_ex=400x400" /></a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
<div class="booklink-info">
<div class="booklink-name">
<p><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F14334395%2F" target="_blank" rel="noopener">心理学ビジュアル百科</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></p>
<div class="booklink-powered-date">posted with <a href="https://yomereba.com" target="_blank" rel="nofollow noopener">ヨメレバ</a></div>
</div>
<div class="booklink-detail">越智 啓太 創元社 2016年09月12日</div>
<div class="booklink-link2">
<div class="shoplinkrakuten"><a href="//af.moshimo.com/af/c/click?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637&amp;s_v=b5Rz2P0601xu&amp;url=http%3A%2F%2Fbooks.rakuten.co.jp%2Frb%2F14334395%2F" target="_blank" rel="noopener">楽天ブックス</a><img alt="" style="border: none;" src="//i.moshimo.com/af/i/impression?a_id=1117573&amp;p_id=56&amp;pc_id=56&amp;pl_id=637" width="1" height="1" /></div>
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</div>
</div>
<div class="booklink-footer"></div>
</div>
</div>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>つい見下されていると感じてしまう理由・心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/21067</link>
				<pubDate>Mon, 08 Apr 2019 16:17:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[行動に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>
		<category><![CDATA[マウント]]></category>
		<category><![CDATA[認知の歪み]]></category>

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				<description><![CDATA[なんとなく他人から見下されているように感じてしまう。それといった根拠もなく「ひょっとして見下されているのではないか？」という不安を感じたり、不安の域を超えて「自分は見下されているに違いない」という確信を持ってしまう。 今]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>なんとなく他人から見下されているように感じてしまう。それといった根拠もなく「ひょっとして見下されているのではないか？」という不安を感じたり、不安の域を超えて「自分は見下されているに違いない」という確信を持ってしまう。</p>
<p>今回は、そんな「見下されている」と感じる心理に関する考察をお話し致します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>どうして「見下されている」と感じやすいのか</h2>
<h3>「自分の欠点を見破られるのではないか？」という不安がある</h3>
<p>他人から見下されていると感じてしまう人には</p>
<ul>
<li>自分は他人と比較して劣っている点がある。</li>
<li>自分は他人には見られない異常な点、欠点がある。</li>
</ul>
<p>など、他人から見下されてもおかしく無い要素を持っているという自覚を持っている。</p>
<p>しかし、普段の生活の中ではそうした見下されてもおかしくない要素を、なるべく見せないようにしているものの、そんな生活を続けていくにつれて「ひょっとしたら、自分の欠点が既に他人から見破られており、見下されているのでないか」という不安に襲われてしまいます。</p>
<p>この不安がきっかけとなり、過度に見下されることに神経質になっていると考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>見下されたと感じたことばかり記憶してしまっている</h3>
<p>「見下されているのでは？」という不安が強まるにつれて、普段関わる人が見せる何気ない仕草の中に「この人は自分のことを下に見ている」と感じてしまうことも増えてしまいます。</p>
<p>これは、心理学では<strong>感情一致効果(または気分一致効果)</strong>と呼ばれるもので、自分が感じている感情と一致する情報ばかりを記憶してしまう心理を指します。</p>
<p>自分の感情と一致した情報ばかりを記憶するために、過去を振り返れば過去に自分が感じていた感情ばかりになってしまう。</p>
<p>つまり、「見下されている」と感じて他人の些細な言動から、自分を見下していると思われるものばかりを記憶すると同時に、過去を振り返ると自分を見下していると想像できる記憶しかないために、ますます「自分は見下されている」という感情を強めてしまう。</p>
<p>その結果、ひどい落ち込んだり、疑心暗鬼な状態から抜け出せなくなってしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>見下されたと感じた方が安心できるから、相手の言動の中から見下していると判断できる要素を探し出す</h3>
<p>感情一致効果からの続きですが、自分で自分のことを低く評価している、見下されても仕方がない要素を持っていると感じている人には、自己肯定感の低さゆえに他人から低く評価された方が安心感を抱く。</p>
<p>他人から尊敬されたり、対等に扱われることよりも、見下され蔑みの対象として扱われた方が、自分の認識(＝自分は見下される要素を持っている人間である)と一致するために、相手の言動の中から見下していることが読み取れそうな情報を探そうとするのです。</p>
<p>なお、「見下された方が安心できる」という感情自体は、ひょっとしたら想像しにくいものかもしれません。</p>
<p>しかし、自分の認識と周囲の認識が一致しない状況…たとえば、自分は明るい性格であるのに、周囲から自分は暗い人or明るくも暗くもない人だと思われているとわかると、なんとなくモヤモヤしてしまうのと同様に、自己肯定感の低い人は、周囲の人も自分の認識と同じだけ自分のことをダメな人間だと思ってくれている方が、認識のギャップが少ないためモヤモヤしにくくなり、居心地のよさを感じるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分よりも優れている人を引きずり下ろしたいために、見下されることに敏感になる</h3>
<p>無意識のうちに相手をマウントしたり、自分の自尊心を守る目的のために、「相手は自分のことを見下しているのではor見下しているに違いない」と考えてしまうこともあります。</p>
<p>自分の中で「相手は自分の見下している」と決め付けることで、相手は上から目線な態度で接している、生意気で失礼な人間だと考えて逆にマウントをとったり、相手が無意識のうちに上から目線になっていることに気づいている自分の方が一枚上手であるという優越感を得られます。</p>
<p>今まさに自分が見下されて感じている不快感を和らげるために、物の見方を自分に都合よく変えていると言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、(この場合も含め)実際に相手が上から目線で接しているとは限らず、むしろ自分の方から「この人は上から目線で接してきて失礼な人だ」と勝手な主張しているだけというケースもあります。</p>
<p>無自覚のうちに被害者のポジションを取りつつ、他人に対して威圧的な行動を取るために、煙たがられてしまうのは無理はありません。</p>
<p>また、先生と生徒、上司と部下のように上下関係で成り立つものの、見下す・見下されるという関係ではない間柄にて「この人は見下しているに違いない！」と勘違いな主張してしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>防衛機制の投影で考える「見下された」と感じる心理</h2>
<p>「見下された」と感じる心理を深く見ていけば、<strong>実は見下しているのは相手ではなく自分である</strong>というケースもあります。</p>
<p>自分自身が持っている、誰かを見下したい欲求や感情を他人が持っているものとして思い込んでいると考えることは、心理学用語の防衛機制の一種である「投影」で説明できます。</p>
<p>防衛機制とは、自分の欲求が満たされないなど、精神的に不都合なことが起きたストレスをか感じた時に、そのストレスを緩和するために取る行動を指します。</p>
<p>その中でも、投影と呼ばれる行動は、自分が抱いている感情や欲求を他人が持っているものとして考えることを指す。わかりやすく言えば、責任転嫁をしてストレスを緩和しようとすることです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そもそも「誰かを見下したい」と感じること自体、社会常識・道徳の面で見ても、あまり推奨できるものではありません。</p>
<p>また、もし自分が見下したい欲求を持っていると認めようものなら、まるで自分は内面が非常に醜く汚い人間だと認める苦痛や葛藤を味わったり、見下したい気持ちを肯定したことで周囲からの評判を落とす危険性があります。</p>
<p>そんなことにならないためにも、自分の中に芽生えた受け入れがたい欲求を手放すために「見下したいと感じているのは自分ではなく他人の方だ」と考えを変える。(＝投影する)</p>
<p>こうすることで、自分は穢れなき存在であると考えられるのでストレスは減るのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>…もちろん、投影された側からすれば、いきなりいわれのない罪をかぶせられているようなものであり、いい迷惑でしょう。</p>
<p>勝手に見下したい欲求がある醜い人間だと思われるだけでなく、そのことを言いがかりに加害者に仕立て上げられるリスクもあるので非常に面倒。</p>
<p>防衛機制の投影は、個人レベルで見れば自分の醜い部分を他人に押し付け、ストレスから回避できるというメリットがあるのは事実でしょう。</p>
<p>しかし、集団レベルで見れば醜い部分を押し付けてきた人への嫌悪感を増し、結果として投影した人が余計にストレスを感じる状況を招いてしまう…という、自業自得なオチを招いてしまう防衛規制とも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>認知の歪みから見る「見下された」と感じる心理</h2>
<p>防衛機制の他にも、ものの見方の偏りや論理的ではない思い込みを指す「認知の歪み」の一種である「結論の飛躍」でも、見下されたと感じてしまう心理を説明できます。</p>
<p>「結論の飛躍」は、その名の通りある小さな事柄をもとに飛躍した結論を導き出してしまうことです。</p>
<p>見下されたと感じる人が、他人の些細な言動を拡大解釈して「この人は自分を見下しているに違いない」と結論づけてしまうことは、まさに結論の飛躍そのものと言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>自己愛性人格障害の怒り方の特徴について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/16718</link>
				<pubDate>Mon, 28 Jan 2019 17:09:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[自己愛/自己愛性人格障害]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>
		<category><![CDATA[自己愛性パーソナリティ障害]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=16718</guid>
				<description><![CDATA[自己愛性人格障害(あるいは自己愛性パーソナリティ障害)の人の怒り方は「自己愛憤怒」と呼ばれています。 憤怒という言葉を見てもわかるように、怒る時は感情を爆発させるかのように非常に激しいものになり、「この人を怒らせると危険]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>自己愛性人格障害(あるいは自己愛性パーソナリティ障害)の人の怒り方は「自己愛憤怒」と呼ばれています。</p>
<p>憤怒という言葉を見てもわかるように、怒る時は感情を爆発させるかのように非常に激しいものになり、「この人を怒らせると危険！」「あまり関わらない方が身の為だ…」と感じさせるような穏やかでない怒り方をします。</p>
<p>なお、感情を爆発させる他にも</p>
<ul>
<li>他人の自尊心や人格を平気で傷つけるような話し方で怒る。</li>
<li>拗ねたり、ごねたりしてまるで子供のように駄々をこねる。</li>
<li>「自分を怒らすような貴方に非がある」と、罪悪感を抱かせるように怒る。</li>
</ul>
<p>など、<strong>相手を精神的に追い込み情け容赦しない、手加減を知らない怒り方をします。</strong></p>
<p>今回は、そんな自己愛性人格障害の人の怒り方について、お話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自己愛性人格障害者の怒り方の特徴</h2>
<h3>感情を爆発させ激しく怒る</h3>
<p>自己愛の強い人の怒り方は、とにかく激しく感情を爆発させて自分でもコントロールができず、怒り狂うような怒り方になるのが特徴的です。</p>
<ul>
<li>大声で相手を萎縮させるように怒鳴る。</li>
<li>バカ、クズ、能無し、など口汚い言葉を用いて相手の人格を痛めつけるように怒る。</li>
<li>相手に喋る隙を与えないように間髪をいれず怒る。</li>
<li>過去の出来事を掘り起こして怒る。</li>
<li>質問攻め。</li>
<li>激しさのあまり暴力を振るう、物を投げるなど手が出てしまう。</li>
</ul>
<p>など、冷静さを欠いた激しい怒り方をします。(まさに、逆鱗に触れると表現してもいい)</p>
<p>これが親子関係なら虐待として見られたり「毒親」と称される可能性が、職場の人間関係ならパワハラ、モラハラとして問題になる可能性になります。</p>
<p>なお、上でも触れているように、情け容赦なく手加減しない怒り方であるため、怒られる方はただ恐怖を味わうだけでなんで自分が怒られているのかが分からず、ただ嫌な記憶だけが残る。</p>
<p>そして、「ミスを起こさないために」自分の行動を律するのではなく「怒られないために」自分の行動を律することになって、自主性が失われてしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>逆ギレする</h3>
<p>自己愛の強い人が怒るのは、何も他人を怒るだけの正当な理由がある場面に限らず、自分が怒られるようなことをしでかした場面において<strong>「なんで自分が怒られなければいけないの？」</strong>と、開き直るかのように怒ることも特徴的です。</p>
<p>いわゆる「逆ギレ」のことであり、怒っている人を自己愛の強い人の怒りの感情で圧倒して飲み込むかのように、感情を爆発させて怒り倒す。気が付けば立場が逆転して、自己愛の強い人が自分の非を相手に擦り付けるような状況になることが目立ちます。</p>
<p>当然ながら、自己愛の強い人は反省や改善をすることは無いままであると同時に「自分に対して怒りを向けようものなら、それ以上の怒りで叩きのめすぞ」とプレッシャーをかけてくるので、まともに関係を持ちたがる人はいなくなってしまいます。</p>
<p>なお、こういう人が親や上司など、そう簡単には切る切れない間柄の場合、関わる人の苦悩は計り知れないものになり、精神的に参る原因になります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>他人を恥ずかしいものとみなす、笑いものにする</h3>
<p>大声、汚い言葉、暴力…など、攻撃的な怒り方とはまた別で、他人を笑いものにしたり「恥ずかしくて哀れな人」と揶揄するような怒り方で相手の自尊心を痛めつけようとすることも特徴的です。</p>
<p>例えば…</p>
<ul>
<li>相手にレッテル貼りをして、醜く汚い人間だという印象を植え付ける。(例「あいつはアンチ」「嫉妬しているだけの醜い人間だ」と言いふらす。)</li>
<li>怒る対象の人が何かしらのコンプレックスを持っていると強調し、恥をかかせるように仕向ける。</li>
<li>相手を小馬鹿にした挑発的な態度で煽り、相手が怒り狂ってヘマをやらかすのを誘う。</li>
</ul>
<p>など、暴言・暴力ほどの派手さはないにしても、相手の自尊心を傷つける失礼な行動で怒りを表すことがあります。</p>
<p>怒る対象を醜く恥ずべき存在だと貶めすことで、自己愛の強い人の方が立場が上であると自然にアピールできるので、肥大化した自尊心を抱える自己愛の強い人向きの怒り方とも解釈できます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、どうしてこのような周りくどい怒り方になるのかというと、怒鳴ったり暴力に出るのでは流石に幼稚すぎるので、自分の方が恥ずかしい人として見られて評判を落とすリスクがある。</p>
<p>しかし、冷静さを保ちつつ、相手にレッテル張りをして恥ずかしい存在という印象を植えつけたり、挑発的な相手の方が怒りに駆られてカッとなるように仕向けることに成功すれば、相手が勝手にキレて自滅したと理解し「カッとなってない自分の方が格上だ」とマウントをとれるからこそ、相手の自滅を誘うかのようにしつこくネチネチとした怒り方になるのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>他人に罪悪感を抱かせるように怒る</h3>
<p>何度も言うように、自己愛の強い人は情け容赦ない怒り方で相手を威圧するものの、内心はそれに対して後ろめたさを感じていることもあります。</p>
<p>しかし、その後ろめたさを受け入れるのではなく、むしろ「自分をこんなに怒らせるようなことをお前はしているんだぞ！」と相手に罪悪感を植え付けて、後ろめたさから逃れようとします。</p>
<ul>
<li>「あなたのためを思ってあえて厳しくしている」</li>
<li>「怒りたくて怒っているのではないんだけどね」</li>
<li>「あなたのせいで自分<span style="text-decoration: underline;">達</span>は困っているんだ」(それとなく「達」を付け、集団の圧力を用いて罪悪感を抱かせるのも特徴的。)</li>
</ul>
<p>など、怒られている側の情に訴えかけるように怒って「怒られている私に落ち度があるんだ」と罪の意識を自覚させる。罪悪感を抱かせることに成功すれば、それに漬け込み自分が容赦ない怒りをぶつけることを正当化できるからこそ、やたら罪悪感を抱かせようとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>拗ねる、話し合いを拒むようにいじける</h3>
<p>自己愛の強い人の怒り方の中でも、とくに唖然とするのが</p>
<ul>
<li>拗ねる</li>
<li>ふてくされる</li>
<li>いじける</li>
<li>話し合いを拒む</li>
<li>無視をする</li>
</ul>
<p>…と、たいへん幼稚な行動で自分の怒りを表現することです。</p>
<p>年端のいかない子供ならまだしも、成人済みの大人やそれなりの立場や肩書きのある中高年の方が、ダダをこねる子供のような方法で怒りを表す姿は、まさに「言葉を失う」の一言に尽きます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、この起こり方は一種の現実逃避としても解釈可能です。</p>
<p>自己愛の強い人は普段から理想の自分像であったり、他人が自分の思い通りに完璧に動くことを期待している。しかし、あくまでもそれは個人の理想であり思い込みにすぎず、現実はその通りにならないことで、自分が否定されたと辛さを感じる場面が多々あります。</p>
<p>その辛さに対する解決方として、子供のように拗ねる方法で乗り切ることを選んでおり、これは後述するように防衛機制の「退行」であるという解釈もできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>防衛機制の退行から見る自己愛性人格障害の怒り方</h2>
<p>防衛機制とは、人間が受け入れ難いことに直面したときに、心理的な安定を保つためにとる行動のことで、その一種に「退行」と呼ばれるものがあります。</p>
<p>その内容は「幼児退行」という言葉でもわかるように、耐え難い状況に直面した時により幼い発達段階に戻ることで、状況を乗り切るというものです。</p>
<p>いい年をした大人が、拗ねる、ふてくされる、いじける…のような、子供じみた行動を取って、自分が受け入れがたい状況に対処するのは、まさに「退行」の一種と言えます。</p>
<p>一般的に退行といえば、赤ちゃん返りのように未就学児～小学生の子供に見られるものだと思われがちですが、当然ながら大人でも起こりえます。</p>
<p>なお、子供じみた言動で自分が直面している状況に対処するという点では、地に足がついておらず行き過ぎた万能感(＝幼児的万能感)と通ずるものを感じます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>コミュ障の人が他人を見下す心理的な理由</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6781</link>
				<pubDate>Fri, 11 Jan 2019 12:30:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[コミュ障・会話が苦手]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[コミュ障]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>

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				<description><![CDATA[会話が苦手、空気が読めない、トークスキルがない…など、いわゆるコミュ障で他人と上手く関わることに苦手意識を感じる人の中には、普通に会話ができる人をやたら敵視したり、自分よりも格下の存在であると見下したがる傾向があります。]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>会話が苦手、空気が読めない、トークスキルがない…など、いわゆるコミュ障で他人と上手く関わることに苦手意識を感じる人の中には、普通に会話ができる人をやたら敵視したり、自分よりも格下の存在であると見下したがる傾向があります。</p>
<p>あまり話すこともないのに、一方的に敵意を向けられ見下しの視線を受けれ、もちろん不快感を覚えたり、なんだか見下す人が哀れに思わて、文字通りかける言葉が見つからない心境になることも、きっとあることでしょう。</p>
<p>しかし、コミュ障で話しづらい雰囲気があるために「なんでもコミュ障なのに他人を見下すの？」とは口が裂けても言えないし、仮にそんなこと言えば今度は自分の評判が落ちる懸念がある。そうしてコミュ障の人とそうでない人との溝は埋まらず、ますます両者の関係が悪化してしまうと同時に、コミュ障の人は孤立を深めてますますコミュ障っぷりに拍車が掛かってしまいます。</p>
<p>今回は、そんなコミュ障の人の内面を理解する意味も込めて、コミュ障の人がやたら他人を見下してしまう心理についてお話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4507" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="マウントをする友達に感じるうざさの正体" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/08/tomodachi-maunto-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4507" class="blog-card-title-link">マウントをする友達に感じるうざさの正体</a></div><div class="blog-card-excerpt">友達のように親しく接してくるかと思えば、相手を見下しマウントをとってくる。

対等な関係のはずなのに、「俺(私)の方がお前より格上の存在</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4507" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4507" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>自分にコミュ力がない事実をストレートに受け入れられないので、現実を歪めて解釈する</h2>
<p>コミュ障の人は自分にコミュ力がなく他人と爽やかに交流できない事に強い劣等感を感じてはいるものの、そのことを素直に受け入れるには強い精神的な苦痛を感じるため、その苦痛を避けるべく様々な行動を取ろうとします。</p>
<p>その行動の一つである「他人を見下す」ことは、自分が他人からコミュ力で劣っているという現実を真っ向から否定するだけでなく、苦痛を味わうどころか優越感や充足感を得られるので、コミュ障の人からすれば非常に旨味のある対処法なのです。</p>
<p>普段からコミュ力がなくて惨めな思いをしているコミュ障の人からすれば、実は自分の方が格上であり評価される優れた存在であると現実を自分に都合よく歪めて解釈すれば、辛い現実も自分の自尊心を高める絶好の状況と認知できるのです。(ただし、その認知は歪んでいますが…)</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>防衛機制からみるコミュ障の人の見下す行動</h2>
<p>このように、<strong>自分が受け入れがたい状況に直面したときに、自分の自尊心を守るためにとる行動を心理学では防衛機制</strong>と呼びます。</p>
<p>防衛機制にはいくつか種類があり、他人を見下す行動を詳しく見ていくと…</p>
<ul>
<li><strong>合理化：都合の悪いことに理由をつけて正当化する。<br />
</strong>(例：「見下す相手と付き合う義理はない」と都合よく解釈し、コミュニケーションを遠ざける。)</li>
<li><strong>代償：満たされない欲求を別のものと満たす。<br />
</strong>(例：周囲から認められなくて感じる不満足感を、他人を見下すことで得られる優越感により埋める。)</li>
<li><strong>逃避：現実から逃れることで不安を解消する。<br />
</strong>(例：コミュ力がない人、付き合いづらい人と周囲から見られている現実と向き合わないことで、不安や苦痛から逃れる。)</li>
<li><strong>反動形成：自分の欲求とは正反対の態度をとること。<br />
</strong>(例：本当は話したいのに、それができずにあえて他人を見下すというつれない態度をとる。)</li>
<li><strong><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3357">知性化</a>：理屈をこねる、哲学的な話をするなどして自分の感情を抑圧する。<br />
</strong>(例：本当は話したいという素直な感情があるのに、それを表現できず理屈で対処する。その理屈の中に難解用語・専門用語を含めて相手をマウントすることができれば「代償」により満足感も得られる。)</li>
</ul>
<p>と解釈することが可能です。</p>
<p>どれも、自分が認めたくないこと、受け入れがたいことに感じるストレスから自分を守るために無意識に行っているものであり、苦痛を避けるという点では決してわるいものではありません。</p>
<p>しかし、「他人を見下す」という自分の評判を下げると同時に、他人に不快感を与えてしまうリスキーな行動に出ていること。その結果、より他人とコミュニケーションができない状況に自分を追い込んでいる点を考慮すれば、あまり上手な対処法とは言えません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>コミュ障な自分に合わせてくれる子分気質な人間を探し出す目的としての見下し行為</h2>
<p>また、防衛機制の他にも、コミュ障で他人への気遣いが苦手な癖に、そんな<strong>自分に対して従順で尽くしてくれる人をふるいにかけて発見する</strong>目的として、他人を見下していると解釈することも可能です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そもそも、自分のことを見下すような失礼を働く人に対して、好き好んで関わろうとする人は、そうそういないもの。</p>
<p>もし、関わったとすれば見下しの言動で純粋に傷つけられる。格下に見られているからこそ、人として尊重されずぞんざいな扱いを受けるおそれがある。もしもコミュ障の人が会話をする場面に同席したとしたら、コミュ力の無さを補う<del>損な役回り</del>仲介役になって苦労する…など、めんどくさいことに巻き込まれのは明白。それなのに、コミュ障ゆえに感謝の言葉が貰えない不毛さに苦しむことが容易に想像できます。</p>
<p>しかし、見返りがなくとも他人に尽くすことを生きがいとしていたり、ボランティア精神こそ自分らしさだと感じている人からすれば、コミュ障の人のように関わる上で多くの問題を抱えている人は、まさに自分が追い求めている理想の人物と言えます。</p>
<p>コミュ障の人は自分が求めていた理想の子分的な存在が見つかったことで満足する。コミュ障の人に尽くす人は、問題を多く抱えている人に尽くすという自分の存在意義を感じさせてくれる人と出会えて満足感を得る。</p>
<p>こうして見ればお互いwin-winの関係であり、部外者がツッコミを入れるのは野暮かもしれません。</p>
<p>しかし、もともとコミュニケーションにおける問題を多く抱えていることから、この関係がDVやモラハラのような被害者・加害者という関係で成り立つ人間関係に発展したり、共依存の関係に陥って苦しい関係なのに別れることができない葛藤でお互いに苦しむ状態に陥ることも考えられ、むやみに推奨できるものとは言えないのが事実です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
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また、プライドの高</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/5003" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/5003" alt="" /></a></div></div></div>
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実際にコミュ障の人との会話は、小声や早口のせいでうまく聞き</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/6185" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/6185" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>他人から嫉妬されたいと思う心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/6281</link>
				<pubDate>Sat, 01 Dec 2018 10:42:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[嫉妬に関する心理]]></category>
		<category><![CDATA[嫉妬]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>
		<category><![CDATA[投影]]></category>

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				<description><![CDATA[他人から嫉妬されることは、大抵の人からすれば避けたいものと感じることでしょう。 他人から嫉妬されたことで、あらぬ噂や悪口を流されたり、無視や仲間外れなどの嫌がらせ受けるという辛い目に遭うことを避けたいからこそ、なるべく他]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>他人から嫉妬されることは、大抵の人からすれば避けたいものと感じることでしょう。</p>
<p>他人から嫉妬されたことで、あらぬ噂や悪口を流されたり、無視や仲間外れなどの嫌がらせ受けるという辛い目に遭うことを避けたいからこそ、なるべく他人から嫉妬をされるような状況にならないように、身の振り方を考えるのが賢明です。</p>
<p>もちろん、嫉妬をしてくる人が、自分と全く面識がない人ばかりとは限らないものです。例えば、親友や家族のように自分が強い信頼を寄せていた人が、裏で自分に嫉妬して嫌がらせを実行しているという、受け入れがたい現実なんてあるわけがないと思いたいからこそ、多くの人は嫉妬されることを望まないのです。</p>
<p>しかし、嫉妬されるということは、言い換えれば自分には嫉妬をされるだけの身体的魅力や立場・地位・経済力などのステータスを持っている事だと言い換えることもできるため、中には嫉妬されることそのものを心の奥底で渇望している…という人もいるものです。</p>
<p>今回は、そんな他人から嫉妬されることを求める人の心理について、お話しいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4240" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/tomodachi-shito-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="友達に嫉妬心を抱いてしまう心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/tomodachi-shito-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/tomodachi-shito-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/tomodachi-shito-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4240" class="blog-card-title-link">友達に嫉妬心を抱いてしまう心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">同期が出世した、友達の人生が充実している、ネット上で多くの人からいいねをもらっている…などの状況見ると、たとえ友達であっても嫉妬してしまうこ</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4240" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4240" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>どうして嫉妬されたいと思うのか</h2>
<h3>嫉妬されるほどの魅力がある人間だと思いたい</h3>
<p>冒頭でも触れたように、他人からの嫉妬の視線を集めるということは、言い換えれば自分が持っている美貌、地位、名誉、資産、人望、能力、権力などを見て、他人が羨ましく、妬ましく感じているのと同じ。</p>
<p>つまり、自分は他人が羨み妬むようなもの持っている人間だと、周囲から見られているとも言えます。</p>
<p>多くの人が喉から手が出るほどに欲しがっているものを持っていると感じて、愉悦や全能感を覚える、そして優越感を味わうことが出来るのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>嫉妬している人間を見て悦に浸りたい</h3>
<p>嫉妬する行為そのものは、社会においては卑しく、醜く、恥ずべき行為として、タブー視されているものです。</p>
<p>キリスト教における「七つの大罪」で「嫉妬」が罪の一種とされているように、嫉妬の感情は日本以外でも、慎むべきもの、忌むべきものという見方がされています。</p>
<p>しかし、これほどタブー視されているからこそ、そのタブーを犯し嫉妬の炎をメラメラと燃やす人、嫉妬に狂っている人を見ることに、一種の快感や楽しみを抱くのもまた人間の心理だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>普段は嫉妬しないように仮面のような笑顔を張り付けている人を唆し、嫉妬に狂って自ら仮面を取るように誘導し、醜い嫉妬に駆られた本性を周囲にアピールするその様子を楽しむ。</p>
<p>まるで、ダイエットを意識した人に対して、あえて料理番組やグルメ情報ばかりを耳に入れさせて堕落へと誘うように、陰湿さをまとって他人の醜さを露呈させる行為には、快感や楽しみを持つのが人間ならでは心理なのです。(もちろん、こうした醜くやましい心理があると素直に認めるのは難しいとは思いますが…)</p>
<p>他人の不幸を喜ぶ心理のように、他人が嫉妬という醜く罪深い行為に手を染めている行為を見守るのは、自分が嫉妬に溺れないほど優秀で自律できた人間だと、手っ取り早く実感する方法の一種なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4405" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="他人の不幸を喜ぶ人の心理について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/07/taninnohukou-yorokobu-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4405" class="blog-card-title-link">他人の不幸を喜ぶ人の心理について</a></div><div class="blog-card-excerpt">「他人の不幸は蜜の味」「他人の不幸で飯がうまい(＝メシウマ)」のように、人の不幸は精神的な飢えや渇きを潤してくれるものとも言えます。こうした他人の不幸を喜ぶ人の心理や、その根底に感情についてまとめています。</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4405" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4405" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>嫉妬している人にマウントを取りたい</h3>
<p>嫉妬されたがる人は</p>
<ul style="list-style-type: circle;">
<li>嫉妬される人＝格上の存在</li>
<li>嫉妬する人＝格下の存在</li>
</ul>
<p>という考え方を持っていることがあります。嫉妬が自分の優れているとアピールすることからも、嫉妬される方が格上、嫉妬する方が格下という考え方には納得がいくものがあります。</p>
<p>また、相手が自然と自分に嫉妬してるのがわかれば、その嫉妬心を利用して相手に対してマウントを取ることも容易です。</p>
<p>嫉妬しているかどうかわからない相手に対して「あなたは嫉妬しているでしょ？」と言っても「嫉妬なんかしてない！」と否定されてマウントは取りにくいですが、既に嫉妬していることを明らかで自分に対して服従の姿勢をチラッと見せている人なら、容易にマウントしやすくなります。</p>
<p>また、嫉妬している側も自分が嫉妬心を持っていることを薄々感じており、そのことを見透かされたからこそ、嫉妬している相手に対して強く言い出しづらさがある。つまり、自ら格下の立場になることを選んでしまいやすくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>相手からの好意を確かめたい</h3>
<p>恋人や親友などのとくに仲が良い関係においても、あえて嫉妬をされることを望む人がいます。</p>
<p>これは、上述したような優越感や愉悦と言ったディープでダークな感情というよりは、相手がやきもちを焼くほど、自分に好意を寄せている、自分のことを大事に思っているという実感を得たいために行っていると考えることができます。</p>
<p>もちろん、仲睦まじいからこそできる、たいへん可愛らしい&#8221;おたわむれ&#8221;かもしれませんが、一方で自分の個人的な願望のために相手を振り回している、相手に余計な心配やストレスを与えている自分勝手な行動をしているだけとも見れます。</p>
<p>親しい仲だからこそできる嫉妬させたい気持ちに駆られることもあろうかと思いますが、そもそもが礼儀を欠いた行為であるため、関係にヒビが入ってしまうリスクがあることは理解すべきでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h3>嫉妬されることがモチベーションの根源になっている</h3>
<p>高価なものを買って他人嫉妬されると、それが嬉しくて更に高価な買い物をしてしまう。必死に勉強をしていい成績や学歴を手にした自分に集まる嫉妬の視線が嬉しくて、更に勉強してより上のレベルを目指し、多くの嫉妬の視線を集めようとする…など、時に嫉妬はモチベーションの根源となることがあります。</p>
<p>他人に嫉妬してしまう気持ちを原動力にして努力をするのと同様に、他人が持つ嫉妬の気持ちを原動力にして努力をしているのです。</p>
<p>上述のように嫉妬されることは、それだけ多くの人が羨み妬むものを自分は持っていることと同じであると同時に、自分は多くの人から羨み妬む存在として、他人からその存在を承認されているとも言えます。</p>
<p>このことを踏まえると他人から認められたい、尊敬されたい、褒められたいという承認欲求の強さと、他人から嫉妬を求める心理は、非常に関連性が深いとも言えます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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もちろん、適度な承</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/4854" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/4854" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h3>自分の自信のなさ、無力感を嫉妬されることで補いたい</h3>
<p>嫉妬されたい人は、必ずしも美貌、地位、経済力などにおいて他人によりもとくに秀でているものを持っているとは限りません。</p>
<p>むしろ、人に誇れるものを持っておらず自分に自信が持てない、自分は空っぽで何もないという虚無感や無力感に苦しんでいるからこそ、その苦しみを和らげるべく「自分は多くの人から嫉妬されるだけの人間に違いない」という思い込みを強めてしまうのです。</p>
<p>他人が嫉妬して「羨ましい」「貴方のようになりたい」「貴方とお近づきになりたい」という、自分を持ち上げてくれる言葉をかけてくれることで、自分が抱えている虚無感や無力感から一時的ではありますが、目をそらすことが可能です。(ただし、あくまでも目をそらせるのは一時期的であり、根本的な自信のなさは残ったまま)</p>
<p>また、嫉妬されたい願望の強さは、自分同様に他人に対して嫉妬心を抱かせるのが上手な人や、嫉妬させる以外の方法で他人の注目や承認を集める人に対する強い嫌悪や憎悪…そして、嫉妬心を募らせてしまい、別の苦しさを抱えてしまうこともあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>防衛機制の投影から見る「嫉妬されたい」心理</h2>
<p>嫉妬されたいという心理について、心理学の防衛機制の一種である投影を用いて説明していきます。</p>
<p>投影とは、自分が抱いている不都合な感情、心理を他人が持っているものとして考えることで、心理的な葛藤から逃れようとすることです。</p>
<p>投影をもとに考えると、他人から「嫉妬されたい」という願望を持つ人は、本当は自分が強い嫉妬心を持っているものの、それを素直に認めることができずに葛藤を覚える。</p>
<p>そして、葛藤から逃れる方法として「自分ではなく他人が嫉妬心を持っている」と考え、その考えに都合がいいように「自分は他人から嫉妬されたい」という態度を取っているのだと説明可能です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>一般的に嫉妬が醜く恥ずべき感情と考えられていることは、もしも自分が嫉妬心を持ってしまったら、自分は醜い人間だと暗に認めているのと同じであり、嫉妬心そのものを強く拒絶してしまうのも無理はありません。</p>
<p>そんな認めたくない醜さを持つ自分と直視せず、自分が持っている嫉妬心を他人に押し付け</p>
<ul>
<li>「自分は穢れなき清らかな人間である。(その人柄ゆえに、他人は私に嫉妬するのも当然)」</li>
<li>「嫉妬のようなと醜い感情とは無縁の完璧な人間である。(そして、完璧さゆえに他人から嫉妬されるのも当然)」</li>
</ul>
<p>という態度を取ることは、自分の体面を保ちつつ、そして嫉妬されるに値する自分をアピールする、まさに一石二鳥の行動だと、考えることもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3767" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-shinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="なぜ嫉妬が起きるのか？嫉妬心が生じやすい場面や状況について" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-shinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-shinri-150x150.jpg 150w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/06/shito-shinri-50x50.jpg 50w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3767" class="blog-card-title-link">なぜ嫉妬が起きるのか？嫉妬心が生じやすい場面や状況について</a></div><div class="blog-card-excerpt">嫉妬心は人間なら誰もが持つ心理の1つです。しかし、一般的には嫉妬心を持ったり、嫉妬に夢中になる事はあまり良いこととして見られていません。
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>熱狂的なファンがアンチ化するメカニズム</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/5827</link>
				<pubDate>Thu, 08 Nov 2018 17:21:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[アンチ]]></category>
		<category><![CDATA[心理]]></category>
		<category><![CDATA[インターネット]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>

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				<description><![CDATA[スポーツや芸能の世界では、彼らの活躍を応援し支えるファンの存在がいつでもいるものです。 しかし、そのファンが、応援している彼らに対して失望してアンチと化して、今まで応援していた対象に対して攻撃的な行動をとることも、残念な]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>スポーツや芸能の世界では、彼らの活躍を応援し支えるファンの存在がいつでもいるものです。</p>
<p>しかし、そのファンが、応援している彼らに対して失望してアンチと化して、今まで応援していた対象に対して攻撃的な行動をとることも、残念ながらよく見られるものだと思います。</p>
<p>例えば、プロスポーツ選手or団体を応援していたファンが、あまりの不調っぷり失望して、汚いヤジを口にするようになったり、ネット上で辛辣なコメントで応援対象を叩くようになる…と言う具合です。(なお、こうした光景は見る人によっては「なんだかんだ言って、まだファンなのでは？」「実は愛の鞭として、あえて厳しめに応援しているのでは？」見られることもあります。)</p>
<p>今回はこうしたファンがアンチがする心の動き、メカニズムについてお話ししたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>関連記事</p>
<div class="blog-card internal-blog-card blog-card-thumbnail-right blog-card-wide cf"><div class="blog-card-thumbnail"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2636" class="blog-card-thumbnail-link"><img width="100" height="100" src="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/anti-sinri-100x100.jpg" class="blog-card-thumb-image wp-post-image" alt="アンチになる人の心理・特徴　どうして嫌いなものに付きまとってしまうのか" srcset="https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/anti-sinri-100x100.jpg 100w, https://mental-kyoka.com/wp-content/uploads/2018/02/anti-sinri-150x150.jpg 150w" sizes="(max-width: 100px) 100vw, 100px" /></a></div><div class="blog-card-content"><div class="blog-card-title"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2636" class="blog-card-title-link">アンチになる人の心理・特徴　どうして嫌いなものに付きまとってしまうのか</a></div><div class="blog-card-excerpt">自分の好きな漫画家やイラストレーター、コスプレイヤー、芸能人、スポーツ選手などを応援する人のことを「ファン」と言いますが、一方で応援ではなく</div></div><div class="blog-card-footer"><div class="blog-card-site"><span class="blog-card-favicon"><img src="//www.google.com/s2/favicons?domain=mental-kyoka.com" class="blog-card-favicon-img" alt="" width="16" height="16" /></span><a href="https://mental-kyoka.com">mental-kyoka.com</a></div><div class="blog-card-hatebu"><a href="//b.hatena.ne.jp/entry/https://mental-kyoka.com/archives/2636" rel="nofollow"><img src="//b.hatena.ne.jp/entry/image/https://mental-kyoka.com/archives/2636" alt="" /></a></div></div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>熱狂的ファンが持つ「応援対象＝自分」という心理</h2>
<p>熱狂的なファンは、ギャラが出るわけでもないのに応援している人やチームのために、やたらアクティブで積極的に応援することがあるものです</p>
<p>言い方は悪いかもしれませんが、所詮は他人事なのに、まるで自分のことかのように愛着や親近感を覚えて、応援することに夢中になっているようにも見えることでしょう。</p>
<p>心理学では、こうした他人や集団と自分と結びつけて考えること「集団同一視」と呼びます。</p>
<p>集団同一視は、ある集団に所属する事が心地よく感じられると同時に、その集団に対して親近感を抱き、貢献したいという気持ちを抱く心理の事です。</p>
<p>また、集団に対して貢献していくうちに「集団=自分」、つまり「応援対象=自分」と考えるようになり、ますますファンとしての活動に夢中になっていきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>「応援対象=自分」と考えているからこそ、チームの活躍や勝利を自分のことに事のように喜びます。また、ただ応援しているだけの傍観者ような立ち位置ではなく、自分もチームの一員と考えるような距離感の近さも見られます。</p>
<p>一ファンであると同時に、自分はチームの一員だと考えているから「チームのために必死になって応援して、勝利や勝利に貢献するのは当然のこと」と、応援を一種の義務感や責任感を感じるものとして考えるようもなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>さらに、ファンとして応援する自分そのものに自分らしさ(アイデンティティー)を感じて、「応援対象＝自分らしさ」と結びつけることもあります。</p>
<p>応援対象によっては、例えば、ただスポーツをするだけの無機質なスポーツ選手としてではなく、スポーツを通して多くの人に自分の感じている気持ちやメッセージ(例：世界平和、地域貢献など)を伝えたり、場合によっては哲学や思想等を伝えて、ファンとの交流を大事にする人もいて、その気持ちに感化された熱狂的なファンが付く光景はよく見られます。</p>
<p>応援対象が持つ思想と自分と重ねあわせて、「応援対象の持つ思想＝自分らしさ」という考えを形成していると言ってもいいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>応援対象の否定を自分自身(アイデンティティ)の否定と感じて苦痛を感じる</h2>
<p>しかし、応援対象がいつも試合に勝利をしてばかりだとか、活動が好調で人気が右肩あがりに伸びている…と言うものではありません。</p>
<p>また、応援対象がビジネスとして活動している場合だと、人気低迷を受けて今までのファンを切り捨て、新規のファンを取り込むために、大幅な路線変更を行うこともよくあるものです。</p>
<p>上でも述べたように「応援対象=自分」と結びつけているために、活動の不調や路線変更といった、一ファンのちからではどうにもできない事を自分自身の否定と捉える、場合によっては自分らしさアイデンティティーまでも否定されたと感じて強い精神的苦痛を感じてしまいます。</p>
<p>また、応援対象の不調を見て、自分がチームの一員として貢献しているのに、それに対する見返りがないことだと感じて苦痛を覚えることもあります。</p>
<p>例えばプロ野球で贔屓球団がおり、自分の貴重な時間、量力、金銭を労力を使って球場に出向いて応援しているのにもかかわらず、いつも負けてばかりだと「自分のファンとしての努力が否定された」ように感じて不愉快な気持ちが募って行くものです。</p>
<p>しかし、不愉快なのは他のファン同じですし、ファンだからこそじっと耐えて粘り強く応援することも大事と言う理性的な気持ちもあるので、イライラした気持ちとそれを抑えてこらえる辛さの板挟み(＝葛藤、フラストレーション)に苦しみます。</p>
<p>そして、募った葛藤が抑えきれなくなると、アンチ活動に出てしまうのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>苦痛の矛先が応援対象に向かいアンチと化す</h2>
<p>ファン活動をして抱えた靴が我慢の限界を迎え、汚いヤジや誹謗中傷などの攻撃的な行動として、怒りや不満の矛先が応援対象に向かいます。</p>
<p>攻撃的な行動をとることで、今まで感じていた不快な気持ちを発散させ、精神的な安定を保とうとしているのです。</p>
<p>なお、当の本人が「これも応援の一種」と、あくまでもやっと自分のやっている事はファン活動であり、アンチ活動ではないと認識していることがあります。</p>
<p>仮にこの行動をファン活動として見た場合、ファンとして純粋に応援したい気持ちとは裏腹に、アンチのように攻撃的な行動とってしまう事は、自我防衛機制の反動形成と見ることができます。</p>
<p>反動形成は、いわゆる「ツンデレ」のように、好意のある相手に対して相手冷たい態度取るといった、自分の気持ちと逆の行動をとることで心理的な安定を保とうとする心の動きを指す言葉です。</p>
<p>冒頭で触れた、「アンチ活動をしているように見えて、実はファンなのでは？」と感じてしまうのは、活動防衛規制の反動形成をもとに考えると納得できる理屈と言えます。</p>
<p>なお、苦痛の矛先が応援対象以外に向くこともあります。例えば、贔屓球団のライバル球団に対して挑発的な態度を取るように、八つ当たり(＝防衛機制の置き換え)として出ることもあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>キューブラー・ロスモデルから見るファンがアンチに変わるメカニズム</h2>
<p>ファンが半地下するメカニズムについて、集団同一視や防衛機制の他にも、「キューブラーロス・モデル」を用いて説明していきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>キューブラーロスモデルの概要は以下の通りです。</p>
<blockquote><p>「キューブラー・ロスモデル」とは、末期ガン患者が自らの最後を受け入れる過程をまとめたものであり、以下の5つに分かれています。</p>
<p><strong>否認：自らが死ぬ事は本当なのかと疑い否定する。</strong></p>
<p><strong>怒り：なぜ自分が死ななければいけないのか怒る。</strong></p>
<p><strong>取引：生きながらえられるように、様々な手段を尽くす。</strong></p>
<p><strong>抑うつ：すべての努力は無駄だと悟り落ち込む。</strong></p>
<p><strong>受容：自らの死をようやく受け入れる。</strong></p>
<p style="text-align: right;"><span style="font-size: 12px;"><a href="https://mental-kyoka.com/archives/5698">期待が裏切られるとどうして辛く感じるのか</a>、より</span></p>
</blockquote>
<p>アンチ化するファンは、抑うつ、受容の段階までたどり着けず、否認～取引までの段階を延々と繰り返しているのだと考えることもできます。</p>
<p>以下、否認、怒り、取引の各段階について解説していきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>否認</h3>
<p>自分の応援対象が不調に悩んでいる現実実を認めようとしない。路線変更した事実を受け入れられず、応援対象に対して疑いの目を向けてしまうことです。</p>
<p>集団同一視でも触れたように、応援対象と自分を重ね合わせているため、応援対象の否定は自分自身の否定と感じており、自分が否定されるているという事実を認められずに取り乱したり、冷静でいられなくなることがあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>怒り</h3>
<p>応援対象だけでなく、自分自身までも否定されること強い怒りを感じている状況です。</p>
<p>しかし、怒りを感じている人の中には自分自身が応援対象と同一視している自覚を持てず、不調や路線変更に納得できず、純粋に怒りを覚えているだけだと考えている場合もあります。</p>
<p>もとより、否認、怒りによって冷静さを失なっているいるために、「応援対象=自分自身」と俯瞰的な視点で応援対象と自分との関係性を認知し難いことも、純粋に怒りを覚えていると感じる一因だと考えられます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>取引</h3>
<p>自分が否定されている状況なんとか乗り切るために、あえてアンチ活動と見られてしまうような攻撃的な応援をしてしまうことです。</p>
<p>ヤジ、誹謗中傷、ネガティブなコメント…など、状況を知らない人からすれば「アンチだ」と判断される行動であっても、本人からすれば自分が感じている不快感や怒りを解消し、精神的な安定を図るために行っている行動です。</p>
<p>なお、取引の先には「抑うつ」…つまり、自分のやっている(アンチ)活動ですらも全て無駄と悟って、落ち込む苦痛を耐えなければいけません。</p>
<p>その苦痛に耐えられないために、取引の段階から先に進めず「否認→怒り→取引→否認…」を延々と繰り返しているのだと考えることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>理屈っぽい人の心理　防衛機制から見る理屈っぽい人の特徴について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/3357</link>
				<pubDate>Sat, 14 Apr 2018 13:25:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[性格・気質]]></category>
		<category><![CDATA[心理学用語]]></category>
		<category><![CDATA[性格]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=3357</guid>
				<description><![CDATA[ちょっとしたおしゃべりでもやたらと専門用語を使ったり、何かと横文字を使って話したがる、いわゆる理屈っぽい人と話すのは、話についていけなくなり、色々めんどくさく感じることも多いと思います。 また、普段から自分が理屈っぽい話]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>ちょっとしたおしゃべりでもやたらと専門用語を使ったり、何かと横文字を使って話したがる、いわゆる理屈っぽい人と話すのは、話についていけなくなり、色々めんどくさく感じることも多いと思います。</p>
<p>また、普段から自分が理屈っぽい話し方をしていると、話を聞いている人に余計なプレッシャーをかけてしまい、つかれさせてしまうこともあろうかと思います。</p>
<p>一般的に理屈っぽいひとは</p>
<ul>
<li>真面目すぎて融通が効かない人</li>
<li>賢い人だとアピールしたいけどから回ってて痛い人</li>
<li>実力の割にはプライドが高そうで扱いづらい人</li>
<li>言い訳が多くてまともにコミュニケーションをするのが面倒な人</li>
</ul>
<p>などの、ネガティブな印象で語られる性格とも言えます。</p>
<p>しかし、「この人は理屈っぽくて面倒な人だからしょうがない」切って捨てるのではなく、まず、どうして理屈っぽくなるのか、その理屈っぽさにはどのような心理があるのかを理解しておくことが大事だと思います。</p>
<p>理屈っぽい人がもしも上司や先輩になった時、めんどくさいからといって雑に付き合うことがいつも認められるとは限りませんよね。</p>
<p>理屈っぽくなる心理について知っておけば、面倒くささの中にもその人なりの考えや悩み、葛藤を知ることがでお互いに楽にコミュニケーションを取れることに繋がるかもしれません。</p>
<p>今回はそんな理屈っぽい性格に関する心理についてお話いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2>理屈っぽい性格と防衛機制</h2>
<p>何かと賢そうな言葉で話す理屈っぽい人が理屈っぽくなる場面はどのような場面でしょうか。</p>
<p>例えば、非常にベタですが恋愛に興味があるけど現実は恋愛経験に疎くコンプレックスを抱えている人に恋愛の話を降ると</p>
<ul>
<li>私は経済的に豊かになれる自信がないから恋愛はちょっと…</li>
<li>私は恋愛よりも人生の質を重視した生活を送りたいから…</li>
<li>恋愛というはその場の雰囲気に流されるものではなく、こう順序建ててするもので…</li>
</ul>
<p>といかにも、理屈を並べて恋愛に関する話題を避けるような反応をすることはよくあります。本人は恋愛に関して興味があるので、ここで恋愛の話題を避けるというのは不自然です。</p>
<p>このような不自然な行動を取るのは、心理学で言う<strong>防衛機制</strong>が働いていると考えることができます。</p>
<p>防衛機制は自分の欲求が満たされなかった、<strong>ストレスや葛藤を抱えた時にそれらを解消するためにする行動のことです。</strong></p>
<p>欲しいものが手に入らない、自分の思い通りにならない、という場面で感じた不安をそのままにしておけば、精神的な負担が大きく何かしらの行動をして解消しなければ気持ちが落ち着きません。</p>
<p>その不快感を解消する行動の一つに「知性化」という行動があり、これが理屈っぽい行動と深く関わっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>防衛機制「知性化」</h3>
<p>知性化とは、<strong>自分の感情や本能、欲求に直面することを避けて知性や観念の世界に逃げ込む行動のことを指します。</strong></p>
<p>上の例に挙げたように、</p>
<ul>
<li>自分の恋愛感情に向き合わず何かと理屈をつけて否定する。</li>
<li>不都合な事を言われた時に専門用語や横文字の言葉を使って説明しようとする。</li>
<li>持論を展開して自己正当化をしようとする。</li>
</ul>
<p>などの行動が知性化に当たります。</p>
<p>知性化には、自分の本能や感情という理論に基づかない感情を理屈をつけて説明することで、受け入れがたい状況(例えば素直に恋愛できない自分の性格)を、なるべく自分にとって受け入れやすいものへと変えていく効果があります。</p>
<p>また、知性や学問などの権威のある世界の言葉を借りることで、自分の気持ちを素直に晒しださず感情をコントロールしようとする目的もあります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>防衛機制からわかる理屈っぽくなる理由</h2>
<h3>理論で防御するのは自信の無さがあるから</h3>
<p>いわゆる難しい言葉を使って理屈で防御することを<strong>「理論武装」</strong>と呼びます。</p>
<p>理論武装する裏には、<strong>自分の意見や考え方に自信がないことが影響してると考えることができます。</strong></p>
<p>実際に理論武装には</p>
<ul>
<li>自分の話のツッコミどころをなくす</li>
<li>武装することで自分の理論の正当性を強く主張できる</li>
<li>反論があってもすぐに理論を用意して自分を守れる</li>
<li>反論があっても反撃する理論があるの精神的に安心できる</li>
</ul>
<p>などの、メリットがあり、仕事で交渉をするなどの大事な話し合いの時に使うことがあります。</p>
<p>しかし、理論武装をする人は、時に<a href="https://mental-kyoka.com/archives/2788">自意識過剰</a>なまでに武装して「そこまで理屈っぽくならなくても…」とツッコみたくなることもあり、</p>
<p>自信がない状態で話をするのは精神的な負担が大きい…だから、理論武装してなんでも理屈で対応し、自分は知性や能力があるとアピールして自信を得ようとするのです。</p>
<p>普段から程よい自信があるのなら、わざわざ自分を大きく見せるための行動をする必要はしなくてもいいはずです。</p>
<p>根底には自信の無さ、とくに学力や賢さ、勉強に関わる自信の無さがあるために、そんな自分を打破すべく知性化によって自分を賢く見せようとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>コンプレックスを隠したい</h3>
<p>理屈っぽくなるのはコンプレックスの裏返しだと考えることもできます。</p>
<p>とくに学歴コンプレックスのように、知性や頭脳に関わるコンプレックスが強いと、コンプレックスを隠すために求められてもいないのに専門用語を使ったり、自分を賢く見せるための行動をとりがちです。</p>
<p>勉強ができないことがコンプレックスならば、なぜ勉強ができない自分と向き合って地道な勉強を積み重ねて賢くなるのが、コンプレックス解消の王道です。</p>
<p>しかし、地道に勉強するのは思いのほか難しく、続けても目に見える結果がすぐに出るわけではないので途中で挫折してさらにこじらせてしまうことも多いのです。</p>
<p>しかし、ここで知性化により表面的に賢く見るような言葉を多様したり、覚えたての言葉を使って持論を述べるという手軽な方法を使えば、地道な勉強よりも簡単にコンプレックスを満たすことができるという厄介さがあります。</p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/category/personality/ishikitakaikei">意識高い系</a>の学生が、よく理解していないのにもかかわらず専門用語や横文字を使った会話をして、さも自分が賢くなったかのように振る舞い同じもの同士褒め合うのもこれと同じです。</p>
<p>難しい言葉を使った会話が受け入れられれば、確かに短期で見ればコンプレックスを解消して自信が身につくかもしれませんが、長期で見ればただ意味も分からず難しい言葉を使ってばかりでまるで知識が身についておらず、勉強に関するコンプレックスは残ったままという状態に苦しむことになります。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2957">意識高い系と「同一化」 意識の高い人が経営者や起業家の真似をする心理について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>理屈っぽい性格で起きる問題</h2>
<h3>人に自分の感情を伝えにくくコミュニケーションがしづらい</h3>
<p>理屈っぽい性格では、自分の感情を隠してすぐに難しい言葉や理屈に逃げ込むことが多く、自分の感情を他人に伝えにくくなります。</p>
<p>また、理屈ばかりで「この人は何を感じているのだろうか？」「この人はどう思っているのだろうか？」と話していても相手の気持ちがわかりにくいことから、距離を置かれることも多くなります。</p>
<p>なんでも感情的になることばかりが正しいわけではありませんが、感情を出すべき場面で出せず理屈に走ってしまう癖がつくと、お互いの気持ちを知ることができずコミュニケーションがしづらくなります。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>プライドが高くなりすぎる</h3>
<p>賢く見せたい、勉強ができる人だと思われたいという理由で理屈っぽくなると、プライドが高くなりすぎることがあります。</p>
<ul>
<li>プライドが高過ぎるために周囲を見下した言動をする</li>
<li>自分のプライドが崩れそうな場面になると、理屈をつけて逃げてしまう</li>
<li>周囲に対して「もっと自分を尊敬すべきだ」という態度を取る</li>
</ul>
<p>などの、プライドの高さゆえに周囲の人を傷つけ、自分の行動もプライドに振り回された不自由なものになり辛い思いをする羽目になります。</p>
<p>プライドも理屈っぽさも、多すぎず少なすぎずの適度であることがいいメンタルを保つためには大事なのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>正論で他人を傷つけてしまうことがある</h3>
<p>理屈っぽい人はつい正論のように逃げ場のない理論を相手にぶつけて傷つけてしまうことがあります。</p>
<p>正論は正しい理論で相手を一方的に攻撃することもできる理論であり、ストレートすぎる理論が災いして相手をひどく落ち込ませたり、激怒させる原因になりがちです。</p>
<p>理屈っぽいひとに対して「あなたは理屈っぽくて付き合うのが面倒」とストレートに言われたら強いショックを感じるように、理屈っぽい人は自分が正論を使って相手をねじ伏せようとする癖がないか、普段から正論ばかりで近寄りがたい人だと思われていないかを、自分の行動を振り返ることが大事です。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>理屈っぽい性格とうまく付き合うためにできること</h2>
<p>さて、ここまで理屈っぽいと思われても仕方がないような説明をしてきました。</p>
<p>理屈っぽさのある自分のコンプレックスや悩みにしっかり向き合って、それを表面的な知性化という防衛機制で対処するのではなく、地道な勉強する、学習習慣を身に付けるといった方法で気長に解決していくことが大事だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>また、理屈っぽさを完全に消そうとすることに集中するのではなく、<strong>理屈っぽい態度でもOKな場面、NGな場面をよく分析して状況に応じて行動をコントロールすることも効果的です。</strong></p>
<p>例えば、仕事で多くの人が集まるプレゼンや会議の場面でおちゃらけた態度を取れば、それこそTPOをわきまえない失礼な行動になります。</p>
<p>しかし、お堅い場面だからこそ気を引き締めて多少理屈っぽく話すというのは、おちゃらけるよりも適した行動ですよね。</p>
<p>また、親睦や交流のための飲み会では理屈っぽい行動は似合いませんので、多少おちゃらけて親しみやすさをアピールしたほうがこうか的です。</p>
<p>このように理屈っぽいという行動だけを見ても、その行動が適している場面とそうでない場面があるものです。</p>
<p>ただ理屈っぽいという性格をどんな時でもしてはいけないと決め付けるのではなく、理屈っぽい自分が求められている場面ではちゃんと発揮して、自分の理屈っぽさを肯定したり、誰かの理屈っぽさを受け入れらるように心がけるのがいいでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
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</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
										</item>
		<item>
		<title>防衛機制の同一化　 意識高い系が起業家の真似をする心理について</title>
		<link>https://mental-kyoka.com/archives/2957</link>
				<pubDate>Wed, 14 Mar 2018 15:48:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[メンタルの教科書 中の人]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[意識高い系]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[防衛機制]]></category>

		<guid isPermaLink="false">https://mental-kyoka.com/?p=2957</guid>
				<description><![CDATA[起業やビジネス、スキルアップ、自己啓発に関心をもついわゆる「意識高い系」と呼ばれる人は、自分の尊敬している経営者や起業家の言葉や行動、ファッションや考え方などのあらゆるものの真似をすることがあります。 例えば、意識高い系]]></description>
								<content:encoded><![CDATA[<p>起業やビジネス、スキルアップ、<a href="https://mental-kyoka.com/archives/category/self-enlightenment">自己啓発</a>に関心をもついわゆる「意識高い系」と呼ばれる人は、自分の尊敬している経営者や起業家の言葉や行動、ファッションや考え方などのあらゆるものの真似をすることがあります。</p>
<p>例えば、意識高い系なら影響を受けている人も多いであろう、アップル社のスティーブ・ジョブズの服装やポーズ、考え方や生活習慣などを自分でも真似する人は多くいますよね。</p>
<p>そして、さも自分がジョブズのように歴史に名を残す偉大な人間になったと言わんばかりの意識の高い行動を、意識高い系の人はよくしています。</p>
<p>ジョブズの他にも、Facebookのマーク・ザッカーバーグであったり、ホリエモンこと堀江貴文さん、ソフトバンクの孫社長などの経営者は意識高い系なら知ってる人が大半いる経営者ですね。</p>
<p>意識高い系の人は上にあげた経営者のように偉大な人の名言・格言を口にしたり、彼らの書いたビジネス書や自己啓発書を読んで、自分も素晴らしい経営者になったかのように振舞うことがあります。</p>
<p>しかし、なぜ自分がさも有名ななったかのように振舞うかというと、心理学で登場する防衛機制の一つ<strong>「同一化」</strong>が影響していると見ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/4252">意識高い系に感じる苦手意識の正体</a></p>
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/3974">意識高い系の人といると疲れてしまう原因・理由について</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
<h2>防衛機制「同一化」から意識高い系の行動を分析</h2>
<p>防衛機制とは自分が受け入れられない状況や精神的な苦痛に対して、精神状態を安定に保つに行われる行動のことです。</p>
<p>その防衛機制の一つに<strong>「同一化(どういつか)」</strong>と呼ばれるものがあり、これは自分に取って重要なものと自分とを重ね合わせて、不安や苦痛から逃れようとする行動です。</p>
<p>例えば、「憧れの人＝自分」と思い込んで行動する、意識高い系なら自分は尊敬している起業家だと思い込んで、憧れの人の言葉や行動を真似してなりきることを指します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>同一化は意識高い系のみならず、一般の人にも見られる行動で、例えば</p>
<ul>
<li>子供が特撮モノのヒーローや、魔法少女の主人公になりきる。</li>
<li>好きな芸能人が着ている服装やファッションを真似する。</li>
<li>アイドル人がやっている髪型やメイクを真似してみる。</li>
<li>憧れのスポーツ選手がやっている練習を取り入れる。</li>
<li>筋肉ムキムキでタフな人の言動を、体が弱い人が真似する。</li>
<li>芸術の分野で尊敬する師匠の芸や技を真似して自分の作風に反映させる。</li>
</ul>
<p>という行動が同一化にあたります。</p>
<p>自分の憧れの人の真似をすることで、<strong>自分も憧れの人と同じ能力や功績があると思い込み、自信を高める行動と言えます。</strong></p>
<p>意識高い系の人が尊敬する起業家・経営者の影響を強く受けるのは、それだけ憧れの人と同等の人間に並びたいとのだと見ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>同一化するのは不安や自信のなさが影響している</h2>
<p>同一化の行動の例を見ると、なりたい人の真似をして自分に自信を付けるという、一見するとポジティブな行動のように見えます。</p>
<p>しかし、繰り返しますが同一化は防衛機制の一種であり、<strong>受け入れがたい状況や苦痛に対して行われる行動です。</strong></p>
<p>そんな、同一化が起きる受け入れがたい状況とは、</p>
<ul>
<li><strong>自分に自信がなく些細なことでへこんでしまう</strong></li>
<li><strong>人には言いにくいコンプレックスがある</strong></li>
<li><strong>悩みや不安を抱えている</strong></li>
</ul>
<p>という状況が想定できます。</p>
<p>受け入れがたい状況が起きているからこそ、無意識のうちに自分が憧れている、自信家な人、コンプレックスをものともしない人、悩みや不安がなくメンタルが強そうな人、行動を取り入れて、不安から自分のメンタルを守ろうとするのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>意識高い系の場合、起業家や経営者の真似をするのは、自分には憧れの人が持つセンスや技術、ビジネススキル、トークスキル、経営者としての目線などを持っていない、あるいは持っていても未熟なケースがよくあります。</p>
<p>しかしそれらの技術を身につけるのは地道でめんどくさく、また失敗して笑われるかもしれないから、真似をすることで手っ取り早く、自分も憧れの人のような偉大なビジネスマンだと思い込もう…という心理が働いていると見ることができます。</p>
<p>冷静に見れば、意識高い系の人が偉大な経営者のように大きな事業、多額の資産、人類の発展に寄与する発明などをしていることは滅多になく、大抵は憧れの人がしている仕事を短期的に真似したり、影響を受けて動いているだけということがよくあります。</p>
<p>意識を高く、さも自分は立派であると周囲にアピールする裏では、</p>
<ul>
<li><strong>自分は思っているほど立派ではなく平凡な人間にすぎない</strong></li>
<li><strong>何か人より優れた能力や才能があるわけでもない</strong></li>
<li><strong>本当は自信がなくて、毎日漠然とした不安で胸がいっぱいである</strong></li>
<li><strong>人から尊敬されたいけど、そのためにしんどい思いをするのは嫌だ</strong></li>
</ul>
<p>という、意識高い系のイメージを損なう悩みや不安を抱えており、それから逃げるように憧れの人の真似をしていると考えることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<div class="su-box su-box-style-default" style="border-color:#185c98;border-radius:3px"><div class="su-box-title" style="background-color:#1e73be;color:#FFFFFF;border-top-left-radius:1px;border-top-right-radius:1px">こちらもおすすめ</div><div class="su-box-content su-clearfix" style="border-bottom-left-radius:1px;border-bottom-right-radius:1px">
<p><a href="https://mental-kyoka.com/archives/2510">承認欲求に振り回されず克服するためのコツ</a></p>
</div></div>
<p>&nbsp;</p>
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<p>&nbsp;</p>
<h2>「形から入る」と防衛機制の同一化の共通点</h2>
<p>何か新しいスキルを学ぶときに<strong>「形から入る」</strong>というテクニックがあります。</p>
<p>例えば、ある画家の作品に感銘を受けて画家の道を志したときに、師匠と尊敬している画家が使っている絵の具や筆を買い集めたり、師匠が実際にやっている絵の練習方法を真似したり、見た目や生活習慣も師匠と同じにすることで、師匠の絵の技術を学び自分のものとすることがあります。</p>
<p>絵の練習のように、初心者にとってまずは何から始めればいいのかよく分かりにくい分野を学ぶ場合、まずは自分のこだわりや思い込みを捨てて、形から入って技術を学ぶ方法は効果的とも言えます。</p>
<p>形から入るのは非常にシンプルであり、初心者向けのテクニックともいえます。絵に限らずビジネスやスポーツの世界でもよく見られます。</p>
<p>そして、上で述べた<strong>防衛機制の同一化とも共通点の多いテクニックと言えます。</strong></p>
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<p>もちろん、憧れの人と同一化することで自信を付け、地道な努力をしたり勉強して資格を取て技術を身につけていくケースはあるので、形から入るという方法を否定しているわけではあります。</p>
<p>しかし、意識高い系と呼ばれる人の場合、多くは形から入って憧れの人となりきるうちに、自分のビジネススキル未熟さを痛感して挫折したり、肥大化した自分の理想像が崩れるのを恐れて、形だけで終わってしまうことが多々あります。</p>
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<h2>意識高い系が同一化により招いてしまうトラブル</h2>
<h3>努力から逃げてしまう</h3>
<p>意識高い系の人は、向上心はあるものの実際に努力をする場面に苦痛を感じることがよくあります。</p>
<p>偉大な起業家・経営者に自分を重ね、自分は努力なんてしなくても素晴らしい才能やスキルがあると思い込むために、その思い込みは所詮思い込みだということを痛感する地味で華やかさの欠片もない努力が苦手なのです。</p>
<p>当然ですが、努力から逃げても自分が身につけたいスキルは手に入りません。</p>
<p>そして<strong>「スキルが手に入らない＝自分は成長せず平凡なまま」</strong>だと痛感することもまた意識高い系の人にとっては苦痛であり、その苦痛から手っ取り早く逃れるために半ば依存するように同一化に走ってしまうのです。</p>
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<h3>周囲に対して威圧的な態度を取ってしまう</h3>
<p>自分はさも有名な経営者のように振舞うだけでなく、他の人にも自分のことを尊敬している経営者のように接して欲しいとプレッシャーをかけることがあります。</p>
<p>当然ながら、「口先ばかりで何を偉そうなことを言っているのか」「どうしてそんなに高圧的な態度を取るの？」とプレッシャーに対する反発の声が出てきますが、その声に屈することは意識高い系にとって、同一化した人物と自分自身を否定されたと感じます。</p>
<p>そのまま大人気なく怒ってしまったり、「相手はただ自分の才能や行動力に嫉妬しているだけ」と相手を見下し自分を納得させてしまい、周囲とのギャップが生まれてしまいます。</p>
<p>また、付き合う人間も自分のことを否定せず受け入れてくれる、つまりイエスマンの人ばかりと馴れ合うように付き合い、何も成長しないまま理想の自分と現実の自分とのギャップの差が開いてしまうことがあります。</p>
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<h3>出来もしないことを引受た結果、信用を失う</h3>
<p>意識高い系はビジネスの世界でも同一化によるデメリットを受けることがあります。</p>
<p>さも有名な経営者のように振舞うことから、今の自分では到底できもしない仕事を引き受けたり、ハッタリをきかせてさも有能なビジネスマンのように振る舞い相手を期待させてしまうことがあります。</p>
<p>しかし、同一化はあくまでも憧れの人の真似をしているだけにすぎず、自分が憧れの人と同じビジネススキルを持ち合わせているわけではないので、受けた仕事を完遂できず逃げてしまう、期限に間に合わず取引先に迷惑をかけてしまうことがあります。</p>
<p>気持ちだけは一流経営者。しかし、実力はごく平凡でありきたりなので、最初は期待を込めて仕事を依頼した人も、次第に信用されず口ばっかりのお調子者、言ってることとやってることが一致しない口先だけの人だと思われる原因となります。</p>
<p>コンペなどの競争で自分を大きく見せることがどうしても必要になる仕事もありますが、勝手に人を期待させるような言葉を言っておきながら、「やっぱりできませんでした」というオチでは、期待が大きかった分周囲からの失望も大きくなってしまいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<h3>耳の痛い指摘が聞けなくなる</h3>
<p>憧れの人と自分の行動を重ねるときに、敏腕でなんでもズバズバ言うタイプの経営者に同一化してしまうと、自分に対する冷静で耳の痛い指摘を聞けなくなってしまうことがあります。</p>
<p>なんでもズバズバ言う人と同一化すると、その同一化を否定するような行動…例えば</p>
<ul>
<li>謙虚である</li>
<li>人の話を聞ける</li>
<li>悪いことをしたら素直に謝る</li>
</ul>
<p>という、穏やかな社会生活を送るための行動ができなくなることがあります。</p>
<p>また、twitterやFacebookでは社会や経済に対して持論をズバズバ投稿する経営者も多く、そのアカウントをフォローして発言に同調したり、真似した持論を述べる意識高い系の人は多く見かけます。</p>
<p>しかし、SNSは(ほぼ)一方向に自分の意見を自由に投稿できるコミュニケーションであり、キャッチボールに例えられる現実世界のコミュニケーションとは異なります。</p>
<p>SNSで憧れの経営者がしていたコミュニケーションをリアルの世界に持ち込むとトラブルの原因となるのでおすすめできません。</p>
<p>&nbsp;</p>
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